第十五話:学園生活の終止符
アイーゼ魔法総合学院、学園長室。
そこには、学園創立以来……いや、アイーゼ自由都市連合の歴史上、最も「異常」で「シュール」な光景が広がっていた。
学園長のゼノと、特進クラス担任のセドリックは、部屋の隅で文字通り白目を剥きかけていた。
なぜなら、商人と研究者が実権を握るこの国のトップに君臨する、「錚々(そうそう)たる権力者たち」が、今まさに床に額を擦り付けていたからだ。
「「「「本当に、申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!」」」」
声を揃えた凄まじい謝罪が、豪華な学園長室を震わせる。
土下座の列に並んでいるのは、カイルの父である最高評議会議長、ガウルの父の防衛総監、ユリウスの父である財務官、そしてイザベラの父である魔道具ギルド長だ。
その後ろには、それぞれの息子たちも情けなく平伏している。
(ちなみに、アリスの父である男爵は、娘が仕掛けた「魅了」の罪に連座して現在拘束中。クラリスの後見人である大司教は、ヴァルデンライヒ王国に直接詫びに赴くという連絡が入っていた。なお、イザベラは停学中のため、この場にはいない。)
対面に座るのは、ヴァルデンライヒ王国の王太子レオンハルトと、その隣で殺気を放つ王弟ジャック、そして彼の婚約者エレナ。
レオンハルトの傍らに立つ側近ルーカスは、感情を排した無機質な瞳で土下座の列を見下ろしている。
自由都市連合のトップ達による“本気の土下座”に、エレナは思わず引いていた。
(凄い……捨て身の土下座だ。異世界にも土下座あったんだ……)
「だって、英雄の婚約者だなんて思わなかったんだ……」
カイルが涙目で言い訳する。
「馬鹿者っ!相手を選べといつも言っているだろう!魔道具に金をつぎ込むばかりで何も成長していないとは……!」
議長である父の拳がカイルの頭に落ちる。
「そうだぞ、カイル。魔道具よりも筋肉なら裏切らないぞ!」
頭の悪い発言は、もちろんガウルだ。
「大馬鹿者っ!お前こそケンカする相手を間違えてんだろうが!」
防衛総監の怒声と共にガウルが窓際まで吹っ飛んだ。
「よりにもよって、ヴァルデンライヒ王国の王太子と、優秀と名高い従者にケンカを売るとは……」
財務官は今にも気絶しそうな顔をしていた。
ユリウスはすでに、ジャック達の威圧にあてられ気絶している。
そう――
レオンハルトとジャックの威圧により、学園長室は異様な空気に支配されていた。
特にジャックは、カイルを射殺しそうな目で睨みつけている。
エレナに近づく男には、小物であろうと容赦しない。嫉妬深い王弟である。
カイルは終始、チワワのように震えていた。
「……はぁ。とりあえず、頭を上げてください」
重苦しい沈黙を破り、レオンハルトがうんざりしたような溜息をついた。
「今までの無礼や非礼については、追って正式な公文書をお送りします。そちらに提示した賠償金の額、および条件をよく確認しておいてください。合意いただければ、あとは本国の実務担当者とやり取りをしていただく形になります」
そして――
ずっと震えていた魔道具ギルド長へ、視線を向ける。
ビクッ、とギルド長の肩が跳ねた。
脂汗をだらだらと流すギルド長。
「……そういえば、ギルド長。あなたは娘さんに、僕の妃になるよう強くけしかけたそうですね?」
「い、いえっ。それはその……この国の未来を、ひいては両国の友好を想うあまりの、親心と言いますか……」
「ほう。その『親心』が、王太子の寝室への不法侵入、および夜這い事件に繋がったと」
当時の不快感を思い出したのか、レオンハルトの瞳に昏い光が宿る。
え、お前の娘何やってんの!? と周囲の父親たちが一斉にドン引きする中、傍らのルーカスが容赦なく追撃をかけた。
「なお、イザベラ嬢には現在、王太子殿下に対する『暗殺未遂』の容疑も追加で検討しております」
「そ、そんな!? 暗殺だなんて……娘はただ、殿下の愛が欲しくて……!」
真っ青になるギルド長。
その様子を見て、レオンハルトはニヤリと嗤った。
「魔道具の取引で解決できるかもしれません」
――暗に、魔塔への優遇取引を持ちかける。
転んでもただでは起きない、腹黒魔塔責任者である。
ジャックが少し呆れたような視線をレオンハルトに向けるが、レオンハルトはどこ吹く風だ。
そしてエレナは、ずっと心の中で突っ込んでいた。
(主役俺様ヒーロー、熱血筋肉ヒーロー、インテリ眼鏡ヒーロー……っぽいけど、なんか違う……)
(ヒロイン魅了で逮捕?隣国王太子に夜這いで逮捕?悪役令嬢も夜這いで逮捕?清純聖女候補はヤンデレ地雷で国に送還??)
(レオンハルト様、フラグぶっ壊してない?乙女ゲーム破綻するとこうなるのか……こわっ)
プルっと震えたエレナに、それまで殺気を放っていたジャックが、まるで別人のような蕩けるような甘い顔で寄り添った。
「寒いのか、エレナ? 環境が変わりすぎて体調を崩したか? ……あとは本国と任せる。行こう、ここは空気が悪い」
溺愛する婚約者を抱え、ジャックはさっさと部屋を出ていった。
それを苦笑いで見送り、レオンハルトは最後に学園長ゼノを冷ややかに見据えた。
「学園長。ここではもう学ぶべき価値は無さそうです。僕たちも、本国へお暇させていただきます」
「はい、先ほどレオポルド陛下に許可を頂きました」
ルーカスが一歩進み出て、静かに補足する。
エリカが駆け回り、どうにか許可をもぎ取ってきたのだ。
「では、お世話になりました」
レオンハルトの言葉に、ゼノとセドリックは「やっと厄災が去ってくれる!」とばかりに、若干食い気味に返事をした。
その正直すぎる反応に、少しだけイラッとしつつも、レオンハルトはルーカスを伴い、誇り高き……いや、おバカな学園を後にした。
数日後。
ヴァルデンライヒ王城にて、事の顛末を聞いた国王レオポルドは、一人頭を抱えていた。
「……なんか、俺が思ってた学園生活と違う。もっとこう、甘酸っぱい展開とかあるだろ普通……」
窓の外を見つめながら、彼は静かに呟いた。
「あ……また抜け毛が増えた気がする……」
彼の悩みは、どうやらまだまだ尽きそうにない。
――完――




