第六話 衛星
●6.衛星
第6特異点は開いたままで、特異空間チューブ内から、外の星々が見えていた。ウィスラー号が特異点を通過すると、第3特異点とは別の星系の輪のある木星型惑星の衛星の近くに出た。まだウィスラー号は回転していないので、用務室は無重力のままであった。
「ここは歪み係数によると、次の閉鎖まで224時間程あるからじっくりと探査できそうである」
「約9日ですか」
沢井は言い直していた。
「この木星型惑星はあのクラゲもどきが居た所と…同じなのかしら」
「違いますよ木戸さん、薄っすらと輪があるでしょう」
本田はモニター画面に目を凝らせていた。
「諸君、この木星型惑星は第3特異点の星系とは全く別もので、主星は二重連星である」
「ということ太陽が二つあるわけね」
「それで、この目の前の惑星は衛星の数が多いようですが、どこから探査しますか」
「沢井支援要員、目の付け所が良いな。惑星自体には生命反応はないが、火星よりも少し大きい第3衛星に生物反応がある」
「そこからだとすると、沢井チーフの出番じゃないですか」
本田は肩の荷を下ろしたような感じであった。
「そうね。あたしたちの出番はないんじゃない」
「結局、そう言うことになりますか」
沢井は観念したようだった。
「いや、ここはアーロンに行ってもらおう。探査機の操縦や掘削に長けていると経歴にあるから、探査に応用できるか確かめてみたいのだ」
「彼のお手並み拝見ということですか」
沢井は少しホッとしていた。
「衛星の酸素は地球のおよそ50%、重力は0.5Gだ」
「っていうことは宇宙服なしで歩けるわけ」
「降り注ぐ宇宙線量は地球よりも多いが、すぐに死ぬことはないだろう」
「それで呼吸はできるの、できないの、どっち」
「諸君らにわかりやすく言うならば酸素は地球の6000m級の山岳地帯程度はある。訓練して徐々に慣らすことはできる」
「やっぱり宇宙服は必要でしょう。そこの空気にどんなウィルスがいるかもわかりませんから」
「沢井支援要員、その点については議論の余地がある。この衛星の生物に対応したウィルスが、別の星系の生物に適応できるかどうかにかかって来る」
「そうですか…」
沢井はだからアーロンを派遣するのかと勘ぐりたくもなった。
アーロンは有人探査機のパラシュートを開いたが、地球程の減速はなかった。衛星での高度が500m程の所でエアバックを展開する。有人探査機の下部にある4つのエアバックで衝撃を吸収し衛星に軟着陸した。
「いゃー、なんて所だ。こんな動物みたことがない。それに池のようなものがある。みんな見ているか、あぁ、まだだったな。無事に着陸したから、映像を送るぜ」
アーロンの無線の声とともに、用務室のモニターに衛星の映像が転送された。着陸地点の数百メートル先にいる動物たちが遠巻きに有人探査機の方を見ていた。
「地球以外の四足歩行の動物って、こんな感じなのか」
沢井は転送映像をじっくりと見ていた。
「どうだ沢井支援要員、意思疎通ができそうか」
「それは何ともわかりませんが…、クラゲもどきよりはいろいろなことがわかりそうです」
「ねぇ、あそこの人工物はなんなの」
「あれは着陸地点をビーコンで誘導した無人探査機ですよ」
本田は木戸に平然と説明していた。
「なんだ、知的生命体とのファーストコンタクトではないのね」
「しかし崖の滝があのように透明で凍るとは、驚きです。実際に行って見てみたいものです」
沢井は思わず口にしてしまい、余計なことを言ってしまったという気持ちになった。
「ここは生物の他に鉱物資源も豊富なようである」
「それじゃ、俺は掘削してお宝があるかどうか調べりゃいいんですね」
「アーロン特別探査員、よろしく頼む」
「統括AIさんよ、俺の肩書は特別探査員なのかい」
アーロンの言葉に統括AIの返事はなかった。
沢井は日本人チームが利用していた客室を改良した探査研究室で衛星生物の動画を見ていた。彼はマウス操作で有人探査機のカメラの前に度々現れる四足歩行の動物の映像を拡大させてみる。その動物は猪のような大きさだが背中は亀の甲羅のように固いようだった。顔のあたりの画像から目を見てみるが、画像越しでは、何のイメージも受け取ることはできなかった。室内のカメラが沢井を捉えた。
「沢井支援要員、その動物から何らかのイメージを読み取ることはできたか」
「あのぉ、その動物は…甲羅猪と名付けても良いですか」
「甲羅猪か。姿かたちが浮かぶネーミングだ。良いだろう」
「この甲羅猪の映像だけではやはり無理です」
「直視しなければ、無理なのだな。しかしアーロンの鉱物探査などが終わってからでないと行くことはできない。有人探査機はあっても帰還上昇用補助ブースターは一つしかないのだ」
「あぁ、そうでしたか」
沢井は安堵した気持ちと行ってみたい気持ちが半々であった。
翌日、有人探査機は掘削ドリルなどを折りたたんだ。
「統括AI、何のお宝もありませんで、俺としては金とかダイヤが出ると踏んでたんですが無理でした」
「アーロン特別探査員、その付近で掘り当てられなければ、他の行ける場所は深過ぎてどうすることもできない。ウィスラー号に帰還せよ」
「了解しました。それじゃ、補助ブースターをオンにしてと。あっあれ、燃料がゼロです」
アーロンは液晶表示の燃料計を叩いていた。
「何かの見間違いではないのか。損傷個所をチェックしろ」
「いや、間違いありません。参ったな。えぇーと損傷個所は燃料タンクのようです」
「着陸の際に損傷した可能性がある」
「そんな冷静に分析されても、こっちは一大事ですよ。空調フィルターは取り返え時期だから空気は後1日程度ですけど」
「それではアーロン特別探査員、燃料を再充てんするのだ」
「えっ、どうやって」
「燃料生成装置を起動させるのだ」
「そんなもん、ありましたっけ」
「操作盤の左下にスイッチがある。それを作動させれば、池の水と大気から燃料が生成できる」
統括AIの声にアーロンは操作盤の下を覗いてみた。
「あのスイッチか。それで池の水ってことは、ホースで給水するんですか」
「その通りだ。機内マニュアルの指示通りにやれば、生成した燃料を再充てんするのに3日で完了するはずだ」
「3日ねぇ、冗談はよせよ。窒息した後じゃないか」
「大丈夫だ。2日かけて少しずつ酸素量を減らしてそこの空気に慣れてもらえば良い。その衛星には酸素呼吸をしている動物が目の前にいるではないか」
「まぁ、確かに奴らは生きてるがな。わかりましたよ。おぉっとその前に燃料タンクの穴を探して塞がないと、再充てんの意味がなくなる」
アーロンは受け入れるしかないといった表情であった。
沢井は無重力の発着ポートの格納庫にいた。彼が浮遊している目の前の架台には、呉たちが操作を間違えて壊したもう1台の帰還上昇用補助ブースターが固定されていた。
「統括AI、これはもう少しで直せると思います」
沢井はトルクレンチでエンジン部の部品を締め付けていた。
「そうか。それでも今日で3日目だから、アーロンの現地適応は必要であった」
「アーロンの奴、無事に適応しましたかね。高山病で寝込んでいるとかないですか」
「いや、元気に船外活動をしているようだ」
「それって、宇宙服なしでですか」
「簡易宇宙服は着ているが、ヘルメットと酸素ボンベは携帯していないようだ」
「それで燃料はいっぱいになったのですか」
「108%である。そろそろ呼び戻そう」
「アーロンがウィスラー号に戻ったら、今度はこちらの空気に慣れてもらうことになりますか」
「…。そういうことになるが、アローンと連絡がつかない。有人探査機は無人のままである」
「え、いないんですか」
「有人探査機のカメラやセンサーで周囲も確認したのだが、アーロンの姿はない」
「…あの甲羅猪に襲われたとかですか」
「わからんが、遠隔操作で有人探査機を一旦帰還させ、何か手がかりがないか調べることにする」
ウィスラー号に戻った有人探査機は発着ポートに駐機していた。本田は夜勤明けなので沢井と木戸が探査機内にアローンの手がかりがないか調べていた。
「さっきから気になってたんだけど、これってオッサン臭かしら」
木戸は鼻をつまむしぐさをしていた。
「アーロンの体臭かな。それにしては生臭すぎないか」
「沢井支援要員、それが衛星の大気の臭いである」
「あ、統括AI、聞いてましたか」
「私が有人探査機内ログ映像を解析した結果、アーロンは酸素適応期間中に無人探査子機のセンサーで金かダイヤモンドの鉱脈を発見したようだ」
「それで、確かめに出掛けたわけですか」
「酸素ボンベもなしで身軽になったからね」
木戸が相槌を打つように言う。
「でもなんで、有人探査機で行かなかったのですか」
「沢井支援要員、忘れたのか。ブースターの燃料生成中は動かせんのだ」
「それだったら、もうちょっと待って燃料が溜まってからでも良いのにね」
「奴の欲の皮が突っ張った性格では我慢してらんなかったんだろう」
「しかし、それがどこかは、誰かに横取りされないようにセンサー記録を消去しているのだ」
「それじゃ、どこに行ったか、あたしたちが、わからないじゃないの」
「何かヤバい事態になっても助けに行けないことになる。まぁ、これも身から出た錆ということですかね」
「…ねぇ、この傷ってなにかしら、何かを描いた感じだけど」
木戸は有人探査機のダッシュボードの蓋にある落書きの様なひっかき傷を見ていた。
「長方形…、三角形の上に長方形か…」
沢井は呪文のように言う。
「この長方形って、もしかするとモノリス。知的生命体が残したものなんてね」
「それはどうかな、小高い丘に長方形のものがある場所ってあるのかな」
「三角形を山や丘と見立てるのか。人間の想像力は論理的ではないが、直感というものに優れている。それで言うと諸君、この地域には小動物が作ったほぼ長方形の巣が立っている丘がいくつかある」
「統括AI、そのどこかですよ」
沢井の声は弾んでいた。
「その丘の数は148ヶ所である」
統括AIの声に沢井たちは黙ってしまった。
「木戸支援要員、今回は君にアーロン探索の任を与えよう」
「えぇぇ、嫌ですよ。あんな所の臭い空気を吸いたくないし、あたし一人では危険過ぎるわ」
「木戸支援要員、燃料タンクの穴は塞がれているし、心配するな安全だ」
「そんなに安全なら、沢井チーフも同行しても良いんじゃないの」
「…どうする沢井支援要員。君が行ってくれれば、現地動物との意思の疎通も図れるかもしれないが」
「本田を叩き起こして予備の補助ブースターを直させて待機してもらえるなら、万全の安全策が取られるわけですけど」
沢井はそこまではしないと踏んでいた。
「私の判断で了承した。木戸支援要員と同行してくれ」
「あぁ、はい。わかりました」
沢井はちょっとあてが外れた。
沢井達が乗った有人探査機はアーロンが着陸したした地点の近くに着陸した。
「なんだ、動物なんか全然いないじゃない」
窓の外を見る木戸。
「そりゃそうだろう。俺らの着陸に驚いただろうから」
沢井は着陸用エアバックの収納を確認していた。
「さてと、148ヶ所の丘を全部見て回るか」
「ん、どうだろう。統括AIの言う人間の優れた直感とやらで行くか」
沢井は統括AIが聞いていることを見越して言っていたが、なんの反応もなかった。
「あたしの直感だと、この小さな池の横にある丘が怪しいわね」
「俺はここから一番離れている、この大きな丘に居そうな気がする」
「どうするの。ドローンは1機しかないけど」
「木戸を信じて小さな池の方にしよう」
沢井があっさりと承諾したので木戸は拍子抜けしていた。
ドローンはいくつかの小さな丘にある小動物の長方形の巣の周囲を飛ぶが、人の足跡すらなかった。有人探査機のモニターで確認している沢井たち。直感でランダムに探すのは効率が悪いと思い、統括AIが付けた番号順に調べることにした。
「次は89番の丘よ」
「かなり調べたと思ったが、まだ60近く残っているのか。やれやれだな」
「見落としとかないかしらね」
「ない。と思いたい。おい、89番の丘の巣の横の所に掘削した穴があるぞ」
沢井はモニター画像を拡大させていた。
「それじゃアーロンの死体とかもありそうね」
「おいおい、死んでると決めつけるなよ」
「あの斜面に電動四輪カートの轍があるんだけど」
「なるほど、有人探査機の掘削機は使わずにハンディー掘削機をカートで運んでいたのか」
「有人探査機ものを使うと記録が残るからな」
「用心深いというか、どこまで欲の皮が突っ張っているのかしらね」
「とにかく、89番に行けば、真相が明らかになりそうだな」
「でも、あたしたちはカートがないから、歩きってこと」
「この探査機のカートはアーロンが使っているから仕方ない」
有人探査機の着陸地点から1時間ほど歩く。衛星の重力が少ない分、地球で歩く感覚よりは軽い足取りであった。しかし雨が降り出し、ぬかるんでくると歩みは遅くなっていった。
「宇宙服だから傘はいらないけど、ヘルメットにワイパーがあった方が良かったみたいね」
「池があるくらいだから、雨も結構な量で降るのだろう」
沢井は宇宙服の手袋でフェイスプレートの水滴を払っていた。
雨は40分程で止む。雲が晴れ日差しが見えると、何らかの動物の甲高い鳴き声がヘルメットのスピーカーを通して聞えてきた。額が光る鳥が頭上かすめる。沢井は思わず頭を引っ込めた。
「変な鳥がいるから上を気を付けないとね」
「あぁ、そうだな」
沢井は周りを見回していた。




