↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄鑑定士は、恋を値切らない  作者: くるみ
第2章 聖女の奇跡には、請求書がない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/33

第28話 奇跡には、値段をつけません

会議室は広すぎて、紙をめくる音まで遠く響いた。


中央の銀秤は小さく、神殿の柱や紋章の中では、場違いなほど実務的に見えた。

正式な鑑定は、大神殿の会議室で行われた。

神殿側からは、オルディス神殿長、マティアス司祭、治癒院長、会計官。

王国監査院からは、レオンと上席監査官が1人。

《未練商会》からは、サロメとエルネスタ。

そして、依頼人のリディア。

長い机の中央へ、銀秤が置かれている。


「先に確認いたします」


オルディス神殿長が言った。


「神より授かった奇跡へ、価格を設定することは認められません」

「当店も、設定しません」


エルネスタが答えた。

神殿長が、わずかに眉を動かす。


「では、何を鑑定するのです」

「リディア様の時間と、労働と、身体に生じた損害です」

「奇跡と切り離せるのですか?」

「切り離します」


エルネスタは、銀秤の片方の皿へ奉仕誓約書を載せた。


「奇跡の力を、金貨へ換えるつもりはありません。患者1人を治したから金貨何枚、という計算もしません」

「では」

「治癒院に何時間拘束されたか。夜間に何回呼び出されたか。祭礼や晩餐会へ何時間出席したか。休息を取れなかったことで、どのような傷が生じたか。それを記録と診断書から算定します」


1冊ずつ、資料を載せる。

治癒院の患者台帳。

祭礼の出席記録。

寄付金の帳簿。

外部医師の診断書。

リディアが14歳で署名した奉仕誓約書。

銀秤の針が大きく揺れ、提出資料に強い感情と長期の負担が残っていることを示した。

だが、金額を決めるのは秤ではない。

エルネスタたちは、10年分の勤務記録、当時の治癒師や医療補助職の標準報酬、神殿が負担した衣食住、夜間勤務の割増、外部医師の診断を照合していた。


「算定を始めます」


エルネスタは鑑定書を開いた。


「治癒院における10年間の労働。神殿が負担した衣食住を差し引き、金貨3,180枚」


治癒院長が身を乗り出した。


「10年間すべてを労働と?」

「いいえ。自由に行った祈りや私的な時間は除いています。神殿から場所と時刻を指定され、欠席できず、聖女としての役割を求められた時間を中心に算定しました」

「祈りは信仰です」

「リディア様が自ら祈る時間は、含めていません」

「違いがあるのですか?」


リディアが少し迷ってから答えた。


「あります」


全員の視線が集まる。


「1人で祈るときは、途中で泣いても、眠っても、誰にも叱られません」

「リディア」

「朝の祈りは、姿勢を崩すと注意されます。聖女として、人に見せる祈りだからです」


神殿長は何も言わなかった。


「夜間および休日の呼び出し。金貨1,740枚」

「患者の容体は、時刻を選びません」


治癒院長が言った。


「はい」


エルネスタはうなずいた。


「ですから、夜間勤務をなくせとは申し上げません」

「では、なぜ」

「働いた時間として数えています」

「奉仕です」

「同じところを回っています」


サロメが口を挟んだ。


「呼び方を変えても、夜中に起きた事実は変わりません」


治癒院長が黙る。


「次に、寄付者向け晩餐会、祭礼、巡回行事への出席。金貨660枚」

「それも聖女の務めです」

「はい。務めとして計上しました」

「寄付は貧しい患者を救うために使われています」

「確認しました」

「ならば、損害とは」

「善い目的なら、働いた人へ対価を払わなくてよいのですか?」


エルネスタの問いに、会計官が視線を落とした。


「外部医師の診断による治療費、休養期間中の生活費、将来の機能障害に対する補償。金貨1,560枚」


リディアの手の傷は、完全には消えない可能性がある。

奇跡の使用を減らせば改善する。

だが、以前の状態へ戻る保証はなかった。


「最後に、自由に使用できる金銭がなく、外出と私的支出を一律に制限されたことに対する補償。金貨780枚」

「聖女は俗世の財産を持ちません」


オルディス神殿長が言った。


「その考えを信じることはできます」


レオンが答えた。


「ただし、14歳の子どもが、一生にわたる私有財産の放棄を十分に理解して同意したと証明できません」

「父親が署名しています」

「本人の権利を、すべて父親が放棄できるわけではない」

「当時の慣例です」

「現在の契約として、今後も無制限に拘束する根拠にはなりません」


神殿長は誓約書を見た。

古い神聖語。

写しはない。

説明の記録もない。

14歳の署名だけが残っている。


「合計」


エルネスタは数字を確認した。


「金貨7,920枚です」


銀秤が、短く鳴った。

ちりん。

広い会議室に、小さな音が響いた。


「神殿には、そのような金額を1度に支払う余裕はありません」


会計官が言った。


「支払えば、治癒院の運営に影響が出ます」


リディアの顔が曇る。


「患者の薬が減るのですか?」

「指定寄付や王家の治療院補助金を使うことはできません」


レオンが先に答えた。


「今回の補償へ、目的の決まった資金を回す案は認めません」


会計官がうなずく。


「ただ、用途の指定がない運営積立金と、今年度の式典予備費の一部であれば調整できます。治癒院の薬代を削らずに、金貨2,000枚までは」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。