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四天王ファキオ




 魔大陸を治める王には、四天王と呼ばれる幹部的な魔族が存在する。彼らは玉座に選ばれた魔王に忠誠を誓い、ときには下剋上を起こして時代に新しい風を吹かせた。

 たった200年しか大陸を統治していなかった先代魔王が、勇者ケルサスによって倒されて早20年。四天王はいく度も新たな魔王の育成に挑みつづけ、その度に人間側の妨害によってそれを阻まれてきた。

 

「しかし、奇しくもその息子が新たな魔王として玉座についた。この波に乗らない手はありませんよ」


 四天王として6000年ほど君臨していたファキオは、大きくうねる魔素の流れに目を細めた。数週間か、早ければ数日の間にこのうねりも落ち着き、魔大陸存続の猶予も少しは増えるはずだ。


「あと数年玉座が王を選ばなければ魔大陸もよもや、という時に。時代が変わるという玉座からの報せでしょうか」


 魔大陸、魔物、魔族・・・・・・

 この地に存在する全ての生物と無生物にとって、魔王の玉座は[[emphasismark:魂 > ﹅]]ともいえる存在だ。1万年以上前のいまはおとぎ話と揶揄されるような遠い昔、乱れやすい魔素の流れを安定させ、魔物や魔族にとって住みやすい環境を整える為、「魔王」と「魔王の玉座」が作られた。


 昏くどんよりとしたこの空気も、黒く瘴気を放つ草本も、数千年かけて魔素を貯めこんだ岩や宝石に至るまで。器として選ばれた魔王が玉座に座り続けることでもたらされた美しい繁栄の姿なのだ。

 

 そして6000年という遠い昔から、新しい王が選ばれる度ファキオは王の最も信頼のおける側近となった。玉座に選ばれていないだけで、実質的な魔大陸の統治はファキオが担っているのだ。人間が魔王になるというのは今回が初めてのこと。が、過去にスライムやゴブリンの王もいたのだから、せいぜい200年ほど人間が王になっても差し支えないだろう。それがファキオの推測だ。


「四天王もちょうど代替わりの時期ですから、これまでとはまた違う魔都になっていきそうですね」


 転調や拍子の変化を伴いながら慣れ親しんだ魔都を見下ろすと、凶告鳥が新魔王を高らかに嘲笑し、老いた勇者ケルサスの侵略をほのめかしている。どうやら、人大陸で魔王討伐クエストの発注したことが知られてしまったらしい。

 ファキオは魔都を飛びまわる凶告鳥に指を伸ばし、一息に撃ち殺した。


 大衆を扇動できる力を誇示し、魔王に取り入ろうとする輩の仕業だろう。無許可の報道はすべて、ファキオに対する侮辱であり挑戦だ。凶告鳥は撃たれたはずみで軌道を逸れ、脱力したまま屋根に叩きつけられる。そしてファキオが踵を返して歩き出す前に、裏路地を徘徊していた下級の魔物がその死骸をさらって影の中へ消えていった。


 人間は情に厚く、殊に勇者ケルサスの善人ぶりは魔大陸まで届くほどである。

 自分の可愛がった息子を果たして殺せるのか、はたまた魔王となった勇者の息子の力はどれほどケルサスにとって脅威となりうるのか。ここまでファキオが興味を引かれるクイズはそうそうない。


「勇者ケルサス・・・・・・また私を楽しませてくださいよ」


 







ーーーーーーーーー















 ”新しい魔王さまに、勇者ケルサスの話をしてはならない”


 


 これは、四天王の古株であるファキオが出した、新魔王に関する最初の掟である。

 新しく玉座についた魔王を城下町の住民たちが実際にお目にかかれるのは、最低でも即位から1週間ほど後である。どれだけ強力な魔族がその席に座ったとしても、魔大陸全体に漂う魔素の流れを操れるようになるには時間がかかるからだ。


 ましてや寿命も短く、そもそも魔大陸の魔素や瘴気に耐性を持たない人間であれば、順応に8年掛かっても不思議ではない。

 20年もの間魔王が玉座につくことがなかった魔大陸の魔素は危険で、すでに高濃度の魔素耐性を持たない生物は次々と数を減らしていた。


「すみません。本を探しているのですが」


 ファキオは静かな、それでいて確かな足取りで魔大陸中央図書館に足を踏み入れた。

 魔王統治よりも古い時代から存在すると言われており、寿命の短い人間などでは到底手に入れられない情報もここに収められている。蔵書検索カウンターで作業していた魔族は顔を上げ、ファキオの存在をみとめるとメガネの位置を直した。

 いつものように、「何の本をお探しですか?」と魔族は返す。ついでに手を伸ばして図書カードの提示を求めた。


「今日は何冊借りるんですか? 」


「いえ、あるかどうかも分からないので」


 先にスタンプを押そうとする魔族を手で制し、カウンターに肘をついて自然に寄りかかった。これはなにか今後の政策や計画に関わる重要なものだろう。そう気付いた魔族は静かに深呼吸をして神経を張り巡らせた。


 これから四天王ファキオが発する言葉は、誰にも知られてはいけない。魔大陸の今後を左右する話だからだ。単語1つも漏らそうものなら、「前に」この蔵書検索カウンターで働いていた他の魔族と同じように、この世界から消されてしまうだろう。

 そっと小さく保護魔法を掛けると、魔族は検索履歴の残らない特殊な石板を取り出した。


「ここは魔大陸中央図書館。大抵の本や情報はここか、地下倉庫にありますよ」


「そうですね・・・・・・私もそれはよく知っているのですが」


 こんな回答は初めてのことだ。自分が何か決定的なヘマをしたのか、それともこれまでにないほど重要な情報を求めているのだろうか。本のページをめくる音が響く静かな図書館で、魔族は一人冷たい汗を流した。

 この図書館に所蔵されている本の半数以上は、ファキオが四天王の座について以降に書かれた。歴史の生き証人であり、強大な力を持つ四天王ファキオが、存在すら怪しいと考える情報が記されたホントは、いったいどれほどのものだろうか。


「もしかして、人間に関する本ですか? 」


 魔族はまぶたの上に流れる汗すら止めなかった。蔵書検索カウンターは、代々ファキオが求める本を素早く、隠密に探し出して渡すのが仕事だ。

 新しい魔王が決まってまだ間もないこのタイミングで中央図書館を尋ねるということは、やはり人間の生態や行動を理解してより掌握しやすくする算段だろう。


「ああ。・・・・・・人間に特異的なものかもしれないですね。魔族ではあまり聞かないような、行動? か心理? です」


 随分と歯切れの悪い回答に、魔族はさらに緊張した。ファキオの求める本をいち早く推測し、なければそれに関連する本を提案しなければならない。人間や魔族関係なく数多の命を屠って来たあの手に本を持たせないと、きっとこの四天王の老いた魔族は自分の生首を持って帰る。


 気付けば周囲に他の魔族の姿は無かった。もともと来館者の少ない時間帯ではあるが、皆ファキオの漂わせる魔力を嗅ぎとって早々に離れていったのだろう。


「人間の行動、心理に関するものですか。確かに蔵書の多くを占めるジャンルですね。成長段階や雄雌の違いもありますが、特に子離れ親離れの時期は珍しい行動をとると、いくつかの本にありました」


「そう! そんな感じの本が欲しいんですよ! 確か・・・・・・思春という特別な時期のことですよね」


 さすが今回の司書さんは優秀ですね、という褒め言葉を聞き逃しながらも、危機一髪の状況をほんの少し脱した魔族は、蔵書検索用の石板にキーワードを打ち込んでいった。


「通常ですと、人間は思春期に入ると親やこれまでの環境に反抗的な態度をとり、自立していくことが多いですね。もうファキオ様はこのあたりの書籍をほとんど読破されているようですが・・・・・」


「ええ。今回は少々、特殊な思春期について調べたくて」


 ファキオは少し目を泳がせて、何か迷ったようなそぶりを見せると、意を決したように話し始めた。魔族は一言も聞き洩らさないように鱗を逆立てながら耳をそばだてた。



「・・・・・・親。とくに”父親”に対する人間の子の行動心理で、私が探しているのは、例えるなら”親の推し活をする子供”に関する本です」



「親の、推し活」

 


「・・・・・・ええ」


 ファキオはため息を吐きながら同意した。


「たいていの人間の場合、権力や世間に強い影響力を持つ親のもとに生まれると、反発したり対抗心をもつのが通説ですが。・・・・・・・・・・・・そんな本、ないですよね」


 半ばあきらめたようにうなだれるファキオをよそ眼に、魔族は石板に慣れた手つきで文字を打ち込んだ。







「ありますよ」


 そう言うが早いか、魔族はカウンター横に設置された館内配送用の魔方陣を起動し、数ブロック先の本棚から本を取り寄せた。えっ?という顔をしたファキオが何か言葉を発するよりも早く、魔族は該当する本をカウンター越しに差し出した。


「嘘ですよね。あるんですか? 」


「ここは魔大陸中央図書館。たいていの本はありますよ。あ、スタンプカードが溜まったのでくじ引きをどうぞ」


 雑誌の付録とくじの入った箱を取り出すと、魔族はファキオに促した。信じられないという表情のままページをめくる四天王の様子を見て、ついでに新しいスタンプカードの発行作業に取り掛かる。


「この本、刊行が7000年前。・・・・・・しかも割と借りてる人が多い」


「若い人間マニアの間では、けっこう人気の図書ですよ。ほら、最後に借りられたのは2週間前だし」


 聞けば、思春期の人間は親に通常ではありえない特殊な感情を抱くことがまれにあるらしい。


「怖い。魔大陸こわい。なんでこんな本が7000年前からあるんですか。これを借りて読む人も何なんですか、こわ」


 理解できない不気味な趣味をもつ魔族がけっこうな数いることに怯えながら、”有名人のもとに生まれた人間の子100選”を手にしたファキオは、おずおずと収納魔法を発動してその本を入れた。帰り際に次のスタンプカードを忘れそうになって呼び止められるほど動揺しながら、一緒に渡されたC賞の景品とともに四天王は城に帰っていった。








「あ、ファキオおかえりー」


 鏡の前で決めポーズをしていたアンテは、脱ぎ散らかした服を飛び越えながらファキオのもとに走って来た。両手に2枚のマントを掲げて、やけに上機嫌な顔で出迎える。


「みてみて。これとこれだったら、どっちが魔王っぽいかな? 」


「・・・・・・魔王っぽい」


「あ、えっとね。そんなつもりで聞こうとしたんじゃなくて。どっちが強くて格好良さそうかなと思って」


 アンテはすぐにシュンとして両手を降ろした。身の丈に合わないマントの裾が床に付き、散りばめられた小さな宝石が天井の照明を反射する。

 老獪な四天王として名をとどろかせるファキオは、混乱してただ眉を顰めることしかできなかった。どっちも似合いますよという当たり障りのない答えを返すと、アンテはまた鏡の前へ戻っていった。


「やっぱり、魔王って最強でめっちゃ格好良くないとね。はぁ、父さんの一番格好いいところを最前で見られるなんて。夢みたい」


 邪魔な床の服を足でより分けながら、ファキオは若く無垢さの残る魔王を見つめた。あれでもないこれでもないとお洒落にはしゃぐこの人間の子を、城下町や魔都民の前に出せる出来栄えにするのに、到底数日では足りないだろう。



「・・・・・・夢であってほしいのは私の方ですよ」


 ファキオは魔王に聞かれないよう呟くと、図書館で当てたC賞の景品をお土産に渡した。


「父さんのグッズじゃん!!! 魔大陸にもあるの?! 」


「ええ、まあ」


 的当てゲームの的として使われる人形を抱えて、アンテは飛び跳ねた。不似合いなマントをはためかせながら部屋をたっぷり3周すると、そのままベッドに飛び乗った。ゴロゴロと転がりながら何度も人形を見返し、その度に恍惚とした表情を浮かべる。


「はぁ・・・・・・非売品グッズじゃん。人大陸じゃぜったいに手に入らないよ」


「アンテ様、マントがしわになりますよ」


 ファキオは夢見ごこちのアンテを転がしてマントをはぎ取ると、シャツの袖をまくって部屋の片づけに取り掛かった。上着や履物が整頓されていたはずのクローゼットはほぼ空っぽで、コーディネートに勤しんだおかげか全てがごちゃ混ぜになってあちこちに散乱している。


「・・・・・・はぁ」


 今日一番大きいため息を吐き、ベッドの上で人形と戯れている魔王を人睨みすると、ファキオは魔法で上着をあつめてハンガーに掛けていった。


「ねえ、ファキオ。人間でこのぬい持ってる人、他に居ないよね? 僕だけだよね? 」


「先月の雑誌の付録なので、まあいないでしょうね。それより、明日からまた魔王のお仕事再開しますから。覚悟しておいてください」


 絡まるズボンハンガーにイライラしながら、ファキオは答えた。ポスポスと柔らかいマットレスの上で足をばたつかせながら、アンテはそれを聞くと嬉しそうにもう一度人形を強く抱きしめた。






「世界で僕だけ。・・・・・・あぁ。やっぱり魔王になって、ほんとによかった。グッズも部屋に飾り放題だし、これ以上に最高の推し活ある? 」














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