第27話 廃墟の中へ
高さ数歩の石垣の周囲にはおびただしい狼の足跡が印されていた。トラップは足跡を慎重に吟味して遺跡の入り口を探し当てた。狼が自由に出入りできるのだから扉は無いし罠の類も無いだろうという事前予測はのっけから外れた。
「ありゃ、扉が閉まっているよ。罠が残っていたら面倒だな」
「両開きの門か。荷馬車が通れそうな幅だな」
「やっぱり砦みたいね。痛んでいるけど建てられたのはそれほど古くないわ。百年前と言った所かしら。遺跡と言うには微妙ね」
「神殿よりも簡素ですわ」
「戦争の道具だからな。実用本位さ。放棄された軍事施設みたいだからお宝は期待できないだろう。それでトラップ、罠はありそうか? 」
「砦の罠と言ったら落とし穴と落石が定番だな。お前らちょっと待っていろ」
しばらくするとトラップは戻ってきた。
「扉の前には落とし穴は無い。落石の仕掛けは作動済みで石が降ってくることは無さそうだ。扉に鍵や閂は掛っていない。中からは気配も物音も無かった。扉の向こうに待ち構えているということは無いと思う」
門の脇に大きな石が幾つも転がっていた。落とされた石を両脇にどかしたのだろうか。この手の石は再利用されるのが常だ。だとすれば確かに落石の心配はいらないだろう
「手間とお金がかかる石造り。そんな砦の出入り口に落とし穴が無いとは考え難いわ」
「マチルダもそう思うか。うーん、外に無ければ中か。門を開けたらいきなり落とし穴はありうるな」
「外に落石、内に落とし穴は定番中の定番だからな。さてどうする? 」
「門は外開きか? 」
「ああ、定番の外開きだ」
「まず片方だけちょっと開けてみよう。慎重に。不測の事態に備えて盾を準備した方が良いだろう」
「わかった。それで大丈夫そうだったらどうする? 」
「開いたら扉をこれで固定してくれ。できるだけ静かに」
ウィルはそう言うと背負い袋から木槌と木片を取り出してトラップに渡した。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。何かあったら直ぐに援護してくれ」
「おう。怪我の無いように慎重に頼む」
ウィルがトラップの背中を見送っていると魔法使いが話かけて来た。
「準備が良いのね。木槌なんて私の冒険者セットに入ってなかったわ。ギルドの売店で買ったのだけど」
「俺は鍛冶屋で買った。ドワーフの親爺がおまけしてくれたよ」
「ふ~ん、木槌ってああいう事に使うの?私、触ったことが無いの」
「使い道は色々あるよ。農具や荷車を直したりとかさ。木切れを隙間に叩きこんで扉を固定するのは酒場で冒険者から聞いた。金槌よりも音が小さくて良いんだと」
「軍団にいたと言うからマニュアルでも読んだのかと思ったわ」
「俺は耳学専門だ……こういう事は魔道書に書いてあるのか? 」
「お婆ちゃんの知恵袋みたいなものは載っていないわ」
そう言うとマチルダは声を立てないように笑った。
しばらくするとトラップが手招きしてきた。3人はトラップの所まで静かに移動した。外開きの扉はトラップの手によって全開の状態で固定されていた。敷地内を見ると正面に小ぶりな2階建て、左右に大き目の平屋建ての建物が一棟ずつ見える。建物の壁は茶色のレンガで何か所か崩れていた。
「気を付けろ。目の前に落とし穴がある」
トラップが指さした先に木板が敷かれていたが隙間から穴があることが伺えた。一行は恐る恐る覗き込んだ。木板の大きさから落とし穴は幅5歩奥行4歩の小さな壕だが深さは尋常ではなかった。
「随分深そうだな。水が染みだしてデカい井戸みたいだ」
「穴の中に尖った杭や槍の類は見当たらない。多分朽ち果てたんだろう。だからと言って落ちたらやばいぞ」
「板の上を歩いてはいけないのですか? 」
「馬鹿を言えシルフィール。板はかなり傷んでいる。人間の体重を掛けたらドボンだ」
元軍団兵なら鎧を脱いで身軽になれば誰しも跳び越えられるがマチルダやシルフィールには無理だろう。
「う~ん、どうしたものか。橋のようなものを作らないと。麻縄だと厳しいな」
「木の板とか角材があればいいがそんな便利なものは無いからなあ」
ウィルとトラップは腕を組んで唸った。
「ウィル様、丸太じゃ駄目なのですか? 」
「丸太?どこにそんなものがある? 」
「あれとかどうですか?ウィル様」
シルフィールが指さした先には高さ10歩程の赤松が数本立っていた。高さの割に幹が細かった。
「う~ん、枝は切り落とすとして上の方は細過ぎて使えないな……使える所は……長さはギリギリだ。」
「太さからして4本は欲しいところだな。出来ない事は無い。後は斧と人手だな。一人だと大変だ」
「手斧なら1振り持っている。お前は? 」
「生憎持っていない。誰か持っていないかな」
「残念ね。私は持っていないわ。必要なら次回から準備しておくわ」
「ウィル様、手斧なら持っていますわ。焚き付け用の小ぶりのものですけど」
「上出来だ、シルフィール。トラップに貸してやってくれ」
「承知しました。トラップさん失くさないでくださいね」
「……わかっているよ!」
二人の男は小一時間手斧を振るった。切り倒して枝打ちをして出来た丸太を二人掛かりで担いで入口まで運んだ。
「さて次はこいつを穴の上に並べるか」
丸太の端の出っ張りを手がかりに麻縄をきつく結んだ。
「じゃあ、俺が向こうに跳ぶからそしたらその縄の端っこを投げてくれ。それとそこに置いた俺の背負い袋、失くさないように見ておいてくれよ」
トラップはそう言うと革鎧を着たまま軽やかに跳躍し無事落とし穴を越えた。彼は得意そうに3人を振り返った。軽く笑ったウィルは丸太に結びつけた縄の先端を相棒に投げ渡した。4本の縄を投げ終わると鎧兜を脱いだウィルは跳躍して落とし穴を越え男二人で1本ずつ縄を引っ張った。落とし穴を上に4本の丸太を渡すと丸太がばらけないように端を縄で括った。二人の男は念のために再び跳躍して魔法使い達の所まで戻り、揃えた4本の丸太の端を縄で括ってから丸太橋の状態を確認した。
「幅は狭いけどこれならお前らでもなんとか渡れるだろ」
トラップは荷物を背負うと二人の女にドヤ顔で言った。
「それにしてもこんな所で木こりの真似事をするとは思わなかったな。木こりの仕事は大変だ」
ウィルは着付けの終わった鎖帷子の調子をチェックしながら言った。
「何はともあれ、お二人ともご無事でなりよりです」
シルフィールは胸に右手を当ててウィルにお辞儀してみせた。
マチルダは何やらブツブツ言いながら不安そうに丸太を触っていた。
「さて、みんな行こう。トラップが先行してゆっくり渡りながらもう一度丸太橋の状態をチェックしてくれ。それから一人ずつ渡る。その前に念のためにみんな縄を腰に括り付けるんだ。端っこを俺が持ってやる。命綱というやつだ。用心するに越したことは無いからな」
ウィルの指示にみんな頷いた。用心で命が買えるなら安い物だと。
トラップは軽快に渡るとシルフィールとマチルダがおっかなびっくりに続いた。殿はウィルが務めた。自分の命綱をトラップに投げて預けた。丸太橋は歩むと撓み揺れて快適には程遠かったが幸いなことに命綱のお世話になることは無かった。
「……心臓に悪いわ、あの橋。……吊り橋効果って絶対嘘ね。気分が悪くなるだけだわ、きっと」
「マチルダさん、仕方ありませんわ。次はもっと良い方法を考えましょうね」
「全員無事のようだな……マチルダ大丈夫か?顔が真っ青だぞ」
「……呼吸を整えさせて、ウィル」
「わかった。ちょっと休もう。トラップ、周囲はどんな塩梅だ? 」
「大量の足跡はあの建物の扉に続いている。玄関口というやつかな。パッと見てあの建物に入れそうなのはそこだな。裏も見てみるか? 」
トラップが指さす左の平屋の建物はそれなりに大きそうだった。
「他の足跡はどうなっている? 」
「裏に回った形跡は無さそうだな。正面奥と右の建物には足跡はほとんどない」
「う~ん、裏口は閂がかかっているか、狼が避ける程の罠が残っていると考えた方が無難だな。それに時間も無い……あの玄関口から行くか」
「わかった、そうしよう」
ウィルはマチルダの様子を見ようとすると彼女と視線が合った。
「私は、もう、大丈夫、よ」
彼女の顔色は良くなったものの一語一語区切って話すことからまだ完全には収まっていないようだったがウィルは当人の意思を尊重することにした。
「それでは行こう。慎重に。ランタンに着火したらランタンのシャッターを忘れずに絞るんだ」
トラップは取り出したランタンを灯し扉を開けた。4人は暗闇の中に入って行った。
あともうちょっとでフィナーレです。




