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魔王研修


「四天王って他に誰がいるの? 」


 魔王研修にまったく身が入らないアンテは、どうにか雑談で時間稼ぎをしようとひたすらファキオに質問を浴びせた。


「他の2人は勇者ケルサスに斬殺されました。ご存知でしょう? 」


 そうファキオが言うと、アンテはすぐ勇者ケルサス英雄譚の魔王城攻略の章を思い出してニヤケ始めた。こうやってすぐ集中力が切れるのだ。

 怠惰な人間の20歳も、6000歳の魔族にしてみればただのイヤイヤ期でしかない。あと70年ほどすれば人間も落ち着いた大人になるだろうと、ファキオは温かい目でアンテを見た。


 それにしても、憧れを履き違えてしまったであろうこの推し活は、いつ終わるのだろうか。


「でも、なんでファキオも含めて四天王は3人しかいなかったの? 」


「魔王の側近は、四天王と呼ぶ物ですよ。私の知る限り、初代魔王の頃から四天王と呼んでいましたね」


 時計の針が終わりに近づくと、アンテはじわじわと椅子を押して机から離れ、教科書から逃げようとした。


「へー。じゃあ最初は4人だったんだね」


「いえ・・・・・・最初は2人体制でしたね。私が3人目として入ったので」


「じゃあなおさら、なんで四天王なのさ」


 アンテはサッと立ち上がってファキオの間合いから流れると、ぶらぶらと部屋の中を歩き回りながら、窓のそばに近づいた。

 灰色の曇天は常に魔都を覆い、瘴気と魔素を含んだ雲が自然に魔法の雷や竜巻を絶えず生み出している。窓にかけられた魔法は強固で、ドラゴンの激突や瘴気などほとんどの攻撃にも耐えることができた。


「開けてはダメですよ」


「わかってる」


 アンテはこの窓を開けることを許されていない。外の瘴気は人間にとって有害で、魔王になりたての体を蝕むからだ。

 厳しい環境から隔離されたこの魔王城で、ぬくぬくと過ごすこと1ヶ月。初めて玉座に座った時の傷や消耗もだいぶ回復した。


「本当に、父さんはここにいたんだ」


 20年前、この毒々しい魔大陸を父は仲間とともに駆け抜けた。そして時を超えて今、勇者ケルサスの子アンテは(ほとんど瘴気対策をせず)魔大陸を訪れ、勇者対極の存在、魔王としてこの地に根を下ろそうとしている。

 奇妙で理解しがたい選択だが、アンテはまだ“8回しか”後悔していなかった。


「あーあ。大学は強制退学だろうし、ギルドの内定も取消しなんだろうなー。16時半に帰れる受付の事務職なんて、そうそうないのに。やっぱり魔王になるの、もっとよく考えればよかった・・・・・・はぁ、考えるのやめよ」


 アンテは項垂れていた顔を上げた。しかし、目に映るのは人大陸とは似ても似つかない景色。自分以外のに人間はおらず、魔物と魔族の支配する大陸だ。

 父がかつてこの地を、城をどのように歩き回ったのか。仲間や敵とどんな会話をしたのか。書き留めるほどでもない小さな出来事、逆に墓場まで持っていこうとしている秘密。

 一般向けに売られている英雄譚や自叙伝にすら書かれていない話はないのだろうか。誰よりも魔王や勇者について詳しいファキオなら、それを教えてくれるのではないか。


 そう思って渋々魔王研修に参加したわけだが、蓋を開けてみれば一万年分の歴史を1週間かけて理解するというただの拷問だった。


「はぁー。なんで魔大陸まで来て勉強なのー? 内定もらってやっと勉強終わると思ったのに〜。一万年前なんて知って何になるのさ」


「魔王という統治制度の成り立ちや、身体的な負荷を知らないで玉座に座り、コロッと死なれるのにはもううんざりしておりまして」


「そんな、店長がコロコロ変わるから実質的に現場を指揮しなきゃいけない副店長、みたいな感じなんだね」


「なかなか定着せず、教育コストが全て負債になる新人研修。と言った方が正しいですね」


 アンテは窓に息を吹きかけて、曇ったガラスに父ケルサスのゆるい顔のイラストを描いた。

 昔から公式で使われている絵柄で、膨大な量のコラボバージョンがある、その初期イラストだ。子供の頃から何千回と練習したおかげで、今や場所も道具も選ばずに描けるようになった密かなアンテの特技の一つだ。


「んふふ。やっぱり父さんは凄いよな。僕じゃ絶対あの背中には追いつけない」


 そこそこの完成度に満足していると、懐中時計の蓋を閉じたファキオに一瞬で間合いを詰められる。音を立てずに影の中で動き回るその能力で、これまでに幾度も勇者の行手をを阻んできたのだ。

 そして、肩を掴まれて優しく椅子の前に連れ戻されると、アンテはまた渋々座らされた。


「魔王様」


 ファキオが自覚を促すようにアンテを呼ぶ。

 玉座が選ぶだけあって素質はあるのだ。今はまだ名前負けしていても、じきに相応しい振る舞いを身につけるだろう。身につけてもらわなければ困る。

 

「これからは、追いかける必要などございませんよ。あなたはここに鎮座して、待つ側なのですから」


「そーだね」


 勇者ケルサスと正面から対峙することができる、一生に一度あるかないかの機会だ。

 深呼吸をして気合を入れ、アンテは教科書ともう一度向き合った。


「・・・・・・やっぱりさ、一番大事なとこだけコスパ良くやらない? 」


「コスパとダイパを最大化して、一週間なのですよ。馬車免許の取得より短期間じゃないですか」


「えー。合宿免許の内容なんて、ほとんど覚えてないよ。馬車もずっと乗ってないし。そもそも、父さんが討伐クエストの時に馬車乗ってた、って聞いたから行っただけでー」


 指先で器用にペンを回しながら、アンテはさっそく余白に絵を描き始めた。


「・・・・・・もう、全ての原動力が勇者ケルサスなんですね」


「父さんと同じ学校に行きたくて、受験とか資格の勉強もしたし。同じ道場に入りたくて、魔法とか剣術の練習もしたし」


 勇者の父親に憧れる純粋な少年が、どのタイミングでこうなってしまったのだろう?

 ファキオは温かい目のままそう思った。


「でも、どれだけ頑張っても父さんには追いつけないって気付いたんだ。父さんの人生を正確になぞっても、なんの意味もないって。僕がやってるのは、父さんのコスプレだったんだ」


「ふむ・・・・・・そこまでは、わりと普通ですね」


「でもね、辛いのは追いつこうとするからなんだ。憧れる気持ちはずっと変わらないし、誰よりも父さんのことが好きな自覚もあるし」


「・・・・・・んー」


「そこで! 父さんの推し活にシフトチェンジしたんだ! やっぱり僕にはこっちの方があってたよ。だって推し活なら誰にも負けないもん。僕が世界で一番なんだ」


「・・・・・・」


 四天王6000年のなかでも、かなり扱いづらい魔王だ。

 勇者ケルサスに対して恨みや嫉妬、劣等感を抱いているはず、という思い込みしてしまったファキオ自身が悪いのだが。


「では、なおさら勇者ケルサスを万全の体制で迎え撃てるよう努力すべきですね」


「・・・・・・頑張ったらご褒美とかある? 」


「そうですね。テストの成績が良ければ、今晩は城下町へ降りてみましょうか。ケルサスの攻略経路をご覧いただけますよ」


 そう言うと、アンテは目の色を変えて教科書を読み始めた。ファキオはそれを邪魔しないように、そっと側を離れて窓から城下町を見下ろした。

 






こんなノリで書いてて大丈夫なのか不安になります

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