第五話 闇ギルド
「チェイサーに泥水はどうだ?酔いも冷めるだろう」
放り投げられた村長は、何が引き金で俺に放り投げられたのか把握できず、アホみたいに口を開けたままだ。
俺の背後、村長邸宅から、奥さんとパーティーの三人が駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
「な、な、なにをしてくれてんだクソが!自分のしてることが分かってんのか!」
俺を睨みつけながら泥水に汚れた村長が罵りあげる。次第に騒がしくなり始める夜の村の中心部に、周りの住居からも数人の村民が出てきた。
「ああ、よく分かってるよ。俺はクソまみれの負け犬だ。人身売買に加担してる村長だと分かっていても見逃すつもりだった。大きな犯罪組織が背後にいてはいずれ報復に合うからな。ビビってたんだよ、小心者の俺は。けどなぁ、そんなクソ野郎でも、自分の手の届く範囲を見逃すほど腐っちゃいねぇんだよ!」
人身売買ルートのいくつもある村々の一つ。街のちょっとした人攫い稼業に餌場の一つとして提供してるだけの村長。そんな小物だと知ってようやく剣を振える自分のカッコ悪さに嫌気がさす。
勇者になれると信じていたころの俺なら、俺一人の旅だったなら、即座に立ち向かっただろう。
だが俺は誰よりも知ってしまった。自分が弱いことを、己の慢心で仲間を死なせてしまった未熟さを。そんな俺が正義感を振りかざしては仲間の三人に危害が及ぶ。そして俺は三人を守り抜く自信がなかった。
憧れた勇者にはなれない、自分は負け犬だ、けれど誰よりも勇者に憧れている。負け犬でもいい、そんな自分でも助けれる人がいるのならば力になりたい。一番になりたい。だから俺は泥とクソにまみれても旅をしているんだ。
「はっ!そんな負け犬根性のやつが急に正義の勇者ぶるのか?カッコ悪すぎて私なら引き篭もるがね!お前も売り捌いてやる!そこをどけ!クソが!」
あまりの俺のダサさに村長は立ち上がる。俺を押し除けようと、走り向かってきた。こんな俺になら勝てると踏んだのだろう。
俺は昨夜の襲撃で右肩を負傷している。負け犬にお似合いの傷だ。利き手ではない左の拳を握り、走ってくる村長へ俺は拳を振り抜いた。
俺に殴られた村長は再びぬかるんだ場所へと倒れ込み、殴られた顔を抑え俺を睨みつける。
倒れる村長の元へと奥さんは駆け寄り、村長を庇うように抱き寄せた。そして俺含め四人に視線を移す。
「あなたたち!三人でその無礼な大男を抑えなさい!なにを見ているんですか!ましてやあなたは聖職者でしょう!こんな暴力見逃して良いのですか!」
叫ぶように命令する奥さんに、名指しで指名されたイカれた聖職者。ベニーは泥水で足元を汚しながら前に歩みでた。
「目が見えないので暴力なんて見えてませんよ?それに私も村長夫妻の不正を見逃そうと考えてました。ですが、私も負け犬聖職者です、小心者なのでなにもできません」
俺と一緒で見逃すつもりだった聖職者の言葉を聞きアリーナが大声を張り上げた。足元のぬかるみなど気にせず、服の裾に泥水を跳ねさせ強く歩みでる。
「あたしは見逃すつもりなんてなかったわ!人を騙して人身売買なんて許せない!街に突き出してやるんだから!」
アリーナは最初から許すつもりがなかったようだ。今にも殴りかかりそうに拳を握りしめている。
「俺は別になんとも思わないからグラムズを止めはしないよ?人の物を奪ってもいいけど奪われるなって、あんたたちもジジイに教わったんだろ?だったら自分でなんとかしなよ」
ジモンのジジイからの教育は今後、周囲に迷惑をかけない程度には修正しないとな。生きるための術だが危ういところがあるのも事実だ。
誰一人俺を止めようとしなかったことに村長夫婦は驚き、周囲を見渡した。そんな周囲からも止める声はでてこない。
「村長、あんた人身売買に加担してるってのは本当か?村の周辺での人攫い、あれもあんたたちの仕業なのか?」
「村は痩せ細っていくのに、調度品ばかりを積んだ行商人がいっつもあんたの家に来てたよな?村民を売り捌いた金で買ってたのか?」
「わ、私の夫は?夫はどうなったの!ねえ!答えなさいよ!」
村の中心部での騒ぎをを聞きつけ、更に村民が集まってくる。今まで村民からも疑いをかけられてたのだろう。だが街の冒険者ギルドへ周辺警護の依頼を出したりし、カモフラージュして上手くやってたのだろう。そんなところへ、闇商人や悪事に加担する護衛以外の、俺たちがきて明るみにでた。
村長が人だかりを払いのけ俺の前にでてくる。そして俺を指差し、周囲の村民に問いただした。
「こんな闇ギルドのやつらのデタラメを信じるのか!?証拠なんてなに一つないだろ!」
村長と向き合ったまま俺は腕を組み、握った拳の親指を立て後方の村長邸宅をしめした。
「違法ルートで人身売買され、運ばれてた少女が村長の家にはいる。本人に確認をしてみたらどうだ?それに、部屋を探したら人攫いや闇商人とのやり取りの手紙なんかもでるんじゃねーのか」
歯を食いしばり俺を睨む村長と、へたり込む夫人。言い逃れをできないと悟った村長夫人は再びベニーに縋りつく。
「聖職者さま!あなたは見逃すつもりだったと言いましたよね!夫と共に懺悔します!ですから許してください!お願いします!村民たちを治めてください!」
必死に許しをこう村長夫人にイカれた聖職者さまは本日二度目の御高説を説いた。
「あなた方夫婦は素晴らしいですね!支え合っていて理想の男女像です!自らの過ちを認めるならばお互いの目を潰しなさい。私は自分で潰すしかなかったですがあなたたちなら潰し合うことができる。私よりも一層、新しい世界が見えるようになると思いますよ?」
こんな回答を立ち聞きしていたのだ、村長が俺たちを闇ギルドと勘違いしたのはベニーのせいではなかろうか?
そもそも許しをこうなら、村長夫妻揃ってもっと頭を下げるべきだろう。頭皮が剥がれ、骨を削り、脳みそが見えるくらい頭を地面に擦り付けるべきだ。
頭の下げが足りない村長が拠り所を探すように周囲を見渡していると、途端に吹っ飛び、井戸へと激突した。
ぬかるみの中、足元を泥にまみれさせたアリーナが右の拳を突き出してるのが見える。気絶して動かなくなった村長の元へ彼女は歩み寄り、もう一発打ち込んだ。
「…やっぱり気絶してる人間は殴っても起きないのね。あの闇商人だけかと思ったけど違うみたい」
アリーナは村長の首元を掴み上げ、揺すって確認していた。手を離した瞬間村長が泥水に沈み、彼女は村長夫人へと振り返る。
村長夫人は「なんで闇ギルドが、こんな村にちょっかいだしにきたのよ」と呟いた。夫人は村民に詰め寄られ、人が閑散としていた村の夜はより一層騒がしくなった。
「あ、あの!村長邸宅に人身売買されている少女がいるってのは本当ですか?積荷を確認したときには少女なんていなかったはずですが」
「ん?お前はたしか…」
「ルーミスです。村の見張りとして積荷を確認させてもらいました」
ルーミスと名乗る男性は、村の入り口で俺たちと積荷をチェックし、許可をだした男だった。そして村長邸宅への案内を買ってくれた人物だった。
普段は村の警護をしているが、村長の補佐としての役割も担っているらしい。話を聞く限り、正義感と責任感の強い男のようだ。
彼の後ろでのびている村長とは違うらしい。だが人を疑うことを知らないのだろう。村長補佐なのに悪事を見抜けなかった。俺たちの小手先の仕掛けも見抜けず、村に入る許可を彼はだした。
信用しているから人を疑わない。それは人を知ろうとしない怠惰な行為だ。立場ある人間ならばそれがどれ程危険な行為なのか。ルーミスは学ばなければいけない。
「本当だ。お前がアリーナの下着だけを確認した木箱の中に入っていた。人を疑うことができず村長の悪事を見逃し、アリーナの下着と胸を凝視していたお前では気付かないだろうな」
「なっ!?」
一瞬アリーナの方を向き、彼は俯いた。胸を思い出してなのか、自分の至らなさになのか分からないが、彼は赤面しだした。
「あら?彼よりもあたしの下着と胸を凝視してたのはグラムズじゃなかった?部屋に戻ってもう一度確認する?」
「なっ!?俺は胸は見てない!」
「へー、じゃあ下着はみてたんだ?」
ルーミスが赤面したのはこういう気持ちだったのか。俺は彼とおなじ気持ちになった。自分の未熟さと、バツの悪さにいたたまれない気持ちでいっぱいだ。
俺は、口では勝てないと諦めた。悪戯に微笑むアリーナに、ルーミスと共に少女から話を聞いてくるように伝えた。
「ジモン、村長邸宅にアリーナたちと一緒に行ってくれないか?リビングの奥の部屋で不正取引のやり取りをしていた証拠を探して欲しい。得意だろう?」
「いいよー。けど、俺字がよめないよ?手紙っぽいの全部並べとくね」
俺は物を漁ったり分別したりするのが得意なジモンに、証拠集めを頼んだ。了承してくれたジモンはアリーナたちと共に三人で村長邸宅へと向かう。
三人が向かうのを確認した俺は、ベニーの姿を探し視線を彷徨わせる。騒ぎが大きくなり、村のほとんどの人間が今はここにいる。気絶した村長と、村民に囲まれた夫人をベニーは観察していた。
ふと視線が合った気がする。両目を覆うアイマスクをしたベニーが俺の元へ歩み寄ってくる。
「村民への事情説明と夫人からの聴取は私がやります。聖職者ですし、一番説得力がありますからね。二人を縛り上げるのだけお願いできますか?その後は村長邸宅で証拠集めを手伝ってあげてください。グラムズがいないとあの二人は不安ですから」
俺はパーティーのまとめ役をしているが、それはパーティー内で最も冒険者としての経験があるからだ。頭がいいわけじゃない。
先程の夕食の危険性にもベニーだけが気づいていた。今も一番の選択肢を自ら提案してくれている。俺が身に付けなければならないことだろう。
俺は村長夫妻を縛り、村民への対応をベニーに任せ、村長邸宅に戻った。
アリーナとルーミス、そして少女がいる二階の一室へ行くため、俺は一階奥の部屋を横目に階段を登る。二階の部屋では、確かな証人に事情を聞きルーミスが茫然自失していた。
彼の肩に手を置き「村長の自室で証拠集めをさせている、呆けてる暇はないぞ。ついてこい」ルーミスに指針を与え、俺は彼と二人で一階に降りた。
部屋を物色する音が聞こえない、不気味なまでに静かな一階リビング。証拠集めをジモンに頼んだのだが何故か何の音もしない。リビング奥にある二つの扉。
俺は一つの扉を開けた。中は足の踏み場もないほどに並べられた、紙の床が目に飛び込んできた。
「グラムズー、字が書いてるの並べといたよ」
ルーミスと二人、ジモンが並べてくれた紙を拾い上げ確認する。二人で拾い上げ確認する度に、新しい紙がジモンの手によって並べられる。意外と効率が良かった、早々に不正取引の証拠となる手紙が見つかった。
俺は先程よりも打ち沈むルーミスへ声をかけた。
「俺たちは不正に取引されていた少女を街のしかるとこへ連れていく。俺たちが運んできた調度品は全て村で金に変えてくれ。俺たちが街に持ち込んでも盗品と疑われるだけだからな。あとは村の問題だ、お前がなんとかしろ」
今は予想外のことに心が沈んでいるのだろう。だが責任感の強い彼なら、少し背中を押してやれば大丈夫なはずだ。
村のことに部外者が口を挟むのも誉められたことではない。そうそうに村民たちに問題を投げ出した。
夜襲があり、昨夜はあまり眠れてなかった。アリーナと少女は二階の一室で。俺はジモンとベニー、三人で馬小屋で眠ることにした。俺は手甲も革靴も身につけたまま藁のベットに横になった。
それなのに藁がチクチクと体を通り越し、心にまで刺さるようだ。疲れてるはずなのに眠れない。
勇者に憧れているだけの俺が、力のない俺が勇者の真似ごとをして良かったのだろうか。この村にとって最善のことをしたのだろうか。未熟者のただの独りよがりだったのか分からない。思考の海に沈むように、ゆっくりと俺は眠りについた。
翌朝、街へと続く村の出入り口。一頭の馬と少女を連れ、俺たち四人は街を目指す前に、最後の確認をしていた。
ルーミスと数人の村民が見送りにきていた。村には二頭のうち一頭の馬と、全ての積荷。そして荷車を村の復興に充ててくれと告げ譲渡した。「力になれずすまない。だが、これで旦那を無事買い戻せるはずだ」と言うと、昨日懇願していた女性は泣き崩れてしまった。
俺には女性の涙の意味が分からなかった。昨日俺は手を差し伸べなかった。女性の夫が無事かどうかもわからない。ましてや不正を見逃そうとしていたのだ。
俺の手の届く範囲は自分で精一杯。自分をかえりみず行動しても、助けれるのはパーティーメンバーで限界だろう。憧れていた勇者とは程遠い、自分の泥まみれの革靴に視線が落ちる。
「この村に勇者は現れませんでした。ですがあなた方がきてくれてわたしは本当に嬉しかったです。闇ギルドのみなさん、最後にお名前を伺っても?」
ルーミスの言葉に、俺が顔をあげ訂正しようとしたとき、少女と共に馬に跨るアリーナの声が俺の上から聞こえた。
「負け犬よ!」
口元を左手で覆い、悪戯に微笑むアリーナが宣言していたのだ。彼女はそのまま馬を進め、街を目指し始めた。
虚を突かれた俺はジモンに引っ張られるまま村をあとにし、アリーナの馬を追うように街を目指した。
革靴がすり減る度に、自分が勇者とは違うと思い知る旅路。俺には英雄譚の勇者のような輝きはない。勇者なら見ることも、味わうこともない。そんな道を泥臭く足掻き、醜く突き進んでいる。
だが、泥とクソにまみれた肥溜めからの景色は、案外と絶景だ。
続きを構想していますが、四人の旅のプロローグとなる様な形とし、一旦完結とさせて頂きます。ほぼライブ感で書いていたのでストックが尽きました。
キャラクタープロローグが欠損しているのは気持ち悪いですかね
今月中に続きに挑戦したいと思ってますが詳細は未定です。再開次第お付き合い頂けると幸いです




