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案件61「修行の終わり」

 現在、修行を開始してから二週間が経とうとしていた。


 日が登ると同時に、俺達は水の“マテリアル”ダンジョンを去ることになる。


 修行の進捗は順調と言えた。こうして、パリコレごっこができる程度に余裕があった。


「これ、悪くないわね」


 これまでと変わらない服装のまま、満足とばかりに言った。


 見た目に違いこそなくても、布がツーピースの上下で別物になったのだ。上は前にも出てきた“ハイクロースバンド”を、布の間に挟んだのである。


 下側のパーツには、“マギクロースバンド”というものが使われている。


 これは、この世界の事象と現象である“マテリアル”の根源、わかり易いところ『エレメント』とでも呼ぶものを分解する。


 『エレメント』の存在が実証されたわけではないので、俺が勝手にそう解釈しているだけだが。


「魔法を分解するアイテムを使ったからね。これで、あらゆる攻撃に強くなったわけだよ」


 ファラエが胸を張るだけのことはある。


 先述の通りの作用で、“マギクロースバンド”は布地の範囲に触れた魔法効果を消してしまう。


 ただし、強度としては普通の絹の洋服と変わらないため物理で破壊される。魔法で発生した運動エネルギーまで消せないので、それほど万能ではない。


 それに強力なモノは完全に分解できないため、少し威力を抑えるのが関の山である。


「どんなアイテムも、使い方を間違えれば役に立たん。油断は禁物だ」


「わかってるわよ、ヘル。どうしても消せない分や衝撃を受けるための“ハイクロースバンド”だからね」


 ヘルも勇者ちゃんのことを心配してくれているようだ。


 この二週間、寝ても起きても側に侍っていたのだから、情くらい生まれてもおかしくはない。


 ヘルの性格は相変わらずだが、それでも飼い殺すという意図はなくなった。私も、今まであったヘルに対する恐怖心……嫌悪のようなものも消えた。


「また、どうせ無茶をするのだろ? 大事な美貌だ、綺麗なまま生きて帰ってこい」


「それ、心配してるつもり? 私は芸術品じゃないし、貴方のために生き死にを決める気はないわ」


「ならば今からでも、大事な体になるか? 一人の命でなくなれば、勇者も少しは自分の身を案じるだろう」


「子供の前でそういうことを言うんじゃありませんッ」


 ブロスひねくれ具合さらに一回転半くらい追加した感じの、素直じゃなさである。


 ストレートな物言いをしないところも似ていて、所構わずばら撒くからなおのこと困る。エントラの前でそんなことを言って、どういう意味か聞かれたらどうするんだ?


 何かを悟ったように、勇者ちゃんから目を逸してヘルを睨んでるじゃん!


「え、エントラ? 寝室では、これと言って何があったわけじゃないのよ……?」


「……いえ、勇者様が僕の見ていないところで何をしているかには関与しません。それが命に関わる危険なことならば別ですが」


 冷たく言い放っているようだが、エントラの口調から不安と緊張が伺える。


 修行に使っていた謁見の間とは違い、更に奥のヘルの部屋には本人と勇者ちゃん以外は入っていない。


 だから、そこで何が起こっていたのかは、その場にいた奴にしかわからないわけだ。


「と、とにかく! さっさとこの首輪を外して! アサガオも呼んで、修行お疲れ様パーティーでもしましょうッ!」


 思い出すだけで顔から火を噴きそうになるので、無理やり話題を終わらせる。


 移った側の話に出てくる、アサガオだが……。珍しく俺の側に居ない。


「約束の時間まで待てないとは……」


「せっかちなのよ、私は。パーティーをするとなると、余計にね」


「そんなにお祭りが大好きだったか? まさか、そのために準備をしに来たと?」


「幾ら落ち着きがないとは言え、招待する相手は選ぶわ。いざというとき、招かれざる客を追い払うためよ」


 そう言えば、修行の理由までは話してなかったっけ?


 アサガオから伝わっていると思ったんだけど、おかしなところで端折るなぁ。


「アサガオから説明は……ない? これはもしかして……?」


 この場に本人が居ないことも含めて、俺の中に一つの仮説が思い浮かぶ。


 首輪が外れたことを確認して、謁見の間へと走る。後ろを、エントラ達もついてくる。一緒ではないのは、パーティーの注文をしてくれているヘルぐらいだ。


 扉を開いて部屋に出た――いや、入ったところで、アサガオの姿を確認する。


「うらぁッ! ッス!」


 この寒い中、トップスの黒装束を脱ぎ捨て戦っている。額に汗を溜め、巡回魔族とスパーリングだ。


 サラサラと汗が舞い、冷気に触れて凍りつく。


 それはキラキラ、輝きながら落ちていった。


「殺し合うようなことは無いとは言え……」


 その様子を眺めている誰もが、固唾を飲んでしまう。


 “ハイクロースバンド”の手袋と“蒸気銃Ⅱ”で武装したアサガオは、高レベルの巡回魔族と対峙している。


 ヘルの言いつけで、互いに殺すレベルでの戦いはしない取り決めだ。


 それでも、鬼気迫るようなぶつかり合いは見ていてハラハラしてくる。


「おらぁぁぁぁぁッ!」


「――!!」


 両者がぶつかり合う。


 銃弾を受けてボロボロになった腕でなければ、このクロスカウンターでアサガオの肋骨が全て砕けていたかもしれない。


 長く感じさえする沈黙の後、ズルリと魔族の体が崩れ落ちる。


「……クッス。フゥ……ッス」


 アサガオも膝を着くが、勝利した。


 『マジック・センテンス』が届いたのは、その時だった。

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