閑話 負け犬4 聖職者
掲載順変えるための上げ直しなので読み直し不要です
私は今日、私が愛する人に殺される。
一日の礼拝の仕事を終えた夕方。私は自室に戻り、聖職者の衣装から街へ出かける服装に着替えていた。これから会う相手とは聖職者としてではなく、「友人」として会うためだ。
一通り着替え終え、鏡で自分の姿を確認する。男にしては珍しく、肩まで伸びたストレートの黒い髪。まるで貴族のように手入れをされた髪は艶を帯びている。私の自慢の髪だ。
同年代の同性と比べて頭一つ分背が高い私は、この髪と身長でよく目立つ。着替えたところで私が誰なのかは皆すぐに気付く風体だ。
鏡の前で両膝を床につけ、胸の前で手を合わせる。そしてゆっくりと目を閉じ、いつものように祈りを捧げる。目を閉じれば、そこにはいつも神がいた。
私は孤児だった。私が今勤めている教会、その敷地内に併設された孤児院で育った私は、十八まで孤児院で過ごし、四年間王都にある教会本部で勉学に励んだ。そして牧師となり、半年前にこの街へ戻ってきたのだ。
今日会うのは私と同じく、孤児として孤児院で十八年を共に過ごした相手だ。王都に行っていた間も二月に一度は手紙のやり取りをする間柄だった。離れている間は会えなかったが、半年前に戻ってからは何度か会っている。
教会の鐘が鳴ると同時に私は目を開けた。立ち上がり、窓から外を見ると孤児院が見える。外で球遊びをしていた孤児たちが、孤児院へ入って行く姿が見えた。
夕日に赤く染められる中、女児に手を引かれ男児が帰って行く。昔の自分を見せられている気持ちになり、胸が張り裂けそうになった。痛む胸を握り込み、私は窓から視線を外した。
私は部屋を出て自室に鍵をかけた。今日は「友人」と街の宿屋で食事をするのだ。街の外れにある教会から少し距離がある。今出れば待ち合わせの時間に遅れることはない。少し早く着くくらいだろうか。
教会を出て、私は宿屋を目指し歩き始める。依頼を終え街を歩く冒険者、夕食に向かう魔法使い、夜勤に向かう衛兵、等しく夕日に照らされ赤く染まっている。
私は向かう道中花屋へ寄り、二輪の花を購入した。オレンジ色の花だ。
夕日がやや沈み込み始めた頃、私は宿屋へと辿り着いた。宿屋の一階は食堂になっている。ここの食堂で待ち合わせをしているのだ。立ち止まり宿屋を見上げると、痛む胸をまた握り込んだ。重い足を動かし、私は扉を開けて食堂へと入った。
外の喧騒よりも一段と騒がしい食堂の中を進み、端の空いてるテーブルへ座った。店内を見渡せば夕食時だからだろう、私が座ったテーブルで丁度満席になった。冒険者や街の住人で賑わっている。
ざわざわと騒がしい食堂を見渡すと、快活そうな女性と目が合った。私の髪と同じ長さをした、緩やかなウェーブをしたオレンジ色の髪の女性だ。彼女は食堂を横切るように、私の元へ駆け寄って来て声をかけた。
「待ち合わせ時間より早いけどちょうどよかったね!ちょうど満席だわ!少し待っててくれる?今着替えてくるから」
「ああ、ゆっくりで構わない」
待ち合わせをしていた友人は、王都へ行った私と違い十八で孤児院を出たのち、この宿屋でウェイトレスをしている。会うのは二月ぶりだろう。少しすると友人は戻ってきた。少し乱暴に食事と飲み物をテーブルへ置き、スカートを直しながら席についた。
「お待たせ!こっちがあなたのビールね!あとおつまみも」
「君は呑まないのかい?果実水とは珍しいね」
「あははー、ちょっとね。体調悪くて」
「それなら無理に今日会わなくてもよかったのに。体は平気なのか?仕事がきついのか?」
「うんん。大したことないから。いつも心配してくれてありがとうね!」
友人は、彼女は、いつもそうだ。自分の魅力を分かっていない。「ありがとう」と言うときの笑顔は幼い頃からまったく変わっていない。
私は幼少期から彼女のことが好きだった。いつか彼女と結ばれ、結婚する夢を見続けていたのだ。
彼女の言葉は魔法のように私の心に入り込む。今日も、ここへ来るまでに感じていた胸の痛みが、彼女の言葉を聞き嘘のように消えた。
彼女が私の髪を褒めてくれた。だから髪を伸ばし、手入れを欠かさなかった。彼女が大切だった、だから心配して声をかける。彼女は特別だった。
「それで今日話したかったことなんだけどー」
「ああ、旦那のことだろう?」
「そう!また相談に乗って欲しいの!」
王都での四年間を終え、帰って来たら告白をしよう。そう思っていた。共に孤児院で暮らし、離れてからは手紙で連絡を取り合っている、そんな自分に胡座をかき、先を越されたのだ。
半年前に戻ってきた時にはすでに、彼女は付き合っていた。手紙にはそんなこと一度も書いていなかった。会って直接私に報告をしたかったらしい。紹介をされた日を、私はこの半年間毎夜思い出す。
また胸が苦しくなり、私は自分の胸を握り込んだ。
手紙が返ってこない時期があった。私が勉学に力が入らず困っていた時期だ。私には彼女が必要だった。けれど彼女は私が居なくても上手く人生を楽しんでいたのだ。私は眠れず、ずっと彼女のことを考えていたのに。考えても、何も変わらないのに、考えていた。
二月前の結婚式では私が牧師を務めた。彼女に頼まれた私は、心を押し殺し、彼女と、旦那の幸せを願ったのだ。
彼女は式で大粒の涙をこぼし、旦那へ誓いを立てていた。彼女が選択したのは私ではない、別の男性を選んだのだと、この時思い知らされた。何故なのかなんて聞けなかった。
「ねー?聞いてた?あなたこそ疲れて体調悪いんじゃない?忙しいの?」
「すまない、二月前のことを思い出したんだ」
「式のこと?あたしあなたに祝ってもらえて本当に嬉しかったわ!」
「…そうだな。これからも私は友人として君を支えるよ。それで旦那がどうしたんだ?」
「それがね、夫婦になったからベニーの育った街に引っ越そうかって話しが出たの。あたしこの街から出たことないし、あなたとも会えなくなっちゃうでしょ?なんだか不安で寂しくなったの」
喉にナイフが突き刺さったようだった。私はビールを煽り、からからになった喉を潤す。左手は硬く握られ、膝の上で微かに震えていた。オレンジ色の花がしおれないよう、拳を開き私は深く息を吐いた。
私に寄り掛かるのに、私を必要とするのに、私をその気にさせる言葉の魔法をかけるのに、彼女は私を選ばなかった。食堂から帰るまでの間だけを、必要としているのだ。それが私の選ばれた場所だ。
こんなにも苦しめられてるのに、それでも彼女を嫌いにはなれなかった。頼りにされ相談される、自分が特別な存在として扱われてる気がして、少し嬉しかったのだ。
苦しいのは自分の気持ちを伝えてないからだ。彼女は悪くない、そんなのは分かってる。もっと早くに、王都に旅立つ時、孤児院にいた時、一緒に球遊びをしていた時、伝えればよかったのだ。
関係性を壊したくなかった、だから言えなかった。ずっと思い悩み苦しんでた。けど、伝えなかったらもっと苦しくなった。
彼女の見えない時間、別の男性と過ごす時を考えると吐き気がする。そんな時間が今後は一生続く、そう思うと言葉が出なかった。私は俯いたまま花を見つめていた。
「あたし、どうしたらいいのかな?ベニーの実家でやってけるかな?」
「私と会えない心配はしなくていいよ。手紙も書くし、なにかあれば会いにだって行くさ」
「本当?けど信頼できるあなたみたいな人、他にはいないの。そんな人があっちにもできるかしら?」
「旦那が一緒だろ?私じゃなくても相談したらいい。夫婦なんだからね」
「ベニーはだめよ!あたしの本当の気持ちを理解してくれるのはあなただけなんだから。それになんだか、ベニーって頼りないのよね」
彼女の本当の気持ちを理解するのは私。頼りにされているのも私。じゃあ何故?君は私ではない男を選んだんだ?私を選んでくれ!他の誰よりも、私は君を愛してるのに!私の本当の気持ちを理解してくれる人はいない。
「…頼りないのに、何故彼を旦那に選んだんだい?孤児院にいた時はお姫様になりたいって言ってたじゃないか。それに勇者みたいな頼り甲斐のある人と結婚したいとも。裕福じゃなくても、自分の親みたいに子供を孤児院に出さず、自ら育てたい。それが望みだろう?」
自分の気持ちは伝えれない、自分のことをどう思ってるかは聞けない。昔から私はそうだった。自分が、彼女の理想とする男性になるための打算的質問ばかりしていた。
勇者にはなれない、だから私は彼女の相談相手になった。頼られる存在になるために。子育てを出来る家庭をもてるように、孤児から牧師にもなった。褒めてくれた髪も伸ばし外見にも気を遣った。
選ばれなかった理由じゃない。選ぶ理由を知りたかった。
「小さい時の話でしょ?恥ずかしー!あなたとの思い出って本当にたくさんあるわね」
「ずっと一緒にいたからね」
旦那と知り合う前から私たちは一緒にいた。それなのに選ばれなかった。彼女の理想を知りたかった。
「あたし、御伽話みたいな幸せじゃなくていいの。それに勇者じゃなくても、ちょっとくらい貧乏でもいいの。ただ隣にいて、寄り添って、寄り添われる。お互いを必要とする相手と一緒になりたかったの」
「寄り添われる?」
彼女は意味の分からない答えを教えてくれた。私は自然と前のめりになり、彼女の顔を見つめて次の言葉を待った。
「そう!あなたは凄いわよね。一人で王都に勉強に行けるし、牧師にだってなれた。あたしには無理だな、一人じゃ何にもできない。バカだし、私ってダメだなーって思ってたの。そんな時にベニーと知り合ったんだ。彼、私よりもバカで食堂の仕事覚えるのすっごく遅かったんだ。だから助け合ったの」
「助けられるんじゃなくて、助けあったのかい?」
彼女は何かを思い出すよう、上の方を向いてから大きく頷いてくれた。
「教え合いっこしてー、一緒に失敗して、一緒に落ち込んで、一緒に考えて、一緒に努力したの。そうしたらなんかこの人いいなーって、上手く言葉にできないし自信もないけど、この人なら大丈夫って思えたの。だから告白して結婚したの。二人ともバカだから大変だと思うけど側にいたい、それで充分だったわ!」
私の全てが崩れていく音がした。テーブルの中心を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。今の彼女の顔を見るのが怖かった。
私は彼女をずっと助けていた。慣れない街での暮らしに手紙で助言をしていたのは私だ。孤児院での仕事を彼女に教えたのは私だ。球遊びの後に手を引いていたのは私だ。
私は彼女と一緒に過ごしていた。口にはしてないが私からの好意は感じ取っていただろう。ただ、一度も助けてもらった事はない。
だから私は選ばれたのだ。今の場所に。
目を閉じて暗闇の世界を見つめていると、神がいつもそこにはいた。私は聖職者だ。
「あっ!ベニー!仕事は?もうあがり?」
「指切っちゃってさ、料理も皿洗いも指が痛くて、困って突っ立ってたら給料泥棒は帰れってさ」
「もーーー!なにしてんのよ!引越し資金を稼がないとなのに!」
「ゴメンって!そんなに怒るなよ。まだ相談してる途中だろ?俺先に帰るぜ?」
私はゆっくりと目を開け、テーブルの中心を見つめながら告げた。
「君の本心を聞いて分かったよ。君ならば大丈夫だ。困難にも立ち向かえるだろう。神と共に祈り、私は君を見守り続けるよ。今日はもうお開きにしよう。ちょうどビールもなくなるからね」
私はぬるくなったビールを飲み干し、空になった木製の杯をテーブルへ置いた。テーブルの下、左の拳に握られた二輪の内一輪を抜き取り彼女へ差し出す。
「引越し祝いには早いがこれを君に」
「ふふっ、ありがとう。部屋に飾るね!ベニー!見てた?あたしに花の一本でも買ってきたことある?こうやって女の子は褒めるんだからね!」
「分かったよ、今度な、今度」
「ふふっ、期待しないで待ってる」
「それより帰るぞ。お腹の子に何かあったら大変だからな」
「分かってるわよ!今日だって果実水飲んでるんだから!」
私に向けられた笑顔、旦那に向けられた笑顔。私の知らない笑顔を彼女はしていた。大切そうにお腹をさする彼女の笑顔も、私の知らない笑顔だった。彼女の心に、私は今まで触れていなかったのだ。
彼女を見送り私は深く椅子に腰掛けた。そして目を閉じる。見たい物を見れなかった目を。見たくない物を見た目を。ゆっくりと閉じた。そこには神がいた。
目を閉じたまま、左手に残された一輪の花を転がす。彼女を諦めきれず、細くなっている繋がりを求め、彼女と同じ物を持ちたい。隣に立てないのなら、心に触れられないのなら、目に見える繋がりを持ちたかったのだ。なんとも浅ましく、気持ちの悪い自分に吐き気がする。
翌月、彼女は街を離れ旦那の実家へと引っ越した。私をずっと苦しめる、胸の痛みを抑えていた魔法は消え、それ以来痛みが薄れることはなかった。
半年間、毎夜苦しめられた記憶は薄れた。私が新しく毎夜思い出すのは、繋がりが薄れると確信したあの食堂での夜だった。
以前の記憶の薄れとともに減ると思った胸の痛みは、新しい痛みに上書きされ以前よりもひどく痛む。
見たい物を見れなかった目、見たくない物を見た目、役に立たない両目を私は魔法で潰し、次は間違えないようにした。これで神はずっと私の目の前にいる。これで、次は誰かの心に触れられるはずだ。
私の名前はベニー。彼女に頼られ、子供を育てる資金力を持った聖職者。そして彼女を頼るベニー。それが私の名前だ。
私は彼女を追うかのように街を離れた。




