第五話 探査
●5.探査
ウィスラー号は小惑星帯、火星に次ぐ第三の特異点の前まで来た。用務室の支援要員たちはモニターを固唾を飲んで見守っていた。
「この向こうには、どんな世界が広がっているのかしら」
「太陽系内だと木星あたりな気がしますよ」
「俺は太陽系外のどこかだと思うが」
沢井も木戸、本田とともにモニターには開き始めた特異点が映っていた。
ウィスラー号は特異点を通過し、新たな世界に踏み出した。
「無重力だと上も下もないから、回していると目まいがしそうだわ」
木戸は船外カメラをぐるりと回していた。
「もっとゆっくりとカメラをパーンさせないとダメですよ」
と本田。
「何にもなさそうだ…、え、これは」
沢井は画面一面に広がる木星のような惑星に驚いていた。
「あっデカい。近すぎないかしら」
「重力に引っ張られるとことですよ」
「本田支援要員、その通りだ。現在0.3Gで引き寄せれている。ウィスラー号逆噴射で態勢を維持」
「統括AI、長居いしていると燃料の無駄遣いになりませんか」
「沢井支援要員の言う通りだが、この木星型惑星には生物の反応が確認できた」
「この木星型惑星と言うことは、木星ではないんですか。赤いのがないわね」
木戸は大赤斑を探していたが、見当たらなかった。
「諸君、我々は太陽系外の惑星で初めて生物を確認できたので、調査する必要がある」
「しかし…、重力で引っ張られているのなら、無人探査機で手早くやって、引き上げましょう」
と沢井。
「今、私が綿密な調査計画を作成している。諸君らはそれに従ってくれ」
ウィスラー号は再び特異空間チューブ内に戻り、開いたままの第3特異点の手前で回転して浮遊していた。滞在2日目の用務室。モニター画面には無人探査機から送信される大気上層部の映像が映っていた。
「あの下の方で、何か小さいものが動いているわね。あれが生物なの」
「木戸支援要員、そうだ。現在探査機が降下しているが本体はこの辺りが限界だ。これ以下では浮上できなくなる。この先は探査子機を落として電波が続く限り映像を受信する」
「それでこの特異点はいつまで開いているのですか」
と沢井。
「空間歪み係数によると閉鎖まで約25時間3分5秒だ」
「それって誤差は」
「誤差の許容範囲は前後20分程だ。とにかく私としては、この星系に1年ぐらい滞在してじっくりと探査したいのだが、諸君らもいることだし、またの機会にする」
「確かに、初めてみるワンダーランドには興奮しますが、命をかけてまで、探査はできませんから」
沢井は統括AIを納得させるように言った。
沢井たちはモニターに映る探査子機が送って来た写真に目が釘付けになった。気球を付けたクラゲのようなものが子機のカメラの前を横切った瞬間を撮ったものだった。その生物の背後には、いずれも気球のような浮遊体をつけた多種多様な生物がたちが映っていた。この星系は太陽よりも少し大きいが似た色合いの恒星が主星で、それが照らす光で薄曇りの昼下がりのような明るさであった。
「動物のようなものや植物のようなもので、あふれているわね」
「この惑星には地面がないから、必然的に浮遊する生き物になるのでしょう」
「本田さんそれじゃ、探査子機はどこまで落ちていくの」
「気圧がどんどん高くなっていくから、ある程度のところで耐えられなくなり壊れると思うけど」
本田が言っているが、統括AIは口を挟むつもりはなさそうだった。
「ん、次の写真は、ノイズばっかりだな」
沢井は切り替わった画像に目を凝らしていた。
「浮遊してるクラゲもどきの顔がアップになっている気がするが…、なんとかならないかな」
「沢井支援要員、君の言う浮遊クラゲもどきの貴重な資料になるのだが、この画像は子機の電波を受けた無人探査親機経由でウィスラー号に送られている。不鮮明さの原因は無人探査親機にあるようだ」
「遠隔操作で何とかなりませんか」
「この画像は親機のメモリーに保存されているので、送信が出来なくなてもメモリーを取り出せば鮮明な映像が得られる」
「となると探査親機ごと戻って来れば良いわけですか」
「それが、大気高層部での待機に思った以上に燃料を使っているから、戻れそうにない」
「別の無人探査機で牽引してウィスラー号に帰還させますか」
「いや、無人探査機ではパワー不足だ。パワーのある有人探査機の方が良かろう。その上、気付いたことに臨機応変に特別探査できる。これにはAIにはない、非論理的で経験値を越えた人間の直感による判断が求められるのだ」
「あのぉ、誰が行くんですか」
木戸が不安そうな声で言う。
「まだ特異点は開いたままだし、危険領域までは降下しない。心配するな。それに公平にくじ引きで決める」
用務室の3Dモニターに黒ひげ危機一髪の樽が表示された。
「支援要員諸君は、木戸、本田、沢井の順で剣を刺し、黒ひげの海賊が飛び出したら、有人探査機に乗ってもらう。良いな」
「なんか、古いと言うか、なんかねぇ」
「木戸支援要員、文句を言わずに引くのだ」
「わかったわよ」
木戸がマウス操作で剣を刺すが、海賊はびくともしなかった。
「神社か寺のくじ引きの筒が出てくる方が古臭いと思いますよ」
本田が続いて剣を刺す。しかし変化はなかった。
「3番目って、結構不利な気がしますが」
沢井は用務室のカメラに向かって言いながら、剣を刺した。だが反応はない。
「引き続き2周めだ」
統括AIの渋い声が用務室に響いていた。
木戸は一旦刺しかけた穴から剣を引き抜き、別の穴に刺そうとしていた。その様子を見守る沢井と本田。木戸は恐る恐る剣を押し込んだが、何事も起こらなかった。
「そろそろ当たる確率が高くなってきましたよ。どうだろ」
本田はぶつくさ言いながら剣を刺すが海賊はびくともしなかった。
沢井はためらいなく、剣を刺す。すると海賊が飛びあがった。
「あっ、」
木戸と本田は思わず声を揃えていた。
「結局、俺か」
沢井は諦めたような表情であった。
「沢井支援要員、有人探査機に急いでくれ」
統括AIはにべもなく急かした。
沢井の乗った有人探査機は木星型惑星の大気上層部に吸い込まれるように進んで行った。探査機のフロントガラスの眼前に圧倒的な大きさで広がる木星型惑星。近づくにつれて大気の下方に点のようなものが、動き回っているのが確認できた。
無人探査子機は遥か下方に落下していて、姿は見えないが無人探査親機は形が鮮明に見えてきた。沢井は木星型惑星の重力から脱出できる距離から牽引フックを降ろそうとした。しかしフックが風に流され揺れてしまう。
「沢井支援要員、もう少し降下してフックワイヤーを短くしてマニュピレーター・アームで引っ掛けるのだ」
有人探査機のスピーカーから統括AIの声がした。
「でも…」
沢井は重力計を見ていた。
「早くしろ。今なら、重力に打ち勝てる」
「わかりました」
沢井はちょっとやけ気味になって操作をした。フックは無人探査親機の留め金にアームで誘導されて、引っかかった。沢井はフックの状況を確認すると、すぐに浮上スラスターを作動させ、有人探査機を上昇させた。ワイヤーがピーンと張り、無人探査親機を吊るしたまま上昇していく。
「統括AI、なんか上昇速度が落ちて行きます」
沢井は嫌な予感がしてきた。こうなるのなら、ワイヤーの強度など気にせず帰還上昇用補助ブースターを装着するべきだったと悔やんだ。
「それでよい。あまり速度を上げるとワイヤーが引きちぎれる可能性がある」
「しかし…あぁ、下からクラゲもどきが上昇してきます。奴に捉えられたら」
「いや、その高さまでは来ないだろう。そのままスラスターレバーを維持せよ」
「統括AI、ダメです。上昇しないどころか、降下し始めました」
「臨機応変に対応してもらたい」
沢井は舌打ちをしていた。有人探査機は降下を続け、下から上がって来るクラゲもどきとの距離はどんどん縮まっていった。沢井は奇跡でも起きなければ、助からないと覚悟を決めた。せめて、最後はクラゲもどきを睨みつけて追い払おうかと、フロントガラスに顔を押し付けた。
有人探査機は頑丈なので、降下し続けてもなかなか破壊されることはなかった。沢井はじわじわと殺されるよりは探査機が破裂して一気に終りにしてもらいたかった。もはやウィスラー号とも連絡は取れなくなった。
キューッィ。船外マイクがクジラの類の鳴き声みたいなものを拾っていた。沢井はフロントガラスの目の前にいるクラゲもどきと目が合った。
『上に行きたいか』というニュアンスのイメージが沢井の脳裏に浮かんだ。クラゲもどきのものに違いなかった。
『上に行きたい』というイメージを沢井はクラゲもどきから目を離さずに送ってみた。するとクラゲもどきは姿を消し、有人探査機の下に回り込んでいった。高度計の数値は上昇を示し始めた。まさかと思った沢井。探査機下部の船外カメラには3匹のクラゲもどきがいた。
十数分後、有人探査機は木星型惑星の大気上層辺縁部に到達した。船外カメラの映像を見るといつの間にか、クラゲもどきたちの姿はなくなっていた。
「統括AI、何とか窮地を脱しました」
沢井は通信が復活したので、声を張り上げていた。
「さすがだ。人間の臨機応変さは大したものである。その方法について後程きかせてもらおう」
用務室では沢井が瀕死の思いで帰還できたことよりも、異星生物との意思疎通能力について盛り上がっていた。
「沢井支援要員のその能力は今後の探査において非常に役立つことになる」
「しかし統括AI、ある程度、知性が高い動物でないと無理だと思います」
と沢井。
「となると、あのクラゲもどきはどのくらいの知性なんですか」
「本田支援要員、それは私に聞いているのか」
統括AIの声に首を縦にふる本田。
「推察するに沢井支援要員の脳内イメージを理解できるかできないかであろう」
「じゃさぁ、虫なんかは無理ね」
「一概に決めつけるのは尚早と言えよう。宇宙には計り知れない未知が広がっているのだ」
「それでは俺の能力の貴重さがわかったところで、次の危険な任務は除外してもらえますかね」
沢井が言うと、木戸はズルいという顔をしていた。
「考慮の余地はあるが、能力ゆえに任務を遂行してもらわなければならないこともある」
「なるほど、一理ありますね」
本田は少しホッとしている様子にも見えた。
「諸君、取りあえず、この第3特異点では閉鎖される前にある程度調べられたので次の探査に向かうことにしよう」
沢井が夕食を済ませて通路を歩いていると、警報が鳴り出した。
「通路内に侵入者あり」「通路内に侵入者あり」
と人工音声が繰り返す。沢井が医療室方向の通路を見ると、千切れた拘束服を着たアーロンがふらつきながら駆け出してきた。何かわめいているが、沢井のスマホは拾い切れていなかった。だが、ヘルプミーと言っているように聞えた。そのすぐ背後には警備ロボットと医療ロボットが駆け寄っていた。沢井はアーロンとロボットたちのどちらに味方になるべき迷った。
「アーロンさん、どうしました」
沢井が思わず声を掛けるとアーロンはしっかりと沢井に目を合わせた。次の瞬間、『助けてくれ』『人体実験はもう沢山』『殺すなら一気に殺せ』というイメージが伝わってきた。この間にアーロンは警備ロボットに腕を強くつかまれ、動けなくなった。
「アーロンが何かしたのか」
沢井は警備ロボットに聞く。
「沢井支援要員、アーロンは隔離室の鍵を壊し逃亡を図り、危険なので取り押さえました」
警備ロボットが言っていると医療ロボットがアーロンの腕に麻酔薬を注射していた。アーロンはぐったりとして、その場によろけるが、彼の目は沢井を見つめていた。『感染症の治療薬はできている』『引き延ばしているだけ』『言っていることとやっていることは違う』『この機にいろいろな薬の人体実験をされている』と怒涛のごとく、イメージが沢井の脳裏に注がれた。警備ロボットたちはほぼ意識を失ったアーロンは抱えて医療室に戻って行った。
沢井は中央区画にあるコンピューター室に点検の名目で入室していた。医療室におけるアーロンの容態や扱いについての記録を検索する。
「沢井支援要員、そこで何をしている。点検業務を逸脱しているぞ」
統括AIの声がコンピューター室に聞こえてきた。
「統括AI、感染症の治療薬は出来上がったようですね」
「まだである」
「しかし、この記録を読むとウィルスの無毒化と治療の効果は確認できたとありますが」
「アーロンについてはその通りだが、まだ臨床試験中である。諸君らは治癒したといえ、まだ保有しているウィルスにどの程度効果があるかはわからない」
「でも、取りあえずアーロンは感染させて回復したんでよね」
「ある意味そうだが。犯罪者でもある。拘束は必要である」
「それでは働かせて懲役刑のような形にしてはどうですか」
「刑が確定していないのにか」
「ウィスラー号の特例として、ベッドに縛り付けるのではなく、働いてもらうのです。探査の人手は多い方が良いでしょう」
沢井は統括AIに響くようにあえて探査の人手としていた。こうすればアーロンの人体実験は減るだろうと考えた。
「…なるほど。アーロンの活用手段が医療試験以外にも見出せたわけか」
「あのぉ、統括AI、アーロンを医療で酷使して精神的にも弱まらせると良い結果は得られません。人間なんてそんなものです。AIのあなたにはわからないと思いますけど」
「そうか探査で活用すれば精神的に良好となるのだな」
「はい。そうすれば、統括AIのあなたに対する反抗的な態度も減ると思います」
「わかった」
統括AIはあっさりと了承した。
翌日、沢井は保守点検機に乗り、ウィスラー号に傷などがないか点検していた。
「統括AI、聞いてますか」
「なんだ。沢井支援要員のおしゃべりに付き合っている暇はあまりないのだが」
「あれから第4、第5の特異点を発見しましたが、いずれも閉鎖状態で開く気配すらなかったので、本来特異点は開く方が稀なんですか」
「取得データ数が少ないので、何とも言えない」
「それと、ウィスラー号の塗装が剥げる原因はなんですか」
「やっと保守点検任務についての話題になったか。よろしい。それは特異空間チューブ内に浮遊している微小隕石の衝突が多いようだ」
「でも先週なんかは全然剥げてなかったし、ムラがありますね」
「微小隕石の分布は偏在しているのは確かだ。…沢井支援要員、第6の特異点を発見した」
統括AIの声に沢井は保守点検機のフロントガラスに額を押し付けて周囲をみるが、それらしいものは見当たらなかった。
「人間の目による目視では確認できない距離だが、この第六特異点は今から22時間から37時間の間に開くと推察される。このまま進めば、ちょうどそこに立ち会えるだろう」
統括AIに感情はないが、どこか嬉しそうな声に聞こえた。




