第12話 対立はダメなのに……
――いまという時間に限りがあると知ったのは、中学生のとき。
私の中学生活は、まさに苦行とも言える辛い辛い日々だった。精神的に追い詰められていると、人はどんどんネガティブな思考に陥ってしまう。当時の私もそうだ。
心ない言葉を浴びせられて、仲間外れにされて、私は失意のどん底にいた。非常に視野が狭い年代ということもあり、『私はいつまで学校という檻のなかに幽閉されたままなのだろう』と日常的に悲観していた。
辛いと感じるほど、時間はゆっくりと流れていく。時間が流れるたびに、周囲は変わっていった。私自身、何も変わることはなかったけれど、周囲は変わっていった。
――いまという時間が尊いと知ったのは、高校生のとき。
白く長い髪を二つに束ねた女の子――ミミフェン・スアサンさんが、私に教えてくれたのだ。彼女のおかげで、私はいま幸せだ。彼女がいなかったら、私はどうなっていたかわからない。
彼女だけじゃない。広報部・百合の花に加わってくれたクルミさん、カミーアさんもそうだ。四人で時間を共有し、四人で感情を共有してきた。
物語はまだ序章。百合の花にとって、これからが本当の勝負。
僥倖なことに、私たちは世間様から注目を浴びている。あのピクニック、たった一回で、そんな状況にまで進展してしまったのだ。
いま、大切なことは、いかに基盤を崩さずに活動を続けられるか、だと思う。ここでいう基盤というのは、最初に決めた活動方針、方向性のことだ。
私たち百合の花は、地域の活性化と学校の宣伝を目的としている。それを忘れてはならない。
舞い込んできたチャンスを逃すことなく、四人で一致団結してやっていく。私は、広報部・百合の花の部長として、部員のみんなにそのことを伝えたかった。……のだが。
「サウナ! ぜーったいサウナに行きたいっ!」
「いいえ。こういうときこそカフェに行くべきでしょう」
ミミさんとカミーアさんの意見が真っ二つに……。
放課後、部室に集まった百合の花たちは、『さあ次はどこを訪れよう会議』を始め、冒頭こそ和気藹々としていたのだけれど……。いつの間にやら、二人は火花を散らしていた。
いまこそ、四人一緒に行動したいのに……まさかこんなことになるなんて……。
ふさふさっとツインテールを揺らして、ミミさんは主張を続けた。
「巷ではサウナが流行しているんだよっ?! だったら、こういうときこそサウナでしょっ! ぜったいぜったいぜーったい、みんなも見たいってっ!」
みんな、というのはもちろん、SNSで百合の花のことを応援してくれている方々のことだ。
ミミさんの意見には一理ある。確かに、サウナが世間的に流行しているのは事実だし、下世話な言い方をすれば、多くの人の目を引くことだってできるだろう。
私がミミさんに賛同しかけていると、今度はカミーアさんが艶感のある黒く長い髪を靡かせ、持論を展開した。
「サウナブームは重々承知していますが、このタイミングで行くのは露骨でしょう。百合の花のお淑やかなイメージを守るために、まずは古民家カフェのようなところに出向くのが、長期的に考えて合理的だと思うのです」
むっ、カミーアさんの意見も一理ある……。百合の花はこういう部活ですよ、と印象づけることを優先させてからでも、サウナのような超級のカードを切るのは遅くない。むしろ、強い手で勝負し続けると、平凡な手を指したときにインパクトが薄れてしまう。
悩ましい……どちらの肩を持つべきか悩ましい……。
スパークする二人の視線。その鋭い眼光が、ギロッと私とクルミさんの方に向けられた。
「サウナだよねっ?!」「カフェに決まっています」
意見を求められることはわかっていたけれど、まだ意思が固まっていない以上、安易に返答できない。
……というか、私はどちらか一方に傾いてもいいのだろうか。仮にも部長という立場なのだから、私から『みんな一緒に』をしっかりと伝えないといけない。でも、それを口にしてしまうことで、みんながバラバラになっちゃわないかな……。
返答に困窮する私。クルミさんもすぐには答えられないだろう、そう思っていたけれど……。
「私は、カフェが良いと思いますね」
はっきりとそう言い切ったクルミさん。心なしか、彼女の表情は自身に満ち溢れているように見える。
味方が増えたカミーアさんは、クルミさんの手を握って、喜びを口にした。
「やっぱりクルちゃんはわかってる!」
微笑み返すクルミさんに、ミミさんは不服そうに頬を膨らませながら訊いた。
「クルミちゃん、サウナの方が良くない? どうしてカフェなの?」
「食べれるからですね」
あー、ですよねー……。
半ば呆れる三人に、クルミさんは首を傾げる。
「そもそも、どちらも行く、というのはダメですかね……?」
本来、部長である私から言わなければならないことを、クルミさんは平然と言った。
クルミさんに感謝するとともに、私は自身の部長としての資質を疑ってしまった。私、部長とか向いてないよね……。
ミミさんは、拗ねたようにぼそぼそと呟いた。
「そりゃどっちも行きたいけれど、先にSNSに投稿するのはサウナが良いと思うの……。でもさ、二人がそっちに行きたいって言うんだったらさ、もう別々に行動したら良いんじゃないかなって。好きにやったら良いんじゃないかなって」
子どもっぽいミミさんも可愛いなあ……。じゃ、じゃなくてっ!
それまで発言ゼロだった私も、堪らず口を挟んだ。
「別々にっていうのは……ちょっとどうかな……」
控えめな主張になっちゃった……?! うう、こんな言い方になるなら、黙っていた方がよっぽどマシだよ……。
私の言葉はなかったかのように、カミーアさんは珍しく強い口調で言い返した。
「わかりました。ミミさんがそういう考えなら、私もクルちゃんと二人でカフェに行きます。一人は可哀想なので、ミミさんはマナさんとサウナに行ってください。それで良いですよね?」
誰に対しての問いかけだろう、と狼狽えていると、ミミさんが一歩踏み出して答えてしまった。
「上等っ! ……そうだ、いっそのこと勝負形式にした方が良いかもねっ! それぞれで写真とか動画とか撮ってきて、それぞれでSNSにアップするの。そうすれば、あたしの意見が正しかったのか、それともカミーアちゃんの意見が正しかったのかはっきりするっ!」
「ミミさんが提案していることは、ミミさん自身の首を絞めていることに他なりませんよ? しかし、喧嘩を売られてしまっては、買うしかありません。勝負となれば、たとえミミさんが相手でも、マナさんが相手でも、私は手加減できませんよ」
「望むところっ!」
ちょ、ちょっと! そんなこと望まないでよっ!
……と言うべきだったのに、私は口にできなかった。
四人が集まって、寄り添って、一つの花になる。百合の花になる。そんなこと、みんなわかっていたはずなのに、このときばかりは、誰もが冷静さを欠いていた。
さあ次はどこを訪れよう会議は唐突に終焉を迎え、四人は二人一組となり、散り散りになってしまった。次なる会議は作戦会議、そのなかで話し合われたのは『いかにして相手のペアに正しさを証明するか』という、百合の花の本分を完全に逸脱したものだった。
チーム制になってからも、私とクルミさんだけは情報共有をし合っていた。私たちミミマナペアはホォーヅリィの北部地域――テツナギにある、サウナ『ぽっかぽか~』を目指す。カミクルペアの目的地は、南部地域――カタヨーセの古民家カフェ『ララルラ』だ。
私は、クルミさんからカタヨーセに行くと聞いて、正直胸を撫で下ろしてしまった。万が一にも、両者が鉢合わせることがないからだ。
だけど、そんな自分に苛立ちを覚えてしまう、私もいたことに気付いてしまった。
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