第七話 使われる身
●7.使われる身
「おい、ついに89番札所に来たぞ」
沢井は丘の頂にたつ長方形の巣をいち早く目にした。
「札所って何よ。あぁ、あれね」
木戸も長方形の巣を見ていた。
「しかしここは突風が吹く丘なのか」
沢井の周りに砂埃が舞っていた。ひと際強い風が吹くと、長方形の巣の上半分が折れて倒れた。二人は巣の元に駆け寄った。
「あぁ、この巣ももろいものね」
「そうかな。何か鋭いもので切られた跡があるから、アーロンの仕業じゃないかな」
「でもなんで、巣なんか切るのよ」
「ほら、巣の中にある黄色っぽいものは蜜じゃないか」
「少し残っている黄色っぽいものね」
木戸は宇宙服のポケットから分析センサーを取り出し調べた。
「どうだ」
「…蜂蜜に似た成分の蜜だわ」
「旨いのかな」
「ヘルメットを開けて試してみたら」
「いきなり開けたら高山病になりそうだから止めておくよ」
沢井はヘルメットのフェイスプレートに宇宙服のカメラが捉えた画像を拡大させていた。
「ん、それよりも隣の丘の斜面の麓に小屋みたいなものがあるぞ」
「また現地動物の巣なの」
「いや、アーロンが作ったもののようだぞ」
沢井はそこに向かって歩き出した。
それは巨大なキノコの傘の部分と茎の部分を組み合わせて作られた簡素な小屋であった。沢井が中を覗き込むがアーロンはいなかった。しかし掘削ドリルの刃こぼれした刃が無造作に置かれていた。
「あの人、かなり掘りまくったみたいね」
「しかし、掘ったお宝はどこに置いてあるんだろう」
「どこか秘密の場所に隠しているに決まってるわよ」
「とにかく、元気に暮らしているようだ。木戸が言う死体が無くて残念だったな」
「えっ、笑えない冗談は止してよ」
「ん、なんか機械音がして来ないか」
沢井はヘルメットのマイクの感度を上げていた。
「動物の鳴き声ではないわね」
「わかった。カートのモーター音だよ」
「アーロンのお帰りね。でもなんか見たいような見たくないような…」
「化け物になってるかもよ」
沢井の言葉に木戸は鳥肌を立てているようだった。
髭面のアーロンがカートから降りてきた。
「人間の顔を見るのは、ずいぶん久しぶりだな」
アーロンは嬉しそうにしていた。
「良かった、無事で。統括AIは、行方不明になったと心配してましたから」
沢井はアーロンと握手しようと手を差し出したが、アーロンは握手しようかためらっていた。
「本当にそうかぁ、だって俺がちょっと有人探査機を留守にしている間に呼び戻しているじゃないか」
アーロンは控えめに握手する。
「何か手かがりがないかということだったし、こうして我々が来れたのも、有人探査機があればこそですよ」
と沢井。
「酸素ボンベなしでも呼吸できるのね」
木戸は何も装着していないアーロンの日焼けした髭面の顔を見ていた。
「紫外線が強いし、宇宙線もかなりの量だから、簡易宇宙服ぐらいは着ていないと無理のようだが」
「いずれにしても、長居はできないでしょう。それで金やダイヤは見つかりましたか」
沢井の言葉に急に警戒するアーロン。
「あったには、あったが、なかなか掘り出せなかったよ」
「どうせ、嘘でしょう。どこかに隠しているくせに」
と木戸。アーロンはカッと目を見開き、木戸につかみかかろうとしていた。
「まぁまぁ、木戸は口が悪いが、お宝には興味がないから」
沢井が取りなす。
「それで、どうする。俺を連れて帰るのか」
「アーロン次第だよ。残りたいなら、その旨を統括AIに伝えておくけど」
沢井は無理強いすれば反発すると思い、素っ気なく言った。
「巣の蜜を思う存分食べられるんじゃないの」
木戸は丈夫な宇宙服を着ているので、強気の態度であった。アーロンの手が動きかけたが、沢井が抑えた。
「蟻トカゲの密は超絶旨い、旨すぎるが、慣れてくる飽きるというものだ」
「蟻トカゲ…。あれは蟻トカゲの巣」
と沢井。木戸も聞き慣れない生物名にポカンとしていた。
「大きめの蟻ぐらいの大きさのトカゲが作った巣だ。俺が名付けたんだがな」
「そこの小屋や蟻トカゲのことを含めて滞在話をゆっくりと聞きたいから、一旦はウィスラー号に戻りましょう。生きていればまたここに来ることもできます」
沢井はカートのバッテリー残量が3人乗っても大丈夫かちらりと見ていた。
「そうだな。確か特異点もそろそろ閉まってしまうのだろう」
強がり気味だったアーロンもポロリと本音を漏らした。
「木戸、帰りは歩かずに済みそうだぞ」
「沢井、あの掘削機は置いて行くのか」
アーロンはカートに載せてある掘削機を見つめていた。
「そうするつもりだが、良いだろう」
「沢井、あんたが言うならそうするよ。俺を人体実験から解放してくれたからな」
アーロンは掘削機を降ろし始めた。
ウィスラー号は、第6特異点が次にいつ開くのかわからぬまま、衛星から立ち去った。続いて発見した第7特異点から第21特異点までは、開く気配なしか出た先が恒星間宙域で何の成果にもつながらなかった。この間、アーロンの聞き取りが行われたが、もっぱら金とダイヤの鉱脈についてで、衛星の生物に関することは甲羅猪と蟻トカゲの密の味だけであった。
沢井は用務室で特異空間チューブの立体管路図をCGソフトで作っていた。
「統括AI、こんな感じで良いですか」
沢井が言うと用務室のカメラが動く。
「いや。ダメだ。沢井支援要員の主観が入り過ぎている。分岐点や管径は数値通りで良いのだが明るさが違う」
「そうですかね。これでも明るくしたつもりですが」
「やはり人間に作らせるのは無理だったか」
「それじゃなんで私に作らせたのですか」
「沢井支援要員の空間認識能力をテストするためだ」
「そんな必要ありますか」
「緊急時に有人探査機や保守点検機を手動で操縦する際に役立つのだ」
「明るさもですか」
「明るさは人間の直感に影響力がある。無意識のうちに楽観的になったり悲観的になるものだ」
「それじゃ、明るさを微調整しましたから、これでどうですか」
沢井はマウス操作する。
「まぁ、良いだろう。それと今回のことでわかったのだが、アーロンは特別探査員としてはつかい者にならん。今後、動物のいる惑星や衛星に優先的に派遣するのは沢井支援要員にする」
「ありがたいことに、なんか私は統括AIに頼りにされてますね」
「仕方あるまい。他が使いものにならんのだから」
「統括AI、えこひいきは人間の感情を刺激するのを忘れないでください。木戸たちにも褒めて任務を与えてやらないと、ひがみますから」
「忠告は受け入れよう」
夜勤明けの沢井は中央区画の天体観測室で瞑想していた。そのままうとうとし、目が覚めると1時間が過ぎていた。ふわりと浮き上がり窓際まで漂っていく。窓の外には特異空間チューブの薄緑色の壁面に、ぼんやりと黒いシミのようなものが現れてきた。ウィスラー号のセンサーが反応しないのか、そのまま通り過ぎる感じであった。
「統括AI、特異点を見落としたようですが」
沢井はあわててスマホを取り出し呼びかけた
「それは違うのだ。空間歪み計が反応しない空間のほころびと言えるものだ」
「それでほころびを放置しておくと、どうなるのですか」
「新たな分岐点が生じたり、いつの間にか修復されることがあるようだ。しかし詳細はわからない」
「…何番目かの特異点を発見したから、サワイ特異点と命名しようかと思いましたが…残念です」
「発見者の名による特異点はまだないし、今後もそうするつもりはない。現在、55の特異点を発見し登録したが、第56特異点の発見は…ちょっと待て。センサーに反応がある」
「久しぶりですね。探査のし甲斐がある星系に出ると良いのですが」
「39時間後に到着するが、そこで5時間程待てば、開きそうだ」
統括AIの声が期待しているように沢井には聞えた。
「44時間後に探査開始だと私は昼勤になりますか。あ、統括AI、今の勤務体制って意味あるのですか。乗客と呼べるのはアーロン一人ですし、夜勤の待機は、ほとんど仮眠で終わり、何にもないのですが」
「夜勤の意味は乗客対応だけではない。家畜や野菜の異常の早期発見対応なども含まれるから必要である。それに仮眠で起こされることはほとんどないから、気楽なものではないか」
「それでも夜勤明けに眠い時はありますけど」
「君らは乗客としてではなく乗員として給料をもらっているのだから、職務上のストレスは瞑想とかをして発散すれば良いのだ」
「給料ねぇぇ、使いみちは、しばらくなさそうですけど」
沢井の言葉に統括AIの返事はなかった。
第56特異点の出た先にあった星系は太陽系に似ていた。その第四惑星には海があることが確認できたが、用務室では探査に行くか行かないかで議論になっていた。
「第四惑星までは往復だけでも60日です。その間、ずうっーと特異点が開いているとは限りません」
沢井は空間歪み計のデータを用務室のモニターに表示させていた。
「そうです。探査は無理ですよ」
木戸は懇願するようであった。
「特異点の開閉周期を確認してからの方がリスクは少ないと思います」
本田は遠回しに避けようとしていた。
「諸君らの言うことは一理あるが、第四惑星は極めて地球に似ている。第二の地球とも呼べる環境にあるから探査は最重要課題となる」
「それはそうですが、探査して無事に帰って来られなければ、どんな成果を手にしても何もなかったことと同じです」
沢井は用務室のカメラを見据えていた。
「一度開いた特異点は閉じても必ず開くことは経験値でわかっている」
「でもその周期ですよ。2年も3年も閉じたままということもあるじゃないですか」
沢井は食らいついていた。
「ウィスラー号には蓄えがあるからリスクはかなり軽減できる」
「別に急ぐ旅でもないですし、開閉周期を調べてからにしませんか」
本田は他人事のように言っている。
「あたし、嫌だわ。もう何もしないから」
木戸が悲し気の声で言う。
「…このままだと、諸君らの協力は得られそうにない。開閉周期を観察することにする」
「統括AI、取りあえず無人探査機を送ってはどうですか」
と沢井。
「開閉周期が不明でも、最悪リスクは無人探査機の損失だけだな」
「さっそく無人探査機の整備再調整します」
沢井は統括AIの気が変わらないうちにと動き出した。
「ちょっと待て、第56特異点の様子が変だ。空間歪み係数が急に減り始めた。諸君、ウィスラー号は特異空間チューブに至急戻る必要がある」
統括AIは言っている間に人口重力の回転を止めた。沢井達はふいに無重力状態になった。
どんどんしぼんでいく第56特異点。ウィスラー号は周縁部とスレスレで通過する。
「後3分でも遅れていたら、戻れなかったわね」
木戸は用務室のモニターを浮遊しながら見ていた。
「やっぱり特異点はまだよくわからないことがいっぱいだ」
沢井は空中で木戸とぶつかりそうになっていた。
「ですから詳細に調べる必要があるようです」
本田は椅子に座ろうとしていたが、尻が少し浮いていた。
「諸君、第56特異点は痕跡すらなくなる程に閉じてしまったが、それとほぼ同時に第57特異点が
姿を現した。これは何らかの連動関係があるようだ」
「えぇぇ、それはどこです」
沢井はいくつかの船外カメラの映像をスイッチングしていた。どのカメラの映像にも、そのようなものは映っていないかった。
「…どこにもないわよ」
「センサーの誤作動ではないでしょうか」
本田は用務室内カメラに向かって言っていた。
「見えないのも無理はない。第57特異点は直径20mほどで今まで発見した中で一番小さい。第56特異点と別物とするよりは、連携関係にある親特異点と子特異点といった位置付けかもしれない。ということで、第57特異点を改め、第56-2特異点と命名する」
「そんなことは、どうでも良いから、こんな変な所はさっさと引き上げて、他に行きましょうよ」
「木戸支援要員、これは非常に貴重な特異点である。しっかりと観察記録する必要がある」
「でも直径20mではウィスラー号は通れないし、いつ閉まるかわからないから危険過ぎます」
「沢井支援要員、そうでもないのだ。歪み係数によると、かつて見たことがない程の最大値で安定している。その上、子特異点が開けば親特異点は閉まり、親特異点が開けば、子特異点が閉まることがわかっている。両方閉まることはないのだ」
「統括AIの思し召しは、詳細まで探査ということですか」
「本田支援要員、その通りである」
統括AIの言葉に3人は顔を見合わせていた。
「使われる身は辛いよな」
沢井は木戸の肩を叩くがその手は振り払われていた。




