第12話 追跡と奇襲
足跡を追って一時間、一行は枯葉の匂いが立ち籠る森の中を進んでいた。広葉樹林らしく落ち葉が山ほど積もっていた。ブーツが落ち葉を踏みしめる度に鈍い音がする。枝から葉はほとんど落ちているので森の中でも陽ざしがあるのが有難い。
そろそろ小休止して軽い食事を摂らせる頃合いだなとウィルが思っていると数歩先に先行してポイントマンを担っているトラップが歩みを止めた。
「どうした? 」
ウィルは小声で尋ねるとトラップは中腰になり右手を上下させた。
「みんな武器をとって腰を落として構えろ」
ウィルはメイスを構えながら低い声で指示した。
緊張が走る。
マチルダとシルフィールも腰からおっかなびっくりに武器を取り出して構えた。
すぐにトラップは小走りでウィルの隣まで下がってウィルに小声で言った。
「まだ新しい足跡が左右に分かれている。やばいぞ」
「罠か? 」
ウィルの問いにトラップが頷いた。
忍び寄る微かな音。わずかに感じる敵意。ウィルにも感じた。間違いない。
ウィルはシルフィールに目配せした。
「待ち伏せよ! 」
シルフィールは叫びプロテクションを詠唱し始めた。
「全員プロテクションの中に入れ!三角陣だ! 」
ウィルは怒鳴りながら藪越しに大まかな見当をつけた。
「左右にいるぞ!マチルダ!左のあの胡桃の木に向かって“破城槌”を撃ちこめ!一番遅い爆発だ」
ウィルに言われた胡桃の木は20歩先だった。狼狽しながらもマチルダが詠唱すると魔道銃がカタカタと可動音を立てて銃口が赤く光った。小さな赤い光の塊が吐き出されるように銃口から飛び出ると放物線を描いて10歩先に着弾し落ち葉の下に潜り込んだ。放出した方向に5~6頭の黒い影がいるのが彼女の瞳でも確認できた。黒い影はゆっくりと間合いを詰めようとしている。先頭の黒い獣の左頭部に白い耳が生えていた。数秒後盛大な爆発音が森に轟いた。赤い光の塊は群れの先頭の鼻先で炸裂しその狼の一団は悲鳴を上げて逃げ出したが炸裂音が合図となって右手から黒い影が突進してきた。
左手の一団が退散したのを見切ったウィルは素早く右手に回り込みマチルダのカバーに入った。ウィルの動きに合わせてシルフィールも立ち位置を数歩ずらして武器を振り回すスペースを作り、トラップもウィルの左側面をカバーするように位置取りを修正した。
もう数歩先まで黒い集団が到達している。先頭の狼の赤い舌がはっきり見えた。6頭だ。狼を引き付けるために2歩突出したウィルに向かって4頭の狼が跳びかかった。ウィルが渾身の力で振ったメイスが先頭の狼の頭を叩き潰した。頭蓋骨が砕き散り血漿のもやが散布される中で二番手がウィルの右首筋を狙ったが即座に肘打ちで弾き飛ばす。残りの2頭が空いたウィルの左肩を襲う。内1頭は左手の盾で殴り飛ばせたがもう一頭は狙いを変えて開いた左肘を咬む。鎖帷子が悲鳴を上げた。
「いてーな! 」
肘を咬んだ狼を地面にたたきつけるように振り落とし蹴り飛ばして息を整えると後ろから破裂音が聞こえ、先ほど右肘で弾いた狼の頭が半分に千切れて息絶えた。
残り2頭だ。少し余裕ができたウィルは回りをちらりと見た。シルフィールとトラップはそれぞれ狼1頭を相手にしていたが取りあえず大丈夫そうだった。幸いにもとりあえずこの一群以外には敵はいないようだ。
「よし踏み込むか。早めに片づけるぞ! 」
ウィルは突進し威嚇の吠え声をあげていた狼にメイスを叩きこんだ。骨が砕く音と共にメイスが狼の背中にめり込む。狼は悲鳴を上げて地面に転がり四肢をばたつかせて苦しそうに首を振りはじめた。
復讐に駆られた4頭目が跳びかかろうとした時にまた背後から破裂音が響いた。4頭目は胸から血を噴き出しながら横倒れになり四肢を痙攣させた。その頃にはシルフィールもトラップも眼前の敵を始末していた。
ウィルは後ろを振り向くとマチルダは青ざめつつも右手の魔道銃を掲げてニッコリと笑いかけた。ウィルもつられて笑った。ウィルは自分の袖を捲って左肘を見たところ血は出ていないが咬まれた痕が赤くなっていた。骨にヒビは入っていない。大したことでは無いが念のために手当が必要と言ったところだろう。この程度で済んだのは鎖帷子とプロテクションの併せ技のおかげだった。
「ウィル様、大丈夫ですか? 」
駆け寄ったシルフィールが回復呪文を詠唱をしようとしたがウィルは手で制した。
「魔力は節約しよう。今日はこれで終わりではない。代わりに打撲膏をくれ。それと転がっている狼に止めだ。6頭全部にだ。野生動物は強靭だ。動いていなくても油断するな。不意に蹴られてあばらを折られないように背中から回ってやれ。」
シルフィールから貰った軟膏を塗っている間に、仲間たちはまだ痙攣している狼に止めを刺し始めた。森の中に狼の断末魔が幾度も響いた。
シルフィールが顔をしかめつつ止めのメイスを振り下す様子を見ながらウィルは頭の中で状況をまとめてみた。
(1ダースの狼の群れに待ち伏せされたものの6頭の狼を仕留めて撃退できた。怪我をしたのは俺だけでそれも軽い傷で済んだ。チームにまだ十分に余力はある。だがまさか狼が俺たちの行動を予測して仕掛けてくるとは思わなかった。これじゃ人間並みにじゃないか。これでは電撃戦は無理だ。根本から考え直さなければ。人間相手の戦争と同じぐらい作戦を練らなければまずいな)
頭の中の整理が終わったところで仲間たちを観察しなおすとシルフィールやトラップは得物で止めを刺していたがマチルダは触ろうとしなかったことに気付いた。
(このマチルダって女魔術師、ひょっとしてお嬢様なのかねぇ? )
とウィルは思ったがマチルダが2頭も倒したことを考えると余り文句も言えそうもなかった。
(それにしても6頭倒すのにこんなに大変だとは先が思いやられる。とにかく今は安全圏まで後退して食事と休息が必要だ)
とウィルは先を考えた。
「みんな、いったん撤収しよう」
頃合いを見てウィルは呼びかけた。
そこに何かを思い出したシルフィールが手をポンと叩いて言いだした。
「そう言えばウィル様、狼の皮を持ってこいってギルドに言われていましたよね? 」
相変わらず可愛い声だがゴリっとした意志を感じるシルフィール。
「それと村長にはトロフィー持っていけばオプションの報酬くれるのよね?村に戻るにしても成果ゼロじゃ不味いし」
狼を倒して自信を持ってくれるのは良いのだが妙に強気になったマチルダ。
(この流れ、逆らえないぞ)
ウィルとトラップは顔を見合わせた。
「俺は生存訓練で動物を解体したあるけどお前は? 」
「もちろんあるよ。生存術は猟兵の基本だし。そもそも俺は猟師の倅だ。腑分け、精肉、皮剥、剥製なんでもごされだ」
「言わずもがな、だったな。だが、あいつらには……無理そうだな」
止めを刺し終わった狼の死骸をゲシゲシ蹴るのみのマチルダと死骸に向かってお祈りしているシルフィールを見ながらウィルはつぶやいてから自分と相棒を励ますように言った。
「じゃあ俺たちでやるか」
「……やるしかないかぁ」
マチルダとシルフィールに死角が無いように周囲の警戒をさせてウィルとトラップは手分けして狼の解体を行った。血の匂いにむせながら、ダガーと手を血と脂で汚しながら黙々と続けた。
ブラッディーな作業を終えて6個のトロフィーを麻袋に入れるとかなり重い。6頭分の毛皮も含めると相当なものだ。メンバーの膂力を考えるとやっぱりウィルが担ぐしかなかったが、一言言っておきたくなるのは自然な感情だろう。
「すげー臭いな、これ。血が染みてきたし。お前ら少しは手伝えよ」
「こっちに来ないでよ、気持ち悪い。貴方が担ぐのよ」
マチルダは顔をしかめ、しっしと追い払うように手を振った。
「追加報酬を呪文書に充てるってお前言ってたじゃんか」
「当たり前でしょ。私は頭脳担当、貴方は荷物担当。役割は明確だわ。何よりも合理的よ」
マチルダは当然のように胸をそらして言ってのけた。
「ひでーなそれ」
ウィルは言い返したがマチルダは鼻で笑ってからそっぽを向いてだんまりを決め込む。これ以上彼女を追及したら拗らせるのは誰の目からも明らかだった。
「わりぃ、俺、斥候だから身軽じゃないとな。」
雲行きを読んだトラップはそう言うと数歩先に小走りで行ってしまった。さすが猟兵である。言い逃れや面倒事の回避にも長けていた。
「ウィル様のご尽力はきっと至高神様もお喜びになるでしょう」
シルフィールは真顔でウィルを拝む仕草をした。ナチュラルな褒め殺しは彼女の得意技であった。
「ああー、うるせー、お前ら」
ウィルは元より“お手伝い”を期待はしていなかったのでどうでも良かったがせめて強く言える立場でありたかった。とは言っても、魔法の援護無しではどうにもならなかったし、さっき薬を貰ったばかりだったので彼女たちにも強く言えないのが辛いところだった。




