閑話 負け犬1-2 勇者
上げ直しなので読み直し不要です
周りの足音や、騒がしくなる話し声に気付き、俺はゆっくりと目を開けた。
瞼を擦り、大きなあくびを一つ。そして凝り固まった体をほぐすように、両腕を伸ばして俺は起床した。
ギルドに併設された、三十人ほどが雑魚寝をする大部屋で俺は起きた。家具も、毛布一つすらない最安値の宿部屋だ。
俺と同じように金のない冒険者たちが朝早くに起き、各々がギルドへ向かおうとしていた。そんな中、一人の男が俺に声をかけた。
「おう、水溜まり。寝ションベンはしなかったか?ハッハッハ!!」
「…チッうるせーな。さっさと行け」
俺は村にいた時、フォレストウルフ相手にションベンを漏らして敗北した。その噂話はこの町のギルドにも届いている。
誰が噂を流したのかは分かってる。この町は俺の村からも近いからな。
噂を流した三人とはすっかりと疎遠になっていた。三人はパーティーを組み、度々この町のギルドに顔を出しては、三人で依頼を受けているようだった。
一方俺は、村にはあまり帰らず、もっぱらこの大部屋に泊まり、冒険者稼業にのめり込んでいた。
ここ一年ほど、クエストのほとんどは一人で受けている。理由は一つ。俺と組みたがるやつがいないからだ。
十七になる俺の寝ションベンを気にして、毎朝声をかけてくる男を俺は睨み、自分の支度を始めた。
外していた手甲と肘当てを着け、立ち上がりショートソードを腰に携える。そして背負い袋担ぎ、またあくびを一つ。
あー。まだ眠いな。狩猟クエストに手こずって昨日は帰りが遅かったからな。今日は採集クエストでも受けて、早めに帰ってこよう。
そんなことを考えつつ大部屋を出ようとしたとき、二人組の冒険者が声をかけてきた。
「おはようグラム。今日も組まないか?」
「おはよ!私たち採集クエストにしようと思ってたんだけど、どーかしら?」
彼らはこの町に最近移動してきた冒険者夫婦だ。町の外から来たからなのか、あまり俺に悪感情を向けてこない稀有な人たちだ。
「ああ、俺も採集を受けようと思ってた。こちらこそ頼むよ。よろしく」
ちょうど意見も一致していた。俺は彼らと何度目かの臨時パーティーを組み、依頼を受けることにした。
三人で部屋を出て、ギルドのメインホールへと続く廊下を進み、ホールにあるクエストボードを確認した。
「んんー、これなんてどう?グラムの出身村近くじゃない?地理にも詳しいから楽勝じゃない?」
「ああ、そうだな。メリッサ、貸してくれ」
メリッサが目をつけたクエストの木札を受け取り、俺は軽く目を通した。
ふむ、俺の知っている森が採集地だな。特記事項もないし、報酬も色がついている。良いかもしれないな。
…ん?以来者名がお父さんだ。採集品は薬になる薬草だし村で何かあったのか?
「…メリッサ、ジーノ。これを受けたいんだが良いか?良ければ受付で受注し、詳しい情報を聞いてくるが?」
「私たちは構わないわ。それにしましょ!ね、ジーノ」
メリッサはジーノへ振り返ると、彼は頷き了承してくれた。
俺たちは木札を受付へと提出し、クエストを受注した。そして俺は気になる点を受付へと確認した。
「これの依頼者は俺の父だ。報酬が相場より良いし、薬草を求めていると言うことは何か事情があるんじゃないか?良かったら教えてくれ」
「…息子さんでしたか。本来なら公にしませんが特別ですよ?依頼者のお母さん、つまりあなたのおばあちゃんね。体を悪くして、危ない状態なんですって。だからいち早くこの薬草を投薬したくて報酬が良いんですよ」
頭から冷水を浴びせられた感覚に俺は襲われた。俺はここしばらく村に寄りつこうとしていなかった。村に顔を出していれば、もっと早くに知れてたら、何か出来ることがあったんじゃないか。
そんな後悔に襲われ、俺はフラつき倒れそうになった。
「おっと、グラム、しっかりしろ。大丈夫だ。俺たちで薬草を取って、届けてやれば治る」
「そうよ!グラム、そんな顔色しなくても大丈夫!一緒に病気を治してあげましょう」
後ろに倒れかけた俺をジーノは支え、メリッサが俺の顔を覗き込み励ましてくれた。
根拠なんてない。俺は自然と大丈夫だと思えた。足に力を入れ、俺はジーノに礼をし、姿勢を正した。
俺は村での一件以来、人から悪感情を向けられてばかりだった。だが、この二人は噂を知っても俺を支え、手を貸してくれる。
信頼できるかも知れない。そう思い始めた二人に励まされ、俺は落ち着きを取り戻せた。
俺たちはクエストを受注するとギルドを後にした。
空は曇り、夏の日差しを遮っている。少し冷えた夏の空気が、火照る俺の体を冷やした。
町で朝食を買い、乗り合い馬車に駆け込む。はやる気持ちを胸の奥へ押し込めるように、俺は揺れる馬車の中、朝食を飲み込んだ。
そして目的の森に差し掛かったとき、馬車を途中下車した。そして森の手前へと移動してから、三人で打ち合わせを始める。
この辺り一帯の森に詳しい俺が、二人へと注意事項を述べた。
「この森で注意する魔物はフォレストウルフとマッドベアーだ。メリッサの矢では、マッドベアーの強固な皮膚を貫き、致命傷を与えれないだろう。見つけたら基本的には撤退しよう」
「そうね、出会いたくはないけど薬草が最優先よ。ちゃっちゃと回収して帰りましょ」
彼女は自分の弓矢を最終確認し、森へ入る準備を始めた。彼女同様、ジーノも自身のショートソードの確認を始める。
俺は森の手前へと歩き、森の中へと視線を移す。
絶対に俺が薬草を取って、家族を助けるんだ。
村では四人の中で二番目に強かった。町の冒険者になった俺は更に順位を下げたが、俺は村を出てからも鍛錬を欠かしていない。
俺は小さな村の中しか知らず、自分の強さを見誤っていた。俺よりも強いやつなんて沢山いたんだ。
それを知って俺は鍛錬時間を増やした。俺は勇者になるんだ。そのために努力も重ねた。大丈夫、俺ならできる!
「グラム、俺たちの準備は終わったぜ。さぁ、案内してくれ。さっさと薬草を取ろう」
ジーノの言葉に頷き、俺は森の中へ歩き始める。
曇り空の下。森は薄暗く、風で木々が揺れ、葉が擦れ合う音が聞こえる。俺たち三人の足音だけが聞こえる森の中。俺たち以外の人間も、魔物も居ないのでは?そう思える森を歩き、俺たちは薬草を目指して歩いた。
「止まってグラム。これを見て」
先頭を歩き、森の道案内をしている俺にメリッサは待ったをかけた。
俺は彼女を振り返り、指し示されたところを注意深く見つめる。
「…メリッサ、これはなんだ?俺には分からん」
「真新しいフォレストウルフの足跡よ。それもマッドベアーの足跡の上に付いてる。多分マッドベアー狩りをしているじゃないかしら」
道案内はできても俺には観察眼が乏しかった。彼女は俺の見落としていた痕跡を見つけ、魔物の行動予測までしていたのだ。
「…共倒れしてくれたら良いんだけどね。取り敢えずここからはより警戒して進もう。メリッサ、君はグラムの後ろを歩いてくれ。僕が殿を務めよう」
俺とメリッサは、ジーノの言葉に頷くと、更に森の中へと慎重に進んでいった。
いち早く薬草を採取したい。そんな気持ちが行軍を早め、注意散漫となっていたのだろう。気を引き締めないとな。
道中、魔物たちの足跡は俺たちの目指す方向とは別に向かっていた。遭遇することはなさそうだ、とメリッサとジーノは教えてくれた。
ポツポツと小雨が降り始め、森の気温が下がり始める。足元の土は柔らかくなり、歩き進める程に俺の革靴は泥に塗れた。濡れた足先が冷え、歩くたびにヒリヒリとした痛みが増していく。
足の痛みに耐えつつ木々の間を抜けると、視界が開けた。凹地になっている採集地へと俺たちは辿り着いたのだ。
ああ、良かった。なんとか薬草を採取できそうだ。
片側には切り立った崖がそびえ、凹地を囲うように厳しい傾斜の土手が広がっている。
俺たちは凹地へと足を踏み入れ、強まる雨の中、薬草を採集した。
「グラム!ちょっと多めに取っていきましょう?そうしたらおばあちゃん、早く治るかもよ?」
「こら!メリッサ!用法要領を守り、適切な処置をしなきゃ治るのも治らないよ!それに薬草の取りすぎはダメだって言ってるだろ?」
メリッサは両手に薬草を握り、俺に笑いかけていた。魔物に遭遇しなかったこと、無事薬草を取れた安心感。色んなものが合わさり、俺は気が緩んだ。自然と笑みが溢れるそのとき。
グオオオオオオ!!!
雨の音をかき消すほどの叫び声が辺りに鳴り響く。俺は慌てて上を向いた。そこには、ここ目掛け崖から飛び降りてくる魔物の姿が。
な、なんだあの巨体は!?それに魔物だと!?
俺たちは一斉に回避行動を取った。
凄まじい地響きと共に、凹地へと一頭のマッドベアーが降り立つ。そして、後を追うように崖からはフォレストウルフの群れも凹地へと飛び降りてきた。
道中、足跡は別方向へと向かっていた。だが、この崖の上で戦闘をしていたのだろう。目の前の薬草に気が緩み、雨の音で気配を感じ取れなかったのだ。
俺たち三人の背後は切り立った崖。凹地の周囲は急傾斜の土手に囲まれ、簡単には離脱できない。
土手を登っている間に背後を襲われるだろうな。三人はお互いにアイコンタクトをとり、武器を取り出す。
幸運なことに、ベアーとウルフはお互いに睨み合いこちらに気づいていない。
ジーノがハンドサインで「武器を構えたまま、土手へ向かい、離脱」と伝えてきた。
俺とメリッサは頷き、その指示に従い進もうとしたとき、魔物たちが戦闘を始めた。
「メリッサ!グラム!走れ!」
ジーノの叫ぶ声に促され、俺たちは土手へ向かい全力で走り出した。俺の前をメリッサが走り、彼女を追いかけるように俺は走った。
彼女が跳ね飛ばす泥を浴びながら、俺は土手を見据える。
あそこなら登りやすいか!?どうすればいい!?逃走ルートを思案しているとき、俺の背中にドン!という衝撃が襲う。
「危ない!」
ぐっ!なんなんだ!?
その場に転倒した俺は、顔の泥をぬぐい、視線を上げた。先ほどまでいた場所を見ると、ジーノがウルフと対峙している。
俺は腰に携えたショートソードを抜きながら、未だ走って土手を目指すメリッサへと大声を飛ばす。
「メリッサ!援護を頼む!俺はジーノに加勢する!」
俺を庇い、ジーノは左腕に切り傷を負っている。血を流し、苦悶の表情でウルフの攻撃を捌いていた。
今助けるぞ!ジーノ!
俺はジーノの元へ駆けた。それと同時にメリッサの矢が、周囲のウルフへと飛んでいく。もはや魔物を無視して逃げ切ることはできないだろう。
「ジーノ!左へ飛べ!」
俺の声と同時に彼はその場から離れ、俺の剣が上段から振り落とされる。
俺の剣がジーノと対峙していたウルフを縦に両断する。
魔物の生暖かい鮮血が俺に飛び散り、辺りには獣の匂いと血の匂いが充満しだす。
俺は剣に付着した血を飛ばし、腰を下ろして構え直した。
落ち着け、大丈夫だ。村でフォレストウルフと対峙して以降、鍛え続けた。コイツら以外の魔物も狩ってきたし、今も充分戦えている。三人で無事逃げて薬草を届けるんだ!
「ジーノ!メリッサを守れ!メリッサは俺の援護だ!」
今、ベアーとウルフが戦っている場所は土手の手前だ。どうしようが彼らを倒すか撤退させなければ、俺たちは凹地から抜け出せない。
戦闘の恐怖が、無意識に俺の足を半歩下げていた。俺は太ももをパァン!と叩き、決意を固める。足に力を込め、俺は魔物目掛け駆け出した。
ぬかるみをバシャバシャと駆ける俺の横を、矢のヒュン!という音が抜き去っていく。ウルフの脇腹や、ベアーの肩に矢が突き刺さり、魔物の悲鳴のような叫びが耳を刺した。
俺へ飛び込んでくるウルフは、視界いっぱいに口を広げている。したたるよだれ、獣の匂い。俺は全てを覚えている。
奥歯が軋む音を立てるほどに、俺は全身に力を込めた。少し態勢をずらし、剣を斬り上げてウルフの首を刎ね飛ばす。
振り下ろした剣をそのまま、流れるように袈裟懸けに斬り下ろし、もう一頭のウルフを斬り伏せる。
ショートソードを握る手を通して、肉と骨を断ち切る感覚が伝わってくる。いける!この調子だ!俺は剣を構え、再び駆けた。
俺に飛びかかる一頭のウルフは、メリッサの矢が首元を貫き、息絶えていた。
それを横目に捉えつつ、俺はもう一頭のウルフの爪を受け流し、頭を貫き殺す。
雨に濡れた服が体を縛り、重みを増していくのを感じる。まだまだ剣は払えるが、足には疲労が溜まっているか?
俺は剣をウルフの頭から抜き、ベアーを見据えた。
「きゃあああ!ジーノ!」
背後から聞こえたメリッサの叫びに、俺が振り返ると同時、俺の脇腹に鋭い衝撃が走り声が漏れる。
「ぐああ!くっ!」
脇腹に喰らい付いたウルフの首を刎ね、俺は片膝を着いた。
あまりの痛みに、額に脂汗がドッと浮かび上がった。傷口を手で抑えるが、深く傷を負ったのだろう。腹を伝い、腰周りに温かい血が伝い流れるのを感じる。
俺は表情を痛みに歪めながら、二人を見やった。
ジーノが負傷していた左腕をウルフに食いちぎられ、片手で剣を構えていた。
メリッサは必死に弓を構えているが、至近距離の魔物相手には厳しいだろう。
俺はボタボタと血を流す脇腹に力を入れ、深く呼吸をし、頭を落ち着かせる。
「ふーーーー」大丈夫。俺はまだ動ける。メリッサにジーノを担がせ、土手を登らせる。その間、俺は魔物を食い止める。大丈夫だ、いける。二人も薬草を持ってる。完璧だ。
俺は気合いを入れ直し、二人の元へ駆け出した。
そして、ジーノの片腕を咥えたウルフの胴体を真っ二つにし、メリッサに覆い被さろうとしていたウルフを横に切り払った。
…っつ!脇腹がいてぇ!それに血が流れて寒気もする。なんとか、薬草だけでも届けねぇと!
「二人とも、土手を登れ!俺が時間を稼ぐ!」
「ダメだよ!だってグラムお腹の血すごいよ!?一緒に逃げようよ!」
「メリッサ!いくぞ!ここはグラムに任せよう」
片腕のジーノはメリッサを引きずるように土手へと向かう。
ジーノは誰かが時間稼ぎをしなければいけないことを分かっていたのだろう。小さく「生き残って勇者になるんだろ?上で待ってる」と呟き、二人で土手を登り始めた。
…ふっ。ジーノ、簡単に言ってくれるな。
俺は逃げる二人から視線を外し、残り少なくなったウルフと、一頭のベアーを見据えた。
そのとき、俺の背後からジーノの頭を咥えた一匹のウルフが飛び降りてきた。
続け様に、頭のないジーノの体が土手から転がり落ちてくる。
…マッドベアーを逃さないために凹地の上にもウルフたちは待機してたのか。
ああ、おかしいな。メリッサの悲鳴一つ聞こえやしない。どうなったんだ。
俺はあの村を飛び出して、少しは成長できたと感じてた。現にウルフ相手に漏らしもしないで戦えている。
強く握りしめた剣の柄には、手の平から流れ出した血が滴る。
大丈夫だ。落ち着け。ジーノとメリッサを抱え、土手を登って無事逃げ出す。そのために、魔物を倒す。「スーハー、スーハー…」大丈夫。大丈夫だ俺。痛みや感情に溢れた脳を落ち着かせ、単純な思考に切り替えた。
俺はジーノを殺したウルフを斬り伏せ、駆け抜けた。
マッドベアーは俺を見据えているが、動こうとしない。ベアーと俺の間にはまだ数頭のウルフがおり、俺を睨んでいた。
襲いかかるウルフの爪を、牙を、剣で受け止めては斬り伏せ、俺はベアーの元まで駆け抜けた。
俺よりも三倍はあるだろう巨体を見上げ、俺は全身に力を入れ直す。
その巨大に見合わない速さで振りかぶられた腕を、俺は剣で受け流した。
受け流した俺は、全く受け流せず、剣は飛ばされ、腕は無様にも万歳の状態になり、ガラ空きの腹を殴られた。
体の中を骨が砕ける音が駆け巡り、俺は凄まじ速度で飛ばされた。
泥を撒き上げ転がり続ける。そして木に激突し、おれの体はようやく止まった。
ああ、腕を動かそうとするだけで全身が痛みやがる。それに、血を流しすぎたか?頭もぼーっとするし、寒いな。マッドベアーが走って俺に向かってるのか、歩いてるのか、よく分かんねぇや。
俺、ここで死ぬのか?薬草も届けれなくて、家族も病に倒れるのか?あぁ、クソ。頭が、働かねー。
幻覚も見えてきちまった。ベアーの前に三人の人影まで見えるや。
やや太り気味の男は、俺を一撃でのしたベアーの攻撃を、軽々といなしているように見える。
やや痩せ気味の男は、素早い動きでベアーを翻弄し、手数で魔物をその場に押し留めているように見える。
それに、もう一人の男は水魔法を使い、動きを拘束したり、攻撃を加えたりしているのか?
やけにひんやりとする地面に倒れ、下半身は自分のションベンとクソで生暖かい。殴られて痛む腹を押さえることもできず、霞む視界の先では、俺を殴り飛ばした魔物と誰かが戦っている。
俺の口内を鉄の味が満たす。ああ、憧れた勇者に俺はなれないんだろうな。今戦ってるようなヤツが勇者になるんだろう。俺はいつからこんなにも情けなくなったんだっけか
*
「お、ようやくお目覚めか」
「…ここは。俺の家か」
「そうだぜ、水溜まり。お前の親を呼んでくるわ」
カルネが意識を取り戻した俺に気付き、スキンが両親を呼ぶといい部屋を出て行った。
これは、夢か?…いや、夢ならこんなに身体中痛くねーか。ベットから起き上がることもできないほど痛いしな。
「…ジーノとメリッサはどうなった?薬草はおばあちゃんに届いたか?」
「ん?名前は知らないけど男は死んだよ。女の方は意識を失ってるだけだったから、グラムと一緒にグラムの実家に連れてきた。その女とおばあちゃんの治療で、グラムの両親は別室にいるよ」
「そうか、助かったか。カルネ…すまない、ありがとう」
「…僕も、グラムに言いたいことがあったんだ」
バタバタバタバタ!ガチャ!
廊下を走る足音が聞こえたかと思えば、すぐに部屋の扉を開けて両親が俺の元へとやってきた。少し遅れてスキンが。そしてレオンも入ってくる。
以前にも両親は、ベットに横たわる俺に泣いて駆け寄っていたっけか。
なんにも。なんにも成長してないじゃないか!俺は。俺は…。
両親に続き、療養中のおばあちゃんまで俺の部屋に入ってきた。
お父さんも、お母さんも、レオンに「私たちの勇者です」と言って、子供のように泣いている。
…そりゃそうか。おばあちゃんに薬草を届け、俺を助けてくれたんだ。まるで本物の勇者みたいじゃねーか。
その姿を見て、俺は一人静かに、誰にも気付かれず涙を流した。
俺は勇者の夢を諦めた。今思えば、幼い頃に初めて触れたのがキラキラとした勇者だった、ただそれだけで漠然と憧れていた気がする。
俺は勇者に憧れてたんじゃない、勇者しか知らなかったから必然的にそう感じてたのだと思った。そう考えると、心が楽になった。
ただ、心の奥の、端っこの、ほんの一部に、小さな穴が空いてる気がした。
そしてその穴に吸い込まれるように、俺は眠りについた。
強さを身につけるために努力を重ねていたのに、いつからだろうか、努力の積み重ねを強さだと錯覚していたのは。
友人より少し体を鍛えて、少し強くなって、少しガタイが良かった。ただそれだけ。
自分は恵まれた天才だと思ってたし、そんな天才が少し努力したら、フォレストウルフも倒せると自惚れた。
自惚れた結果、俺には名誉あるあだ名が付き、友人とは距離ができた。
そして、自惚れもない本当の天才。名誉騎士として恵まれた環境。俺よりも遥かに天才で、頭もよく、魔法も使える。
そして二人の友人は、俺からレオンの元へ移動した。
俺の手元には何も残ってないが、レオンの元には、俺の家族が呼ぶ勇者の元には、全てがあった。
ああ、悔しいな。夢は諦めたけど、やっぱり悔しい。けど、もう疲れたや。努力なんかしないで俺も皆んなと球遊びしてれば良かったな。
まるで悪夢でも見ていたかのように俺は飛び起きた。
「っつ!いてぇ。ああ、まだ夜中か」
飛び起きた俺は窓の外を眺めた。そしてドサッと音をたて、ベットに倒れ込むように戻る。
ガチャ。
「やあ、水溜まり君。ひと段落ついたから出ようと思ってたんだけど起きたんだね。具合はどうだい?」
部屋の扉を開け、レオンたち三人が部屋へと入ってくる。
俺は仰向けに倒れたまま、視線だけをレオンに移す。
「…無事だ。助かった。迷惑をかけたな」
「別の依頼を受けててね。たまたま戦闘の音が聞こえたんだ。村にきたばかりのときも僕は君を助けたね。身の丈に合った依頼を受けなよ?早死にするよ?」
「レオンの言う通りだな!俺も、カルネも、今はレオンに貰った武器や防具でお前より強いぜ?お前は寝ションベンしないように横になって大人しくしてな」
「…グラム、無事でよかったよ。スキンの言う通り、僕たち強くなったんだ。それで、その…」
レオンの言う通りだ。俺は二度命を助けられてる。それは本当に幸運だったと思うし、感謝をしている。
レオンからスキンへ、そしてカルネへと視線移した俺はカルネを見つめ続けた。
下手な作り笑顔をし、カルネは「…なんでもないや」と言って、部屋を出て行った。
「じゃあ、僕たちももう行くよ。さぁスキン、出ようか。じゃあね水溜まり君。改め、負け犬君。いつでも助けて貰えるなんて勘違いしないでね?君は負け犬なんだから」
「じゃーな!負け犬!俺はお前がずっと嫌いだったんだよ!次は助けねーからな!分不相応な夢なんかいつまでも抱いてんじゃねーよ、みっともないんだよ、お前。勇者なんかなれるわけねーだろ」
バタン!と閉じられた扉から視線を外し、俺は再び外を眺めた。
真夜中の村を月明かりが照らしている。
彼ら三人が我が家を出て、どこかへと歩いていく姿が見える。
両親も彼らを勇者と言った。確かに、助けてくれたからそうなんだろう。
それに、俺も森で助けられたとき。彼らが勇者になるんだろうなって思ったさ。
けど本当にそうなのか?俺が憧れ、追い続けた勇者ってのは、ああ言うやつらがなるのか?
次も助けて貰えて当然、なんて考えはない。俺は、俺をバカにする奴らに頼る気なんてない。
体の傷が激しく痛みやがる。ベットに横たわる俺は、痛みに堪えきれず涙を流していた。
俺の口中を再び、鉄の味が満たす。そして俺は再び、意識を失うように眠りについた。
数日後、回復した俺は実家の庭先で素振りをしていた。
心では夢を諦めたが、体に染み付いた日課は止められない。だが、これは以前の鍛錬とは違う。強くなるための鍛錬じゃない。死なないための鍛錬だ。目的が違う。
「おや、グラム。体はもう良いのかい?」
「…おばあちゃんこそ、大丈夫?薬草は効いた?」
まだ本調子ではないだろう顔色が優れてない。「歳だから何かしらのガタは来る。だが薬草で少しは良くなった」そう言いながらおばあちゃんは俺の元へ歩み寄ってきた。
「…おばあちゃん。俺、勇者の夢は諦めたよ。俺は村長を継ぐよ」
「おや!諦めたのに素振りは続けるのかい?」
「ああ、これは強くなるためじゃないから。今の俺の目標は違う。俺が死なないため。それと、次は周りの人たちだけでも救えるように鍛えてるんだ。殆ど癖みたいなもんだよ」
繰り返し血豆が出来ては潰れ、皮の暑くなった自分の掌。だがこの手で何かを成し遂げたこと、掴み取ったことは未だにない。そんな頼りない自分の手を見つめ、俺は中断していた素振りを再開しようとした。
「…グラム。それは夢を諦めたとは言わないよ。あんたがそう感じてるなら、それは、夢が変わっただけさね。けれど目指してる場所は一緒だ。勇者でも、役人でも、村長でも、農夫だって。あんたがなりたいと思った物が変わろうと、目指す場所は変わっちゃいないみたいだね」
俺をじっと見据えるおばあちゃんの表情はとても柔らかな笑みを浮かべていた。だが、言葉の意味が理解できない。
勇者と村長は違う。夢を諦めたんだ。目指してる場所も違う。俺は眉根を寄せ首を傾げた。
「グラムの目指してる場所が変わらないなら、立派な村長になれるだろうね。けれどね、グラム。諦めることは悪くないが、嘘をついてはいけないよ」
おばあちゃんはそう言い残すとさっさと家へと戻っていった。
俺はおばあちゃんに嘘をついていたのか…?
俺を責め立てるように鼓動が激しくなっていく。ああ、心臓がうるせー。まともに考えられねーよ。黙ってくれよ。
口にはせず、飲み込んだ言葉が胃から逆流までして、吐き気までしてきた。気分が悪い。
ああ、そうか。俺自分の気持ちを押し殺して、自分に嘘をついてたのか。やけに熱を持った体が俺を突き動かす。繰り返し血豆が出来ては潰れ、皮の暑くなった掌で俺は頬を叩いた。
ジンジンとする痛みが頬を伝い、俺を奮い立たせた。
「…俺は、勇者になりたい」
もしあのとき、ああしていれば、そんな世迷言は通用しない。俺は失敗を繰り返すだろう。それでも次は。俺の周りの人間だけでも救ってみせる。
少し体を鍛えて、少し強くなって、少しガタイが良かった、ただそれだけの俺が。努力の積み重ねを強さだと錯覚し、自分は恵まれた天才だと自惚れた俺が。下を向き立ち止まってる時間はねえ!
出来ないなら出来るまで続けてやる!今までだってそうしてきた。外野がごちゃごちゃ言おうが関係ない。綺麗事の正論なんて求めてねえんだよ。泥に塗れようが、クソを漏らそうが、這いつくばってでも進んでやる!
更に数日、村で休養をした俺とメリッサは町へと戻ることにした。俺の家族だけに見送られ、俺とメリッサは朝早くに旅立った。
町へと戻った俺とメリッサはそこで別れを告げた。彼女は故郷に帰り、ジーノを埋葬するそうだ。互いに多くは言葉を交わさず、呆気なく彼女は町を後にした。
彼女を見送った俺は、ここから離れた大きな街へと活動拠点を移すため、乗合馬車へと乗り込んだ。
他の皆んなは俺が死んだとでも思えばいい。お前らの見えないところでも、俺は自分を鍛え、磨き、必ず這い上がって見せる。
新たな街に着いて一年、レオンたちの名前を目にした。
それは次代の勇者候補を番付した物だった。
彼らは百位にランクインし、世界に名を轟かせていた。
俺はギルドに張り出されていた番付を眺め、そして今日も一人クエストに出かける。




