第30話 風の少年
4人は夕陽に照らされながら帰り道を急いだ。大量の狼の毛皮とトロフィーは砦の倉庫で見つけた手押し車で運んだ。砦の落とし穴は邪魔だったが倉庫に資材が豊富にあったので簡単な橋を作って手押し車を通せるようにした。手押し車を担当したのは、やはりウィルだった。4人とも憔悴し黙りこくっていた。
村にたどり着くころにはすっかり真っ暗になった。村の広場までやってくると少年がウィルの傍に駆け寄って来た。少年の笑顔を見てウィルは空元気を出す決心をした。
「お帰り!おじさん、さっそくお話を聞かせてよ」
「おう。いいぞ。ところで狩人のおじさんはどこにいるか知っているか? 」
「ナイリスさんならもう帰っちゃったよ。陽が暮れる前に小屋に戻らないといけないと言っていた」
「そうか。じゃあ村長さんは?報告しないといけないんだ」
「倒したの? 」
「ああ、倒した」
ウィルの短い答えに少年はちょっと困った顔をして考え込んだ。
「どうした? 」
少年は突然明るい顔になった。何か思いついたようだ。
「お爺ちゃんには明日話せば?おじさん達、疲れているのでしょ?鎧もボロボロみたいだし。今は一休みした方が良いよ。疲れている時に難しいことをやっても上手く行かないよ。お爺ちゃんはいつも日の出前に起きるからその時にしようよ」
ウィルは言っている事が呑み込めず怪訝な顔しているとシルフィールが耳打ちをしてきた。
「ウィル様、この子の言うとおりにしましょう。後で説明しますわ」
説明されてもわからない気がするが素直にシルフィールの言う事を聞くのが良さそうだ。俺の直観がそう言っている。
「わかった。じゃあ、みんなで夕飯だな。冬キャベツのスープが待ち遠しいな」
「あなたの頭の中はご飯でいっぱいなのね」
先ほどまで暗い顔で憔悴していたマチルダはそう言うと笑い出した。
「キャベツならいっぱいあるよ。さあ食堂に行こうよ」
ウィルは少年に引っ張られるまま迎賓館に入り、彼の仲間もそれに続いた。
◆
見繕いを終えすっかり遅くなった夕飯もあらかた食べ終わった。普段着に着替えた4人はダイニングルームで少年と共に座っていた。テーブルの上にはシルフィールが控えめに差し出した白ワインが錫のコップの中に湛えられていた。ウィルの冒険談を一通り聞いた少年は上半身を逸らしながら言った。
「ふ~ん、砦で倒したんだぁ」
「ああ、古い砦だった」
「これで悪い奴はお仕舞になったんだね? 」
「……まだあっちには行っちゃだめだぞ」
「どうして? 」
「まだ狼がうろついているからな。お爺ちゃんが良いと言うまでは見張り小屋に行くなよ」
ウィルはもっともらしく言った。
「ふ~ん」
「それに狼よりも怖い怪物がいるかもしれない」
「でも、そうなったらまたおじさん達がやっつけてくれるんでしょ? 」
「もちろん!任せておけ」
ウィルは自分の胸を軽く叩いて請け負った。
「そろそろみなさんお休みを頂きましょう。明日も早いですし」
頃合い良しとばかりにシルフィールが促した。ウィルはコップに残っていたワインを飲み干すと立ち上がった。
「そろそろ寝るよ。坊主、お前ももう寝な」
少年はコクりと頷くと迎賓館から出て行った。
4人は少年を見送ってからめいめいのベットに潜り込んだ。
◆
ウィルとトラップはシルフィールにたたき起こされた。彼女が鎧戸を開けたがまだ空は暗かった。鎧戸の隙間から冷たい外気が流れ込んでくる。シルフィールは既に出立できる状態だった。
「ウィル様、村長さんは起きているみたいですよ。早く準備してください」
「お前、朝強いのなぁ」
「教会ではもっと早く起きていましたから」
ウィルのぼやきに澄ました顔でシルフィールは答えた。村長が起きているなら仕方あるまい。ウィル達はベットからのそのそと這いずり出て支度を始めた。
「これからあの爺さんに会うのかぁ」
「気が進まないが早いとこ終わらせて帰ろう」
二人の男はボロボロになった鎧を着こみ荷物を担いで部屋を後にした。
◆
外に出るとシルフィールが村長を呼び止めて挨拶していた。隣にマチルダもいた。どうやら彼女達が段取りをしてくれたようだった。マチルダはウィルに気付くと早く来るよう手招きしてきた。ウィルは手押し車で村長のところまで証拠品を懸命に運び息を切らしながら村長に挨拶した。村長は尊大な態度で返してきたがウィルは気にせずに手続きを進めることにした。
「これがご依頼の狼王のつがいです。見ての通り大きく白く狼王のつがいに相応しいかと」
ウィルはそう言って手押し車の妃の毛皮とトロフィーを指さした。
「ふん!子狼はどうした?始末したか? 」
「もちろんでございます。こちらです」
手押し車から麻袋を取り出すと逆さにしてすっかり赤黒くなっていた躯を地面に落とした。
「いたのは一頭だけでした。白い母狼と白い子狼と言ったらご満足いただけるでしょうか」
村長は子狼の躯を暫く睨んでからウィルに言った。
「依頼遂行証明を書いてやる。孫に持たせるから少し待っていろ」
ウィルはうやうやしくお辞儀してから言わねばならない事を言った。
「恐縮ですがオプション報酬もお願いします。ナイリスさんから報告があったと思いますが見張り小屋で24頭、さらにここに追加で40頭、そしてこの子狼合わせて65頭討伐の追加報酬です。32レアルと50セントとなります。更に100頭以上の成果がありますがそれは後日で構いません」
「なんだと? 」
村長は目を剥き激しく怒り出したがしばらくするとニヤりと笑って答えた。
「お前たちの見張り小屋での成果は6頭だ」
「何故です?ナイリスさんには24頭確認してもらったはずですが? 」
「ナイリスによれば小屋の18頭は煙に巻かれて死んだそうだ。お前はあの火事は事故だと言っていたよな?ならば火と煙で死んだ分はお前たちの成果では無い」
「え? 」
「それともあの火事はお前たちが放火したものなのか? 」
村長は皮肉な笑みを浮かべながら言った。
「……いいえ」
「ナイリスによれば更に120頭余りの狼の焼死体を確認したと言う。つまりその成果も事故によるものだ。違うか? 」
村長は勝ち誇った顔で言った。要するに狼140頭分のオプション報酬と引き換えに放火の件は不問に処すということらしい。焼いた草の分相当のエサ代の方が遥かに安かったが自分達の立場を考えると諦めるしかなかった。
「……わかりました。それで良いです。47頭分でお願いします。23レアルと50セントのお支払で」
「追加報酬は書類と一緒に孫に持たせる。済んだらさっさと帰れ。早くギルドに報告しないなら不都合な事になっても知らんぞ」
村長はそう言うとここから出て行くように手を振った。シッシッとばかりに。
さすがにムッとしたウィルはちょっとばかりお返しする事にした。確か村長は獣、特に大物の剥製を欲しがっていた事を思い出した。
「ギルドからは成果確認の為にすべての狼の毛皮を持ち帰れとお達しが出ています。また恐縮ですが狼王とつがいを討伐した証拠品はすべて持ち帰らせていただきます。これも規則ですので、念のためですがこの手押し車は村のものではありませんので遠慮なく使わせていただきます。ご存知だとは思いますが」
村長は顔を赤くして何か言おうとしたが結局反論しなかった。
「……勝手にしろ! 」
村長は月並みな捨て台詞を吐いて不機嫌そうに大股で去って行った。
4人はそれぞれの思いでため息をついた。
荷車から不要なトロフィーを降ろし応接室から持ち去った狼王の毛皮を荷車に積み込み終えると少年がトコトコと近づいてきた。
「おじさん達、はいこれ」
ウィルに硬貨袋二つと丸めた羊皮紙を渡してきた。ウィルが羊皮紙を広げると依頼遂行証明だった。案件番号とタイトル、本依頼内容が記載されギルドと村長のサインと印章が押されていた。少年は証明書をウィルと一緒に読んでから彼に言った。
「おじさん達、これで帰っちゃうの? 」
「ああ、世話になったな。少年」
「そっかぁ、行っちゃうんだ」
「その内会えるさ」
「うん……」
少年は寂しそうな顔をしたが直ぐに笑みを浮かべた。
「そうだ! 」
「坊主、どうした? 」
「夏になったらさ、一緒にエビを獲りに行こうよ。あの小川のエビ美味しいよ! 」
「そうだな。獲りに行こう」
「本当に? 」
「ああ、このウィル・サンダースが約束する」
お芝居に出てくる流浪の騎士の物真似をしながらウィルは請け負った。
「おじさん、ウィルって名前なのか。僕はペイル、ペイル・ウィンダム。忘れないでね」
「わかった。賢者ペイルと覚えておこう」
「ウィズダムじゃなくてウィンダム。古い言葉で風だって。賢者ペイルじゃなくて風のペイルだよ」
ウィルのボケにペイルは大笑いした。
「風のペイルですか。颯爽としてカッコ良いですわ」
「へへへ。お姉さんも元気でね」
シルフィールに褒められたペイルは照れながら彼女に挨拶した。
「そろそろお暇しようぜ。ナイリスに出くわす前にさ」
トラップに促されるとウィル達はペイルに別れを告げた。
「またな、風のペイル。元気でな」
「お邪魔しました」
「……じゃあね」
トラップは言葉の代わりに親指で幸運のサインを見せた。
朝日を浴びながら4人はペイルに手を振りつつ村を後にした。
◆
ブラビルに戻りギルドに報告するとトールマンは狼の大量出現の報に半信半疑だったが、ウィル達が運び込んできた毛皮の山を見ると流石に信じる気になったようだった。
ウィルが狼王と妃の毛皮を見せるとトールマンは感嘆の声を上げた。ギルドに持ち込んだ狼の毛皮は大小合わせて50頭を優に超えたがそのうち1割は売り物にならないと査定の対象外となり、6割分が並み、2割分が上物、特上が1割とされた。狼王と妃の毛皮とトロフィーは特例としてセットで20レアルで引き取られた。これに基本報酬と村長からすでに貰った報酬を加えると全部で100レアル以上になる。新米冒険者の初仕事にしては破格の報酬だったが死の淵を垣間見た事を考えると割に合うものとは言えなかった。
心配していた火事の話は伏せておいたが村長も隠したらしくその件については何も聞かれなかった。ウィルが話終わってもトールマンはしきりに呟き続けていた。「200頭の狼に巨大狼だと?そんなバカな」と。トールマンは色々と聞いてきそうだったのでウィル達はぼろを出す前に退散した。
結局トールマンは200頭の狼の出現は信じられず、帝都にある冒険者ギルド本部への報告書には「帝国歴300年1月30日、ブラビル西方に狼の大群が出現し、巨大狼を含む50頭余りを駆除しせり」とだけ書かれた。
次回でフィナーレです。
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