第三話 ありふれた村
闇商人から事情を聞き出したのち、昼食も終え湖を出立した俺たちは、二頭の馬を操り街の手前にある村を目指していた。日は真上に登り、湖から村へと続く森の中の一本道を明るく照らしている。
夜襲者にロープを切られ、馬が二頭しか残っていなかったため一台の荷馬車のみだ。残してきた荷車に闇商人を縛りつけ俺たちだけで湖をでた。
「ねーグラムズ?揺れが酷いんだけど?ちゃんとしてよ」
「大きく揺れて楽しいじゃん!もっと揺らそうよ!」
御者の位置に座る俺の後ろ、荷車の縁に両肘をつき頬杖をした二人から声をかけられる。
馬に跨るのとは勝手が違って難しいんだよ、文句を言うな。と思いつつ俺は二人を無視した。
確かに揺れはひどい。満載の積荷になんとか二人分の乗車スペースをあけ移動をしているが、人一人が入れるほど大きな木箱の積荷が音を立てている。
矢傷の肩にも響くほどだ。俺は無視した二人を振り返ることもなく、隣に座るベニーに視線を向けた。
「おい、ベニー手綱を変わってくれ」
「道の状態までは把握できないので私には無理です。それに魔法で周囲の森を見てますし、同時にはできませんよ」
すげなく断られた俺は、森の上を飛んでいるベニーのフクロウを見やった。
「ベニーもグラムズも魔法使えていいよなー。俺も使ってみたい!魔法使う時に見えるベニーの雲をまとったようなフクロウかっこいいし、グラムズの燃えてるようなウシもかっこいいよな!」
俺と同じく空を見上げてるのだろう。天に向けたような子供の弾む声が聞こえた。
「あんたねー、使いたくてもお参りしてなきゃ魔法なんて使えるわけないじゃない。毎回羨んでるけど本当になんにも知らないのね。ジモンのおじいさんはあんたになにを教えてくれたのよ?」
躾をする母親、と言って俺は今朝殴られたばかりだ。同じ過ちはしない。アリーナがジモンに一般常識を解きつつ質問をしていた。
ジモンは魔法を使いたい、といつも羨むが困ったことに知識が全くないのだ。教えたくてもどこから説明したら理解してもらえるのか、といつも窮する。
「んー…人に物を取られない方法と取り方、それにご飯の買い方かな?たくさん小言は言われたけど、難しくてまだ分かってないんだ」
「…そ。素敵ないいおじいさんだったのね。あたしのママみたい」
ジモンがいつも言うジジイが、今までジモンを大切に育ててきたのだろう。だが、生きることに精一杯で他のことに手が回らなかったことは容易に想像できた。一般常識の欠落とお気に入りのボロのローブが物語ってる。
「次の街に着いたら私が教えますよ。王都で四年学びましたし、私は牧師です。人に説くのは得意ですからね。ですので良い行いを心掛けて待っていて下さいね」
俺の隣に座るベニーが荷車へ振り返り、魔法について教える約束をしていた。
約束を取り付け上機嫌のジモンとベニーが場所を交代する。森の中に異常は見られなかったとのことだが、周囲の森の警戒を引き継ぎ俺の隣にはジモンが座った。
後ろの荷車に移動したベニーはアリーナに積荷の状態を尋ねる。彼女は満載の積荷の中から、一つの大きな木箱の蓋をずらし積荷の状態を確認した。
「…大丈夫だとは思うけど、変化は見られないわね」
「そうですか。分かりました、ありがとうございます」
闇商人が運んでいた積荷を狙って俺たちは夜襲をかけられた。その原因の積荷の状態は変わらないらしい。
湖で事情を聞いた闇商人は、盗品の調度品と人身売買を主な生業としていると言っていた。貴族さまに雇われており、個人としては闇商人をしているそうだ。今回もそれらを売り捌くために荷物を運んでいたのだ。
違法販売ルートとして構築された村々を経由し、街と街を行き来しているそうだ。
なぜ夜襲を仕掛けられたかは心当たりがないらしい。俺は、夜襲者は闇商人の身内に仕掛けられたのだろうと睨んでいる。金に目が眩み、運んでいる積荷を知っている身内の人間だ。
これから向かう村も違法販売ルートの経由地の一つだ。夜襲の手引きをした村かもしれない。村全体が犯罪に加担しているのか、一部の人間なのかは分からない。
四人が一応に押し黙り、道を進む。しばらくして森の中の一本道を抜けた。森を抜け、平原の一本道にでる。道の遥か彼方、村が見えた。
「あー!村が見えてきたよ!あれが街の手前にある村だよね?今日は街じゃなくて村で寝るんだよね?」
「ジモン!あんたが夜襲者から剥ぎ取った武器やらなんやらを一列に並べて、片すのに時間が掛かったからでしょ!本当は街に着けるはずだったのよ!」
俺の隣で村を指差す子供が首根っこを掴まれ、説教をされ始めてしまった。先程までの沈黙から一転、子供が母親に叱られる自宅のリビングとなってしまった。
俺は余計なことを口にせず、馬の操縦に集中して村を目指した。日が傾き始めるころには着きそうだ。
村の手前、簡易的な村の関所に見張りが立っている。俺は荷馬車の速度を下げ、二人の見張りの前で止めた。
見張りは俺たち四人と積荷をざっと見て、先頭に座っている俺に目を止めた。
「お前たちは誰で、村にはなにをしにきた?積荷はなんだ」
「冒険者パーティーだ。行商人の護衛をしていたが湖で夜襲にあった。助かったのは俺たちだけだか積荷を持って街を目指してるところだ。恐らくこの村も商業ルートだろう、行商人が持っていた許可証だ、確認してくれ」
俺は問いに答えながら後ろを振り返り、アリーナから受け取った商人の許可証を開く。そして許可証を見張りに手渡した。
見張りが確認をしている間にアリーナとアイコンタクトをし、彼女が積荷に細工をする。
「確かにこの村にも立ち寄っていた行商人と街の印だ。だが、お前たち本当に冒険者か?闇ギルドのメンバーではなく?」
手綱を握る俺の手元を訝しみながらまた言われた。昨日から言われ続けた言葉に俺はため息がこぼれる。
「はぁ、違う。積荷も確認してもらって構わない。なんなら身体検査も受け入れよう」
手から右肩の矢傷へと視線を移した見張りは「いいだろう、積荷を見せてくれて」と言って荷車の後ろに回った。
村の見張り二人がいくつかの大きな木箱の蓋を開け、中身を確認していく。そして一つの木箱へ手が伸びたとき、アリーナが声を上げた。
「それ私たちの荷物が入ってる木箱なの。あっ!ごめんなさいね、あたしの下着がはみ出ちゃってるわね!」
大きな木箱から垂れるようにはみ出ている下着をアリーナは仕舞い込み、見張りの二人を振り返った。
「これはパーティーの荷物だから確認は遠慮してくれる?積荷の確認が終わったら身体検査だったわね。あたしから確認してくださらない?」
そういってアリーナは、服に指を掛け胸元を見せるように強調した。大きくはだけた胸元からは谷間が見える。
下着を着用してない女性に胸元を強調され顔を赤らめる二人の見張り。互いに顔を見合わせ、手を振った。
「積荷は確認した。ほとんどが質のいい調度品なので危険はないだろう。身体検査も必要ない。村には入っていいが面倒は起こさないでくれよ」
村に入る許可をだした見張りは、許可証を縛り直し俺に返してくれる。俺は受け取った許可証をアリーナに手渡し、見張りに向き直る。
「すまないが村に一泊させてもらいたい。宿はあるか?」
「この村に宿はない。村の来客は村長のところで世話してるから俺が案内しよう。ついて来てくれ」
街の手前にある村なので期待はしていなかったが宿がないようだ。代わりに村長の邸宅で世話になれるようなので、俺たちは先導してくれる見張りについていく。
簡易的な柵に覆われた村。柵の内側には小さな畑、共同の水汲み場を中心に木製の住居が立ち並ぶ、いたって普通の村だった。時刻は夕方、人がまばらな時間帯だがやけに静かな気がした。
「…人が少ないな。村の外で仕事をしている村人たちも帰ってくる時間だろう?若い人間も少ない気がするがなにかあったのか?」
「ああ、ここは貧しい村ですからね。口減しなんかで子供はほとんどいませんよ。それに最近、村の外で人攫いにあっているんです」
貧しく口減しで子供は消え、村の外で仕事をするような若い人間は人攫いにあう。どうりで人が少なく、若年層が見えないわけだ。
現に俺たちも昨晩は襲撃にあっている。この村は大きな犯罪組織に属してるのかもしれない、と考えていたが違うのだろうか?思案しながら、案内されるままについていくと村長邸宅の前についていた。
水汲み場を中心に立ち並ぶ住居の一つ、腰丈の石壁に囲われた建物。周囲の住居と見比べると異質な邸宅だった。
「ここが村長の家です。声をかけてきますのでここで待っていてください」
村長の邸宅を囲むように積み上げられた腰丈の石壁。その一角にある木の扉門を開け、案内してくれた見張りが敷地内に入っていった。俺たちは扉の前で荷馬車を止め、戻ってくるのを待った。
案内人の姿が村長の邸宅に消えると同時、何処からともなく女性の声がした。
「あの!あなた方は冒険者でしょうか!?夫を!夫を助けてください!」
村長の邸宅を見つめていた俺は背中の大剣に手をかけ、声のした方へ視線を移した。俺たちの荷馬車の正面から走り寄る女性の人影が見える。
「なにがあった!詳しく話せ!」
緊急性を感じた俺は、走り寄る女性に大声で詳細を求めた。先程聞いた人攫いが村に襲撃にきたのか、それとも昨夜俺たちを襲った襲撃者か。村が魔物の襲撃にあっているのかもしれない。
荷馬車から飛び降り、駆け寄ってくる女性の前に俺は降り立った。軽く息を整えている女性の言葉を待つ。
「夫が攫われたのです。二週間前に村の外へ狩にいったきり帰ってこないんです!村の周辺では人攫いも頻発しています!どうか!どうか夫を探してください!」
勇者に憧れ、己を勇者だと思い込んでいたころなら即座に手を貸しただろう。俺は背中の大剣から手を離し、本心を押し殺して、手を女性に向けて振った。
「二週間前なら既に街の冒険者ギルドに依頼はだしてるだろう?報告を待て。それとも俺たちにも直接依頼するってことか?」
「村の周辺警戒としての依頼は村で出しましたが、人攫いは頻発しているので個別に依頼は出してません。それに、個人で依頼するお金は持ち合わせてないんです」
俺は女性に向けて振っていた、矢傷が痛む右手を下ろした。
「なら俺たちになにを求めるんだ?村での依頼は出している。個人で依頼を出す金はない」
「見合ったお金はありませんがあなた方は冒険者でしょう?助けてくださらないのですか?ほんの少しばかりのお礼ならできます。お願いです、夫を助けてください!」
「話にならんな」
目指していた勇者とは全く逆の返答をし、俺は踵を返す。今の俺はパーティーを組んでいる。己の力を過信してメンバーを危険に晒しても俺は守り抜けない。勇者ではないのだから。俺は荷馬車の御者の位置に乗り直し、村長邸宅を見つめ直した。
「なんでですか!?なんで!人が攫われてるんですよ!?」
諦めがつかないのだろう。女性は荷馬車の横にまで移動し、御者の位置にいる俺を見上げていた。俺は視線だけを女性に落とし、答えた。
「二週間前に狩にでたのだろう?ならばヘマをして死んでるかもしれない。人攫いが村の周辺に出ているのは知っている。だが、そもそもお前の夫は本当に人攫いにあったのか?」
「夫が狩から帰ってこなかったことはありません!絶対に人攫いにあって何処かに連れられたんです!」
「じゃああんたは俺たちに人攫いと一戦交えて夫を救ってこいというのか?見合った金もなしで、下手すれば死ぬことに手を貸せと?」
「そ、それは。ですが私には夫を助けにいく力はありません!あなた方は冒険者でしょう?力があるじゃないですか!」
女性は己に力がないという。そして俺にはその力があると。俺は肩の矢傷を左手でさすり、自分の拳を見つめた。俺は自分に力がないことを誰よりも知っている。過去に己の力に過信し死にかけた。俺の愚かさによって仲間は死んだのに、俺だけが生き延びた。
助ける力があるならば俺は夫を助けるために探しにいっただろう。だが俺にはそんな高尚な力はない。俺は弱い、負け犬なんだから。向き合い続けなければいけない過去を思い出し、拳を握り込んだ。
「俺たちは勇者でもなんでもねえ。ただの冒険者だ。襲撃にあって矢傷を負うほどの平凡なな。ちゃんとした依頼なら一考するがそうじゃないなら、俺たちにできることはない。他を当たってくれ」
「…そんな。せ、聖職者さま!お願いします!夫を助けてください!あなたは人を助ける聖職者さまでしょう!?」
俺に取り付く島もない分かると、女性は聖職者へ助けを求めた。荷車からこちらの様子を伺ってたベニーへと。
「私は人を導き手助けはしますよ。聖職者ですからね」
「で、では!夫を助けてくださるんですね!」
「いえ、目が見えない私にはそのようなことはできません。私が救うのはあなたです」
「…え?」
ここにいるのは自分の目を潰すイカれた聖職者だ。そして俺と同じ負け犬の聖職者。俺よりもまともな回答が返ってくるとは思えない。懇願する女性と一緒に俺もベニーを見た。
ベニーは胸の前で両手を組み、両膝を荷台の床につけ俯く。
「私があなたを導きましょう。あなたは夫が消えた二週間、なにをしていましたか?」
「…村の仕事をしながら家で夫の帰りを願って待っていました。けど、私にできることなんてそれしかないから!」
「いいえ、違います。夫婦とは、男女とは支え合うのです。夫は妻を頼り、妻に頼られる。妻も然りです。ですのであなたは夫を追って村の外にいきなさい。攫われていたのならあなたも攫われなさい。死んでいたなら埋葬してあげなさい。そして、現実を直視することが辛くなったら自らの目を潰しなさい。さすれば見なくてすむでしょう?」
「な、なにをいってるんですか!あなたは!!」
イカれた高説を賜り女性が大声を上げた。どんな経験をしてきたらベニーのような考えに辿り着くのか俺には分からない。ベニーから視線を女性に戻したとき、腰丈の石壁の奥に人影が見えた。
「村では依頼を出してるんだ。あまりわたしの来客に無茶をいわないでくれ。お待たせしました。この村の村長を務めている者です。どうぞこちらへ」
村長と案内をしてくれた見張りが戻ってきていた。俺たちは開いた門扉を荷馬車で抜け、敷地へ入っていく。閉まる門扉の外、村長に告げられ、見張りと共に女性が自宅へ戻る姿が見えた。
力になりたいがなれない。やるせない気持ちに襲われながら俺は、いつもより少し早く荷馬車を進めた。
馬小屋へ荷馬車を止め入れ、俺は荷馬車から降りた。作業を待っていた村長が馬小屋の外で待っている。俺は彼に歩み寄った。
「事情は案内してきた見張りの者から聞いてます。この村にも立ち寄っていた行商の護衛だとか。積荷はそちらで全てですか?」
「…ああ、そうだ。いくつかは盗まれたが大半が無事だ。宿がないと聞いた。この馬小屋を借りていいのか?」
「そうでしたか。それはそれは。お疲れでしょう、食事はこちらで準備します。女性は我が家の二階をお使いください。お三方は馬小屋をお好きになさってください」
貼り付けたような笑顔の村長に薄気味悪さを感じるが、屋根のある場所で眠れるようだ。俺はアリーナの荷物を運び込むと名乗りでて、積荷から一つの大きな木箱を抱えた。
村長とアリーナ、そして一つの木箱を抱えた俺の三人で邸宅へと向かう道中、村長が話しかけてきた。先ほどの石壁の前での女性とのやり取りを聞いていたようだ。
「皆さんは素晴らしい冒険者パーティーですね。実に堅実で真っ直ぐな信念を持って活動なされてるようだ。甘い冒険者なんかは正義感が強く、首を縦に振りそうなところ、皆さんは違うようで安心しました」
恍惚とした表情の村長に案内され二階の一室に通された。
部屋に入り木箱を下ろす。部屋の扉を閉め、耳を扉へ押し付けて部屋から遠ざかる音を確認した。
「アリーナ、木箱を開けてくれ」
村の簡易的な関所で細工をし、確認をさせなかった木箱。道中にベニーとアリーナが確認していた木箱。それがこの木箱だ。蓋を開け、女性物の下着を取り出した下には、眠っている少女が見えた。




