第28話 狼たちの城
玄関から数歩先に20歩四方の大部屋があった。物音も気配も無い。窓は板が打付けられて日の光の恩恵は与えられなかった。トラップがランタンをかざすと部屋の中は石畳の上にバラバラに壊れた家具と黒い毛が散乱していた。部屋の中は獣の臭いで充満していてシルフィールは思わず咳き込んだ。臭いに耐えかねてマチルダは白いリネンのハンカチで口鼻を覆った。どうやら狼の群れはこの部屋をねぐらにしていたらしい。
「すっかり壊れているがベットの山だな。あの倒れているのは2段ベットだと思う」
トラップが家具の残骸を指さしながら言った。
「兵舎か。昔は兵隊の寝床、今は狼のねぐらになるとはな」
ウィルがぼそっと言った。
「ここだけなのでしょうか? 」
「どうだろ?軍団だと1個中隊が寝るスペースだが 」
シルフィールの問い掛けにウィルが応じた
「その割にはベッドが少ないわ」
マチルダが見回しながら疑問を挟んだ。
「引き払う時に家具も持ち去ったのかもしれません」
シルフィールが余り自信なさそうに言った。
「持ち去ったにしては放棄された家具が多いぜ。すっかり壊れているけどな」
トラップは床に転がっている木切れをつまみながら言った。
「まあ良いさ。将校が泊まる部屋があるはずだ。それに倉庫や食堂も。軍隊は大飯食らいだ。とにかく物資が必要だからな」
ウィルは輜重隊の物資運搬を手伝わされた時を思い出しながら言った。
「あれは何でしょうか? 」
シルフィールが木切れの山の向こうを指さして言った。
「暖炉じゃねーの? 」
面倒くさそうに答えたトラップがシルフィールの顔を見ると今にも説教しそうな様子だった。慌ててトラップは散乱している板切れの類の上を踏み歩き壁際にある石造りの暖炉に近づいて覗いた。
炉の中には焼き焦げた椅子の足が何本か見えた。
(家具を薪に?それはまだ良い。問題は……)
トラップは急いで戻るとウィルに耳打ちをした。
「暖炉の中の薪に蜘蛛の巣が付いて無いぞ」
「最近誰かが火を焚いた?だがついさっきまで狼の巣であったことも確かだ」
ウィルは呟いた。
「山賊が根城にしていてそれを狼が追い払ったのでしょうか? 」
シルフィールは厳しい顔つきで言った。
「う~ん。みんな、人でも獣でも骨らしきものは見かけたか?死体でも死臭でも良いが」
ウィルの問い掛けに3人は首を横に振った。
「俺も見ていない。山賊が強ければ狼の骨が残るし、弱ければ人骨が残るだろう」
「狼よりも強くも無ければ弱くも無い山賊?ウィル、あなた面白い事言うわね」
マチルダの目が輝きはじめた。彼女は謎解きが大好きらしい。マチルダが話し始めたら長くなることを素早く察知したシルフィールは先手を打った。
「ウィル様、気になるのはわかりますが、先に進みませんか? 」
「そうだな、シルフィール。この部屋に生き物の気配はしない、今はそれで十分だ。隣の部屋を調べよう」
トラップは頷くと隣に通じる扉に張り付いた。聞き耳を立ててから慎重に扉を開けて覗いた。
「ここは厨房だな。食堂として使えない事も無いが1個中隊が会食するには狭すぎる」
「狼の痕跡とかあるか? 」
「毛とかは……落ちていない。埃の上に足跡も無いな。お宝は皆無だなこりゃ」
「床下に隠し階段があるのかもしれないがそれは次回のお楽しみするかな」
「ウィル、こんな所にまた来る気なの? 」
マチルダは冷淡な口調で言った。言外に嫌だと主張している。
「依頼があったらな。仕事なら致し方あるまい」
「それはそうだけど」
シルフィールは目配せでウィルにプレッシングを掛けてきた。軽口叩く暇があるなら早く仕事を進めろと。ウィルは苦笑するとみんなに呼びかけた。
「部屋はこれだけのようだな。いったん外に出よう」
外に出た4人は日光と清潔な空気の有難さを十二分に理解した。
「空気と陽の光ってこんなに大切なのね。今まで気づかなかったわ」
「ええ、神のお力は偉大ですわ」
お祈りを始めるシルフィールの傍らでウィルは少し考え込んでから言った。
「次は右の建物だ。妃とエンカウントする確率は高い。気を引き締めて行こう」
妃と聞いてシルフィールはお祈りを中断してしまったが、すぐに気を取り直して再開した。次の建物のリサーチに集中していた元猟兵と先ほどの謎解きに夢中になっている魔道士は気づけなかったがウィルだけは女僧侶のうかない顔色に気付いた。
(……どうしたものか……)
トラップを先頭に4人は件の建物に近づいた。さっき調べた兵舎も無骨な造りだったがこの建物は輪に掛けて無骨だった。扉の閂は外に設けられていたが外れていた。荷馬車が通りぬけられるほどの幅広の扉は分厚い樫木で作られていて鉄板で補強されていた。トラップは扉越しに聞き耳を立ててから扉周りのチェックを一通り澄ますと3人の元まで戻ってきた。
「どうだ? 」
「鍵は掛っていないし罠も無さそうだ。扉は重い上に建付けが悪く開けるとかなり大きな音がするかもしれない。中にそいつがいたら俺たちが入ってきたことが一発でばれるかもな」
「逃げられたら困るな。それより中にいそうか? 」
「気配を感じる。確率は高い」
「ビンゴか。やるしかないな。手順を考えよう。中は暗いのか? 」
「明り取りらしきものはあるが窓は無い。薄暗く場所によっては真っ暗だろう」
「閂が外にあるなら多分倉庫だと思うわ。倉庫なら暗くて当たり前ね」
「お宝があったらうれしいぜ」
「トラップさん、何を言っているのですか!」
シルフィールの叱責をよそにウィルはマチルダに言った。
「扉の音をなんとかしないといかんな」
「扉を開ける音が困るなら扉に消音の呪文を掛ければ良いわ。1回ならできるわよ」
「それは助かる。ぜひお願いしたい」
「良いわよ。ところで砦の倉庫って何が入っているものかしら?食糧?武器? 」
「食糧に馬糧それと武器だが砦を放棄するならほとんど持ち去ったんじゃないか?百年前の食糧なんて残っていても食えるわけがないが。他に何があるかな」
トラップが振り向いて答えた。
「真面目に考えれば安酒と塩と燃料だろうさ。燃料は松明に薪に油に石炭。砦に無きゃ話にならんし。石炭に薪なんて嵩張るは安すぎるわで持ち去らないだろう。どちらにしたって路銀の足しにはならねーよ。ああ、夢がねーなぁ。お宝なんてやっぱ夢物語か」
「石炭と薪、ですか? 」
トラップはシルフィールの指摘にギクリとした。トラップの浮かない顔を見てウィルもシルフィールの言わんとしたいことが解った。
「中で火は使えないな」
「仰る通りです、ウィル様」
「中に狼王の妃がいて燃えるものがたくさんあるのなら倉庫毎焼き払った方が良くて?その方が安全で手っ取り早いと思うわ。合理的よ」
ウィルはこめかみを抑えながらマチルダに説明した。
「それだと依頼が達成できない。依頼の達成条件は妃とその子供を始末することだ。始末したらその証拠を村まで持って帰らなければならない。毛皮とトロフィーを持ち帰る必要がある。燃料が豊富な倉庫を丸ごと焼き払ったらどうなるか。黒焦げの小さく縮んだ死骸じゃ駄目だろ」
「火を使ってはいけないのならランタンは使えませんわよね? 」
「そうだなぁ、シルフィール」
「じゃあ魔法の光球の出番ね。マナ……魔力はほとんど無いけどそれぐらいなら何とかなるわ」
マチルダは小声で言った。
「ああ、あれか。とても便利だったな……その呪文2回使えたら嬉しいな」
「え?2回使えるけど呪文はそれで本当に品切れよ。どうしたいの? 」
本当は保険がわりの魔弾1回分のマナが温存されるのだがそれは言わなかった。
「1回目は松明替わりに誰かの装備に掛ける。盾か鎧にだ。2回目は戦いが始まった時に天井にかける。俺たちの少し後ろが良い」
「わかったわ」
「よし、これで手順が決まったな。もう一度最初からフォーメイションと各人の役割を確認するぞ」
ウィルはそう言うとつっかえつっかえ作戦の確認を始めた。時々マチルダやトラップの助け舟を借りながら。一通りブリーフィングを終わらせると4人は顔を見合わせた。
「何とかなりそうな気がするぜ」
トラップはウィルの肩を叩きながら先頭に立った。
「……微力ながらお力添えいたします。神のご加護を」
シルフィールはうつむきながらウィルの真後ろに並んだ。
「消音呪文と魔法の光球を使ったら私は見張り専門ね。……生き物が強い火力で黒焦げになったら縮むのが本当なのか機会があったら実験したいわ。その時は手伝ってね、ウィル」
マチルダはウィルに恐ろしいことをさらっと言って隊列の一番後ろに立った。
「それじゃ始めるぞ。マチルダ、シルフィール、呪文を頼む」
かくして4人は本日最後の仕事に取り掛かった。
一応、某企画の応募の締切日に間に合わせるために1/16中にすべて投稿して完結させる予定です。
残り3部分ですので宜しくお願いします。




