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第七話 偽物の友達


 ギルドの三階、大部屋。夜の真ん中ごろ、不寝番としてベニーに起こされた俺は、壁に背中を預け窓の外を見ていた。


 隙間風が吹き込む建て付けの悪い窓。だが出入りが出来ないよう、頑丈な格子がしっかりと嵌め込まれている。


 やがて空が白け始め、ギルドの下階から人の気配を感じ取れるようになって来た。職員が仕事を始める時間だ。


 大部屋の外、遠くで施錠が外される音が聞こえた。三階と下階を繋ぐ階段の扉が開かれたのだろう。それから少しすると、大部屋で眠っていた冒険者の内数人も起き始めた。


 複数人の目や、ギルド職員も動いている時間帯だ、もう不寝番は必要ないだろう。俺はアリーナに枕とされている、自分の哀れな背負い袋を一度見た。そしてゆっくりと立ち上がり、静かに大部屋を出る。


 まだ薄暗い通路を歩き、階段を下りて一階へと向かう。そして顔馴染みではないギルド職員へ挨拶をし、訓練場の位置を尋ねた。


「朝早くから鍛錬なさるんですね!ギルドの裏庭を使って頂いて結構ですよ。けどまだ早朝なので、近隣の住居やギルドで眠ってる人に迷惑の無い範囲でお願いしますね」


 利発そうな女性職員に許可を貰い、俺は裏庭へ向かって歩いた。


 紫の髪に白く細い指。やや大きな胸元にはペンと眼鏡が刺さっていた。書類仕事が得意そうな雰囲気の女性であったが、彼女も剣を嗜むのだろう。ペンだこでは無い位置に、たこが出来ていた。


 それに俺と目を合わせても怪訝そうな表情をしなかった。…今後は彼女の受付に並びたいものだ。


 裏庭へと出る扉を開き、俺は建物を出た。春の終わりごろ、早朝の冷たい空気が俺の肺を一気に満たした。少しだけぼーっとしていた頭と体が冴え渡る。


 俺は十歳から今日までほぼ毎日、十年続けている鍛錬を始めた。まずは裏庭を軽く走り、体を温めつつ全身をほぐす。


 俺は決して天才では無い。平凡だ。そんな俺が理想に追いつくためには努力は欠かせない。それに続けている内に努力と言うよりも、習慣とかしている。強くなった実感よりも、やらないと弱くなっていく。そんな気持ちになり落ち着かないのだ。


 だが、まだ周りが寝静まっている時間。早朝や深夜の鍛錬は、寝ている人よりも少し強くなっている気がして好きだ。


 それに街の空気。人が活動していない時間の空気はいつもと違って感じれ、得した気分になれる。俺の頬を撫でる冷たい空気と反比例に、俺の体はどんどんと温まった。


 体が十分に温まりほぐれると、走る速度を上げた。喉の奥が呼吸で乾き、息苦しくなるまで走り込みだ。自分の体力の限界を知り、本番に備えなければ簡単に死んでしまう。自分の強さの認識よりも、弱い自分を把握するのが大切だと俺は思ってる。


 自分の現状を把握した後、乾ききった喉に冷たい井戸水を流し込む。そして最後に大剣を握り、素振りを始めるのだ。


 時折聞こえる鳥の声。目が覚め、窓を開ける近隣の音。遠くで聞こえる荷馬車の音。そして俺の剣が空気を切り裂く音。普段は騒がしいはずの街に、たったこれだけの音しか聞こえない。


 ほてった体に冷たい空気を吸い込み、無心で剣を振るうと頭もスッキリとする。俺はこの時間が好きだ。


 次第に太陽が昇り、俺の影が伸び始める。冷たかった空気も温かくなり、街の音も増え騒がしくなってきた。決して長くは無い特別な時間が終わったのだ。


 空が明るくなり街全体が起き始めた。俺は裏庭の井戸で軽く汗を流してから大部屋へと戻った。


 大部屋へと戻ると殆どの冒険者が起きていた。その一角、まだ眠っている女性と子供、そして聖職者の元へと俺は足を進めた。


「おい、三人とも起きろ。朝だ」


 俺はベニーの背中を軽く蹴り、ジモンとアリーナの肩を揺さぶって起こした。三人はそれぞれ両腕を伸ばしたり、目を擦ったり、大きなあくびをしたりしながら起きた。


 朝の日課を終えた俺は、アリーナに枕にされていた背負い袋を叩き、軽く形を整えた。毎晩毎晩枕にされる麻の背負い袋は、俺の匂いは抜け落ち、今ではアリーナの香りが染み付いている。そろそろ買い替え時だろうか?


 そんなことを考えていると、ベニーが一度立ち上がり、そして窓の手前で跪いていた。窓の外へと向き、朝の日課を始めるようだ。


 ベニーはチラリとジモンの方へと振り返ると「一緒にお祈りをしますか?朝と夜だけで十分です。神様たちにご挨拶をしましょう」と、魔法に憧れる子供に声をかけた。


 朝から元気な声で「ああ!」と返事をする子供が、ベニーの隣へと小走りし、ベニーの姿を見様見真似に跪いた。そして二人で祈りを始める。


 部屋を見渡すと、他の冒険者たち数人もベニーたち同様、各々朝の祈りを始めた。


 神様は確かに存在する。そして人々は祈れと言うが、俺の生きる世界じゃ祈ったって明日なんて来ない。皆んなには当然の様に明日が来るんだろうが、俺は自分で走って進まなきゃ、明日は来ないんだ。祈りをしたところで、慈悲なんてないのを俺は知っている。


 俺はアリーナに視線を移すと、未だにあくびをしている彼女と不意に目が合った。


「おはよ、グラムズ」

「ああ。ちゃんと眠れたか?今日は休日だ。ゆっくりしてくれ」

「グラムズは?今日は何をするの?」

「街まで乗ってた馬を売って資金にしようと考えてる。それと情報収集だな」


 先ずは朝食を食堂で取るだろ?それから冒険者ギルドの依頼の確認や街を含めた周辺の情報収集。それに同郷の勇者番付の確認。それから馬の売却だな。


「グラムズー、朝ごはん食べに行こー」


 朝の祈りを終えたジモンに話しかけられ、俺の思考は途切れた。まあ、先に飯だな。


 俺たち四人は大部屋を出て食堂へと向かった。階段を下り、冒険者ギルドの一階へと辿り着くと、一人のギルド職員が俺たちの元へと駆け寄ってきた。


「おはようございます。あなたたちが『負け犬』ですか?」


 先程俺に裏庭を教えてくれた職員だ。徹夜でもしてのだろうか。先程は気付かなかったが新緑のような瞳の下にややクマが出来ている。


 俺たちパーティーと女性職員の周辺では、目をギョッと見開き、こちらの様子を伺っている冒険者たちの姿が見える。


 職員に負け犬と問われているのだ、そりゃ驚くだろう。下手をすれば喧嘩に発展するようなことだ。だが、俺は周囲の心配とは裏腹に「ああ、そうだ」と女性職員へと頷き返した。


「昨日の件でお話しがあるのですが宜しいですか?」

「長くなるのか?席が埋まる前に朝食を済ませたいのだが」

「でしたらご一緒しても宜しいですか?朝食を取りながら済ませちゃいましょう」



 彼女に先導され、俺たち四人は昨夜の食堂へと向かった。俺の正面へと女性職員は座り、その隣にベニーとジモンが座る形となり、昨夜の席順に一人追加された形となった。


「申し遅れました。わたくしヴェロニカと申します。今後もお付き合いすると思いますので、どうぞヴェロとお呼びください」

「ああ、よろしく頼む。それで要件はなんだ?」

「皆さんがお連れした少女の件です。少女本人からの確認も取れましたし、個別にお聞きした皆さんの証言に矛盾もありませんでした。それで、彼女の保護と彼女を村へと返す手筈についてなんですが…」


 ヴェロニカはチラチラと俺たちメンバーの容姿を確認し、言葉を途切れさせた。特に後ろめたい事がなく、身の潔白が取れたのに何故そこで言いづらそうになるんだ?


「そのー、ギルドでは一定期間しか保護は出来ませんし、村へと送り返す資金も出せません。ギルドは慈善団体ではありませんので。…ですので、ストーンランクの皆さんにお願いするのは恐縮なんですが、一定期間を超えた場合の保護料金と、村へと送るための依頼料金を頂けないかと」


 少女を村へと送り届ける依頼を出しても、受注されない限り保護料金もかさむだろう。保護料金か依頼料金の片方ならまだしも、両方か。


 正直弱小パーティーの俺たちには厳しいぞ。今、アリーナの武器は、湖で夜襲者が使ってた物だ。彼女に合った武器を買い直してやりたい。


 それとベニーにもだ。彼は今、魔石のハメられたアミュレットを媒介に魔法を行使している。早めに杖をあつらえた方がいいだろうが、どうしたものか。


「金を払わなかったらどうなるんだ?」

「保護期間を越えた場合はこの街の孤児院、それか雇い入れ先を自力で探して頂く形になります。どちらも叶わなければ奴隷落ちですね」

「…ちなみにどれくらいの金が必要なんだ?」

「どんぶり勘定ですがこれほどは必要かと…」


 …っん!?こんなにか?金を強請るにしてもあるやつから強請らないと取れないだろ!ない袖は振れない!何にこんなに金がかかるってんだ?


「あの子は身一つで攫われています。ですので保護している間の衣食住、全ての料金がこちらです。そして送り先の村なんですが、結構遠くてですね。依頼を出すとしたらそこそこの冒険者を雇うことになるので、依頼料金がこちらになります。合わせてこの金額ですね」

「ねーヴェロ?あたしたちが送り届けるのはありなの?」

「人攫いや夜襲のあったルートなので、危険度を考慮して依頼ランク割り増しなんです…申し訳ありませんがこの旅程になりますとパーティーランクが足りないので厳しいですね」

「ふーん。ねーグラムズ?馬を売ったらお金足りそう?全部出しましょうよ」

「…ん?」


 馬を売れば確かに足りるだろうが、半分以上飛ぶぞ?少女を見捨てたい訳ではない。だが俺たちには装備も資金も足りないんだ。財布事情はかんばしくない…


 可哀想だから。見て見ぬ振りは出来ないから。と、中途半端に人助けをするものではない。ましてや最後まで責任を持てないなら、自分の無力さに歯を食いしばり、諦めるべきだ。道中の村で、悪事を見逃そうとしていたように、だ。


 だが、今回首を突っ込んだのは俺たちだ。最後まで責任を持つべきだろう。それが出来ないなら、最初から手を差し伸べるべきではなかったんだ。


「はあー。理想とは遠いものだな。…ヴェロ、冒険者ギルドに俺たちの馬を一頭繋いでる。それを買い取って料金に当ててくれ。ベニーとジモンもそれで良いか?」

「えー!?歩いて帰らせようぜ!それか自分で奪えば良いんだよ!俺が教えてこようか?」

「歩ける訳ないでしょ!あんたね、おじいさんに何て教えられてきたのよ!」


 もうすぐ夏になる。魔物が活性化する時期だ。ただでさえ危険視されてるルートを、長距離一人で移動は無理だろう。一人で乗り合い馬車を使ったとしても、そこそこの料金になるはずだ。


 それでもジモンはお金を払うことに反対のようだ。俺は、まだ意見を言ってないベニーへと問いかけた。


「ベニーも反対か?それなら二対二だがどうする?」

「…孤児院か自力で就職先を見つけるのが良いかと思います。ですがここまで送り届けたのも私たちですし、ある程度は出すのが筋ですかね。依頼料金と一定期間の保護料金だけ払い、期間が過ぎれば諦めてもらうのでどうでしょう?それなら、受注されなかった依頼料金も戻ってくるのでは?」


 俺はベニーからヴェロニカへと視線を移し、彼女に回答を促した。


「そうですね。一度保護料金と送り届けの依頼料金を受け取り、受注されなかった場合には、手数料を引いた分の依頼料金をお返しすることは出来ます。それならギルドの保護期間分だけになりますが、どうなさいますか?」


 パーティーとしての資金を、メンバーの意見を押し切り使い込むことはできない。この辺りが妥当なラインなんだろうな。足りない分があるなら、後は個人で払うべきか。


「アリーナ、それで良いか?正直パーティー資金を使い込むことは出来ない。不満があるなら、俺と二人で稼いで個別で補助したら良いだろ。どうだ?」

「延長分の保護料金も全部出したら良いのに!みんな器が小さいのよ!もー。…けど皆んなのお金だってことも分かってるわ。グラムズも出してくれるって言うし、足りなくなったらあたしも払うわ。だからそれで良いわよ」


 アリーナの器は大きすぎて、中身が溢れることはないんだろうな。羨ましい限りだ。心の強さについては、彼女に学ぶことが多い。


 三対一となり、お互いの折り合いもつけたのだが、ジモンは未だに文句を垂れている。俺はテーブルの下でベニーの足を蹴り、ジモンの説得を押し付けた。そして俺はヴェロニカへと向き直った。


「ヴェロ、それで手筈を頼む」

「かしこまりました。馬はギルドで買取してもよろしいですか?売却金から期間分の保護料金と、依頼料金を差し引いたお金を直ぐお出し出来ますが?現金かギルドカードへの入金、どちらでも対応できますよ」

「ああ、ギルドで買い取ってくれ。それと余りは現金でくれ。街で支度もしたいからな」

「かしこまりました。あっ!ちょうど朝食も来ましたよ!ここのパンは外が香ばしくて中がふわふわ、とっても美味しいんですよ!皆さんは移動中、携帯食ばかりで焼きたてパンはひさびさでしょう?食べましょ食べましょ!」


 彼女は小型の齧歯動物のようだった。大切そうに、両手で焼きたてのパンを持ち、小さな口でかじりつく。そして両頬を膨らませ、美味しそうに食べていた。


 …やはり、彼女がギルドの受付をしているときに並びたいな。



 五人での朝食を終え、俺たちは思い思いに休日を過ごすため、食堂で解散となった。


 俺は立ち上がり、冒険者ギルドのホールへと向かおうとした時。アリーナに呼び止められ振り返った。


「あのさ。足りない分二人で出すってなったでしょ?あたし、稼いできた方が良いかな?」


 アリーナは自身の大きな胸へと視線を落とし、それから周囲で朝食を取っている男達へと視線を向けた。


 昨夜から周囲の男達は、アリーナを値踏みするかのように下卑た視線を送っていた。今も彼女はその視線を集めている。


 ああ、体を売って稼いでくるか尋ねてるんだな。


「好きにしろ、アリーナの自由だ。だが不足分は俺も出すんだ。一人で稼がなくても、休日明けに依頼をこなせば良いだろ。あまり心配するな」

「…そ」


 何故か悪戯に微笑み、満足そうな表情をしたアリーナは「久しぶりに甘いのでも食べてくるわ!じゃーね!」と、颯爽と食堂の扉を開き街へと繰り出して行った。


 颯爽と食堂を後にする彼女を、俺含め周囲の男達も見送っていた。俺は彼らをひと睨みし、ギルドへと繋がる廊下へと足を向けた。


 あいつらは何にも分かっていない。胸は確かに素晴らしい。だが、女性の魅力は胸だけじゃない。大きな胸ばかりに釣られ、脚を見ないのはどういった心境だ?


 それにだ。不躾に視線を送られれば女性は不愉快な気持ちになるだろ?俺だって自然と視線が胸元や脚に向かうことはある。だが必死に堪えてるんだ!心の中では血涙を流してんだよ。それなのに凝視しやがって。ふざけるな!


 自然といつもより大股になり、俺は廊下を歩いていた。俺はギルドのホールへと着くと周囲を見渡し、勇者番付がリアルタイムで更新される魔道具を探した。


 おっ。あそこか。どこの冒険者ギルドでも大きくて見つけやすいのは助かるな。今はちょうど誰も見ていない、ついてたな。


 壁に掛けられていた大きな魔道具を見つけ、俺はそこへ向かった。


 大きな石を薄く削り出し、一枚の板状にした様な魔道具。それは黒くツルツルとした表面をしており、表面にはうっすらと光る文字が浮かんでいた。次代の勇者候補をランキング形式にした一覧を映し出しているのだ。


 俺が以前臨時パーティーを組んでいたジーノとメリッサ。その二人と別れてから一年後、同郷のレオンの名前を見た時、彼は百位だった。それ以降も彼は順当に順位を上げていた。


 以前の街から移動する間確認を出来ていなかった。彼は今、何位なのだろうか。


 勇者に憧れ、失敗を積み重ねていた俺。そして、周りから勇者になれると言われていたレオン。俺と彼の距離はどれほどあるのだろうか。


 生まれ故郷の村を出て、村や街を渡り歩き俺は夢を追いかけ続けている。それでも、俺から見える景色は何一つ変わってない気がする。俺が足踏みをしている間、レオンはどんな景色を見ているのだろう。


 俺のチンケなプライドはとうの昔に廃れていた。だが俺は、廃れたプライドを足蹴に進み続けてる。諦めるつもりは毛頭ない。


 光る文字を手でなぞり、ランキングを一位からスクロールしていく。


 八十七位、ギュリア・フィールド


 …見つけた。


 八十八位、レオン・アイゼンハルト


 とうとう九十番台から抜け、八十番台まで上がってんのか…すげーな。


 俺は光り浮かび上がるレオンの名前に触れ、彼の功績詳細を開き、目を通そうとした時。


「レオン・アイゼンハルト。凄いよね。武力だけでランキング入りしてるのはさ、三,四十代の歴戦の冒険者だらけなのに。そこに食い込むなんてね。最初は十代でランキング入りしてたっけ?相当強いんだろうなー。んで、彼のこと気になるの?」


 一人の青年が飄々とした表情をし、俺に話しかけて来た。


「ところでさ、僕と友達にならない?」

「…偽物の友達ってのはな、良い面しといてソイツを落ちぶれさせるために行動すんだよ。誰だお前は?」

某、パン工房のヒーローは赤字経営してそうですよね。人助けってアフターケアーまで考えると莫大なお金が掛かる、一種の自傷行為みたいなものなのかなと思います。

明日からの三連休、私は全く連休じゃないので一気に書き上げました。皆さんの良き三連休に、ひと添え出来れば嬉しいです。

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