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第13話 お弁当は見晴らしの良いところで

森を出ると200歩先に見張り小屋が見えた。

荷物は重くても冬の陽射しは気持ちが良いものである。

野火止を兼ねて森と牧場の境界の枯草は優先的に山羊に食わせたらしく地面が露出していた。


見張り小屋の回りは広範囲に除草されていたので肩までの枯草を分けながら登る斜面は百数十歩程であろうか。エルフやハーフマンの斥候でもなければこの枯草が覆う斜面をダッシュすることは無理だろう。

斜面の枯草の海原を見たトラップは草を薙ぐために右腰から小ぶりのファルシオンを抜き払った。


「やっと森から出れたわ」


マチルダがしんどそうに言った。


「もう少しですから頑張りましょう」


シルフィールがマチルダを励ます。


そんな中でトラップがウィルに耳打ちをした。


「気をつけろ。つけられているぞ」


「さっきから視線を感じていたが……やっぱりそうか」


トラップは返事の代わりに頷いた。


「数は? 」


「わからん。少なくとも数頭はいる」


「……お前はこのまま先行して見張り小屋まで進め。だが走るなよ。俺は最後尾に回る」


そう言うとウィルはシルフィールの後ろに向かった。


「どうしたの? 」


マチルダは怪訝そうな顔でウィルに訊いた。


「ペースを落とさずにあの小屋まで歩け。俺が殿をやる。俺が指示をしたら森に向かって“破城槌”を撃ちこめ。できるだけ爆発は遅らせてだ。俺が走れと言ったら小屋まで全力ダッシュだ」


ウィルは小声で言った。マチルダの顔がこわばる。


「急ぎましょう、マチルダさん」


シルフィールが低い声で促した。

最後尾に着いたウィルはメイスを持ち時々後ろを向いては森の中にいる見えない敵を牽制した。


 一行が小屋に近づくごとに森中からの気配は濃くなっていった。

森から落ち葉を軽く踏む音や小枝が擦れる音が微かだが広範囲に聞こえてくる。


(……すごい数だ)


 ウィルは振り返るたびに増える見えない敵に戦慄した。

先頭のトラップも額から冷や汗を垂らしながら歩みを進めた。

シルフィールは声こそ大きいが震えながら至高神にお祈りをしながら歩いていた。

マチルダは恐怖に涙を浮かべながら足を引きずっていた。


 先鋒のトラップが草原を分け入りファルシオンで枯草を薙ぎ切って道を切り拓きはじめた。

すぐに森から狼の吠え声が聞こえた。

 最初は1頭の吠え声だけだったがしばらくするとそれに呼応するように別のところから吠え声が聞こえた。更にそれに呼応するように別の離れたところから吠え声が上がった。

 吠え声に吠え声が応えいつの間にか森全体から吠え声がするかのようになった。



 小屋まで50歩。あともう少しで枯草の海を突破できる。

 胃液が逆流しそうな緊張の中でウィルは全力ダッシュのタイミングを計った。

 ウィルは恐怖で今すぐにでも駆け出したかったが、走ればそれが呼び水になって狼の大集団が襲撃してくるのは確実だった。


(シルフィールの走力を考えるともっと距離を詰めないとダッシュ出来ない。途中で捕捉されてしまう)


捕捉されたら終わりである。


(トラップが小屋の戸を開ける時間、心が折れそうなマチルダとシルフィールを小屋に押し込む時間、殿の俺が小屋に滑り込む時間、戸を閉めて閂を掛ける時間、応戦準備の時間。時間、時間、時間、とにかく時間が欲しい)


シルフィールの必死の祈りの声はすっかり小さくなり途切れ気味になっていた。

マチルダの啜り泣きを聞きながらウィルはリーダーとしての責任を思い起して恐怖を振り払った。


小屋まであと20歩余り。

やっと枯草の海を突破できた。

そろそろ全力ダッシュをしても良い距離である。


するとあれほどあった狼の吠え声が急に途絶えた。

ウィルが強い視線を感じて振り返ると森から1頭の狼が姿を現していた。

とても大きな狼だった。

先ほど倒した狼の数倍はあるだろう。牛馬の大きさだ。

日の光を受けて毛皮が青光りしていた。

その狼は岩に座り背筋を伸ばしウィルの顔を泰然と見ていた。

ウィルもその狼の顔を見た。

不思議なことに狼なのに獣の様には見えなかった。

言葉が通じないが獣の姿の人間のように思えた。

その狼はウィルに顎をしゃくりあげて見せた。

その狼は人の言葉では何も発しなかったがウィルには何を問うたのかわかったような気がした。

すなわち「お前がその人間共のボスか? 」と。


「あれが奴らのボスか……まるで王のようだ。狼王だ」


ウィルは狼王から目を逸らさずにつぶやいた。


目を逸らしたらまずいとウィルの本能が訴えた。

狼王の周りに10頭ほどの狼が控えていた。

狼王ほどでは無いが体格が良く近衛隊のように見えた。


「狼と思わない方が良いな。狼に似た別の生き物だ。下手な人間よりも手ごわいだろう」


 そう呟いてから自分が発した言葉によってウィルは根源的な違和感-疑問とも言っても良い-に気付いたがそれが何なのかその時はわからなかった。


 狼王と睨み合い、しばし立ち止っていたウィルの背中に向かってトラップが叫んだ。


「ウィル!戸を開けたぞ!みんな中に入れ!」


反射的にウィルが振り向くと先行していたトラップが開けた小屋の戸の傍に立っていた。

シルフィールとマチルダは後5~6歩でたどり着くところだった。

森からの鋭い吠え声に気付き視線を戻すとトラップの叫び声を呼び水に森から狼の大集団が突進してきた。


「走れ!」


ウィルは叫んで小屋へ全力ダッシュした。

目を剥いてみんな小屋に入り込む。

ウィルは息を切らして最後尾で滑り込んだ。

全員収容できたことを確認しつつトラップは大急ぎで戸を閉め閂を掛けた。

守りの為に鎧戸はすべて閉めたので小屋の中は薄暗くなった。

通風孔と明り取りを兼ねた梁と屋根の隙間から光の筋が入る。

自分の背負い袋の中にランタンがあるのを思い出したトラップは種火を使って明かりを灯し4人は漸く落ち着いた。

ウィルは土間の隅に血が染みている麻袋を置いてからあっちこっちの窓や戸等の隙間から外を伺った。


 すでに狼集団の先鋒は小屋の傍まで達したがウィル達が小屋に入ってしまったことを見ると草が刈り取られたところは避けて小屋から20歩程離れた枯草の中で用心深く周回していた。先鋒の背後からは続々と狼の群れがやってきた。観察してみるとそれぞれの狼の群れはいくつかの小グループで構成され高度に組織化されているようだった。そうこうしている内に北面だけで百頭余の狼が集結した。


西面の鎧戸の隙間から覗いていたトラップは叫んだ。


「こっちにも何十といるぞ!」


マチルダが東面の鎧戸の隙間からかじりつくように見てから暫くすると床にへたり込んだ。


「大丈夫ですか? 」


心配したシルフィールがマチルダの傍に来た。


「包囲されたわ……私たち」


マチルダは途絶えそうな細い声で答えた


「包囲って……どのぐらいの数なのでしょう? 」


震えるシルフィールの問いにウィルが代わりに答えた。


「パッと目で二百頭ぐらいだな」


ウィルは首を小さく振った。


「……そんな!」


シルフィールは小さく叫んだ。


「どうするウィル? 」


トラップは再び外を伺いながら言った。

トラップの声が上ずっている。

小屋の周囲は狼の吠え声によって満たされていた。


「今、外に出るのは自殺行為だ。と、なれば、まずは籠城戦の準備だろう。すでに戸締りは終わった。入口にある土間を見てみたが補強する資材は乏しい。と、なると、次は飯の準備だな」


ウィルはもっともらしく答えた。


「飯の準備だって?!お前何言ってるんだよ!……お前いろんな意味で凄い奴だな、おい」


トラップは呆れた。


「飯は大事だぞ。飯を食えば余裕が出来る。余裕が出来れば脱出するチャンスが掴める。ひょっとしたら狼を殲滅することも出来るかもしれない。しかし俺たちはまだ昼飯さえ食っていない。食べて一休みすべきだ」


ウィルは真顔で滔々と言った。


「あーもういい!わかったよ、飯を食うよ!食えばいいんだろ? 」


トラップは半ば自棄になった。


「土間に石を積んだ炉ある。薪のストックが積んである。飲み水が入った樽と鍋と食器もある。火を焚いてお湯を沸かそう。暖冬とは言え1月だ。折角食べるのなら暖かい方が良いだろう」


トラップの反応をスルーしてウィルは淡々と言った。


「この状況で鍋と食器って……貴方、ハーフマンじゃあるまいし」


マチルダは力なく笑って言い返したが対案があるわけでもなくそのまま黙ってしまった。


 トラップは悪態をついてから机の傍にあった小さな椅子に力なく座り頭を抱えて深々とため息をした。机の上にあるランタンがトラップの俯いた顔の一部を照らしていた。


「わかりました。私も手伝います!」


シルフィールは意を決して宣言するとさっさと土間に向かい、言いだしっぺのウィルも慌てて続いた。


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