閑話 負け犬1 勇者
何度読み返しても読みづらい謎のスパイラルに陥った話。私は正直、別の三人のがお勧めに感じてしまう。場外でも哀れな主人公。
やけにひんやりとする地面に倒れ、下半身は自分のションベンとクソで生暖かい。殴られて痛む腹を押さえることもできず、身動き一つ取れない。
霞む視界の先では、俺を殴り飛ばした魔物と誰かが戦っている。
俺の口内を、ゆっくりと鉄の味が満たした。ああ、憧れた勇者に俺はなれないんだろうな。今戦ってるようなヤツが勇者になるんだろう。
俺はいつからこんなにも情けなくなったんだっけか。
*
小さな村の村長宅、そこの長男として俺は産まれた。村は空が広く、主産業となる広大な農地が広がっていた。貧しくも、自然豊かな村だ。
六歳のころ。勇者のおとぎ話を、毎晩両親やおばあちゃんにねだっていた。飽きることなどなかった。そして俺は、当然のように勇者に憧れた。
「おばあちゃん!おれ勇者になりたい!」
「ふふ、グラムならなれるよ。たくさん食べて、たくさん体を動かして、たくさん寝るんだよ」
冬の寒さがまだ残る夜。本を支える俺の小さな手を、おばあちゃんは包み込んでくれた。そうして俺の手を温め、何度もおとぎ話を読み聞かせてくれたのを覚えている。
春になり、俺は土と堆肥の匂いが広がる農地へ向かうと、村民と一緒に畑を耕した。わずか六歳の俺には扱いの難しいクワ。それを必死に振り上げ、畑を耕した。
おとぎ話の勇者は人のために努力を続け、村や街、果てには国までをも救ってたからだ。
剣が欲しいと両親にねだったが、それは叶わなかった。だからより一層、畑の仕事に精をだし、ズキズキと痛む手でクワを振った。いづれ剣を手にしたとき、勇者のように魔物と戦うために。
畑に行かない日。そんな日は、村の一角にある空き地に行き、同年代の友人二人と遊んでいた。ただの棒切れを剣に見立てての、勇者ごっこだ。
俺たち三人は遊ぶことが大好きだった。俺が一番好きな遊びは、畑での農作業だ。少しづつ扱える様になるクワに、自分の成長を感じ取ることが出来る。それが楽しかったのだ。
友人二人は球遊びが一番好きだった。よく二人だけで遊んでるのを、俺は遠目に見ていた。だからだろうか、勇者ごっこでは俺が一番強かった。
七歳のころ。夏には薪割りをした。クワよりも重い薪割り用の斧は、振り上げるので精一杯だった。血豆ばかりが増えるが、薪はあまり割れない。
血豆が潰れ、手の皮が剥ける。そして止まることのない汗が、傷口にしみた。それでも俺は必死に振り上げ、薪に振りかぶった。
おとぎ話の勇者は、灼熱を吹くドラゴン相手でも諦めなかったからだ。
友人二人よりもクワと斧を振っていた俺は、少し体つきがよくなってきた。二人よりも身長が大きく、ガタイもいい方だ。
一人はやや痩せ気味のスキン。もう一人はやや太り気味のカルネ。二人とも大人たちの仕事を手伝うのが好きじゃない。棒切れで俺と遊ぶのは好きだが、俺が手伝いをしているとき、二人は遊んでいる。
俺は友人二人だけが遊ぶ姿を見て、少し羨ましくもあり、悲しい気持ちにもなった。けれど俺は、勇者になる夢がある。
持ち手に血が染み付いた斧。それをヒリヒリとする手で握り込み、無心で振り続けた。
ある日、一人で薪割りに勤しんでいると、二人が俺の元へやってきた。
「なあ、グラム。おれとカルネの三人で森にいかないか?」
「夏と冬は魔物がたくさんでる時期だぞ?遊びにはいきたいけど危ないだろ。それにカルネ、お前走るのおそいだろ?魔物がきたらどうすんだよ」
スキンに森へ誘われた俺は、大人たちに口うるさくいわれていたことをそのまま返した。そして、カルネのお腹を見ながら彼にも心配事を尋ねた。
「んー。そうだね。ぼく走りたくはないな、だから三人で勇者ごっこして遊ぼうよ。グラム、薪割りはやめて一緒に遊ぼう」
俺は薪割りの手を止め、二人と一緒に勇者ごっこをして遊んだ。棒切れで戦い合うだけ。それでもこの時だけは、勇者の気分になれた。
二体一でのごっこ遊び。二人は俺に「二人がかりでもグラムには勝てなくなったな。将来は本当に勇者になるかもね」と褒めてくれ、俺の心は浮き立たった。
八歳のころ。秋には畑の収穫に勤しんだ。春や夏の畑の水まきよりも重労働だ。水まきは一日に二度ですむ。けれど秋の収穫は一日中だ。朝から晩まで、木箱や麻袋に収穫物を詰め、村の貯蔵庫へ延々と往復する。
手伝うほどに村民には感謝された。俺は遊ぶ時間も惜しまず手伝った。
おとぎ話の勇者は、人々に感謝されていたからだ。
汗をかいた首元を木枯らしが冷やす帰り道。お母さんと手を繋ぎ、温め合いながら帰路についた。
そしてお母さんはいつも言ってくれた。「グラム、お手伝いありがとうね。本物の勇者さんみたいね」村民に感謝をされると嬉しくてたまらない。そして心が温かくなる。
お母さんからのありがとうはひとしお嬉しく、顔がふやけた。
「お母さん、俺、誰よりも強くなって一番の勇者になるよ!」
「ええ、グラムはがんばり屋さんだもの。必ず一番になれるわ」
九歳のころ。冬にはお父さんについて行き、村内の見回りを手伝った。魔物が増え、夏と冬には村の周りの森にも多くの魔物がでる。
木剣すら与えられてない俺は、戦うことができない。それでも俺は、村と周りを隔てる柵の内側を歩き、森の様子に目を光らせた。
それと同時に、雪で閉ざされた村の住居も周り、困ったことがないかを尋ねる。薪が足りない、食料が足りない、雪おろしが追いつかない、俺は全てに対応した。
おとぎ話の勇者はどんな困難にも立ち向かい、凍てつく大地を巡り、人々を助けていたからだ。
「ねぇ、お父さん。お父さんは村で一番偉いんだよね?なんで偉いのに自分から見回るの?」
「村長だからね、一番偉いだろうが一番だからこそ背負う義務があるんだ」
「一番だと義務があるの?」
「ああ、そうだ。家族を守るのと一緒だ。村長の俺にとっては村民全員が家族なんだ。王様は国民全員が家族だ。村長の息子であるグラムはよくやってるよ、偉いな」
俺の家族はみんなが俺を褒め、頭を撫でてくれる。おばあちゃんも、お母さんもお父さんも。だが俺には時折、分からないことがあった。ガタイがよく、丈夫な体だが頭は良くなかったからだ。
今のお父さんの言葉もあまり分からなかった。それに、一番の勇者はなにを背負うのだろうか?
「お父さん、勇者は?勇者はなにを背負うの?」
「ん?勇者か…お姫様、いや国か?それとも信じ合える仲間かな?んー、お父さんも分からないな。勇者みたいに世界を旅したら分かるのかもしれないね」
確かにおとぎ話の勇者は世界を旅して色んなことをしていたな。俺もいつか勇者になるんだ、剣を手にしたら冒険者になって旅をしたいな。
雪深い村内の帰り道。お父さんとは勇者になる夢について語り合い、二人で帰路についた。
十歳のころ。春には畑を耕し、夏には薪割りをし、秋には収穫を、冬には見回りをした。それに加えて、誕生日祝いに貰った木剣を俺は振った。一年中、毎日振った。
冬のある日。珍しく雪が止み暖かな日差しがさした。俺は村の空き地で、仲のいい二人と遊んでいた。
「勘弁してよグラム!ぼくじゃグラムの力には敵わないよ!」
「二体一でももう無理だ!グラムが一番強いよ!俺の細い腕が折れちゃうって!」
俺と一緒に勇者ごっこをしていた二人。スキンとカルネも木剣を手に入れていた。
二人が遊ぶ時間、俺はただ一人で夢を追いかけ努力していた。俺は三人の中で一番強くなった。次の目標は村で一番強くなることだ。
「なあ、二人とも。将来は俺と一緒に冒険者になって旅をしないか?俺は二人と一緒にいきたいんだ」
俺たちはずっと一緒に遊んでいた。俺は勇者ごっこ以外にも少しだけ遊んでいた。森の探索やかくれんぼ、球遊びなんかをした。二人は俺の一番仲良しなメンバーだ。
二人は即答で俺と一緒に旅にでると言ってくれた。けれど、「グラムは村長にならなくていいの?」と、カルネが首をかしげていた。
「ああ、大丈夫さ。今年の秋に弟が産まれたからな。継ぐのは俺じゃなくても大丈夫って、お父さんが言ってた。なぁ、寒いから俺の家に行こうぜ?鍋でも一緒に食べよう」
かじかむ手をお互いの服に突っ込み、ふざけ合いながらも笑い、俺たちは一緒に帰った。
十二歳のころ。俺は相変わらず村の手伝いをしながら木剣を振っていた。春には親に内緒で森にいき、魔物とも戦った。子供の木剣でも倒せるようなグラスラビットや、ウッドディアなんかを倒していた。
村で一番強い人はフォレストウルフなんかを倒す。俺の今の目標は村一番になることだ。だからフォレストウルフを倒したかったが、魔物が増える時期には会えるだろうか?
弱い魔物だが倒せるようになったし、鍛錬も欠かしてない。周りのみんなも「グラムは勇者になれる」と言ってくれている。三人の中で一番強いんだ、出会えばきっと倒せるさ。そう思っていた。
夏のある日。俺は村の一角で薪割りをしていた。そのとき、遠くから悲鳴が聞こえた。俺は斧を足下に放り出すと、近くに置いていた木剣を握りしめ、全力で走り出した。
息も絶えだえに悲鳴が聞こえたところへ着くと、村を囲む木の柵が壊されていた。そして一頭のフォレストウルフが、女性を襲っている。
俺は手にした木剣を魔物目掛け横払いし、女性に覆い被さろうとしていた魔物を薙ぎ払った。払われた魔物が転がるも、すぐに体制を立て直し、俺を睨み付ける。
俺は「村長にしらせろ!はやく!」と叫び、女性をこの場から逃しつつも、魔物から目を離さなかった。
早まる鼓動を抑えるよう、深呼吸をし、息を整える。そして手汗で木剣が滑らないよう、力を込め直した。
獣臭のする魔物の息が離れていても微かに感じる。
後ろ足の片方が折れたのだろう、若干体が傾いている。好機と捉えた俺は、すかさず駆け出し魔物に木剣を振り下ろした。
岩を打ったような痺れが、木剣を通して両腕に伝わる。あんなに鍛錬していても、一振りでこんなに痛いのか。俺は痺れる手を振っていた。
頭蓋骨を打ち砕かれた魔物はその場に倒れ込んだ。
俺は息を吸うのを忘れていたのだろうか?肺が空気を求め、大きく動いていた。そして木剣を支えに、片膝をついてその場にへたれ込んでしまった。手の痺れも未だに取れない。
「…戦うのはこんなにも恐ろしいのか」
俺が息を切らせ、魔物の死体を見ているとき。村を囲む柵が雷のような音を上げた。俺は慌てて音のする方へと視線を移した。
この死体の群れだろう。何体ものフォレストウルフがそこにはいた。
俺が目を見開き、立ちあがろうとしたときには遅かった。先程は微かにしか感じなかった、獣臭のする口。それが視界いっぱいに、大きく開かれていた。
俺は木剣を構え、必死に防いだが押し倒された。馬乗り状態にされた俺の顔には、魔物のよだれがしたたり、鋭い牙がいくつも見えた。
くっ!手は痺れてるし、魔物のよだれで木剣が滑る!このままじゃ、食われちまう!
背中には地面の砂利が突き刺さり、俺の鼻にはむわっとした獣臭が漂ってくる。
木剣を持つ両腕は魔物の爪でいくつも切り裂かれ、足は別の一頭に噛みつかれた。
次第に腕の力も抜け、ションベンも漏れだす。俺は死を覚悟したのだ。
一年中村の手伝いを通して体を鍛え、毎日素振りも欠かさなかった。それなのに一頭の魔物で俺は限界だった。ションベンを漏らすほどに怖い。死にたくない。俺は最後の力を振り絞るように全身に力を込め、きつく目を閉じた。
力んだ途端に体がふっと軽くなる。魔物を振り払えた。そう感じた俺は目を開けると、そこには見知らぬ同年代の少年がいた。
「大丈夫かい?もう安心していいよ」
「…お前は、誰だ?」
俺の質問にも答えず、その少年は瞬く間に数頭の魔物を斬り伏せた。少年の手には真剣が握られ、背後には少年の父親のような人がいた。
疲労なのか、安心感からくるものなのか分からないが、俺の意識はそこで途絶えた。
目覚めた時には自宅のベットだった。ズキズキと痛む足の骨は折れ、両腕には無数の切り傷。
両親には目覚めたことに泣いて喜ばれたが同時に、無茶をするなと叱られた。
両親に聞いた話によると、俺を助けてくれたのは名誉騎士爵の親子だそうだ。年々酷くなる魔物被害に、貴族様がこの村に派遣してくれたのだ。御礼を言いにいくように言われた。
回復した俺は、村の空き家を改装した騎士様の家を訪ねた。
騎士様の息子は俺と同い年のレオンと言うらしい。俺が御礼と謝罪を述べると、彼は笑顔を浮かべ、大したことではないかのように返答を返してくれた。
「俺もいきなり村イベがあるとは思わなかったよ。グラムくんも普段からレベリングを頑張ってるんでしょ?」
「…ムラ、イベ?レベ、リング?」
「あー!ごめんごめんなんでもないよ!取り敢えずこれからよろしくな!」
「…ああ、よろしく。それと、今回は本当に助かりました。ありがとうございます」
自宅に戻る途中俺の賢くない頭は混乱していた。俺よりも強い同年代がいるとは知らなかった。それに、レオンの言ってた言葉が俺には理解できなかった。賢く、強い人間だからなんだろう。俺にはまだまだ鍛錬が必要だ。
回復した俺は今まで以上に仕事を手伝い、素振りの鍛錬をした。
当然のように明日がこないと、そう感じてるかのように一心に剣を振った。
そうして俺は、仲良し四人の中で二番の強さになった。
十三歳のころ。夏の農作業を終えたある日、いつもの村の空き地で俺たち四人は遊んだいた。
「今日も勇者ごっこをしようよ。魔法の練習もしたいし、三体一でいいからさ」
いつからか二体一だった勇者ごっこは、三体一になっていた。
それでも俺はレオンに勝てなかった。それなのに最近は、レオンが水魔法まで習得し差がより開いた。
「んー、グラムはいいけどスキンとカルネはさ、もう少し強くなってくれないと。練習にもならないよ」
魔法を使えない俺たちは一度としてレオンに勝てた試しがなかった。
フォレストウルフの一件以来、実力差を感じてた俺は、負けたことに嫌な気持ちになったことはない。それなのにどうしてだろうか、心がやけに波打つ。
レオンは父様と森の見回りに行くと告げ、ひと足先にこの場を後にした。残された俺たちは空き地の端にある倒木に腰掛け、日陰で休んでいた。
「なーカルネ!レオンの魔法凄いよな!俺たちもいつか使えるのかな!俺の細い腕からも火とか出んのかな?」
「水魔法いいよねー。涼しいし夏にはもってこいだよ!ね、グラム?」
「…お前らさ、なんでそんな呑気なんだよ。弱いって言われて悔しくないのかよ?俺たち三人で冒険に行くんだろ?だったら!もっと俺みたいに鍛錬しろよ!」
理由もわからずイライラしていた俺は、声を荒げてしまった。
けど口に出して理由がわかった。レオンに、二人を貶された気がしてたんだ。
それなのに俺は二人を怒鳴ってしまった。二人は悪くないのに、言わなくていいことまで言ってしまった。
「…ごめん。余計なこと言っちゃったな」
「…別に謝らなくてもいいよ。負け続けてイラついてたんでしょ?けど、ぼくはずっとグラムに負けてたからね、慣れだよ、慣れ。グラムも勇者の前にレオンを目指さないとね」
カルネは謝らなくてもいいと言うが、不敵な笑みの表情から、真意を読み取れない。スキンに至っては、何も言わず俯いたままだ。
二人には悪いことをした。謝罪もした。けれど、俺の心の中には罪悪感が残ったままだった。
ほんの些細なことだったと思う。今までだって喧嘩をして、口を聞かない時期はあった。それでも気付けばまた一緒に三人で遊んでいた。
だが、今回は何となく気まずくなり、俺は二人と距離を取るようになってしまった。
日にちが経つにつれ、どんどんと距離は離れていった。
その現状から目を逸らすように、俺は一人で鍛錬を続け、そしてレオンに挑んでは負け続ける日々を送っていた。
夏の終わり頃。通雨が止んだ午後、俺は空き地に向かった。そしてレオンに勝負を挑んでは、今日もまた負けた。
空き地の倒木ではレオンたち三人が談笑をしている。カルネの「レオンは将来勇者だね」と言う声が聞こえてきた。
そして「水溜まりが負けるとこを見るのも飽きてきたな」。スキンのそんな話し声と共に、三人の笑い声も聞こえてきた。
俺がフォレストウルフ相手にションベンを漏らしたことを言っているのだろう。いつからか三人は、俺を「水溜まり」と呼ぶようになっていた。
俺は泥に汚れた腕を空へと伸ばした。
この灰色の空がやけに遠くに感じるのは、レオンに負けた俺が地面に倒れてるからだろうか。
俺の心のどこかに、小さな穴が空いてる気がした。
十六歳になる年。俺は逃げるように村を出て、町で冒険者となった。
後半に続きます。後半は幾許かマシだと思います。
なんで読みづらいのか、、、わからない。




