第19話 決戦
狼王は憎き人間共に近づきながら怒り猛っていた。遠くから部下たちの悲鳴と絶叫、そして大きな白い閃光と静寂。せっかくの挟撃作戦が水泡に帰したことが明らかになった。
(……別働隊は早すぎた。奴らが新たに放った炎に焦ったのか。ここは引き返すべきか。いや、ここで奴らを帰したらもっとまずい。余の娘が生まれて間もないのだ。しばらくは棲家を動かすことはままならない。奴らが休養をとっては何度も攻めて来たら群れは壊滅してしまう。術使いが盛大に力を使った今が最後のチャンスだ。草木を盾にして慎重に間合いを詰め一気に襲い掛かる、それしかない……)
肚を決めた狼王は軽く吠えると5頭の近衛隊を率いて小川を渡った。しばらくすると人間共の話声が聞こえてきた。
◆
狼王たちは小川を挟んでウィル達の目の前に姿を現した。狼達は小川の辺の草木を利用して非常に慎重に間合いを計っていた。どうやら魔法の射程を熟知しているようだった。狼達は狼王を中心に呪文の射程のわずかに外で散開していた。
「……隙がない」
トラップが冷や汗を流しながら呟いた。
「ならば隙を作らすか!」
ウィルはそう叫ぶと狼王の方向に7~8歩前にダッシュした。ウィルのダッシュに反応して近衛隊の5頭が跳びかかってきた。左から跳びかかってきた3頭の牙はウィルの鋼鉄の盾によって弾かれた。右から仕掛けてきた2頭の狼は細かく振ったメイスによって退けられた。ウィルは盾を中心に使い武器は二義的に使う事を心掛けた。ウィルの狙い通り有効打が当たりもしないが当てさせもしない状況に持ち込んだのだ。取り巻きの5頭の狼がウィルに取りついたのを見てマチルダはウィルに言った通りに魔弾を連射した。魔弾はウィルの背後に回ろうとした狼を捉えて打ち倒した。
一方、川越しに督戦していた狼王は魔道銃のマズルフラッシュを見て術使いを正確に把握し、術の威力を推し量った。
(あの光の弾の威力はそこそこあるが稲妻術には遠く及ばない。あの術では余を倒せない。だが隠し玉として稲妻術を持っているかもしれない。それと光の大技はまだ使えるのか? )
狼王は人間の戦士の右手が良く見えるように小川を超え左前に動いた。すると2頭が男の右腕を咬もうとして失敗したまたま一直線上に着地した。二頭の近衛狼と狼王が一直線上に並んだ状態になり稲妻呪文の格好のターゲットとなった。瞬時に危機を悟った狼王は大いに焦った。だが、魔法の稲妻が飛んでくると思っていた狼王の予想に反してまたマズルフラッシュが閃き一頭が倒された。
これで狼王は気付いた。
(あの雌は稲妻が使えない。眼前のこの雄の武勇は余には及ばない。後ろにいる2匹の人間はこの雄に及ばない。ならば!)
狼王は勇躍し猛然とマチルダ目がけて突進した。
気づいたトラップが叫ぶ。
「マチルダ、盾を拾え!そっちに来るぞ!」
マチルダは慌てて盾を拾い構えた。トラップはロングソードを振るい狼王の左肩に斬りつけた。が、分厚い毛皮に阻まれて傷は浅い。狼王はトラップを構いもせずに目を見開いたマチルダを右前脚の爪で殴り飛ばした。マチルダは盾で受け止めたがまともに衝撃を食らった。木製の盾はバラバラに砕かれ山羊皮のマントが引き裂かれ木片と山羊皮が千切れ飛ぶ。マチルダの左肩から腹にかけて爪が抉った。血飛沫と共に革服が引き裂かれ衝撃でマチルダは横殴りに吹っ飛び大地の上を転がった。マチルダは激痛でうめき声を上げた。
「大丈夫ですか!マチルダさん!」
凍りついたシルフィールはマチルダを見た。重傷のようだ。
いち早く我に返ったトラップが叫んだ。
「よそ見するなシルフィール!あの攻撃呪文を放て!」
慌ててシルフィールは詠唱した。
「……ホーリーフィスト!当たってぇ!」
光の塊が狼王に放たれて閃光が包む。光が消えると狼王は……健在だった。狼王は光塊を右前脚ではたいてスタンドオフを起こし致命傷になるのを防いだのだ。しかし無傷では無い。はたいた部分は皮が吹き飛び肉が抉られ骨を露出させていた。
(ぐっ、結構効いた。右は駄目そうだ。使い物にならない。だが仲間の痛みはこんなもんじゃない!)
怒り狂った狼王は凄まじい大音量で咆哮を上げた。トラップとシルフィールは恐怖で青ざめた。狼王は迷わずシルフィール目がけて突進し左前脚を振り上げてシルフィールを殴りつけた。シルフィールは左手で必死に構えた盾で狼王の殴打を受け流した。凄まじい膂力と鋭い爪で盾に陥没が出来た。衝撃でシルフィールの左腕が痺れもう少しで盾を落とすところだった。わずかな隙を得てトラップは狼王の左腰に刺突した。先ほどよりも手ごたえはあったが致命傷には程遠い。狼王はトラップに振り向き咆哮を上げた。その刹那に狼王の頭部が閃光に包まれる。シルフィールの放ったホーリーフィストが狼王の顔面に直撃したのだ。狼王の左頬の皮と肉が削ぎ飛ばされ鋭い歯が剥き出しになり、閃光によって網膜は焼かれ狼王は一時的に視力を失い手足をむやみに振り回したがこれは全くの成果を上げられなかった。
◆
マチルダの呻き声とシルフィールの叫びそして狼王の大咆哮を聞いてウィルは危機的な状況に至ったことを悟った。マチルダの火力で取り巻きを一掃する作戦は破綻したのだ。ウィルは盾を捨て両手でメイスを握った。独力で近衛隊を速やかに殲滅し一秒でも早く救援に赴くために防御よりも攻撃を重視したのだ。
「まずこいつらをぶちのめす!」
左肩に跳びかかってきた狼にメイスの強打。狼の首筋にメイスが食い込み骨を砕き曲がらない方向に首が折れ曲がって地面に転がった。だがガラ空きになった右脛にもう一頭が咬みつき、ワンテンポ遅れて左首筋にもう一頭が咬みついた。牙は鎖帷子を貫いたがプロテクションによって深々と刺さるのだけは避けられた。ウィルは首筋に取りついた狼をメイスの柄頭で何とか突き飛ばしてから、右足の狼を何度も蹴って引き剥がした。
「近衛は後2頭」
いったんブレイクしてからウィルはメイスを握り直し今度は自分から踏み込む。狙った右の狼はメイスから逃れようと後ろにステップを踏んだが不運にも背中目がけて振り下した鉄塊は狙いがズレて眉間を砕いた。狼は頭部の半分を粉砕され大地に沈んだ。左の狼はウィルの左太ももに牙を立てようとしたが鎖帷子に傷をつけただけだった。
◆
一時的な盲目状態になった狼王にトラップが斬りかかった。ロングソードは後ろ脚の付け根を切り裂いたが手ごたえは余りなかった。シルフィールは3回目のホーリーフィストを首筋に叩きつけた。さすがに狼王はよろめいたがまだ立っていた。
「どうしましょう……もう魔法も限界ですわ!」
立て続けにホーリーフィストを連発しシルフィールは疲労でふらふらになっていた。
「俺たちでなんとかするしかないぜ。攻撃呪文が尽きたと言うならお前スリングやれ」
肩で荒く息をするシルフィールを一瞥してからトラップは言った。
「わかりましたわ」
シルフィールはスリングを手に取り石弾を放った。まぐれで命中したがかすり傷にもならなかった。トラップは踏込みロングソードを突きだす。剣は狼王の脇腹に深く刺さったがそれでも倒れなかった。血まみれになり目が見ない狼王は殴るのを諦めて脇腹の激痛を頼りにトラップに体当たりをした。
「ぐっはっ!」
トラップは数歩後ろに吹き飛ばされた。兜を被ってなかったトラップは頭を強く打って気絶した。
一方、ウィルは振り下したメイスによって5頭目の狼の腰骨を砕くと、シルフィールの所へダッシュした。
◆
ようやく狼王は視力を回復したようであった。
狼王はシルフィールに目がけて左前脚を振り下そうとした。その刹那、強烈な衝撃が狼王を襲った。
「うぉーりゃああ!」
ウィルのメイスが狼王の左後脚の脛に当たり圧し折った。狼王は咆哮しながら体を左に捻ってウィルに目がけて左前脚の鋭い爪を叩きつけた。ウィルはメイスの柄でガードしたが狼王の怪力には抗しえずメイスを吹き飛ばされた。ウィルは斜め後方に受身を取る形で爪の直撃を避けたが手に武器は無かった。
ウィルの目に地面の上に銀色に輝くものが写った。トラップのロングソードがすぐ傍に転がっていたのだ。ウィルは咄嗟にロングソードの刀身を掴みながら立ち上がった。狼王は右足に力を込めてウィル目がけて跳躍した。ウィルは寸前で躱すと、ロングソードの刀身を握ったまま棒鍔を狼王の頭部目がけて振り下した。ウィルは殺撃とも雷撃とも言われる技でロングソードの最大の打撃力を叩き出そうとしたのだった。
狼王に躱す余裕は無くこれで終わりになるはずだった。だがウィルは力み過ぎた。狼王の脳天を穿つはずの一撃は狙いが狂い左前脚の付け根に棒鍔が突き刺さった。ウィルの渾身の力で打ちつけられた雷撃によって狼王の前脚の骨は根元から砕かれたが、スタミナを使い尽くしたウィルに大きな隙が生じた。
狼王がそれを見逃すわけがなかった。激痛で左の前脚も使えなくなったことを悟った狼王は力を振り絞って体当たりをした。ウィルの体が宙を飛び吹き飛ばされた。地面に打ち付けられた衝撃でウィルは動けなくなった。のそりと狼王はシルフィールに近づいた。右前脚は半分が千切れ左前脚はねじ曲がり肩から脱臼しブラブラとぶら下げながら。
「……神よ、これで終わりですの? 」
彼女は逃げようとしても体が動こうとしなかった。凍りついたシルフィールの両目から涙が流れていた。 狼王は立ち尽くしたシルフィールの姿を認めた。
(この雌を倒してからへばっている雄共に止めを刺すか)
疲労困憊した狼王は体当たりするために懸命に間合いを詰めた。狼王のかすみがちな瞳に倒すべき人間の顔が映った。発光する盾が人間の雌の顔を白く照らしていた。狼王は出血で朦朧としながらも生まれたばかりの娘と自分の妃の姿を思い出した。
(これで、これで群れは、娘は助かる……)
震えるシルフィールを血祭りにしようとした矢先に狼王の意識が暗転した。薄れる意識の中で背後から破裂音が聞こえた気がした。狼王は全身の力が抜け崩れ落ちた。マチルダの放った3発の魔弾が狼王の頭部を打ち砕き狼王の意識は破砕された脳髄と共に星空に噴出した。狼王は消えゆく意識の中で娘と妻に再会する幻想を見ながらこの幸せが永久に続けば良いのにと思った。
◆
「……大丈夫?……シルフィール……」
シルフィールが声の主を捜すと地面に横たわっているマチルダがいた。
マチルダの血まみれの手に魔道銃が握られていた。
「マチルダさん!」
シルフィールは金縛りから解かれたかのように走りだしマチルダの傍に寄った。マチルダの傷はかなりの深手だったが今すぐ治療すればなんとかなりそうだった。
「今すぐ手当てしますから!」
シルフィールは回復呪文を詠唱すると出血で青ざめていたマチルダの顔色が見る見るうちに赤味を帯びてきた。
「ありがとう……何とかなりそう。他の人たちは? 」
マチルダに言われてシルフィールはウィルを捜した。
「いててて」
ウィルはようやく衝撃から立ち直って起き上がるところだった。シルフィールは安堵のため息をついた。
「そう言えばトラップさんは? 」
すぐにトラップは見つかった。トラップは動かないのに気付くとシルフィールはトラップの傍に駆けつけ容態を診た。血まみれだが息があることが解ると回復呪文を詠唱しトラップは目を覚ました。ウィルも傍に来て心配そうにトラップを見つめていた。
「ううう、気分が悪い……」
頭を押さえながらトラップは起き上がった。
「みんな何とか生きているようだな。幸いにも何とか倒せたようだ」
ウィルは安堵のため息をついてから言った。
「わたしはまだ歩けないわ……それに倒したのは私よ」
マチルダの声は弱々しかった。慌てたシルフィールは再び回復呪文を詠唱するとマチルダはようやく起き上がれるようになった。
「さてウィルよ、どうする? 」
気持ちを切り替えたトラップが訊いてきた。
「狼王を倒せたし重傷者の治療も終わった。魔法も品切れのようだ。一旦村に撤退だな。そうなると帰り道をどうするかだ」
ウィルは敢えて淡々と答えた。
「見ての通り野火はかなり広がっている。野火止まで焼き尽くすのに二時間はかかるだろうよ」
トラップも感情を込めずに応じた。
「二時間待ってから出発だな。慎重を期して小川沿いに歩くか」
そうウィルが話しているとマチルダが割り込んできた。
「そんなに時間あるなら戦利品を集めなさいよ。合理的に行動しなさい」
「戦利品? 」
ウィルとトラップが顔を見合わせた。
「決まっているでしょ?倒した狼達の毛皮とトロフィーよ」
「まじかよ!これからあのデカブツを解体するのかよ!」
ウィルとトラップはハモった。
「当たり前でしょ?牛よりも大きい狼なんて誰が信じると思っているの?村長さんの牧草地を焼き払ったんだから言い逃れできるだけの証拠を持ち帰られなければ私たちは一生お尋ね者よ!早くやりなさい!」
傷が癒えてすっかり元気になったマチルダは叱咤も好調になったようだった。マチルダの言い分はもっともではある。しかしながら草叢に放火しろと言い出したマチルダに叱られるのはどうかとも思った。だが、結局男二人は言い返さずに解体仕事を始めた。
狼王から得た戦利品はウィルが担ぎ、近衛狼の毛皮とトロフィーはトラップが担いだ。狼王の体躯はとても大きかった。毛皮は重く嵩張り麻袋に入らなかったので丸めてロープで括るしかなかった。血生臭くて困ったがマチルダに睨まれると何も言えなかった。
そんな三人の脇でシルフィールは今日の自分の行いの一つ一つについて自問自答していた。草叢への放火を拒絶できなかったこと、更に自分が神の力で獣を殺めたことを思い出すと心苦しくなった。彼女の理性は仲間を救うにはしょうがないことだと弁解していた。だが彼女の道徳心は神の御業を使うべきではないと責めていた。理性と道徳、過酷な現実と高潔な理想。星空の瞬きの下で彼女の苦悩が渦巻いた。
作中でウィルが放った必殺技「雷撃(殺撃)」は中世のドイツで実際に存在した剣技です。
装備面での技の行使条件は
①刀身を握る事が出来るぐらい重厚かつ強固な手袋(分厚い革や金属製)の装備
②金属製の棒鍔であること。
鍔をウォーハンマーのヘッドのように使って鉄兜など装甲を貫くので円形鍔では厳しい
③重厚な柄頭があること
剣のグリップの末端には刀身とのカウンターバランスのために金属製のおもりをつけていて、これがハンマーのヘッドの重さを増やすのと同じ効果を出します。ロングソードは片手半剣なので比較的長い刀身を片手で扱える用にトップヘビーにならないよう重りをつけている。これを活用して打撃するのが雷撃とか殺撃と言われる技なのです。




