スペシャル2 スウィートサイエンス
――ボクシング、興味ある?
きっかけは、ミミさんのその一言だった。
正直、興味があるかないかで言えば、私はない。でも、ミミさんからの誘いは拒みたくないし、それがデートなら大歓迎だった。
だから私は、会場までのこのことついていったのだけれど……。
「いやあ、マナちゃん、すっごい広いドームだね!」
ミミさんは、パイプ椅子に腰かけることなく、仁王立ちのままそう言った。
確かに広い。というか広すぎる……!!!
試合前から無数の照明が、会場のなかを縦横無尽に飛び回っている。座席数は、一万席を優に超えているのではないだろうか。
どう考えたって、私はここにいるべき人間ではない。
居心地の悪さを訴えようと、私はミミさんのシャツの袖口を掴んだ。
「ミミさん。私なんかが……いいんですか……?」
「あー、いーのいーの! チケット代のことなら気にしないで! ツテを辿っていただいたものだからさ!」
「いや、私が言いたいのはそういうことじゃなくてですね……」
「こんなところまで来て、細かいことは気にしなさんな。それよりもほら、始まるよ!」
「えっ……」
ミミさんがとある方向へと指を差す。その先を目で追うと、そこにあったのは巨大モニター。スクリーンには、舞台裏で待機する選手たちの神妙な面持ちが映し出されていた。
その様子を見ていたミミさんが、興奮気味に言った。心なしか、彼女の耳は赤らんでいるように見える。
「信じられないよね、あの二人が数分後にはリングのなかで殴り合うだなんてさ」
聞きなれない単語に、私は萎縮してしまった。
「殴り合うんですか…….?」
「うん、ボクシングってそういう競技だもん。でも、あの赤コーナーの選手はあんまり殴られないんだよね」
「殴られない? どういうことでしょうか?」
「パンチが当たらないように上手く立ち回るんだよ。自分だけ一方的にパンチを当てて、相手からの攻撃は回避する。それがあの選手の特徴。あたしの理想のボクサーね」
んー……? やっぱり、私にはよくわからないけれど……まあ、ミミさんが楽しそうで良かった。
そうこう駄弁っているうちに、選手たちはリング中央で視線をスパークさせていた。そこから両者が距離を取ると、鈍い鐘の音が鳴り響いた。どうやら、この音が試合開始の合図らしい。
青コーナーにいた選手が、積極的にパンチを繰り出している。赤コーナーの選手は、逃げ回るばかりで、苦しんでいるようだ。
確か、私の浅い知識では、赤コーナーを背負う方が上手だった気がするけれど……。窮地に立たされているということは、下克上が見れるかもしれない。
ふと、ミミさんの方を見ると、彼女は壺でも鑑定するかのようなまなこで、リングを見つめていた。
私は、そんな彼女に軽い気持ちで声をかけた。
「青のボクサー、強いですね!」
そう言った途端、ミミさんはまたも興奮気味に私を調教してきた。
「マナちゃん! あれはね! 赤のボクサーがパンチを受けているように見えて、実は当たってないのよ! すんでのところで躱しているのっ! やばくない?! しかも、リング全体をサークリングしながら、自分だけパンチを当て続けているっ! 最高だと思わないっ?!」
「えっ、あっ、うんっ!」
何が何だかわからないけれど、とにかく凄いことと、ミミさんがボクシングを愛していることはわかった。
殴り合うスポーツって聞いたから、てっきりボクシングをやる人は血気盛んなのかなと思ったけれど、どうやらそうでもないみたい。
リングに熱視線を注ぐミミさんを見て、私も試合の続きに集中することにした。
ミミさんに解説してもらった後だと、確かに赤のボクサーはパンチを躱しているように見えなくもない。そして、青のボクサーの顎をコンスタントに捉えているように見えなくもない。
きっと私はボクシングのボの字も理解できていない。けれど、いつの間にか彼らの勇姿に夢中になっていた。
カンカンカンカンカンッ!!!
試合終了を告げる鐘が鳴り響くと、レフェリーが赤コーナーの選手の手を天に掲げた。それと同時に、ミミさんがこちらを振り向いた。
「ボクシングは、スウィートサイエンスだね!」
「ス、スウィートサイエンス……?」
「赤のボクサーは、無駄のない洗練されたボクシングをしたでしょ? 一発を狙うスタイルもロマンがあるし、危険を冒してでも突っ込むスタイルも男らしいけれど、ボクシングはあくまでスポーツなの! 頭を使わないと、ゲームには勝てない! だからこそあたしは、あのボクサーが見せてくれたような、リスクを最小限に抑えながら確実にポイントを取るボクシングが好きなの! そしてそれこそボクシングであり、スウィートサイエンスなの!」
「正直理解が追いつきませんが……でも、ボクシングって楽しいですね!」
「おっ、良いこと言うねマナちゃん! それさえわかればいーのいーの! ボクシングは楽しむもんだから!」
ぐぅぅう……。
やば。いま、お腹鳴っちゃったかな……?
ミミさんにバレていないか様子を伺うと、彼女は「やべっ」と呟いて、お腹を押さえていた。
「ミミさん……?」
「めんごめんご。……それじゃあ、次はご飯にでも行きますか!」
「おー! ぜひぜひっ!」
「んんっ?! ボクシングに誘ったときよりテンション高くない?」
「き、気のせいですっ! それより早く行きましょう!」
私は、ミミさんの手を引いて会場を後にした。
でも本当に、ボクシングって楽しいな!
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