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婚約破棄鑑定士は、恋を値切らない  作者: くるみ
第1章 白い結婚には、家事代が含まれますか

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20/25

第20話 正しく終わらせる

面談の日、窓には薄い曇りが張っていた。


向かい合う2人の間には、6年間よりも広い空白があるように見えた。

クラリッサが伯爵との面談に応じたのは、3日後だった。

場所は《未練商会》の相談室。

サロメとエルネスタが同席し、レオンは扉に近い席へ座った。

クラリッサは淡い灰色の服を着ていた。

伯爵家で着ていた華やかなドレスではない。

けれど、以前より顔色はよかった。

クルミは相談机の端に座り、2人を見比べている。


「久しぶり、というほどではないわね」


クラリッサが言った。


「1週間だ」


伯爵が答える。


「そうね」


そこで、会話が途切れた。

6年間同じ家で暮らした2人が、何を話せばよいか分からないらしい。

エルネスタは、用意していた進行表へ目を落とした。


「まず、鑑定結果について」

「少し待ってください」


クラリッサが言った。


「2人だけで話しても?」

「私は構いません」


エルネスタは伯爵を見る。

伯爵も、短くうなずいた。

サロメが立ち上がった。


「では、10分ほど外します」

「10分だけですか?」

「長く話しても、急によい答えが出るとは限りません」


クラリッサが少し笑った。


「そうかもしれません」


全員が相談室を出た。

ただし、クルミだけが机に残っている。


「クルミ」


エルネスタが呼ぶと、針尾リスは顔をそらした。


「キュ」

「出てきなさい」


クルミは伯爵の書類の後ろへ隠れた。


「仕方ありません」


サロメが扉を閉める。


「盗られて困る物があれば、先にしまっておくべきでした」

「それを先に言ってください」


伯爵が慌てて胸元を確認した。



10分後、相談室へ戻ると、2人は先ほどと同じ位置に座っていた。

ただ、伯爵の顔は赤く、クラリッサの目元は濡れていた。

クルミは机の中央で、伯爵の袖飾りをかじっている。


「それは返しなさい」


エルネスタが手を出す。

クルミは素直に袖飾りを渡した。

伯爵が受け取り、布で拭った。


「話し合いは終わりましたか?」


サロメが尋ねる。


「はい」


答えたのはクラリッサだった。

伯爵はうつむいている。


「鑑定結果について、私は全項目を受け入れます」


伯爵が言った。

クラリッサが少し驚いた顔をする。


「先ほどは、そこまで言っていなかったでしょう」

「言うつもりだった」


少し意地になっているようだった。

エルネスタは鑑定書を開いた。


「では、支払い条件をご確認します」

「その前に」


伯爵がクラリッサを見た。


「皆の前でも、もう1度言っておきたい」

「何を?」


伯爵は口を開いた。

けれど、すぐには言葉が出なかった。


「私は」


そこで止まる。

クラリッサは待った。


「何もしていなかったなどと、言うべきではなかった」

「ええ」

「いや」


伯爵は首を振った。


「言うべきでなかった、では足りないな」


サロメが、わずかに眉を上げた。


「何もしていなかったと思っていた」

「そうでしょうね」

「だから、謝る」


伯爵は膝の上で手を握った。


「すまなかった」


クラリッサは返事をしなかった。

伯爵が不安そうに彼女を見る。


「謝罪を受け取るかどうかは、私が決めてよいのですね」

「もちろんです」


エルネスタが答えた。


「受け取らなくても?」

「鑑定額は変わりません」


伯爵が顔を上げる。


「変わらないのか」

「謝罪は、値引きになりません」


クラリッサの口元が少し緩んだ。


「では、今は受け取りません」


伯爵の顔が強張る。


「そうか」

「でも、聞いておきます」

「ああ」

「いつか受け取るかもしれません」


伯爵は、わずかに息を吐いた。


「分かった」

「期待はしないでください」

「分かった」


同じ返事だったが、2度目のほうが小さかった。


「それから、義母のことです」


クラリッサは鞄から、厚い書類を取り出した。


「薬の一覧と、通院予定と、食事についてまとめました」


伯爵が受け取ろうとする。


「これは無料ではありません」


エルネスタが言った。

伯爵の手が止まった。


「金貨3枚です」

「払う」

「作成者はクラリッサ様です。直接お渡しください」


伯爵は、用意していた財布を開いた。

金貨3枚を机へ置く。

クラリッサは、それを1枚ずつ確認した。

6年間、伯爵の家のために金を使い続けた人が、初めて自分の仕事の代金を受け取る。

金貨3枚。

大きな額ではない。

それでも、クラリッサの指は少し震えていた。


「確かに」


彼女は金貨を鞄へしまった。


「ありがとうございます」


伯爵が頭を下げた。


「こちらこそ」


2人の間にあったものが、元に戻ったわけではない。

結婚も終わる。

愛情が生まれ直すこともないだろう。

けれど、支払うべきものを支払い、受け取るべきものを受け取る。

それだけで、終わり方は少し変わる。

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