閑話 負け犬3 子供
掲載順変えるための上げ直しなので読み直し不要です
ここは大陸一安全な街。人や物、金なんかの大陸中の物が集まる場所だ。おうさまのお膝元、犯罪なんかあるわけがない。王都とはそういう場所だ。
衛兵が常に街に目を光らせてる。些細な事件はあるが人殺しなんて起きたことがない。俺はそんな安心安全の王都に住んでいる。
俺は木箱に寄りかかり地面に座っている。その木箱の横には死体が転がっていた。それがあって当たり前だから気にもとめず、俺は空を見つめていた。
王都の一角。大通りから一本道を外れ宿場が立ち並ぶ道を通り、職人街を抜け、崩れかけた建物の陰になり日の当たらない路地の奥、そこで俺は空を見上げている。
俺の横に打ち捨てられた死体は、さっき衛兵に運ばれてきた。なにか犯罪を犯したのだろう。真新しい傷が付いていた。運んできた衛兵は、俺に小銅貨を投げつけるとなにも告げずに立ち去っていった。
ここは大陸一安全な街。その王都。だが誰もここの場所を知らない。知ろうとしない。犯罪なんて起きない。存在しない場所で処理をされるから、王都は安全な街なんだ。
俺が空を見上げ続けていると、向いに座っていたジジイが声をかけてきた。
「おい、ジモン。それ、貰ってもいいか?」
「ダメに決まってんだろジジイ!」
運ばれてきた死体を指差し、尋ねてきたジジイに大きな声で怒鳴り返した。禿げた頭、伸びきった髭、手をかざせば向こう側が見えそうな薄手のローブ。穴が数箇所空いているローブからは薄汚れ、痩せ細った体が見えていた。
「…ならさっさと始末しろ、腐っちまう。ちゃんとポケットを見てからだ。それに服も脱がせろ、そのズボンはまだ履けるし、なにか体にも隠してるかもしれん」
「分かってるよ!いつもいつも御託を並べるな!」
「ガキは年寄りの言うことを聞いておけ、わしみたいに長生きできんぞ」
俺はまだ子供だ。いつからこんな場所にいるのか、どうやってここへきたのかは分からない。気づけばここで生活していた。ジモンって名前もジジイに勝手に付けられたくらいだ。
ただ年齢は分かる。十くらいだろう。職人街で十の誕生日祝いとし、両親と手を繋ぎ店を見て回ってる少年を見たことがある。そいつと俺の背丈は同じくらいだった。
背丈は同じくらいだが、そいつと違って俺はボロを纏ってる。汚れ、無造作に伸びた黒髪。袖や裾はギザギザに千切れ、靴は履いていない。ジジイと一緒で俺も痩せている。
じじいは長生きできないと言ったがするつもりもない。余計なお世話だ。このジジイはいつも御託を並べたがる。それだけじゃない、なんでも並べたがるんだ。
鼠に芸を仕込んでは整列をさせ、何も入ってない空瓶を大切そうに並べ、手に入れた金を一枚一枚並べ、なんでも並べたがる。正直言って鬱陶しい。だが俺の唯一の話し相手だ。
そんな鬱陶しいジジイに言われた通りに、俺は生きてきた。
俺は自分の横に転がる男のポケットを漁った。何も入ってないことを確認して服を剥ぎ取り、靴を脱がせた。靴の中に光る物を見つけた、金だ。
「ジジイ!金があったぞ!」
「ああ、ついてたな。脱がせたズボンはわしにくれないか?他のは闇市に流して構わん」
「いいぜ。ほらよ」
俺は剥ぎ取ったズボンをジジイへ投げ渡した。何度も断り続けられた願いを添えて。
「ズボンをやったんだ、今度こそその豪華な短剣くれよ」
「カッカッカッ!ズボンとこの短剣では釣り合わんだろうに、バカを言ってないで早く埋めてきてやれ」
ジジイと俺は一緒だ。薄汚れ、ボロを纏ってる。だがジジイは一本の豪華な短剣を持っていた。理由は話してくれない。けど俺はその短剣がずっと欲しかった。俺は自分の持ち物なんて何一つ持ってない。
「…分かってるよ。じゃあ埋めてから闇市に服と靴を売ってくるからな。飯時には戻る」
「ああ、いってこい。気をつけるんだぞ。奪うのはいいが奪われるなよ」
俺は剥ぎ取った服に脱がせた靴と、ジジイが並べてる空瓶を一つのせた。靴と瓶を包み込んで長袖の手の部分を硬く結ぶ。背中に男を背負い、結んだ服を肩に掛け埋葬しに行く。
埋葬といってもそんな大層なことじゃない。空き地に穴を掘り、埋めて、手を合わせる。名前も知らないんだ、祈る言葉も墓標も何もない。ただ埋めるだけ。
空き地での埋葬が終わり俺は闇市へ向かった。俺とジジイがいつも座ってる場所と、今いる空き地の真ん中辺りに位置する路地だ。そこでは闇市が開かれてる。食べ物、衣服、雑貨、闇市といってもなんでも置いてある。
俺と同じように誰かから奪った物ばかりが並ぶ場所だ。血の付いた服と靴を売り払い俺は食料を探す。
今日は芋がたくさん売ってあるな。どこかの行商を襲ったのだろうか、木箱一杯に芋が詰まっている。それが何箱も積み重なっているのが見えた。
「芋を四つくれ、それと水をこの瓶に頼む」
「あいよ!毎度あり!」
今日の稼ぎのほとんどが消えた。俺は五つの芋と水の入った瓶を腹に抱え、着ていた服で覆い隠し帰路につく。闇市に並ぶ商品を眺めながらジジイの元へ向かった。
「ジジイ!戻ったぞ!今日は芋が食えるぞ!四つ買ってきたから飯を作ってくれ」
俺はジジイへ芋と水の入った瓶を渡した。
「…ジモン、芋が五つあるぞ?四つ買ったんじゃないのか?」
「店主が見てない隙に取ったんだよ。奪うのはいいが奪われるな、だろ?」
「カッカッカッ!ああ、そうだ。大したもんだ」
ジジイに乱暴に頭を撫でられ俺は思わずニヤけた。ジジイは鬱陶しいが俺はジジイに全てを教えられて育った。俺の家族だ。
「今日の金ほとんどなくなっちゃったぜ。闇市を見ながら帰ってきたんだけど短剣も売ってないし、ああー、俺いつになったら短剣手に入れれるんだ?」
「お前に短剣なんざいらん。だいたい何に使いたいんだ?」
俺は短剣のよさを、料理をするため俯いたジジイに説明した。ジジイは取手のなくなった鍋に水を入れながら、こちらを見ずに答える。
「かっこいいだろ!それに短剣があれば俺だって行商から芋を盗める!だから欲しいんだよ」
「じゃあお前に短剣は要らないな」
「!?なんでだよ!飯が毎日食えるんだぞ!どうしてだよ!」
帰ってくる言葉は何か分かっていても、声を荒げてしまった。どうせこのジジイは並べるのだ。お得意の御託を。料理をするために今まさに、芋を並べてるのがその証拠だ。
「ジモン…刃物とは何でも切れるんだ。物も、人も何でもだ。何でも切れるからって全てを切っていてはいけないんだ。この豪華な短剣もそうだ」
「ん?なにが言いたいんだよ」
ジジイは料理の手を止めて俺の方へ振り返る。
「刃物を持った時、人は何を切るか選ばないといけないんだ。分かるか?」
「全然分かんない」
不貞腐れるように答えた俺に、ジジイはニッっと口角を上げ笑った。意味が分からない言葉ばかり並べていつも笑う。本当に鬱陶しいジジイだ。
「わしは選んだんだよ。何を切るか選んだ。だからここに住んでる。そしてわしはこの短剣で芋を切ってジモンと飯を食う。それがわしの選択だ」
ジジイは俺の返事を待たずに料理に戻った。芋に切れ込みを入れ、沸騰した鍋に芋を入れて茹でる。
ヒビが入り今にも壊れそうなグラス。水を入れてきた瓶から、グラスへ水を注ぎ夕食の準備が終わった。
水と茹でられた芋を二人で分けて食べた。芋は五つある。最後の一つを二人で分けた。
自分の年齢を知ってからちょうど一年が経つだろう。そんな日の夕食を終え、夜空の見える路地、ジジイと背中合わせになり眠りについた。
翌朝ジジイは出かけてくると言った。どこへ行くかは教えてくれない。いつもふらっと出ていき二、三日したら帰ってくる。いつものことだ。
俺は崩れ掛けた建物の陰、日の当たらない路地の奥、木箱に寄りかかり地面に座っている。ここから見える空は嫌いだった。
何もすることがない、だから俺は空を見上げるしかなかった。ジジイは当然帰ってこない。一言も言葉を発さず夜になった。俺は一人眠りについた。
翌朝、目が覚めるとお腹が空いていた。昨日は何もせずじっとしていたが空腹だ。一昨日食べた芋だけでは俺には足りないようだ。
埋葬をした空き地を抜け、王都の端の端まできた。街の中を流れる川がある場所だ。街中の物が流れ、決して綺麗とは言えない水が流れている。ゴミが浮いてない、比較的綺麗な場所から水をすくい顔を洗った。
川に映る汚れた自分を確かめ、髪の毛を少し濡らし整えた。体を濡らすことはできても飲むことはできない汚い水。俺は水を口に含み、軽くゆすいでから吐き出す。飲まなくても喉の渇きは少しはマシになった。
空腹を堪え、俺は職人街へ向かった。大通りや宿場が立ち並ぶ場所よりも衛兵が少ないのだ。
少し身なりを整えても俺は悪目立つ。人々は俺を見ては顔をしかめるが、すぐに視線を外す。王都には存在しない場所に住む、存在しない住人。誰もが俺を見ては見ないふりをする。
俺は職人街を一周歩き、いつもの木箱の横へ帰る。
職人街で拾った誰かのポーチを開け、中に入ってたチーズをかじり、ポーチの中を確認する。
ポーチとその中身を闇市に売り払い芋を四つ買って帰る。今日も闇市に短剣は並んでないか。ああ、短剣が欲しいなー。
芋を五つ、ジジイが並べた空瓶の横に並べ、俺は横になった。料理はジジイの担当だ。俺にはできない。俺にできるのはジジイに教えられたことだけだ。
空腹を我慢するのは慣れている。眠りにつくのに苦労はするが俺は眠った。
翌朝、俺の横に何かが投げ捨てられる音と、振動で目を覚ました。目を開け、霞む目を擦り周りを見渡すと衛兵が立っていた。
衛兵は俺に小銅貨を投げつけるとなにもなかったかのように踵を返し、立ち去っていく。
衛兵の背を眺めてた俺は、小銅貨を自分のポケットへ入れ木箱の横を見た。いつも通り人が捨てられている。
禿げた頭、伸びきった髭、手をかざせば向こう側が見えそうな薄手のローブ。穴が数箇所空いているローブからは薄汚れ、痩せ細った体が見えていた。それに、磨いてはいるが古さと汚れを隠しきれていない短剣を持っていた。
ローブをめくり、腰を見る、そこには薄汚れた人間に似つかわしくない、豪華な短剣もあった。
ジジイが帰ってきた。
俺の頭は真っ白になっていた。喉が渇き、空腹なのに大粒の涙が出ていた。俺は豪華な短剣を掴み取り、立ち上がりながら駆け出した。急に動いたからだろうか、地面に手をつき転びかけたが俺は駆けた。
特に考えなどないが俺は駆け出していた。衛兵を追いかけないと。衛兵に、なぜジジイを運んできたか聞かないと。その思いだけで駆けた。
王都の存在しない場所、そこを抜ける手前で二人組の衛兵が見えた。俺は大声で叫んだ。
「待ってくれ!!はぁはぁ、運んできた人は、はぁはぁ、なんで!?なんで運んできたんだ!教えてくれ」
「ああ?なんでだ?いつも運んでんだろ」
衛兵は、いつ運び込んでも何も言わない俺が、何を聞いてるのか理解できなかったようだ。訝しむように首を傾げ、腕を組んでいた。
「おい、さっき運んだのってこのガキといつも一緒に座ってたジジイだろ?だから聞いてるんじゃないか?」
「そうだったか?お前よく覚えてるな。気づかなかったぜ」
もう一人の衛兵が、首を傾げていた衛兵に俺の疑問を伝えてくれた。そうすると、首を傾げてた衛兵は俺を睨みつけ答え出した。
「あのジジイは職人街の外れで見かけたんだ。汚い短剣を撫でてニヤけてやがった。職質すると自分で買ったなんてほざきやがる。買えるわけもないのにな。だからお前の所に運んだんだ。王都に犯罪はないからな。これで満足か?分かったらさっさと埋めてこい」
いつもいつもいつもいつも御託を並べる鬱陶しいジジイ。言ってることが難しくて鬱陶しいジジイ。俺の頭を乱暴に撫で回すジジイ。俺の、家族のジジイ。
ジジイに教えられたことしかできない俺にはどうしたらいいか分からなかった。なんて言ってた?こんな時どうしたらいいって教えられた?
俺はやけに冷静で、街の音一つ聞こえない中考えた。
ジジイは、教えてくれてた。
人は何を切るか選ばないといけないんだ。と
奪うのはいいが奪われるな。と
俺が住むのは王都に存在しない場所。
俺はいつもの木箱の横へ戻り、いつものように人を運び、空き地へ埋葬した。祈りも墓標もない。二つを埋めた。
俺はもう一つ穴を掘った。祈りはない。墓標もない。だが埋め終わった後に瓶を並べた。丁寧に並べた。瓶の手前には芋を並べた。四つの芋を。
俺とジジイはいつも半分こにしてたけど、特別に多く並べてあげた。一つの芋は俺の分だ。これで半分こだ。
俺はずっと欲しかった短剣を手に入れた。
磨いてはいるが古さと汚れを隠しきれていない短剣と、豪華な短剣だ。
俺は空腹のあまり大声を上げて泣いていた。耐えられなかったんだろう。俺は泣きつかれるまでずっと泣いていた。
二振りの短剣を身につけ、手をかざせば向こう側が見えそうな薄手のローブで隠した。穴が数箇所空いているが外からは見えない。
俺は存在しない場所を出て旅に出た。俺が存在できる場所を探して。




