第10話 黒い染み
小一時間歩くと北東に小高い丘が見えた。
少年が言っていたように目の前に枯草が広がっていた。
今踏みしめている地面から丘の上までの400歩ほどが枯草に覆われ、1本の小道が続いていた。
丘の頂上には見張り小屋も見えてその周囲は草が生えていないようだった。
丘の中腹から北の森へ枯草の海に踏み敷かれた痕が川の流れのように印されていた。
「あっちの方に小川があってね、エビがよくとれるんだ」
歩きながら少年は西の方向を指さしながら自慢げに言った。
折角だからウィルは軽く応じた。
「エビ?どうやって食うんだ、それ? 」
「えーおじさん知らないの?軽く塩茹でにすると旨いよ。殻が真っ赤になってつるっと剝けて身がコリコリして噛むとほんのりと甘い汁がジュッと出てさ」
「ふ~ん、生臭くないのかい? 」
「獲りたてなら大丈夫。僕が保証するよ」
「へー、エビってどうやって獲るんだい? 」
「仕掛けだね。丸一日川の中に仕掛けを置けば良いんだよ。今は水が冷たいからやらないけどね」
少年は得意気に言った。
ウィルが何か言おうかと考えているとシルフィールが少年に話し掛けた。
「その小川って羊の水飲み場にしているの? 」
「たまに使っているみたいだよ、お姉さん。そう言えばリーザが小川で鹿の親子を見たって」
「それっていつなの? 」
「先週の話だよ、お姉さん。鹿とか猪が水を飲みに来るってリーザが言っていた。それとね、その小川はぐるっと長いんだ」
「ぐるっと長いの? 」
「うん、あっちから左にぐるっと回って村の傍まで流れているんだ」
「ぐるっと回ったら遠くなるわね」
「この道歩くより倍かかるよ。でも楽しいんだ。夏なんかだとトンボが飛んでいたりザリガニ獲ったりさ。そうだ、暖かくなったらまた遊びにおいでよ」
「そうなの。ありがとうね」
「えへへへ」
シルフィールにお礼を言われて少年は嬉しそうだった。男のウィルよりも可愛いシルフィールの扱いが良いのはご愛嬌といったところであろう。トラップはニヤニヤしなっがらからかう様にウィルの肩に軽く肘でグリグリするとウィルはやれやれと青空を見上げた。一方マチルダは真剣な顔で何やら考えている様子だった。
丘の中腹まで登ると先頭の少年が振り向いて立ち止った。
「あれだよ」
少年が指を指した先には黒々とした染みが地面のあちらこちらに広がっていた。
真っ先に染みに歩み寄ったトラップがしゃがんで確認した。
「血だな」
トラップは低い声で言った。
「ここでやられたのか」
トラップは立ち上がりながら呟いた。
これだけの血……羊の死骸は見当たらないとは言えどれだけの惨状だったのか。
一昨日は屠殺場さながらだったに違いない。
そしてこれは数頭の狼の仕業ではないのは明らかだった。
「トラップ、どんな様子だ? 」
「見ての通りそこから森へ足跡が続いている。すごい数だ。……何十頭の狼の群れというのは決して誇張じゃないぞ、ウィル」
思わずマチルダとシルフィールは顔を見合わせた。
深刻な緊張感が場を支配した。
「……じゃあ僕はいったん村に帰るよ。さっきの食堂みたいなところにいるから用があったら言って。それと寝床と台所は自由に使ってね」
重たい沈黙に耐えかねて少年は元来た道を戻り始めた。
「あの見張り小屋は使っていいのか? 」
少年の背中に向かってウィルは声を大きくして問いた。
「きれいに使ってよ!」
少年は振り向かずにぶっきらぼうに返事してきた。
「小屋の鍵はどこにあるの? 」
シルフィールが声を張った。
「開いてあるから大丈夫だよ、お姉さん」
少年は立ち止って振り向き愛想良く答え彼女に手を振ってからまた向きなおして歩き始めた。
「麻袋は? 」
ウィルが遠ざかる少年の背に向けて大声で怒鳴った。
「見張り小屋の中だよー」
遠くなった少年からかすかに聞こえた。
あけましておめでとうございます
作中の400歩は400mの事です。




