おまけ話:筋肉ヒーローと悪役令嬢
アイーゼ自由都市連合が誇る最新鋭のトレーニング室。
そこには、むっすーっとした顔でエアロバイクに跨るイザベラの姿があった。
「さあ、イザベラ! 今日も元気に筋肉を喜ばせようじゃないか!」
例の事件以来、なぜかガウルに付き纏われる羽目になったイザベラである。
なんだかんだと押し切られ、一緒に過ごす時間が増えているのは、彼女にとって予想外だった。
(……まあ、最近お腹周りが少し気になっていたのは事実ですし。美しさを保つのも淑女のたしなみ、運動も悪くないかしらね)
自分にそう言い聞かせ、イザベラは優雅にペダルを回し始める。
ガウルが快活な声で、装置に付いている魔道具を指し示した。
「それは下半身の筋肉を動かすことで、ダイエットと脂肪燃焼効果が期待できる優れものだぞ!」
「脂肪燃焼」という甘美な響きに、イザベラの瞳がギラリと肉食獣のごとく光る。
「その魔道具の画面には、漕いだ時間や消費カロリーが表示されるんだ。さらに、運動量に応じて画面の【キャンディ】の絵が【クッキー】へとランクアップしていく機能付きだ」
画面には、いかにも可愛らしいキャンディの絵が浮かんでいる。
「まあ、ちょっとした遊び心だな。では、俺はあちらで追い込んでくる。頑張ってくれ!」
ガウルは爽やかに笑ってバーベルエリアへと去っていった。
一人残されたイザベラは、画面をじっと見つめる。
「ふん、子供だましな機能ですわね。……まあ、クッキーになるまでくらいはやって差し上げますわ」
優雅に、しかし着実にペダルを漕ぎ進めるイザベラ。
キャンディの下にあるゲージがじわじわと溜まっていく。
(さあ、いよいよクッキーがお出ましですわね……!)
期待を込めて画面を凝視した瞬間、イラストが切り替わった。
表示されたのは――
【カフェオレ】
「…………」
なぜ。クッキーはどこへ行ったのか。
イザベラは言いようのないモヤつきを覚えたが、黙って足を動かし続けた。
きっと、飲み物が出てからお菓子が出るという、心憎い演出に違いない。
カフェオレのゲージが進んでいく。
(ええ、ええ、頑張りましたわ。次こそはクッキーを拝ませていただきますわよ!)
カフェオレのイラストが、パッと切り替わる。
そこに現れたのは――
【バナナ】
「………………っ!」
思わず足が止まりそうになるが、イザベラの負けん気に火がついた。
バナナ? なぜバナナ? 私はクッキーが見たいと言っているのですわ!
もはやダイエットなど二の次。彼女の目的は、この意地の悪い魔道具を屈服させることにすり替わっていた。
足の筋肉が悲鳴を上げ始める。だが、やめない。
クッキーを拝むまでは、このバイクを降りるわけにはいかないのだ。
歯を食いしばり、必死の形相でバナナのゲージを押し進める。
(さあ……次こそ! 次こそは、わたくしに勝利のクッキーを!!)
汗を滴らせ、渾身の力でペダルを蹴り抜いた。
画面がフラッシュし、ついに新たなイラストが躍り出る。
そこに映し出されたのは――
【マグロのお寿司(二貫)】
豪華な脂の乗ったマグロが、あざ笑うかのように画面上で鎮座していた。
「何なのよーーーっ! キイイイイイイーーー!!」
静かなトレーニング室に、イザベラの絶望に満ちた雄叫びが木霊する。
その叫びを聞きつけたガウルが、重いバーベルを持ち上げながら嬉しそうに呟いた。
「おおっ! イザベラのやつ、いい声で鳴いてるな。よほどトレーニングを楽しんでいるらしい!」
ガウルの顔には、想い人がついに運動の喜びに目覚めたと信じて疑わない、純粋な笑顔が浮かんでいた。
(おしまい)
実話です(笑)




