弓使いのインベル
ただの猟師にもどって早20年。懐かしい手紙をたよりに山を下りて王都に向かうと、あれよあれよという間に近衛兵に迎えられた。前魔王討伐パーティーメンバーである”弓使いのインベル”として、この地に立つのはあの日以来初めてだった。
若い頃は伝統や歴史に大した興味が湧かなかったが、様変わりしてすっかり過去の面影を失った大通りの真ん中に、かつて腰掛けた噴水を見つける。懐かしさともうあの時見ていた風景は二度と見られないのかという悲しさが、人混みの間をぬって吹き抜けていった。
変わらない為にはその為の専用の努力が要る。成長や改善とは違った、あるいはそれよりも多くの労力を必要とするものなのかもしれない。数百年・数千年かけて変化する森とはまた違った人間の営みを見ながら、インベルは手紙の最後に書かれた送り主の署名をもう一度目を落とした。
麓の小さな街では、嘘か本当かどうかも分からない噂しか流れてこない。だが、城下町には相変わらず活気があるし、城の煌びやかさに至ってはさらに磨きがかかっているのではないかと感じるほどだった。
予想通り、久しぶりに再会したケルサスは深刻な顔をしていた。
「君の力を借りたいんだ」
若かりし頃と何一つ変わらない台詞で、勇者はインベルに頼んだ。
つい昨日まで山菜や木の実を集めて、1人で生きていくのに必要な分だけの山の恵を狩っていた、ただの猟師にだ。靴も服も使い古されていて、磨かれた金属の鎧をつけた勇者サマなんかがお伺いを立てるような人間じゃない。整備された街並みも、人工物で溢れかえった部屋も、なにもかも。
だがインベルは、20年前と同じように二つ返事で了承した。
春夏秋冬をめぐって少しづつ違うだけの年月を繰り返すうちに、過去の冒険の記憶がぜんぶ長い夢だったんじゃないかと思うようになったからだ。
「別に構わないが、本当にいいのかい? 弓ならエルフとか、得意な奴はごまんといるだろ?」
「それは前にも言った」
過去を思い返すと、まだ勇者ではないただの青年が真っ直ぐな目で“前”の台詞を言う光景が浮かんだ。本なんてもうずいぶん読まなくなったが、自分が歴史の一行にどうやら載せられているというのは知っている。猟師の小屋に生まれて、人生の9割を猟師として生きてきた人間が、残りのたった1割にも満たない短い時間で仰々しい肩書を手に入れてしまった。
そして、2人は月日の隔たりを感じさせないよう再開の挨拶を交わす。
「最近、魔大陸の方角で変なうねりがあった」
「ああ。新しい魔王が出たんだ。あれからずいぶん経って、前のパーティーメンバーで頼れるのはもう君しかいない」
インベルはそれを聞いて笑った。この時代の勇者はつくづく面白い人間だなと腹を抱える。きょとんとしたケルサスの顔はいつ見ても可笑しかった。
狩人の腕を求められたことは何度もあるが、自分を必要とするのは後にも先にもこの人間だけだ。
「お前、あれだろ? アンテが反抗期になって家出したんだろ? ぜったいお前なら余計なこと言ってこうなると思ってたんだ」
「・・・・・・みんな気を遣って言わないでいてくれたのに」
「勇者やって親もやれるほど、人間は器用じゃないさ。あの子も20だろ? 落ち着いたら2人で酒飲んだらすぐ仲直りできるって」
ケルサスは大きなため息を吐いた。巨大ドラゴンの巣の掃討クエストでも、ここまで深いため息は吐いたことが無い。
「方々まわって相談もしたし、できる限りの事はしてみたんだ。・・・・・・それでこの様なんだ」
そう言うと、ケルサスはまた大きなため息を吐いた。頭を掻き、所在なげに手元の書類をいじる。
思春期と呼ばれる年頃になり、自分の存在が大きな足かせになるであろうことはケルサスにも予想できた。
仕事の調整をして元妻も交えた団らんの時間を増やしてみたり、長期休みの期間には家に泊まらせたりもした。進学先や将来のキャリアプランの相談にも乗ったり、学業に不安があると聞けば惜しみなくサポートした。
もちろん、人間関係には特に気を遣った。
恋人の催促や探りを入れるのはできるだけ控えたし、友人関係でトラブルがあれば矢のように飛んでいった。仕事一筋に生きてきたので、最近の流行りなど知る由もない。素人が口を出すべきではないと言い聞かせて、ファッションなどは言わずもがな絶対口を出さなかった。
勇者の息子という肩書を生まれた時から背負わせてしまっている負い目もあって、家に来た時にはできるだけ優しく接し、お小遣いを渡したり、出掛けに誘ったりした。主としてアンテの子育てをしている元妻の教育方針は尊重したうえで、父親として以上に人として手本となるよう努めた。
勇者として20年。夜遊びはおろか、離婚してから恋人も作らなかったし、仕事や人間関係で後ろ指をさされるような事はしていない。自分の勇者としての評価が、自分の子やその評価にも影響するのだと周りを見て痛いほど理解できたし、そもそも何があっても可愛いアンテの為だと思えば耐えて忍べた。
「で。これなんだ」
「んー。・・・・・・難しいな、思春期って」
ケルサスは、今日63回目のため息を吐いた。
多感な時期に親の離婚という経験をさせてしまったのが悪かったのか。それとも勇者の父親という自分の存在が何かを歪ませてしまったのか。それとも、仕事にかこつけて何か重大なトラブルを見過ごしてしまったのか。
どれもケルサスが人生の中で悩みながら決めていった出来事だが、子供のアンテにはどうすることもできないものばかりだ。
「私の人生の選択をアンテにさせるというのも違うし・・・・・・でもやっぱり、離婚は踏みとどまった方が良かったのかもしれない」
「なるほど。パーティー編成が長引いてるってのは、これが原因な訳か」
インベルはとりあえず弓と矢筒を降ろした。長話になりそうだったからだ。
どれだけ勇者として成果を挙げても、伝説的な存在に祀り上げられても、一人の子を持つ親として悩みを抱えるのは変わらない。
「ほら、子育てには正解なんて無いって言うじゃないか。ここで悩んでも、どうしようもないだろ」
「アンテが、あの子ができるだけ幸せになれるよう努力した筈なんだ。それなのに、魔大陸なんかへ・・・・・・体にも悪いし、そもそもあの子は魔族を相手にできるような子じゃない。ギルドの一般職で事務を希望するような子なんだ。・・・・・・やっぱり人間関係で何かあったんだ。そうでもなければ家出するにしても魔大陸まで行く必要が無い。・・・・・・いや、それで一番心配するのは私なんだから、私に対する復讐か当てつけと考えるのが自然か。ここ最近は上手くいってると思っていたが、気を遣われていただけかもしれない・・・・・・」
弓使いに相談されても専門外だが、インベルはとりあえず話を黙って聞いてやることにした。こういうのはひたすら喋らせた方が良い。森で暮らしている時も、人生に迷った人間がインベルの狩場に入ってくることがある。その所為で狩人にしては珍しく、人心掌握や心理系のスキルまで獲得したくらいだ。
インベルは半分ほど減ったコップに口を付けた。多分ケルサスの飲みかけだろう。人生で吐くため息のほとんどをこの1カ月で吐き切ろうとして、とてもじゃないが手が付けられないといった様子だった。
「やっぱり、結婚して家庭を持つこと自体が私には無理な話だったんだ。魔王になってしまうような育て方をして、どうやって償えばいいんだ? 私が死ねば贖罪になるのか? 」
「・・・・・・そう早まるなって」
冷めきった液体を一息に飲み切ると、底や淵についた茶渋を隠すように、温くなったポットの中身を注いだ。
この空間に長くいたら、ため息まで移りそうだ。
ピクシブで編集部の方の目に留まったらしいです。
ノリと勢いで書いていたものが予想外に注目されて、嬉しさ半分恥ずかしさ半分です。




