第11話 最大のミステイク
少年の後ろ姿が豆粒になってからウィルは口を開いた。
「これから足跡を追おうと思う。もちろんその前にあの見張り小屋に立ち寄って状況確認する」
トラップは空を見上げて考え込みマチルダは青ざめた顔で黒い染みを見つめていた。シルフィールはウィルを見つめている。
「油断せずに慎重にやれば大丈夫だろう」
「……慎重にって具体的には? 」
地面の染みをみながらマチルダが質した。低い声だが動揺は隠せなかった。
「トラップを先鋒に追跡を始める。常にプロテクションの中にいられるように隊列の間隔は詰める。エンカウントしたら三角陣だ。まずトラップはマチルダの左前まで戻る。その間マチルダはトラップを援護するんだ。エンカウントが数頭だったら容赦なく殲滅する。それ以上だったら撃退優先だ。昼間だからマチルダは破壊槌を撃ちこめ。シルフィールは作戦通りプロテクションを張ってからマチルダの後ろを守れ。全員プロテクションの内側で戦うんだ」
ウィルは言い終わってから緊張のあまりにいささか命令口調になったことに後悔したが、幸にも仲間たちは気づかなかったようだった。
「ウィルさんのおっしゃる通りですわ。困っている村人を見捨てるわけにはいきません。冒険者たる者、オオカミごときで引き下がっては天下の笑い者です」
シルフィールは力強く説いた。
「そりゃそうだけどよ、何十頭なんて聞いてねーよ。トールマンの野郎嵌めやがって」
トラップは悪態をついた。
「最初は数頭の狼とエンカウトする可能性は高いわ。数十頭の群れだとしたら群れの周囲を縄張りとして小さな群れがパトロールしているでしょうね。それを潰すのは容易いと思うわ」
マチルダは伏し目がちに言った。続けて(……問題はその後なのだろうけど)とまではさすがに言えなかったが。
「狼は自分の子供をどうしているのかしら。やっぱり野宿なのかしら? 」
シルフィールは唐突に言った。
「狼の野宿って何よ」
マチルダは小さく笑った。
「狼って犬と似たようなもんだろ?だったら生まれてからしばらくはそんなに動けるわけがない。幼いうちはちょこちょこ動いて母狼の乳を吸って大きくなるんじゃねーの? 」
トラップは興味無さそうにぞんざいに答えた。
「数十頭の群れにはどれだけ子供の狼がいるものなんだ? 」
ウィルは3人のやり取りを聞いている内にわいてきた小さな疑問を何となく口に出してみた。
「数頭だろ。と言うか発情期を考えたら今の季節は十分に大きくなっているだろ」
面倒くさそうにトラップは答えた。
ウィルはマチルダが何か言いたそうな顔をしていることに気づいた。
「どうした?マチルダ。大丈夫か?思いつきでも何でも構わないから言ってくれ」
ウィルは気遣いつつ促すと彼女はボソボソと話はじめた。
「状況をまとめてみましょう。狼の大群が襲ってきたのは一昨日が初めて……それまではこんな事は無かった」
「うん、そうね」
シルフィールが気を使って相槌を打って話しやすい雰囲気を作った。
(やっぱりシルフィールは気が付くよな)
ウィルは密かに感心した。
「平年と今年の違いと言えば暖冬。この2、3年は春のような気候」
マチルダは続けた。
「おかげで私も助かったわ。実は寒いの苦手なの」
シルフィールは大げさに寒そうな仕草をした。今日は暖かいしコートオブプレートの下に綿入れのギャンベソンを着こんでいるのに彼女が袖付いた厚手のウールのガウンを羽織っているのは寒がりだったらしかった。
「女は冷え性だからしょうがないわ。そうね、冷え性に良く効く薬草があるから後で教えてあげる。意外と身近なところに生えているわ」
得意気に薀蓄を言うマチルダ。どうやら彼女は薬に詳しいらしい。
「ありがとう、マチルダさん」
シルフィールにムードメイクする意図があるのはわかるがこんな所でガールズトークに脱線されては堪らんので少し困惑しながらもウィルは強引に話題転換することにした。
「それで、狼の飯の問題なのか? 」
ウィルはあてずっぽうに言ってみただけだがマチルダの反応は予想とは違った。
「エサも重要な問題になるわね。狼にとって暖冬は大きな影響を与えるのは確かだわ。冬でも春のような気候が続けばね」
(う~ん、なんだか難しい話だ。今夜は知恵熱になるかも知れない。でも今は彼女に話させて落ち着かせた方が良いよなぁ)
ウィルは頭を抱えて唸った。
「つまりどう言うことだ? 」
トラップが腕を組み口をへの字型にして言う。
「暖かければ活動範囲が広がるしエサを求めての移動距離も増えるわね」
講師口調のマチルダ。
(……マチルダの話は難しいなぁ)とウィルが困っていると
「遠くから来るわけですわ。広い土地からエサが得られるならその分群れも大きくなれると」
シルフィールが翻訳してくれてた。
「お前、実は頭良いのな」
トラップが驚いた顔をして彼女の顔を見てつぶやいた。
「すべては至高神様のお導きですわ。トラップさんも心を入れ替えて私と一緒にお祈りしましょう」
澄まして答えつつ抜け目なく勧誘するシルフィールにたじだじになるトラップ。
このパーティの最強メンバーは彼女かも知れないとウィルは何となく思った。
やり込められているトラップがかわいそうになったのでウィルは話題を振ってみた
「ところでトラップ、犬に詳しいのな」
「ああ、猟兵は犬を使うことも多いからな。犬がいると色々と便利なんだよ」
シルフィールから解放されるためにトラップはウィルの話題に乗った。
「人間より鼻が利くし音にも敏感だ。追跡の時は本当に役に立つんだ。もっとも特別に調教した軍用犬じゃないとだめだけどな」
「なるほど。狼って犬と似ているけど狼も鼻が利くのかな? 」
「そりゃあそうだろ。何と言っても野生動物なんだから敏感に決まっている」
「人間の匂いにもか? 」
「人間に限らず馬でも牛でも何でもだ」
「羊にも? 」
ウィルは何となく地面の赤黒い染みを指さしながら訊いた。
うなずくトラップ。
「その血でおびき出したらどうでしょう? 」
シルフィールは軽く手を叩いて言った。
「う~ん、さすがに染みこんで乾いているし人間の匂いも混じっているしどうかな? 」
トラップは口元に手を当てながら答えた。
「新しい血か。罠でも作って野ウサギでも捕まえるか?野ウサギの血でおびき出すか? 」
ウィルは冗談混じりに言った。普通に考えたら時間的にちょっと無理だとわかっていた。
「今のうちに仕掛けておけば明日の朝にはかかるだろうがさすがに悠長すぎるだろうよ」
トラップは面倒くさそうに言ったがシルフィールの小睨みに気付いて焦り始めた。
「大して手間もかからんしリスクヘッジということで仕掛けようぜ」
罠の話は冗談のつもりだったが、折角だからウィルはシルフィールのサポートを活用してもっともらしく言ってみた。
「ウィルがそう言うならやっておくか。早速そのあたりに仕掛けておく」
小走りするトランプの背中に「ありがとうトランプさん」とシルフィールがお礼を言った。
トラップは上手い具合にシルフィールを煙に巻けたようである。
単独行動は危険だし手伝う事もあるだろうからウィル達はトランプに続いた。
歩きながらウィルがマチルダの顔を見てみると消化不良気味の様子だった。機嫌を損ねてはいかんと慌ててウィルはマチルダに話かけた。
「狼も巣を作るのか? 」
話の緒になれば良い。口からでまかせに当てずっぽうに言ってみた。
「……もちろんよ。晩秋に妊娠した狼は12月に出産して2月までは巣で子育てをするから今はまだ子育ての時期ね」
マチルダは当たり前でしょ?みたいな反応してから薀蓄を述べ始めた。
「……と言うことは近くに巣があるわけか」
ウィルはボソッと言った。
巣にはつがいがいるはずだ。巣を強襲してサックリつがいを倒せば依頼は達成するし群れも無くなる。こうなったら狼全部を相手にする必要なんて無い。総力戦なんて御免だ。ウィルは電撃戦をイメージしていた。
「巣を中心に活動しているからね。そこが謎なところなのよ」
薀蓄を言えたこともあってマチルダは機嫌が良さそうに続けた。
(また何を言い出すのだ?魔術師の頭の中は良くわからん)
ついに頭が痛くなって喋られなくなったウィルに代わってシルフィールが話を受けた。
「昨年の晩秋からいたはずなのに被害が出たのは一昨日が初めてというところが奇妙なところですわ。……そういう事ですか?マチルダさん」
「そうなのよ。雪が無くて長距離を移動できるからって子育て中に巣を遠くまで移すなんて変だわ」
嬉しそうに話すマチルダを見ながらウィルはようやく意味が分かった。
「つまり元ある巣を追い払われたと? 」
ウィルは嫌な予感を覚えつつマチルダに言った。
「そういう事になるわ」
マチルダは(あら、貴方にもわかったの?お上手ね)みたいな顔でウィルの顔を見ながら答えた。
「すなわち凶暴な狼の大群を追い出すだけの怪物が来りつつある、と言う事」
マチルダはクロスワードを解いた時と同じようにスッキリと満足そうな顔でそう結んだ。
ここでウィル達は物語上最大の判断ミスをしてしまいす。自分達の実力を考えれば高レベルの実力者である〘南の狩人〙のサポートを受けてローリスククリアを目指さければならないのですがそれを失念してしまったのです。無事に生還してリスクに見合うリターンを得る事がベストエンディングとするならば、このシナリオ分岐点での彼らの判断ミスでベストエンディングは不可能となったのでした。




