第34話 返したくない物
机の周りは贈り物で埋まった。
箱から出された品々はどれも静かで、持ち主を決められるのを待っているようだった。
セシリアとユリウスが再び《未練商会》を訪れたのは、10日後だった。
2人は前回と同じように並んで入ってきた。
ただし、今日は手をつないでいない。
代わりに、それぞれ大きな箱を抱えていた。
「ずいぶんありますね」
エルネスタが言うと、ユリウスが箱を相談机の脇へ置いた。
「婚約してから受け取った物です」
「こちらもです」
セシリアの箱からは、乾燥させた草の匂いがした。
「すべて持ってきたのですか?」
「できるだけ」
「両家の目録は?」
「あります」
セシリアが書類を差し出す。
ユリウス側の弁護士が作成した一覧と、セシリア側の一覧。
どちらにも、品名と購入価格が細かく記されている。
「婚約指輪。首飾り。礼装用の髪飾り。時計。書籍、17冊」
エルネスタは読み上げた。
「植物採集用の道具1式。防水外套。観察用の拡大鏡。小型蒸留器」
「贈答品というより、仕事道具ですね」
ユリウスが言った。
「あなたがくれたのでしょう」
「役に立つ物がいいと言ったから」
「役に立っています」
「なら、返さなくていい」
「そういうわけには」
「使わないなら、返してほしいけど」
「使います」
「なら持っていけばいい」
「簡単に決めないでください」
「簡単ではないよ」
ユリウスの声が少し強くなった。
「10日考えた」
「私もです」
ユリウスが黙る。
エルネスタは手帳へ書こうとして、やめた。
鑑定に必要な情報かどうか分からない。
「1つずつ確認しましょう」
箱の中身を相談机へ並べていく。
婚約指輪。
家紋の入った首飾り。
祝いの席で使う銀杯。
これらは両家の契約に関わる品なので、返却する。
問題は、日常的に贈り合った物だった。
「この手袋は?」
「セシリアにもらいました」
ユリウスが革の手袋を持ち上げる。
指先が黒く焦げ、何度も縫い直されている。
「工房で使うために?」
「はい」
「返却しますか?」
「しません」
ユリウスは即答した。
セシリアが横を見る。
「返してと言ったら?」
「新しい物を買って返す」
「この手袋を、と言ったら?」
「嫌だ」
「そうですか」
「何だよ」
「別に」
セシリアの口元が、少し緩んでいた。
「では、ユリウス様が保持する、と」
エルネスタが記録する。
次に、押し花を挟んだ本が出てきた。
「これは?」
「ユリウスにもらった植物図鑑です」
「返却は?」
「しません」
今度はセシリアが即答した。
「本は買い直せるだろう」
「書き込みがあります」
「間違っているところも多い」
「12歳の人が書いたものですから」
「そこを残す必要があるのか?」
「あります」
「なぜ」
「面白いからです」
ユリウスは不服そうだった。
「笑うために持っていくのか」
「南方で疲れたときに読みます」
「もっと嫌だな」
「では、正しい解説を書き加えてください」
「船が出るまでに?」
「3か月あります」
「そう言えば何でもできると思ってないか?」
エルネスタは、前回自分が口にした言葉を思い出した。
3か月しかない。
3か月ある。
使い方は、本人たち次第だった。
返す物。
残す物。
処分する物。
2人で決める作業は、予想以上に時間がかかった。
セシリアは、ユリウスからもらった服飾品の多くを返した。
南方では使わないからだという。
ユリウスは、セシリアからもらった書類入れを残した。
毎日使っていて、今さら別の物へ替えるのが面倒だからだという。
「それ、本当に理由ですか?」
セシリアが尋ねる。
「ほかに何があるんだ」
「知りません」
「なら聞かないでくれ」
会話はたびたび止まった。
どちらも怒っているわけではない。
けれど、何かを残すと決めるたび、それが別れたあとにも相手を思い出す物になる。
簡単には決められなかった。
「こちらは?」
エルネスタは小さな木製の箱を開けた。
中には、乾燥して砕けた茶葉が入っている。
よい香りとは言いにくかった。
「捨ててください」
2人が同時に言った。
「これは何です?」
「ユリウスが初めて選んだ贈り物です」
セシリアが答える。
「茶葉ですか?」
「毒草でした」
「毒草ではない」
ユリウスが訂正する。
「飲みすぎると腹痛を起こすだけだ」
「お茶として贈る物ではありません」
「薬師が疲労に効くと言ったんだ」
「量を守れば、でしょう」
「そこまでは聞かなかった」
「なぜ10年以上保管しているのですか?」
エルネスタが尋ねる。
2人は黙った。
「捨て忘れました」
セシリアが言った。
「僕も、返されたことを忘れていた」
「では、処分します」
「はい」
エルネスタが箱を脇へ置く。
クルミが近づき、匂いを嗅いだ。
「キュッ」
顔を背ける。
「リスにも不評ですね」
レオンが言った。
今日は監査ではなかったが、婚約解消合意書の法的な確認を頼まれて同席していた。




