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婚約破棄鑑定士は、恋を値切らない  作者: くるみ
第3章 愛していても、結婚しない2人

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第35話 2割引きの契約

午後の日差しが硝子瓶を通り、机の上に青緑の影を落とした。

別れの相談なのに、2人の会話はいつの間にか次の注文の話へ向かっていた。


「法務官殿は、なぜいらっしゃるのですか?」


ユリウスが尋ねる。


「合意書に、将来の贈答品に関する妙な条項が入っていたので」

「妙?」

「『婚約解消後も、研究上必要な硝子器具については、フェルナー工房が市場価格の2割引きで提供する』」


セシリアがユリウスを見る。


「2割引きにしてくださるのですか?」

「調査団は大量に注文するだろう」

「私個人への贈り物では?」

「商取引だ」

「では、どうして私の婚約解消合意書へ?」


ユリウスは目をそらした。


「手続きが1度で済むから」

「その条項は削除します」


レオンが言った。


「なぜです?」

「婚約解消の条件と、将来の商取引を混ぜる必要がない」

「でも」

「別途、取引契約を結んでください」

「婚約を解消したあとも、取引してよいのですか?」


セシリアが尋ねた。


「禁止したいのですか?」

「いいえ」

「なら、構いません」


レオンは淡々と答えた。


「婚約を解消すると、硝子器具まで買えなくなるわけではありません」

「そうですね」


セシリアが小さく笑う。


「分ければよいのですね」

「何を?」

「婚約と、仕事と」

「はい」

「愛情と、仕事も?」


レオンは少し考えた。


「分けられる部分は」

「分けられない部分は?」

「私に聞かないでください」


サロメと同じ答えだった。

エルネスタは、レオンを見た。


「法務官殿も、結婚相談は専門外なのですね」

「専門だと思っていたのですか?」

「いいえ」

「では、なぜ確認する」

「一応です」

「何の一応ですか」

「話を戻しましょう」


サロメが、茶の杯を置いた。


「このままでは閉店まで終わりません」

「まだ昼ですが」

「もう疲れました」

「店主は、何もしていません」

「聞いています」


それも仕事らしい。

最後に残ったのは、青緑色の硝子瓶だった。

前回、2人が店へ忘れていった品。


「これは、セシリア様へ返します」


エルネスタは布をほどき、机へ置いた。

セシリアは手を伸ばさなかった。

ユリウスも、瓶を見ているだけだった。


「どうしますか?」

「持っていけよ」


ユリウスが言った。


「でも、植物標本を入れたら割れるかもしれません」

「瓶は使えば割れる」

「あなたが初めて作った物です」

「失敗作だ」

「気泡がありますね」


エルネスタが見ると、ユリウスが少し顔をしかめた。


「温度管理を間違えました」

「でも、きれいです」


セシリアが言った。


「気泡が光を散らすので」

「薬瓶としては欠陥だ」

「標本瓶としては?」

「中身が見づらい」

「では、何に使えば?」

「花でも挿せばいい」

「南方の花を?」

「好きにしてくれ」

「割れたら?」

「新しい物を作る」


言ってから、ユリウスは口を閉じた。

セシリアも動かなかった。


「婚約解消後に?」


エルネスタが尋ねる。


「工房への正式な注文なら」


ユリウスは言った。


「市場価格で?」


セシリアが確認する。


「2割引きで」

「法務官殿が、別契約にしろと」

「では、別契約で」


セシリアは硝子瓶を手に取った。


「これは、持っていきます」

「はい」


エルネスタが記録する。


「次の瓶は、代金を払います」

「分かった」

「値引きは不要です」

「調査団向けの卸価格だ」

「個人で頼みます」

「なら、普通の価格で」


2人は真剣に話していた。

婚約を解消したあとの、まだ存在しない取引について。

完全に縁を切るつもりではない。

だからといって、今までと同じ関係へ戻るわけでもない。


「お2人とも」


エルネスタが声をかける。


「婚約解消後も、連絡を取りたいのですね?」


2人は同時に黙った。


「取引上です」


ユリウスが言う。


「研究上です」


セシリアが言う。


「それだけですか?」

「今は」


セシリアが答えた。


「それ以上を決めると、また婚約を続ける話へ戻ってしまいます」

「そうだな」


ユリウスがうなずく。


「では、今は仕事上の連絡だけにしますか?」

「はい」

「手紙は?」


また、2人が黙る。


「航海中に、無事だと知らせるくらいは」


セシリアが言った。


「調査団の公式な報告があるだろう」

「あなた個人へです」

「僕に?」

「嫌ですか?」

「嫌ではない」

「では、書きます」

「毎回は無理だろう」

「年に2度くらいなら」

「1年目から?」

「多いですか?」

「少なくないか?」


2人は顔を見合わせた。

少しして、同時に笑った。


「年に4回にしますか?」


エルネスタが提案する。


「間を取って」

「年に3回で」


ユリウスが言った。


「3回?」

「誕生日と、年の終わりと」

「もう1回は?」

「適当なとき」

「決まっていませんね」

「決まっていないほうが、書きたいときに書ける」


セシリアはしばらく考え、うなずいた。


「分かりました」


婚約解消の合意書に、手紙の回数を書く必要はない。

エルネスタはそう伝えようとした。

けれど、2人が少し安心した顔をしていたので、黙っていた。

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