第15話 微かな希望
夕日が沈み始め、西日が樹木で長い影を作った。
風向きはまだ北東のままだった。
丘の上の見張り小屋は北面に出入り口の戸が設けられていた。
戸が少しだけ開いたが遠巻きにしている狼たちが駆け寄ろうとするとすぐに閉められた。
「どんな塩梅だ? 」
ウィルがトラップに訊いた。
「ちょっと遠いな。目の前の枯草に松明を投げ込むには10歩以上踏み込まないと届かない。それには狼をどうにかしないと」
トラップはいつになく真面目に言った。
「う~ん、やはり援護を考えないといかんか」
ウィルは土間の炉に視線を移しながら言った。
「風向きが変わるのは夜中だ。南西の風になったら目の前の北面の枯草に仕掛けられる」
とトラップは言葉を選んで言った。
「夜中に使える手か。それならマチルダの閃光呪文が第一候補だな」
ウィルが筵に座り胡坐をかくと隣にトラップも座った。
「私がどうかしたかしら?」
マチルダの声が板の間から聞こえてきた。何か言おうとしたトラップを身振りで制してウィルが応じた。
「お前さんが要さ。十分に休養をとったら、魔法の破壊槌を1発分残して閃光呪文は何発撃てる? 」
「護身に魔弾を何発か残しておきたいし火を使うなら防災呪文も4人分は残さないといけないから……閃光は9発が限界ね。でも夜中にやるなら魔法の光球……灯りは必要じゃないの? 」
「その魔法の光球はどのぐらい明るいんだ? 」
「ランタンよりずっと明るいわ」
「ちょっと弱いな。目くらましには使えそうも無い。それだとやはり閃光呪文だな・・・。夜に備えて今のうちに寝て力をつけてくれ。寝るのも仕事だ。」
「あなたの作戦を聞いてからに寝る事にするわ」
「わかった。そこはみんなの知恵ってやつだな」
ウィルはそう言うと炉の傍に置いてある火掻き棒を手に取って土間に散らばっている灰の上に図を描き始めた。小屋を四角、草地を破線、狼の群れを波線とし4人のシンボルを描いてから説明を始めた。
「戸を少しだけ開けてまずはマチルダが閃光呪文を撃ち込んで狼の目を眩ます。その間にトラップが10歩以上先まで突進し松明を草叢に投げ込むというのはどうだ?松明なら投げたくらいじゃ消えないだろ。それを草叢が燃え上がるまでやる」
「それだと投げることは出来るが俺は小屋に帰れないぞ。狼に捕捉されちまう」
トラップが指摘した
「それはいかんな。うーむ」
ウィルは膝に肘をついて唸った。
「……あの~」
ひょっこり土間にやってきたシルフィールが恐る恐るウィルに声をかけた。
「どうした?シルフィール。知恵があるなら貸してくれ」
いつもの変わらないウィルに安堵したシルフィールは一呼吸してから話始めた。
「トラップさんが走り込む前に狼にめがけて松明を投げたらどうですか?撒くように」
「撒くように? 」
ウィルがシルフィールの方に顔を向けて説明を求めた。
「狼は火を恐れるでしょうから、転がっている松明の周りには近寄って来ないと思うのです。トラップさんの退路をカバーするように松明を何本も投げれば良いのでは無いかと」
「狼も馬鹿じゃないだろ。火をよけて突っ込んでくるぞ」
シルフィールの目論見が外れたら真っ先に最期を迎えるトラップからすれば当然の駄目出しだった。
「と言うか何本投げれば良いんだ?松明は全部で24本しか無いんだが」
ウィルはみんなに聞こえるように声を大きくして言った。
「8本は必要ね。狼は火に近づけても3歩前までと思うわ。一本の松明で4歩、10歩分カバーするなら片側だけで3本、左右に投げて6本だけどコントロールミスもあるだろうから8本が最低ラインね」
マチルダが指摘した。
「左右だけでなく前後にも狙いから反れるだろうからもっと必要だな。12本を見込むべきだろう」
重装歩兵での投擲訓練を思い出しながらウィルは言った。
もっとも訓練で投げたのはジャベリンであって松明を投げたことは無かったが。
「つまり戸から3歩先から10歩先まで左右に合わせて12本の松明を投げる。続いてトラップが突進し正面の枯草に松明を投げ込む。そうなるとだ」
ウィルは一旦言葉を切ってから続けた。
「フェーズ1は閃光呪文を撃ちこんでは戸を開けて松明を投げて戸を閉めるを12本分やるわけだ。そうなると一度に何本投げれるんだ? 」
こんな状況でも無ければ笑ってしまう程に馬鹿げた計画だとウィルは思ったがそれは言葉にしなかった。
「俺とウィルで2本ずつ、合わせて4本が限界だろう」
トラップは難しい顔で言った。
「落として火事になったら元も子もないな。余力を持たせて2本だな」
ウィルは応じた。
「つまり……6回だ。それぞれ閃光呪文を撃ってからやるからマチルダは閃光弾6発撃つことになる」
ウィルは両手の指で数えながら言った。
「これで前準備のフェーズ1が完了だ。次に本番のフェーズ2だ。まずマチルダが正面に閃光呪文を撃ち込んでからトラップが両手に松明を持って投擲ポジションまで走り込む。燃えている松明が並んで転がっているから投擲ポジションまでは十分明るいだろう。トラップが振り被ったらトラップの目が眩まないようにトラップの1歩後ろの地面にもう一発閃光呪文を撃ち込む。そうすれば万が一背後に回り込まれても目潰しができる。可能ならトラップが小屋に戻る時にもう一発閃光呪文を撃つ」
ウィルは水袋を取り出し乾いた喉を潤してから続けた。
「要するにトラップの背中から1歩後ろの地面に閃光呪文を撃ちこみ、閃光でトラップの背中を守る。えーとこれで俺たちは手札をどのぐらい使うんだ? 」
「松明が14本、閃光呪文を9回だわ」
マチルダが慎重に答えた。
「不可能ではないけどチャンスは一回限りよ」
マチルダは申し訳なさそうに言った。
彼女は街を出発する時に魔力草が無くても十分だと思っていた自分自身が情けなかった。
「だそうだ。これが恐らく俺たちの持ち札を全部並べた最善手だろう。後はトラップ次第だな」
そう言ってウィルは隣の相棒を見た。
いつの間にかトラップは顔をうずめて聞いていたがしばらくしてむっくりと顔を上げた。
「それで良いよ。援護魔法はちゃんとやってくれよな」
トラップは厳しい顔で言った。
4人は打ち合わせ通りに準備を整え、それから休息という事になった。
板の間は土間同様に3歩四方しかないのでトラップを板の間で寝かせてウィルは土間の筵に座った。
板の間には長椅子が一つ置いてあったのでそこにマチルダを寝かした。
彼女を寝かした傍の床にシルフィールが毛布で包まって仮眠をとる。
土間の炉で燃える薪を見ながらウィルはいつの間にかうとうとしていた。
「あの……ウィル様」
若い女の声にウィルは目を覚ますとシルフィールが隣に座っていた。
「寝てろ。始まったらまたお前のプロテクションが必要だ。今度は治癒魔法の出番もあるだろう」
ウィルは面倒くさそうに言うと細めの薪を一つ足して炉の火を蘇らせた。
するとシルフィールが言いにくそうにウィルに囁いた。
「あの、北の狼を退治できたとして東と西と南はどうするのですか? 」
「どうもしない。風向きが変わって延焼するのを待つだけだ」
ウィルが囁き返した
「運次第……やっぱりそうなるのですね……」
シルフィールは涙を溜めながら呟いた。
「心配するところはそこじゃ無い」
ウィルは呟いた。
「……それって何ですの? 」
シルフィールはウィルを問い詰めようとしたがウィルは黙りこくったままだった。
壁越しの狼達の吠え声のみが聞こえた。




