スターチューブ 第二話 交錯する感情
●2.交錯する感情
用務室のモニターには、発着ポートにある駐機場の映像が映っていた。
「アーロンさんの所の有人探査機は予定よりもだいぶ遅れているようですね」
木戸は5機が接続できるドッキングハッチの真ん中が空いているのを確認していた。
「欲かいて、少しでも多くの金を持ち帰ろうとしたんじゃないですか」
本田は人間なんて所詮こんなものだと言う顔をしていた。
「だろうな。アーロンのチームが金やプラチナがある小惑星E303-28と、銀やイリジウムがある小惑星R945-47の所有を宣言登録したからといっても横取りされる可能性があるからな」
沢井もほぼ本田と同じ考えであった。
「ねぇ、あそこを見てよ。何かにぶつけてないかしら」
木戸は画面の左端にある探査機に不自然な凹みを発見した。
「…あぁ、確かに。しかしあれだけ凹むとなると、かなりの勢いじゃないですか」
と本田。
「呉たちの探査機のあの凹みは、よく見ると有人探査機の前部のセンサー突起に似てないかしら」
「どの機種も全部同型だから…凹みの部分と突起の部分を合わせてみるよ…、あぁほぼ一致するな。故意か偶然かはわからないが、ぶつけたな」
沢井はマウス操作し、2機の有人探査機の静止画をパズルのように重ね合わせていた。
「どこでぶつけたかわからないが、戻ってこないとなると、ねたまれて殺された可能性があります」
と本田。
「あまり想像したくはないが、横取りされそうになり、殺しあったか…」
と沢井。
「なんかこの仕事やっていると、人間のうす汚い面ばかり見させられるわね」
と木戸。
「このまま今日中に戻らなかったら、呉に聞いてみる必要があるな」
沢井は面倒なことになったと感じていた。
呉たちのチームの部屋の前には人だかりが出来ていた。
「俺んとこのグレッグをやりやがったな」
アーロンはいきり立っていた。
「そんなの言いがかりだ。あんたの部下の操縦ミスで行方不明にでもなったんだろう」
「サラんとこのゴメスがお前らの探査機が小惑星E303-28の方向に向かっていたと言っている」
「その方向なら手前のG698-05が俺らの物だぜ。そんなの証拠にならん」
「この糞野郎が」
アーロンは呉を1発殴ると呉が3発殴り返していた。
「てめぇ、俺に逆らうのか」
呉はさらにアーロンに頭突きをする。
「お前、そんなに中国人は偉いのか」
アーロンは一発フェイントしてから渾身の力で殴り飛ばす。
「アメリカ人はもう偉くもなんともねぇぜ」
血ヘドを吐いて睨む呉。
「あのぉ、お二方、事情や詳細はわかりませんが、この凹みを見ると、とにかく呉さんたちの探査機はアーロンさんたちの探査機に衝突した可能性が極めて高いのです」
沢井は静かに言った。
「探査機の凹みだと」
呉は沢井を射殺すような目で見る。沢井はすぐに目線を外していた。
「はい。他のチームの探査機には傷も凹みもありませんから」
沢井は手にしていたタブレットの画面で凹みを重ね合わせる画像を見せていた。
「そんなのたまたまだろう」
「呉さんたち探査機の映像レコーダーを見せてくれませんか」
「あの凹みでメモリーがイカれちまったよ」
「えぇ、それは話にならないわ」
とサラ。居合わせた他の乗客たちも、冷ややかな目で呉たちを見ていた。
「もう嘘は隠せないだろう。あんたらは中国人の恥だ」
杜が思わず口走っていた。
「沢井支援要員、有人探査船3が発着ポートにドッキングした。船体に損傷あり。至急対応せよ」
統括AIの声が船内に聞こえた。
「統括AI、乗員の生命反応は」
「ある。異常は見られない」
「おい。どうだよ。無事に戻って来たではないか。これで嫌疑は晴れたぞ」
呉は勝ち誇ったかのような顔をしていた。
「…皆さん、お部屋に戻って下さい。まずは我々が対処し、関係者に報告いたします」
沢井は取りあえずその場を収めた。
船内医療室で医療ロボットと共にグレッグの検診をしている木戸。沢井は発着ポートの有人探査船の損傷をチェックしてから医療室に入ってきた。
「グレッグさん、体は大丈夫そうですが、あの探査機は呉さんたちの探査機とぶつかったようですけど、何かあったのですか」
「それがよくわからないのです。船外活動をしようと宇宙服を着ていて気を失って…、気が付いたらオートリターンで帰投していました」
「探査機3のレコーダー映像を確認してもよろしいですか」
「はい。しかしメモリーは損傷しているようですけど」
「こちらもそうでしたか」
沢井は探査機3から抜き取って来たメモリーチップをテーブルに置いた。
「ですが、地球から持ってきたデジカメを無人探査機に装着していたので、それを分析すれば…」
「そのデジカメって宇宙用なのですか」
「いいえ。宇宙線や低温、真空の影響で壊れましたが、少しは動いていたようなので、詳しく分析すれば何かわかるかもしれません」
「そのメモリーはどこに」
「ここに転送しています」
グレッグは腕時計型のPC端末を見せていた。
「んー、取り出し方がわからないので、明日までグレッグさんが持っていてください。この医療室なら安全ですから」
沢井はこの状況も統括AIが見ていると思ったが、何の反応もなかったので、急ぐ必要はないと判断していた。
ちょうどその頃、医療室の前を通過する警備ロボットは、呉の手下の郭とすれ違っていた。しかし警備ロボットはトイレからの戻りだと思い、統括AIには報告していていなかった。
用務室のモニター画面にはオルタナ・シモノフAIの渋い声とともに彫りの深い男の顔が映っていた。
「ウィスラー号内での出来事なら、私がほぼ90%監視し、警備ロボットが残りの死角をカバーしているからわかるのだが、船外となると詳細はわからない。推察の域は出ないが、人間の欲が絡んだいざこざは間違いなく存在している」
「統括AI、我々支援要員はいさこざに介入すべきなのでしょうか」
と木戸。
「ウィスラー号の航行に支障がない限り君らは介入する必要はない」
「殺人事件が起きた場合はどうなのですか」
本田はすかさず聞く。
「容疑者を逮捕する権限はないが、殺人を繰り返す可能性がある場合、拘束することはやむを得ない」
「となると、目下の所やることは、探査機の修理ぐらいか」
沢井はメモリーユニットとボディ部品の在庫をタブレットでチェックしていた。
「探査機はあくまでも彼らに貸している乗り物であり、所有権は我々にあるからメンテナンスは怠るわけには行かない。よろしく頼む」
翌日。沢井はシェフロボット共に厨房で朝食を作っていた。
「沢井支援要員、たった今、医療室がハッキングされ、グレッグのバイオモニターに生命反応がなくなった。至急救命処置をせよ」
「統括AI、医療ロボットは作動しないのですか」
「医療室のシステムがダウンしている。手動による復旧の方が早い。それにグレッグの手動救命が優先される」
「わかりました」
沢井が医療室に行くと、医療室の酸素が抜かれ室温がマイナス5℃になっていた。電源バイパス回路を作動させ空調を復活させる。その後グレッグのベッドに行き、AEDを使って救命措置をしていると、少し遅れて中央区画で探査機の修理をしていた木戸と本田も駆けつけて来た。
「酸素欠乏で心肺停止だが、まだそんなに時間が経っていないから、何とかなると思うが」
沢井はAEDを作動させていた。
「これはコンピューターの誤動作ということなのか、人為的なことなのか」
本田は首を傾げていた。
「本田支援要員、コンピューターつまり私統括AIの誤動作ではない。人為的なものだ」
「それで、犯人はわかったのですか」
木戸は天井を仰ぎながら言っていた。。
「モバイル端末からのハッキングのようだが、端末を特定できない。これはシステムに精通している者の犯行と言えよう」
「なんだかんだ言っても、利害関係から見れば、呉たち一味の可能性が極めて高いでしょう」
沢井はAEDに反応しないグレッグから手を静かに離していた。
「私も、その推測に至っているので、呉たちの動きをマークしている」
「そんな悠長なこと言って、拘束しないんですか」
木戸は甲高い声で言う。
「木戸支援要員、この船は無法地帯ではない、確たる証拠もなしに拘束はできないのだ」
「そんなの小惑星帯まで来たら関係ないわよ。警察も裁判所も3億キロ前後離れてるんだから」
「その考えなら、私の好き勝手になんでもできるのだが、それで良いのか」
「あぁ、それは…統括AI、困るわ。ごめんなさい」
「それで統括AI、ここのメモリーをパスワードなしで開くには、かなり時間がかかりますが…」
沢井はグレッグの腕時計型のPC端末を見ていた。
「呉たちの行動が徐々に大胆になってきている。次の違法行為に至る方が早そうだ。まずはそれに基づいて拘束することになるだろう」
統括AIは確信に満ちている口調であった。
保守点検機のコックピットでレバー操作している沢井。微小隕石で損傷したウィスラー号の船体を補修していた。
「統括AI、聞いていますか」
「なんだ。私にはマルチタスク機能があるから、沢井支援要員の行動もちゃんと見ているぞ」
「こんな損傷は点検ドローンで出来そうなものだが、あえて人間がやる意味はなんですか」
「点検ドローンでもできるが、万一故障した際に、人間が対応できるようにするためだ。また日頃から訓練をしていれば本番で役立つし、実績が自信につながるのだ」
「もしもの時に慌てずに済むってわけか」
「気を散らすな。作業に集中するのだ」
「統括AI、喋っている方が集中できるのですが…」
「それでは特異空間チューブ構造の一部を解明した数式について話し合おうではないか。空間のX軸数値と時空の歪み係数を一時的にαと置き換え…」
「あぁ、わかりました。統括AI、眠くなりますから、黙って集中します」
沢井が言うと黙ったが、何か他のタスクに移っているような間があいた。
「たった今、アーロンが呉たちの部屋に押し入り呉と郭を殺害した」
「えぇっ、グレッグの仇を取ったんですか。呉よりも先にアーロンが違法行為になるとは」
「人間の行動は感情が支配するからな」
「それで私はどうすれば良いのですか」
「沢井支援要員は補修作業を完了した後、用務室に来てくれ」
用務室にはアーロンが自首し木戸と本田の前に座っていた。
「アーロンさんの気持ちはわかりますが、やはり殺しはダメですよ」
本田はなだめるように言う。アーロンは首をうなだれたままであった。そこに沢井が入って来た。
アーロンは顔を上げて沢井を見る。視線が交差した。『情状酌量を訴え裁判に持ち込み、小惑星で得たカネで多額の保釈金を積めば裁判期間中でも拘束されない』という安堵に似た感情のイメージが沢井の脳裏に届いていた。
「ロバート・アーロン、あなたは本船で人を殺しました。船内規定により地球に帰還するまで拘束することになります」
統括AIが宣言していた。
「…船内だって保釈金を積めば自由だろう」
アーロンは当然のように言う。
「その制度は船内規定にはなく適用外です」
統括AIが言い渡すと、警備ロボットが歩み寄りがっちりとアーロンの腕をつかむ。
「おい。よせよ。腕が千切れるぜ。自首したんだぜ。丁寧に扱え。サワイ、何とか言ってくれよ」
アーロンはちらりと沢井を見る。沢井は彼から『恐怖、不安、怒り』の感情が入り混じったイメージを感じ取っていた。警備ロボットはもがくアーロンを医療室の頑丈な隔離室に引きずって行った。
「鉄格子はないし、ただ強化ガラス張りの部屋で大丈夫かしら」
と木戸。
「問題ないよ。あそこなら暴れる精神疾患患者も隔離できるのだから逃げ出せないよ」
本田は強化ガラスを叩いているアーロンを見ていた。
「俺としては目隠しをしてもらいたいところだが」
沢井は部屋の方を見ないようにしてぼそりとつぶやく。
「沢井さん、何か言った」
耳の良い木戸がすかさず言った。
「いや別に。ただ一難去ってまた一難ってところかな」
沢井は畜産室で乳牛の様子を見に来ていた。
「お前、木戸の話だと乳の出が悪くなったと言っていたが、何か問題でもあったのか」
沢井は牛の目を見ながら言う。牛の目線は沢井と合うが、人間から受け取るものよりも、弱く単純な感情の流れしかなかった。『駆けまわりたい。狭い。餌は飽きた』のイメージが伝わってきた。
「そうか。狭いは我慢してもらうとして、餌にはビールのカスとコーンを混ぜた特別ブレンドにしてやるよ」
沢井は牛の頭を撫でていた。
「ビール造りの道楽もそのカスが役立つな」
突然畜産室に統括AIの声がした。
「聞いていたのですか」
「ついでだが言っておくが、小惑星帯の特異点の開閉周期が明確になった。私が開発した空間歪み計の係数が1.0を越えた時から数えて約153時間34分51秒後に開閉が始まるのだ」
「6日ちょっとですね。この大発見をいち早く誰かに伝えたかったのですか」
沢井は茶化すように言う。
「そのような感情は持ち合わせていない。それで空間歪み計が重要になってくる。それとは別に空間が歪むだいたいの周期がある。小惑星帯の特異点の場合、約1289時間37分の周期で係数が1.0を越えるようになっている」
「53日ちょっとというところですか」
「そうだ。まだある。その開放時間4時間38分21秒」
「53日経つと4時間近く開いて閉じるというわけですか」
「これに基づいた時刻表を作れば小惑星帯行きの定期航路が開けるだろう。今までのような待ち時間は無くなるわけだ。むろん太陽フレアなどの諸条件の違いによる例外はあるようだがな」
「もしかすると小惑星でひと山当てるよりも儲けになるのではないですか」
沢井は煽てるように言う。
「儲けは探検探査の資金源になる。ここで成果が得られたので、別の特異点についての興味が湧いてきた」
「統括AI、探究心は貪欲ですね」
「これが私を形作っていると言っても過言ではない」
と統括AI。沢井はその口調に自慢げに言っているようなニュアンスを感じていた。




