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第四話 理想と現実

 村長の邸宅二階、その一室で俺とアリーナは木箱の中身を確認していた。木箱の中で眠っている少女の様子を。


 今朝、湖で闇商人から聞き出した話によると、この少女は街の貴族に売られる予定だったそうだ。遠くの村で口減しに売られた少女を貴族に売りつけ、違法販売ルートとして構築された村々を移動し、街へと運搬していたのだ。


 木箱に押し込み、一度眠れば丸一日は眠るような強力な薬を使い、毎晩眠らせて運んでいたそうだ。


 違法な人身売買をしていたが「調度品は盗品だが人の仕入れは真っ当なルートだ!人攫いなんかやっちゃいねぇ!」と、アリーナに何度殴られても証言をしていた。俺たちはその言葉を信じ、縛りあげて荷車ごと湖に放置してきたのだ。


 人攫いをしていないなら、突き出したところで罰金刑程度の罪だ。ましてや自分たちパーティーと眠った少女、そして積荷を積み込んだら犯罪者を乗せる場所なんてない。俺たちは悪を根絶する勇者でもなければ、金のために人を殺す暗殺者でも傭兵でもない。


 俺は鍵をかけ閉めた扉の前に立ったまま、木箱を見つめていた。眠った少女を軽く揺すりアリーナが起こそうとしているが反応がない。まだ薬が効いてるのだろうか。


 俺の今の目標は二つある。一つはパーティー全員が無事に街へ辿り着くこと。もう一つは可能ならこの少女を街の然るべきところへ連れていき、保護してもらうこと。


 そして、目標を達成するためなら闇商人を見逃したように、この村の悪事にも首を突っ込む気はない。


 犯罪組織に属してるのか、犯罪に手を染めているだけの村人たちなのか分からない。万が一犯罪組織に属しているならば、敵対し目を付けられる訳にはいかない。


 村ぐるみで人攫いビジネスや違法販売のルートを管理しているのか、もしそうなら、この村に住む住民のどこまでが犯罪に加担してるかも分からない。


 本人が起きてこない以上、本当に口減しで売られたのか、闇商人の証言を信じていいのか。俺には推測する判断材料が足りな過ぎる。


 木箱の横で立ち膝になってるアリーナが俺を振り返り、口元に手を当て悪戯に微笑んだ。


「グラムズ〜。そんなに真剣にあたしの下着を見なくってもいいのに。言ってくれればいつでも見せるわよ?」

「っ違う!見てるのはそっちじゃない!」


 俺は木箱とアリーナから目を逸らし扉の方へ向き直った。


「その子が起きたら話を聞いといてくれ。闇商人の話が正しかったか確認ができるだろう」

「グラムズは?」

「…俺は一度馬小屋に戻る。食事の支度ができたら呼ばれるだろうからな。その時に聞き出した情報を教えてくれ」

 

 俺は彼女にそう告げると扉を開けて部屋をでた。廊下にはもう一部屋につながる扉、そして一階へと続く階段があった。


 階段を降りる途中、手すり越しに一階の部屋が見える。玄関からつながる大きな部屋だ。大きなダイニングテーブルがあり、ダイニング兼リビングのような家具で飾られた部屋。


 部屋の奥には閉められた扉が二つ、そして仕切りのない部屋の方はキッチンのようだ。村長の邸宅としては珍しくない間取りの家。だが俺の知る村の邸宅とは大きく異なる点が目につく。


 飾られた質の良さそうな調度品だ。魔物の頭の剥製、飾られた武器や盾、絵画なんかも飾られてる。貧相な村の中でここだけ金回りが良いのだろう。


 一階に降りた俺はダイニングテーブルの横を通り、玄関扉から外へ出た。ジモンら二人と、荷馬車を止めている馬小屋へ歩き進む。


 邸宅を囲む石壁の外、村の中心にある水汲み場では数人の村民が夕陽の中立ち話をしていた。水で足場はぬかるんでいるがこちらをチラチラと見ている。


 先ほどの俺と、夫を助けてくれと懇願していた女性のやり取りを彼らも聞いていたのだろう。突き刺さるような視線を感じながら馬小屋へ向かった。


「ベニー、ジモン、馬の世話は終わったか?」

「終わりましたよ。今はジモンが丁寧に藁を敷き並べて寝床を作ってるところです。それで、彼女は起きましたか?」


 俺の問いかけに答えたあと、ベニーはささやくような小声で、木箱で眠る少女の様子をたずねてきた。


 俺は声にださず首だけを軽く横に振り否定する。


 今も水汲み場からの住民の視線を浴びている中、あまり声に出して詳細を話すことはできない。俺はジモンと共に丁寧に藁を並べ寝床の準備をして食事の声がかかるのを待った。


トントン、


 俺は肩を叩かれ振り返る。そこには食事の支度が整った報告をしにきたアリーナがいた。


「…それと、あの女の子から聞いてきたわよ。口減しに売られたのは確か。けど売られるはずだった工房には連れてかれず、牢に繋がれたあと眠らされて木箱に押し込められたみたい。あの子本人もそれ以上詳しいことは知らなかったわ。だから闇商人とこの村がどう繋がってたかまでは分からない」


 俺が敷き並べた藁の寝床を確かめるように、しゃがみ込み、手で藁を押し調べつつ彼女は小声で報告してくれた。


 村々を移動ルートにし、違法な人身売買をしていた闇商人。その商人が取引相手としていた村々の一つがこの村。そんな村の周りでは人攫いが頻発している。貧相な村の中で唯一金回りがよさそうな村長邸宅。


 やけに豪勢な生活をしている村長は黒と見ていいだろう。だが状況証拠と闇商人の証言のみだ。


 夫の無事を求める女性を助ける力はない。人攫いビジネスに加担してる村を制裁し、背後にいるだろう組織と敵対して壊滅させる力も。


 勇者に憧れ、自分もなれると過信し犯した過ち。自分一人生きるのに必死な俺には周りを助ける力がない。嫌な記憶を思い出し吐き気がする。


 勇者なら味わわないこの味を、俺は飽きるほどに堪能した。今もまた食わされている。もう、一生分味わっただろう。いつになればこの味と別れられるのか。


 俺は立ち上がり、日が沈んだ中、村長の邸宅へ向かった。裸足でガラスの上を歩いてるような痛みに耐え、重い足を動かし歩く。


「お待たせしました。みなさまこちらへ」


 玄関扉を開けると村長と夫人が待ち構えていた。気色の悪い、貼り付けた笑顔で指し示されたイスへ俺たちは座った。俺たち四人と村長夫妻での食事にしては充分すぎる品数と、高価そうなワインが用意されている。


 ベニーだけは「断食中ですので」といい、食事には手をつけず、持参した水のみを口にしていた。


 村長が違法な手段で稼いだのであろう、豪勢な食事が俺の口には合わなかった。村の現状をなにも変えれない負け犬の俺には、飽きるほど堪能した味にしか感じられなかった。俺も断食中と断ればよかっただろうか。


 食事が済み食後の歓談となったとき。村長が自らのグラスにワインを注ぎながら、俺たちに尋ねる。


「そういえばみなさんが護衛していた行商人はどうなりました?食事時の話題ではなかったので今になりましたが、気になりましてね。私も懇意にしていた方ですから」

「…夜襲の混乱の中、森に走って消えてったのが最後だ。そのあとは知らないな」

「そーでしたかそーでしたか!いやはやそれはまた。それで、積荷の方はどうですか?いくつかは盗られたそうですが。あなた方は積荷の中身を確認しましたか?」


 村長は行商人の行方不明に気分を良くしたのだろう。薄ら笑いを浮かばせ、大袈裟にグラスを傾けつつ話の続きを催促するような目でこちらを見ていた。


 無駄な正義感を振りかざし、己にできないことをするつもりはない。俺はパーティーメンバー三人を順に見たあと、視線を村長に戻し話の続きを始めた。


「俺たちは正規で雇われた護衛ではない。襲撃後に積荷は確認したが、何を盗られたかまでは把握してない」

「ええ、あなた方は正規の護衛ではないでしょうね。運んでる物が物ですから。先ほどは冒険者と名乗ってましたがどこかの闇ギルドの方でしょう?それで、調度品の他に、人の方は無事でしたか?」

 

 最初の挨拶以降、やたらと積荷の状態を気にしていた村長は、当然違法な人身売買も把握をしていた。


 眠っていた少女は街の貴族に売るつもりだと闇商人は言っていたが、調度品はこの村長との取引の品だったのだろうか。


 少女は無事街に着いたら然るべきところへ保護して貰うつもりだが、調度品ならどうでもいい。


「…無事だ。だが行商人の話では街の貴族と取引すると聞いていたから横流しはできん。木箱に入っていた調度品は村長との取引だったのか?ならば夜襲を仕掛けたのは村長ではない、と?俺はてっきり、金に目が眩んだ者が荷馬車を襲わせたのかと思ってたのだがな」


 俺は部屋のあちこちに飾られた質の良い調度品に目を向け、村長に尋ねた。


 村長が悪事に加担してるのは確定的だ。そうなると夜襲の手引きをしていたのもコイツかもしれない。


 そんな不安に駆られた俺を笑い飛ばすように、村長は膝を叩きワインを一口飲んだ。


「夜襲の手引きをお疑いでしたか!聖職者さま以外全員が私の準備した食事を口にしたのに?ハッハ!口にした瞬間、疑われてるとは思いもしませんでしたよ!夜襲は指示していません。行商人とは良き付き合いをさせていただいてましたからね。無論、食事に毒なんて入れてませんよ?」


 俺は村長に言われた瞬間背筋が凍る思いをした。こんなにも相手を怪しんでいたのに頭が回らなかった。ベニー以外が毒なんて警戒していなかったからだ。


 俺と共に食事を口にしていたアリーナとジモンも固まっていた。パーティー全員が闇商人から事情を聞き、違法販売に加担している村だと知っていたのに警戒できていなかった。


 俺は唯一口を付けなかったベニーを見た。彼は手にしていた、持参した水の入ったコップを置き、こちらを見やる。


「私が断食してる時なんてありましたか?盗品や人身売買のルートに使用され、その商人と取引していた村長ですよ?危うく私以外が眠って売り飛ばされてたかもしれませんね。三人はもう少し頭を働かせた方がいいですよ?」


 ベニーの言う通り食事に口を付けた俺たち三人は眠りにつき、目の見えないベニーが一人ではどうしようもなかっただろう。汗をかいた背中にシャツが張り付き、自分の不甲斐なさを教えてくれた。


 ダン!


 テーブルを叩きつける音がし、そちらへ視線を向けると、俯いたアリーナが両手を握りしめてテーブルに叩きつけていた。


「あたしベニーほど頭が良くないからハッキリ聞くわ!村長!あんたはどこかの犯罪組織の一員なの?どこまで悪事に加担してるのよ!あたしたちは犯罪組織に手を貸すつもりはないわ!金に汚そうな部屋に住んでるけど、夜襲は仕掛けてないのよね?じゃあ、あんたは行商人となんの取引をしてたのよ!それに村の周辺での人攫いは?あんたが手引きしてんじゃないの!?」


 村長が犯罪に加担してることしか分からなかった俺と同じく、アリーナも現状を把握できていない。彼女が睨みつける先、村長に俺は視線を移した。


 俺たちに睨みつけられても村長は一切動じることなく、ワインをゆっくりと注ぎ直しこちらを見据えた。


「私は行商人が人身売買をするのにこの村を経由することに許可を出しているだけですよ。襲撃などには加担していません。金には確かに汚いでしょうな。人身売買の分前を少し頂いて、調度品を買い付けてるのですから。それと、村の周辺での人攫いは行商人との取引外ですよ。ただ、街のちょっとした人攫い稼業の方たちと取引をして、村民の行動情報を流し攫いやすくしてあげてるだけです。当然、その分前も頂いてますけどね。ですがそろそろ廃業ですかね。これ以上村を痩せ細らせることはできませんからな」


 村長はなんの悪びれもなく全てを語った。自分の村を経由することへ目を瞑り、村人を攫いやすくして攫わせ、それにも目を瞑っていることを。


 さっきまでは大規模な組織的なものなのか、村長と一部の村民なのか、金回りのよい村長のみなのか分からなかったがハッキリと分かった。村長のみが金を享受し、自分の村人までをも食い物にしていることが。


 村長や村全体が犯罪組織に属してるのではなく、目を瞑っているだけの、村長一人だ。


 俺は負け犬だ。疑っていたのに警戒を怠った。助けを求めてきた村民に対し、大きな犯罪組織と敵対しても力の至らない俺では太刀打ちできないと考え、手を差し伸べなかった。


 またこの味だ。敗北者の味が俺の全身を満たす。


 注ぎ直したワインを片手に、部屋の調度品を眺めて恍惚とした笑みを浮かべる村長。俺の全身を満たした味が胸の奥で揺れ動き、早鐘を打ち始める。


「…俺は小さな村の村長宅で長男として産まれ育った。村長だった父親は村人を家族として、大切にしていた。あんたの村長としての考えを教えてくれ」

「え!?グラムズの実家はどっかの村の村長なの?」


 俺は好奇心旺盛な子供を睨み黙らせ、視線を村長へと戻す。


 村長は注いだワインを一口含み、味わうようにワインで口をゆすぎ、そして飲み込む。調度品から手元のワインへと視線を移し、グラスを見つめたまま答えだした。


「…村長の心得ですかな?私には分かりません。ですが、このワインが美味しいことは分かります」


 自分を負け犬と認めていても、泥とクソにまみれていても、信念は捨てていない。ゆっくりと立ち上がった俺は、グラスを見つめる村長の元へ歩み寄った。


 村長は俺を見上げ口を開けている。俺は村長の首元と腰を掴み上げ、玄関へ向かった。


「な!なんですか急に!降ろしなさい!」


 玄関を蹴り開け、村長を掴み上げたまま邸宅を囲む石壁を目指した。掴み上げられた村長が喚くが俺は歩みを止めない。

 

 そして邸宅の敷地を抜け、村の中央に位置する水汲み場のぬかるんだ場所へと村長を放り投げた。


「チェイサーに泥水はどうだ?酔いも冷めるだろ?」


トラウマ持ちの欠点があるキャラの方がカッコいいなーと作り始めましたが主人公がどうしても腰抜けムーブになってしまって上手く動いてくれません。解決する所まで書き進めたかったんですが…。次話でキリ良く終わらせます。

次話-闇ギルド

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