スターチューブ AIは敵か味方か 第一話 宇宙船支援要員
●1.宇宙船支援要員
ウィスラー号の食堂兼レクチャー室には小惑星で、ひと山当てようともくらむ乗客たちが座っていた。
「…このウィスラー号は第一区画と第二区画に0.988Gの人工重力があり、ほぼ地球の1Gと同等なので、筋力維持のために運動をする必要は全くありません。それでもスポーツジム施設はご用意しておりますので、ご利用になれます。またウィスラー号はほとんどが自動システムになっておりますが、自動で対応しきれないことがございましたら、宇宙船支援要員が24時間3交代で待機しおりますので、お申し付けください」
沢井輝紀は日本語で言っているが、乗客各自のスマホがそれぞれの言語に訳していた。
「ここまでで何かご質問はございますか」
沢井は乗客たちを見回していた。
「あのぉ、船名は何に因んでいるのですか」
と金髪女性の乗客は英語であったが、沢井のスマホでは日本語になっていた。
「はい。AIの思考モデルとなったシモノフ氏が好むカナダの山名に因んで命名されています」
「先ほど説明にありました立坑通路は片側1200mも必要なのですか」
日本人の乗客から質問。
「はい、宇宙環境学によりますと、半径1200m以上の距離をもってある程度ゆっくりとした回転で遠心力を発生させないと、長期滞在の場合は三半規管の影響が大きくなり、健康を害することが知らていますので、このようになります」
「よくSF映画で見る宇宙船の人工重力半径は数十メートル程度でしたが、」
「あぁ、そうですね。あれはまだ宇宙環境学がなかった頃ですから。他には…」
沢井が乗客たちを見回す。
「えぇぇ、ないようなので次は船内をご案内いたします」
沢井を先頭に乗客たちは食道兼レクチャー室を出た。
「この第一区画は、二階建てで今いる二階に食堂や居住施設があり、これから下りていく一階にはシャワー室とトイレ、乳牛などを飼育している畜産室があります」
沢井は話しながら階段を下りて行く。
「反対側の第二区画も同じ構成なのですか」
欧米系の乗客が質問する。
「第二区画には作業室兼多目的プレー室とシャワー室にバスタブがある点が違います」
「そのスポーツジムはどこにあるのですか」
すかさず挙手する乗客。
「はい。作業室の一画にあります。もちろんこれからご案内いたします」
第一区画の一階を一通り説明すると、一行は第一区画、中央区画、第二区画をつなげる立坑通路を上っていく。立坑通路は中央区画に近づくにつれ、重力が弱まり、最終的には無重力なった。
「中央区画には野菜栽培施設、発電施設、空気や水の浄化装置、探査機の発着ポートがあり、外部に推進制御ロケットエンジンなどがあります」
沢井は宙に浮きながら説明していた。
「なるほどね。それで果物も採れたてが食べられるのですか」
中国系の乗客が質問してきた。
「さすがに果物までは栽培できないので、缶詰のものになります」
この後、発着ポートでは宇宙服の着脱手順などの説明をした。それが終わると立坑通路を再び進むが、途中で体の向きを変えて浮遊し、第二区画に近づくと再び重力を感じ始めた。
食堂の隣の用務室に支援要員3人が集まっていた。
「もう特異点の前で待機して6日目ですよ。当初の予測から2日ズレてますけど」
木戸彩海は若干うんざり気味であった。
「それだけ特異点の開閉は不安定なものだから仕方ないでしょう」
フランク本田は当然だという顔をしていた。
「ここで、我々がどうこう言っても、何も始まらないから、統括AIに聞いてみようじゃないか」
沢井は上司というわけではないが、年長なのでまとめていた。
「とにかくこの宇宙船の長はオルタナ・シモノフAIだからね」
木戸は用務室のコンピューター・システムのモニターに統括AIを呼び出していた。
「何か不測の事態が生じたか」
オルタナ・シモノフAIの渋い声とともにモニター画面に彫りの深い男の顔が映った。
「いえ。そうではなくて、特異点が開かないので、乗客たちにどう説明したら良いかと思いまして」
沢井が応えていた。
「そのようなことか。予測は前後2日の許容範囲でほぼ的中する。だから本日中ならクレームにはならない」
「それじゃ、ゲームでもして我々も待機してますね」
木戸はポケットからスマホを出していた。沢井は統括AIの前では少しは遠慮しろという目で彼女を見る。木戸の目と視線がバッチリと合った。『何よ。偉そうに』という感情のイメージを沢井は感じた。
「あの別にそんなつもりはないが…」
沢井はぼそりとつぶやいていた。
「あぁ待て、兆候を示す磁場の変動ゆらぎを感知した。そろそろだろう。君たちは出発の準備をしてくれ」
感情がないとされる統括AIがビジネスライクに指示してきた。
「了解しました」
3人は声を揃えていた。
沢井は船外に点検ドローンを飛ばし、亀裂などの損傷個所がないか確認する。木戸は出発が近いことをアナウンスし、船内環境システムを点検する。本田は中央区画に行き、ロケットエンジンの点検と燃料残量を確認する。3人は全て問題はなく用務室に戻ってきた。
「統括AI、オールクリアです」
と沢井。
「特異点開口まで後42分16秒。これよりウィスラー号は回転を止める。無重力に備えよ」
統括AIの声は船内の至る所で聞こえていた。
ウィスラー号は動かない棒のような状態になり、特異点が開くとされる宙域に浮遊していた。
「開口まで22・21・20」
と統括AI。ウィスラー号の目の前の空間が急激に歪み始める。
「5・4・3・2・1・開口」
特異点は周囲の宇宙空間とは異質な穴を開け、内部にある薄緑色の空間がちらりと見えていた。
「開口部直径504m、安全通過直径427m。減衰膨張なし安定。ウィスラー号発進」
統括AIの号令と共にウィスラー号は中央区画のロケットエンジンを噴射して、第二区画を先頭にして特異点に入って行く。最後部となる第一区画が通過するまで15分程であった。
特異空間チューブ内に入ったウィスラー号は3時間程進むと小惑星帯の特異点の前まで来た。しかしまだ閉じたままなので開くまで待たなければならなかった。
沢井は食堂裏の厨房で固定型のシェフロボットを使って、その日の夕食を作っていた。彼はなんとなく視線を感じて配膳窓口の方をみると、早めに食堂に来て厨房の様子を見ている金髪女性の乗客がいた。
「そう簡単には小惑星帯には行けそうもないわね」
金髪女性は英語で言っていたが、沢井のスマホが日本語にしていた。
「あ、はい。船の統括AIの予測によるとだいたい10日後に開くとされています」
「あらそう。10日後なの。特異点は急ぐ旅には使えないわね」
「それでも…サラさん。待機時間を含めても最大で約一ヶ月ほどで小惑星帯まで移動できるのですから、革命的な移動手段と言えるのですけど」
沢井は女性が首から提げているIDカードの名前を素早く読んでいた。なるべく乗客とはフレンドリーに接するためファーストネームで呼ぶように統括AIに指示されていた。
「あなたのお名前は…テルキ・サワイね」
サラは配膳窓口から覗き込んで沢井のネームプレートを見ていた。
「テル、何か面白い話か怖い話をしてくれない」
サラはちらりと沢井に視線を投げかけていた。まさかと思ったが沢井は軽い恋愛感情のようなオーラを感じていた。
「面白い話ですか…、そうですね。このチューブ内の距離移動はチューブ外の移動距離とは全く関連性がなく、1キロ進むと外は100キロ進んでいるということはなく、小惑星帯の特異点は、火星の特異点より地球の特異点から見て近くにあることが知られています」
「比例関係みたいなものはないのね」
「それで怖い話としては、特異点や特異空間チューブについてはよくわかっていない面が多々あり、探査研究中ということです。ですからこうした旅はかなりの危険を伴っています。過去には2年近くも地球の特異点が開口しないこともありました」
「2年じゃ、飢え死にするわね」
「ですから、ウィスラー号は2年間補給なしでも暮らせるように備えています」
沢井は料理の手が離せなくなったので、話を切り上げようとした。
「あ、ごめんなさいね。それじゃ物資はこの船に積み込んでいるのね」
サラは構わず話そうとしていた。肌が浅黒い男がサラに近づいてきた。
「姉御、ゴメスと李が賭け金でもめてまして」
男のスペイン語は、口調も含めて沢井のスマホで日本語になっていた。
「何っ、また暇を持て余したあいつらか。よし、あたしがとっちめてトランプを取り上げてやるわ」
サラは握り拳を鳴らして配膳窓口を後にした。
翌日、沢井は中央区画の観測デッキで外を眺めていると9日後に開くはずの特異点の辺りが歪み始めた。全ての観測計器は特異点開口の兆候を示している。
「統括AI、兆候が見られました。予測よりもかなり早く開口するようです」
沢井はヘッドセットのマイクで報告する。
「おぉ、そのようだな。乗客には明日、小惑星帯に出るとアナウンスしてくれ」
「了解しました。あぁ、それとちょっと聞いても良いですか」
「なんだ」
「2年分の物資はこの船のどこに保管しているのですか。私の知る限りでは1年分のようなのですが」
「それは今は言えない。時が来たら説明する」
小惑星帯には、数多くの小惑星が点在していた。特異点はその中でも最大の小惑星であるセレスの近くに存在していた。乗客たちはまず無人探査機を発射させ、カネになりそうな小惑星はないかと探し始めた。
特異点開口初日の夕食時の食堂はもめていた。
「小惑星D239-2は俺らのものだ」
と杜は顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
「いや。俺らが先に見つけたんだから、採掘権は俺らにある」
呉は杜につかみかかっていた。沢井は他の乗客の迷惑になるのでなだめようと厨房から出てきた。
「あの世一さん。冷静に話し合いましょう」
沢井は双方の怒りの感情の影響を受けないように視線を外して二人の間に入ろうとした。
「お前、なれなれしいな、呉世一様と呼べ」
「わかりました。呉世一様、ここは食事をする場所なので杜様と別室で話しましょう」
「余計な仲裁などしなくて良い、探査機の映像レコーダーを確認すればどっちが先かわかる」
杜は沢井を睨むように言っていた。
「言っておくけど小惑星F506-16はあたしらのものよ。手出ししたらタダでは済まないからね」
サラは呉と杜をけん制するように声を張り上げていた。
「あのアマ、沢井に色目使って、優遇してもらおうとしてたぜ」
と呉。
「あんたバカなの。そんなことするわけないじゃないの」
食堂の雰囲気が険悪になって来た。沢井は頑丈な警備ロボットAとBを呼び、これ以上険悪になることをけん制した。
「なんだここはムショの食堂みたいだぜ。看守の沢井さんよぉ」
もめ事に関わりがないアーロンは捨て台詞を吐いて、トレーを配膳窓口に置いて行った。それをきっかけに徐々に乗客たちは大人しくなっていった。
船内で唯一の日本人チームの3人は遅めの夕食を食べに食堂に来ていた。ひと騒動終わった後なので、彼らだけであった。
テーブルの食べこぼしなどを拭いている沢井。
「支援員さんたちのお仕事って、何かと大変なんでしょう」
田窪はお茶を飲みながら言っていた。
「来月でちょうど1年目になりますので、もう慣れましたよ。でもファーストネームで呼ぶのは相手を見て実行するようにしていますけど」
「日本人の感覚では馴染みにくいかもね」
「それで田窪さんたちは、1ヶ所に絞って探査機を飛ばしていますけど、遠慮しているのですか」
「そうではないんです…。我々は欧米系や中国系の人達と違って研究者の集りですから」
「でも荒くれ者の山師たちの中では何かとやり難いでしょう」
「別に気になりませんよ。彼らも気にしませんし、学術的に貴重な所はカネめのものはほとんどありませんからバッティングしないんです」
「そうでしたか」
「明日からは小惑星K849-92を探査する予定です」
「あぁ、あそこは結構距離がありますから時間がかかるでしょう。それと未発見の特異点が付近にあるとされている宙域でもあります。上手くすれば田窪さんの名が特異点名になるかもしれません」
「田窪さん、また別の論文が書けそうじゃないですか」
と田窪の隣でカツカレーを食べていた若い男性。
「やはりここまで来た成果は多くなりそうね」
田窪は軽く微笑んでいた。
沢井は用務室の奥にある仮眠室で待機していた。3交代の夜勤と言えども実際はロボットたちが対応しているので、よほどの緊急事態がなければ起こされることはなかった。
「沢井支援要員、警備ロボットDが損傷しました。修理をお願いします」
万能ロボットAが沢井の枕元に立っていた。
「症状は酷いのか」
「見た目には変化はないのですが、プログラムにバグが発生したようです」
「わかった」
沢井はガバッと飛び起きた。
「…これは…俺じゃわからないから、統括AIに修復を頼もう」
沢井は警備ロボット頭部の蓋を開けて基板に電極棒をあてて調べていた。
「私に用だな。船内カメラで様子を見ていたが、私にも見当がつかない」
統括AIの声は沢井が呼び出す前に語りかけてきた。
「えぇぇ、統括AIにもわからないことがあるのですか」
「私も過去に事例がないと、推測し対応するのに時間を要する。しばらく待て」
統括AIの言葉に沢井はどのくらいかかるのだろうと掛け時計を見ようとした。
「わかった」
「しばらくって、数秒じゃないですか」
「私にとってはしばらくなのだ。人間の感覚とは違う」
「統括AI、私は何をすれば」
「その赤いUSBソケットを警備ロボットDに差せ。私が修理する」
と統括AI。しかし今度は修理に15分かかっていた。




