案件77「賢者が賢者じゃないことはよくあること1」
『※プライバシー保護のため、モザイクと音声変換をかけています』
出落ちも甚だしい注意書きから、ある男性の語りは始まった。
「まさか、エン……賢、いや、E氏があんなことをするとは思ってなかったよ。もはや愚者と呼ぶべき様相だったね」
「とおっしゃられますと、やはりダンジョンの一部が崩落したのはE氏の魔法によるものだったのですね?」
俺、じゃなくて記者Aは男性に尋ねた。
話を聞いていく限り、ダンジョンの一階層を崩落させて多くの王国兵を巻き込んだのはE氏だとわかった。
止めなく兵士達がなだれ込んで来ては、放たれた『フレア・バースト』の業火によって焼かれていく。肉体が駄目になることはなくとも、徐々に人の心を壊していく。焼き尽くしていく。
「もう、よしませんか? なんどやって来ようとも、これ以上はここをアリ一匹通すつもりはありません!」
E氏が“控え給う木人”を掲げ、次にやってきた兵士達に言った。
彼らの顔を、賢いだけあって三度は見ていることを覚えているようである。最初の気迫に満ちた表情など消え去り、今は地獄から這い上がってきた亡者の仮面を被っている。
ゾンビという表現は、この世界に存在しない。
「クッ。これでは、埒が明きませんよ!」
語り手の男性も当然その場に居て、無作為に向かってくる兵士を“ニードル・シールドⅢ”で受け止め、穴だらけになった肉塊を横に放り投げながらボヤいた。
もはやグサリと、グニョリと伝わってくる人肉の感触にも既に慣れてしまっているようだ。
「なんとか凌ぎ切りましょう……! 勇者様や間者の兄さん、盗賊の姐さんに余裕ができるまで。『ハンド・ヒート』! 『ストーン・ウェーブ』!」
E氏の目に諦めの色はなく、必ず勝利は来ることを信じていた。
自分よりも幼い彼がこれほどまでに頑張っているのだから、男性も弱音など吐いている暇などない。
向かい来る武器持ちの兵士達を、溶岩の波が無慈悲に飲み込んでいった。負けじとタックルで数人を倒し、少し階段前の通路にスペースが出来上がる。
しかし、未だに曲がり角から何人かの人影が姿を表すのだ。
「よぉ。お前、世界の敵なんかについたんだって?」
「君達は……」
嘲るような親しげに話しかけてきたのは、語り手の良く知る人物だった。
ちょっと実力が低いだけで、パーティーのお荷物として荷物持ち扱いしてきた元仲間達である。一応、E氏も彼らと一緒に水の“マテリアルダンジョン”を上ってきたことがあった。
「貴方達は、一度ご一緒した……。王国側に雇われたかしたんですね」
「あー、ガキんちょは覚えてるぞ。鬼畜生小児性愛没落勇者に仕えてる奴だ」
「誰が、糞悪魔鬼畜生小児性愛没落勇者ですか! 勇者様を愚弄するのは許しませんよ!」
「だぁから、そこまで言ってねぇよ! 俺達にあったらそう言えって指示されたのか!? どんだけ雑言増やせば済むんだよ!?」
もはやお決まりのやり取りをした後、元仲間達がため息を挟んで、互いに臨戦態勢に入った。
勇者が、もはや人間なのかさえ怪しくなる蔑称にまで進化した。
「こんなんでも、実力はそこそこのものだよ……」
「えぇ、一緒に戦ったこともあるので十分承知していますとも」
互いに知る身、戦力を測り違えることはなかった。
これまでの兵士達のように、命令のまま突撃してくるだけの木偶ではない。疲労困憊でなければ、少しくらい長く攻防を繰り広げて楽勝といった程度の相手だ。
「あんなメスブタに仕えてるようじゃ、高が知れるってもんだ」
「ッ」「!」
語り手と同様の重武装をした男が言って、勇者側の少年達が歯を噛み鳴らした。
挑発して無駄な疲れを溜めようとする作戦なのは、直ぐにでもわかる安っぽい悪言である。曲がり角の側に立っているのもそのためだろう。
乗せられて魔法を無駄打ちすれば、そう長くない内に“魔エネルギー”が尽きる。突っ込んで行けば、元仲間三人と控えの兵士達に囲まれてリンチよりひでぇ状況になる。
「悪魔とか鬼畜生というより、淫売とかの方がお似合いの格好だったろ? なぁ」
「確かに! あの拘束魔法は傑作だったな!」
「ありゃただの変態だぜっ! ヒャハハハハハッ!」
重武装男の言葉に、軽剣士スタイルの奴が秘密を暴露した。これまで紹介がなかった、魔法使いっぽい男もいない人間に罵声を浴びせた。
いつもであれば軽く聞き流すE氏も、度重なる地味で執拗なだけの戦争に嫌気が指していたため、溜まりに溜まったストレスをここで爆発させてしまう。それこそが、男達にとって最大の不幸だったのではないだろうか。
「『アイシング・アイス』! 『ストーン・ウェーブ』!」
「甘い、甘い!」
「やっぱりガキだな!」
氷塊と土の津波が無闇矢鱈に男達へ迫るが、壁際に隠れることで難なく凌がれてしまった。嘲笑が飛んできた。
しかし、それはブチ切れたE氏が僅かに残った理性の中に止めた、一つの足止め戦術である。
「ふ、フフッ……フヒャヒャヒャヒャッ!」
そんな狂った笑い声を上げたのを見て、その場に居た誰もが「狂ったか」としか思わなかった。
男達が正面の通路へと姿を表すより早く、魔法を展開する。壁の向こうの先にある、ダンジョンの入り口に向かって。
「『サンドキャッスル・トランク』!」
土の木が咲いた。
それはダンジョンのほぼ半分を飲み込む形となり、入ってくる者は愚か出ようとする者すらも容赦なく飲み込んでいく。




