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第22話 ウッドエルフの男

マチルダが宿泊室のベットに座るとシルフィールが好奇心に負けて彼女に話しかけた。

「マチルダさん、さっきのは何ですの?」


「あれはね、彼、ナイリス・フォーレストはハーフエルフって事よ。些細な事だけどね。」


「どうしてわかったのですの?」


「100年前はこの村は無かったからね。このあたりの村は大戦の後に作られたからエルフの基準で代々という言い回しはちょっと変。それに100才ぐらいでエルフの里を離れるなんてまずないわ。その倍以上を里で過ごしてようやく退屈を感じるのがエルフって種族よ。しかもエルフにしては顔がごっついし。決定的なのは名前。ナイリスとはエルフの幼名よ。成人なのに幼名は名乗らないでしょ?フォーレストなんて人間のファミリーネーム。エルフのことを生半可にしか知らない人間に育てられたハーフエルフってことね。名づけの親は多分木こりかなんかでしょう。簡単な謎解きだわ」


「研究熱心ですのね」


「あらやだ、ちょっとした暇つぶしよ。そんな事よりさっきのウィルの話ったら!」


そう言うとマチルダはゲラゲラ腹を抱えて笑い出した。


「そんなに笑わなくても。ウィル様は私達を守るために頑張ったのですから」


そうフォローしながらもシルフィールも笑った。無論控えめにだが。


「まあ彼にしては良くやったとは思うわ。それは認めてあげる」


「ひょっとしたら吟遊詩人の話ってあんな感じに盛られているのでしょうか? 」


「そうかもね。吟遊詩人ウィル・サンダース!俺の楽器はヘビーメイス!今宵は盾を叩いてビートを刻む!」


そう言うとマチルダはまた腹を抱えて笑い出した。

シルフィールはベットで笑い転げるマチルダを見ながら思い出した。

昨日の朝初めて顔合わせをした時の無表情でぎこちないマチルダを。

そして今はすっかり明るく笑い転がるマチルダを。

きっと彼女にとってこの試練は実りのあるものだったに違いない。

シルフィールは神に感謝した。


 ようやくマチルダが笑い止むとシルフィールはウィル達の様子を見ましょうと言い、二人はウィルたちがいる応接室に向かった。




 応接室に持ち込まれた数々の証拠品を前にナイリスは半ば呆れた口調で言った。


「本当に持ってきたのですね。さぞ重かったでしょうに。いえ、決して疑っていたわけではありませんよ。……これが狼王のトロフィーと毛皮ですか。大きいですね。確かに狼のようですが。現物を観なければ誰も信じないでしょう」


 狼王が見られると聞いて応接室で待っていた少年はウィルが広げた毛皮を見て驚きの声を上げていた。応接室はトロフィーと毛皮おかげで生臭い空気で満たされていた。


「倒すのは大変だった……俺たちは全滅する寸前だったが運良く始末できた」


ウィルは昨夜の死闘を思い出しながら低い声で言った。


「判っていますよ。こんな大きな狼は私も初めてですから。さて狼王の分は基本依頼料に含まれていますのでこっちの狼……近衛狼の分が追加報酬に該当します。10頭ですので500セント、銅貨500枚ですね。銅貨の代わりに銀貨5枚をお支払します。それでよろしいですか? 」


 ナイリスは口元に微笑を作っているが瞳は無表情であることにウィルは気が付いた。普段温厚な人間が本気で怒っている時に出る表情に似ていたがそれよりも遥かに冷たい。


(嵐の予兆だ)


ウィルは嫌な予感を覚えながらも可能な限り平静さを装いながら応じた。


「そうしてくれると助かる」


ナイリスは硬貨袋から銀貨を取り出してウィルに渡した。


「ウィルさん、こちらの書類にサインして下さい。納品書と領収書です。ご面倒とは思いますがこういうことはきっちりしておいた方が良いですからね」


 納品書と聞いてマチルダは何か言おうかと思ったがシルフィールに目で制された。シルフィールはマチルダの耳元に顔を近づけてこの場はウィルに任した方が良いとささやきマチルダは軽く頷いた。そんな彼女たちの様子に気づかずにウィルはトラップ達に書類を回し読みさせてからサインしてナイリスに渡した。


「さてこの件はこれで終わりです」


「まだあるのか? 」


含みのある言い方にウィルは訝しげに言った。


「みなさんもお揃いになりましたから私の方から忠告というか助言をしておきます」


ウィルは嫌味っぽい奴だなと思いながら促した。どうせ禄でもない話だろう。


「狼王のつがい、人間で言えば妻の事ですが、狼王が死んだとわかったらすぐにでも巣を引き払って逃げてしまうでしょう」


「生まれたての子供がいてもか? 」


「狼の子供はすぐに歩けるようになります。つまり私達に残された時間はほとんど無いということです」


「つまり今すぐ出立しろと? 」


「御明察です。途中まで私が道案内しましょう。牧草地の被害状況の確認もしたいですからね」


 案の定、刺のある言い様だ。言外に指示に従わなければ衛兵に引き渡すと脅している事に気付いたウィルはこの男に不快感を覚えながらも同意するしか無かった。


「……わかった。早速出立しよう。だがその前に」


憮然とウィルは言った。


「その前に何するのですか? 」


わざとらしく不思議そうにナイリスは首をかしげた。


「まずは腹ごしらえだ。昼飯を食う時間ぐらいはあるんだろ?南の狩人さん」


ナイリスは失笑を漏らしてから咳払いをした。


「それぐらいなら構いませんよ。ハーフマンのように一日中食事されたらさすがに困りますが。それに死刑囚でも最期の晩餐は認められていますからね。ああ、これは失敬。別にあなた方のことを言っているわけではありませんよ。あくまで一般論です」


こいつそう来たか。ウィルは静かに低い声で言い返した。


「人間の国でも身寄りのないハーフエルフを殺せば死刑囚になるだろうが生憎その予定は無いな。もちろんこれもあくまで一般論だがね」


ナイリスは鼻で笑ったがやはり目は笑っていなかった。


「私はあなた達よりもずっと強いですよ。あなた方の剣が空を斬る前に後ろの御嬢さんたちの口が開けなくするぐらいわけもないことです……もちろんこれも一般論ですけどね」


こう言われてはウィルも黙っていられない。さっきよりも更に声を低くして言った。


「衛兵でも無いハーフエルフが人間を殺せばそのハーフエルフに居場所は無くなるだろう。3人が殺される間に1人がギルドにたどり着くのは難しい話ではない。そしてそのハーフエルフはエルフの里にも人間の村にもいられなくなる。行きつく先は裏社会だな。残りの長い人生が呪われたものになるのは誰もが避けたい話だ。もちろん例外もあるが、そもそもこれも一般論だな」


ナイリスの口元から微笑が消えた。凄まじく険悪な雰囲気を崩したのは少年だった。


「おじさん、お腹が空いているならさっきの食堂に行こうよ。僕もお腹ペコペコなんだ。早くご飯にしよう」



少年はウィルの腕を引っ張って連れ出した。ほっとした仲間達もそれに続いた。ナイリスの前を通り過ぎる時に最後尾のシルフィールがナイリスに何やら謝ってから足早に応接室を後にした。

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