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第26話 総力戦

太陽は西に傾き始めていたが日没までには時間がありそうだった。依頼を達成して暗くなる前に帰路に就くことは出来そうである。


「みんな、十分に勝算はある。打ち合わせ通りにやるぞ」


ウィルの呼びかけにめいめいは頷いた。弱々しく頷く者が一名いたが。


「さあ、始めよう」


ウィルを先頭にして数歩は離れて右後ろにトラップ、左後ろにシルフィール、真後ろにマチルダの陣形を形成した。


トラップはマチルダよりも半歩前にいるが戦闘が始まったらスウィーパーとして動き回りマチルダに接近した狼にも攻撃する役割だった。シルフィールは常にマチルダから離れずトラップが撃ち漏らした狼を撃破することになっていた。マチルダは魔弾の詠唱に集中するがマチルダに狼が襲ってきた場合はシルフィールを盾にして近接戦闘を回避するというのが事前の打ち合わせで決まっていた。


狼王戦の時の陣形を改良したものだが、それを提案したのは意外なことにマチルダだった。博学だと褒めるウィルに彼女は兵法は専門外だから一般教養程度しか知らないと答えた。トラップは嫌味かよと悪態をついていたが、ウィルは彼女には他意なく事実を言ったのだろうと理解していた。


 4 人は陣形を維持したまま崩れかかった石垣から50歩のところまで慎重に進んだ。前方から濃厚な気配を感じた。木々の合間から黒く動くものが左右にチラチラ見え始めた。狼達はどうやら薄く横に兵力を展開しているようだった。


「俺たちが陣形を作るように奴らも布陣を考えるわけか」


 白耳を思い浮かべながらウィルが呟いた。


「あの展開の仕方だと恐らく半包囲を狙っている。古風な言い方だと鶴翼の陣だ。狼の癖に……全く忌々しい」


 トラップは舌打ちしながら言った。



「……長引いたら背後から敵の増援が来るかもね。それで完全に包囲……蓋してから殲滅が兵法の定石よ」


 マチルダは頭の中の書物を紐解きながら乾いた口調で言った。興味が無くておざなりだった兵法書の知識がこんな所で役に立つとは思わなかった。もっと勉強しておけば良かったかしらと思いながら。



「先手を取れるかがカギでしょうか? 」


 シルフィールはかすかに震えながらマチルダに訊いた。


「ええ。そうよ。歴史上の有名な戦いはみんなそう。先手を取って各個撃破が基本だわ」


「そうなると鶴翼が出来上がる前に仕掛けなきゃならんなぁ」


 敵との間合いは恐らく40歩程だろう。3人の視線を感じながらウィルは空を見上げて大きく息をしてから決意した。


「予定よりちょっと早いけどやるぞ。シルフィール、プロテクションだ! 」


 そう叫ぶとウィルは鉄兜のバイザーを下した。打ち合わせ通りにシルフィールのプロテクションが詠唱されるとウィルは一気に20歩先にダッシュした。タイムラグをつけて3人も10歩余進んだ。鉄兜の男の突進に脅威を感じた狼の黒い大群は展開を止めてウィルに目がけて全力疾走して来た。


「こっちに来いや! 」


 ウィルは目の前に飛び込んできた狼に右手のメイスを力いっぱい振り下した。メイスは狼の首の付け根にめり込み狼は地面に叩きつけられて動かなくなった。半呼吸おいて左から跳びかかってきた狼を鋼鉄の盾で跳ねつけ、右から来た獣にはメイスの柄頭で殴り飛ばした。


 だが何分、数が多い。直ぐにウィルに跳びかかる狼は20頭を超えウィルは群がる狼達に地面に引き倒されないように歯を食いしばって耐える羽目になった。防御呪文と鎧兜でどんなに守りを固めても一度地面に引き倒されたらお仕舞だった。おまけにマチルダの負担を少しでも軽くするためにも一撃一殺の心構えで狼を一頭でも多く倒す必要もあった。


 マチルダは両手で魔道銃を握ると魔弾の連射を開始した。一連射で3頭の狼が被弾し十中八、九は即死し残りは重傷を負ってウィルから剥がれた。剥がれた手負いの狼はトラップとシルフィールがスリングで止めを刺した。ウィルに集る黒い塊はマチルダの連射の度に小さくなった。途中、数頭の狼が散発的にマチルダに向かって突進してきたがトラップによって斬り伏せたのでマチルダはウィルの支援に集中できた。


 時間にして2分も無い。だが当事者にとっては永久とも思える時間が過ぎた。マチルダが10回目の連射で捉えた狼の中に白耳がいた。白耳は即死せず地面に横たわり苦痛とも無念とも受け取れる唸り声を出した。トラップは素早くスリングを振ると丸くて黒い石弾は白耳の頭部に放たれた。鈍い音を立てると白耳は悲鳴を上げそして静かになった。手負いの4頭の狼がウィルを囲んでいたが白耳が絶命したことに気付くと静かに森へ退散していった。


「何とか終わったな……鎧兜と鋼の盾……防御呪文に攻撃魔法と石弾の援護……どれか一つでも欠けていたら殺られていた」


 ずるずると片膝をつきヘビーメイスを杖替わりにし肩で息をしながらウィルは力なく言葉を紡いだ。


「シルフィール!ウィルの手当だ!早く!俺とマチルダは周囲を見張っている」


シルフィールはトラップの叫び声でテンパっていた自分を取り戻した。彼女は急いでウィルの傍に寄った。


「座ってお怪我を見せてください。早く! 」


 彼女はそう言うとドスンと尻もちをついたウィルの鎖帷子を脱がして傷の状態をチェックし始めた。


「首筋も腕も足も痣だらけですわ。ほっといたら腫れ上がって大変なことに……でも出血は無く骨は折れていないのが不幸中の幸いですわ」


 そう言うと治癒呪文を唱え始めた。首筋から左右の肩にかけて、更に二の腕から肘、左右の脚を太腿から脛にかけて立て続けの詠唱で治癒させるとシルフィールは疲労でふらふらになった。



「大丈夫か?肩で息しているようだが」


「大丈夫です。少し休めば息が整えますから。それよりもウィルさんのお加減は如何ですか?」


「俺の方はもう大丈夫だ。本当に助かったよ。恩に着る」


「お礼だなんてそんな……」


「みんなは大丈夫か?」


「マチルダさんもトラップさんもご無事です」


「それは良かった。体を張った甲斐がある。俺はこのチームの盾だから盾冥利に尽きるというものだ」


「チームの盾ですか? 」


「ああ、それが俺の役割であり責任だ。各人それぞれ責任を果たさなければチームは生還できないからな。自分と仲間の命を守るためには必要なものだ。」


「責任、ですか……」


 ウィルはシルフィールと話しながら装備を検めた。鎧も盾も傷だらけだがまだ何とか使えそうだ。メイスは血まみれでフランジには肉片がこびり付いていたがそれさえ気にしなければ全く問題は無い。あのグロスメッサーだったら研ぎ直さなければならなかっただろう。

 チェックを終え鎧を着るとウィルは立ち上がった。トラップは彼に気づくと近づいて話しかけた。


「ウィル、手当は終わったか? 」


「ああ、もう大丈夫だ。それで今はどんな状況だ? 」


「4頭があっちに逃げて行ったがそれっきりだ。今の所増援の兆しは無い」


「いったいどれだけ倒したんだ?俺はメイスで10頭倒したのは覚えているが」


「ざっと見て40頭だな。見ての通り死屍累々だよ」


「東に逃れた勢力のほとんどを相手にしたのかよ。どおりで苦戦したわけだ」


「白耳だっけ?そいつの成果だな。限られた時間で戦力を集められるだけ集めてきた。力は並みの狼だがその頭脳とリーダーシップは恐るべき相手だった」


「で、その白耳はどうなったんだ? 」


「心配するな。俺がスリングで止めを刺した。ほらあそこに転がっている」


「あれか。安心したよ。厄介な奴だったからな。さて巣に乗り込む前にリソースの確認が必要だな」


「お前から渡されたスリングの石弾はさっきので使い果たしたよ」


「そうか。あんな物でも役に立ったみたいで良かった」


そう言うとウィルは傍まで近づいてきたマチルダに訊いた。


「魔力はどのぐらい残っている? 」


「ほとんど無いわ。これから乗り込むのでしょ?探索に補助魔法を使わなければ辿り着かないと思うわ。だから魔弾は充てにしないで」


「わかっている。むしろ補助魔法が使えるとは思わなかった。おかげで楽できそうだ」


マチルダはほっとした顔をしてからちょっとだけ笑った。


ウィルはシルフィールに確認した。


「回復呪文とプロテクションを合わせて6回分残っている、で良いのか? 」


シルフィールの首肯を得てウィルは頷いた。彼女の息も整ったようだ。頃合いは良い。


「十分だ。4人が力を合わせれば何とかなるさ」


ウィルは3人の瞳を見てから言った。


「さあ、最後の仕上げに取り掛かろう」


4人は石垣へ歩み始めた。


いよいよ終盤です

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