第22話 神への奉仕は、勤務時間に入りますか
白い衣は、薄暗い店の中でひどく明るく見えた。
袖口から覗く包帯だけが、その白さに馴染まず、乾いた血の色を隠しきれていなかった。
「昨日は、夜が明ける前に起きました」
若い聖女は、そう言って膝の上へ両手を置いた。
白い袖口から、何重にも巻かれた包帯が見えている。
年齢は24歳。
名を、リディア・フィオールといった。
10年前に治癒の力へ目覚めて以来、王都の大神殿で聖女を務めている。
「具体的には、何時でしょう」
エルネスタが尋ねる。
「鐘が鳴る前でしたから、4時半くらいだと思います」
「時計は?」
「聖女の部屋にはありません」
「なぜですか?」
「必要がないから、と」
「誰に言われました?」
「前の神殿長です」
リディアは、それが何かおかしいのだろうかという顔をしていた。
エルネスタは手帳へ書き留める。
「起きたあとは?」
「沐浴をして、朝の祈りを捧げます」
「何時までですか?」
「6時の鐘が鳴るまでです」
「1時間半ですね」
「はい」
「その祈りは、聖女としての務めですか?」
「もちろんです」
「では、拘束時間として記録します」
リディアが目を瞬いた。
「祈りもですか?」
「神殿から時間と場所を指定され、欠席できないのであれば、少なくとも自由時間ではありません。最終的に労働時間へ含めるかは、誓約の内容と実態を確認して判断します」
「でも、神への祈りです」
エルネスタはペンを止めた。
「祈りであれば、時間が経たないのですか?」
「いえ、経ちますけれど」
「では、ひとまず記録します」
「はい」
リディアは少し困ったようにうなずいた。
カウンターの奥で、サロメが紅茶をいれている。
レオンは相談机から少し離れた場所に座り、神殿に関する法令集を開いていた。
クラリッサは菓子を置いたあと、邪魔にならないうちにと帰っている。
ただし、クルミだけはリディアの膝に残った。
菓子の匂いではなかったらしい。
「祈りのあとは、治癒院へ行きました」
「朝食は?」
「歩きながらパンを食べました」
「座って食べる時間はなかったのですか?」
「昨日は、患者が多かったので」
「普段は?」
「普段も、だいたい同じです」
エルネスタは、朝食休憩と書きかけた文字を消した。
「治癒院へ着いたのは?」
「6時を少し過ぎたころです」
「最初の患者は?」
「鉱山で腕を負傷した方でした」
「どの程度の怪我ですか?」
「骨が見えていました」
エルネスタのペンが止まる。
「治したのですか?」
「はい」
「どれくらいかかりました?」
「祈りを3度唱えましたから、15分ほどです」
「その後は?」
「次の方を」
「休憩は?」
「していません」
「腕を負傷した方の次に?」
「熱病の子どもが待っていましたので」
リディアは淡々と話した。
鉱山労働者。熱病の子ども。
馬に蹴られた兵士。
難産を終えたばかりの女性。
肺を病んだ老人。
午前中だけで、18人。
「すべて、奇跡を使ったのですか?」
「はい」
「薬や外科処置は?」
「治癒師の方々が先に診察します。奇跡が必要な方だけ、私のところへ」
「必要かどうかは、どなたが決めます?」
「治癒院長です」
「リディア様が断ることは?」
「ありません」
「できない、ではなく?」
リディアは少し考えた。
「断ったことがないので、分かりません」
エルネスタは手帳から顔を上げた。
「体調が悪い日は?」
「奇跡を使えば、少しよくなります」
「ご自分へ?」
「いいえ。誰かを治すと、神の力が体を通りますから」
「それで、ご自身も回復するのですか?」
リディアは答えなかった。
代わりに、包帯を巻いた右手を左手で隠した。
「包帯を見せていただけますか?」
レオンが口を開いた。
リディアの肩が強張る。
「あの、これは」
「嫌であれば、断って構いません」
レオンはすぐに付け加えた。
エルネスタは彼を見た。
以前なら、先に「見せてください」とだけ言っていたかもしれない。
少しは言い方を選ぶようになったらしい。
本当に少しだけだが。
「鑑定に必要ですか?」
リディアが尋ねる。
「身体的な損害を請求するのであれば」
「請求」
その言葉を口にすると、リディアの表情が曇った。
「神殿へ、お金を請求するのでしょうか」
「まだ、何も決まっていません」
エルネスタが答える。
「まず、何が起きているのかを確認します」
「でも、私は神に仕えて」
「神と神殿は、同じですか?」
サロメが紅茶を運びながら言った。
リディアは驚いたように彼女を見る。




