案件58「努力に人一倍も二倍もありはしない3」
40階か50階ぐらい、相当の階層を登ってきた。
以前から多くフロア数が増えていなければ、もうそろそろダンジョンマスターのところへ到着するはずだ。
「……フゥ。もう少しですね」
エントラもそれを期待して小休止を取る。いや、想定以上に体力と“魔エネルギー”を消費したのだろう。
それでも勇者ちゃんの手前、弱音を吐けず魔法を使い続けなければならない。
途中から大きな戦いは避けてもいたが、やっぱりエントラに頼るところが大きかったせいだ。
アサガオ達とは別々の道を進んでしまったようで、戻って頼ることもできない。
「エントラ、そっちを見ておいて」
「はい」
曲がり角の先を警戒させて、俺は少し距離を開ける。
“魔エネルギー”を空っぽにしたところで意識を失うことはないまでも、やはり何らかの燃料は使うのだろう。精神的な虚脱状態に陥る人もいるらしい。
なので、俺はエントラを休ませてやりたかった。
“マジック・チャーム”や“魔エネ剤”で無理やり補っていても、この階層を超えることさえギリギリでは如何ともし難い。
「『クリエイト・ポイズン』。『クリエイト・ポイズン』。『トキシック・トラップ』。」
ボソッと魔法を使う。前衛だったので、俺は少なからず“魔エネルギー”に余裕があった。
上まで到着するための、必要な投資だ。
「勇者、様?」
こちらの動きに気づいたのか、エントラがこちらを向いて顔をしかめる。
「大丈夫、数時間くらいなんとかしてみせるから」
「あ、れ……? ゆうひゃひゃま……」
容易に魔法の範囲に引きずり込めたのは、一瞬の戸惑いと安堵からだったのだろう。
敵は来ていなかった、と。
俺の無理強いも、気づかれて居なかったようだ。
「作っておいて良かった睡眠導入剤」
いざという時に使えるのではないかと、『ポイズン・サーチ』しまくって作った薬だった。
トリアゾラムという超短期の睡眠作用がある物質だ。ベンゾジアゼピン系と呼ばれる成分は、アルコールと摂取することで即効性を発揮する。
悪用厳禁だぞ?
俺はエントラを引きずり、曲がり角の向こうを確認した。
「奥に長く続いてるな。脇道が一つか」
慎重に進みたいところだが、後ろから追手が来ないとも限らない。
エントラが目覚める4時間、途中覚醒にしても2時間は守りきらなければならないだろう。
しかし、俺には生憎と罠探しや解除の技術はなかった。故に、床の出っ張りを踏んだ瞬間に逃げ場を失うこととなった。
「……背後に柵、前からは数体の魔族。ちくしょうめぇっ」
曲がり角を進み、直線の通路に出る。が、ガシャンッと来た道を塞がれたのである。
音を聞きつけた魔族達が、警戒心を爆上げしてこちらに近づいてくるではあ~りませんか~。
エントラを守りながら戦えるのは、良くて二体くらいまでかな。その倍はちょっときつい。
やっぱり無理。
「一か、八か」
固唾を飲み、一つの作戦を実行しようとした。
すなわち、囮になって逃げ続ける!
人間の二倍近い身体能力を持つ敵から、移動速度を上昇させるアイテムもなしにそれをするのは、かなり至難の技である。
何もせずに諦めるほど、俺も人が良くないってことさ。
「……」
飛び出そうと足に力を込めた瞬間、脇の通路から銃身が現れる。
通りかかった先頭の魔族は、こちらの警戒に意識を奪われていた。
脳天を撃ち抜かれて漸く、奇襲を受けたことに気づく。
いや、コメカミ貫通してるのに生きてるユルユルクリーチャーもなかなかだが。
「うらぁぁぁぁぁっ!」
銃撃に続いて、手負いの魔族に突進していく影。ファラエが、彼らしからぬ声を上げてタックルしたのだ。
“ニードル・シールドⅢ”が痛々しく突き刺さり、一秒ももがき苦しまない内に光の粒子となって消えた。
そして、やっと反応を見せた――服装は違うが――グンマーなキツネっぽい奴の蹴りで、吹き飛んでくるファラエ。
「ゴフッ! クッ……ハァ、ハァッ」」
兜が転がり、汗だく汁だく疲労モリモリな青年の顔が現れた。
「勇者様、お願いッス!」
「オッケー!」
アサガオは、弾を込める間も第三の魔族の攻撃を躱し続ける。
第四と二匹目の相手を、俺が引き受に行った。
床、壁と蹴り、肉迫したキツネ魔族にケタグリを打ち込む。強固な肉体がメキメキと鳴って、ガードごと打ち崩す。
反作用で空中を維持した俺は、そのまま追撃の回し蹴りをする。
「チッ! ファラエ、逃げて!」
着地と同時に叫んだ。
第四魔族が魔法を使おうとしていたのである。多分、通路いっぱいに叩き込んでもろとも吹き飛ばすつもりだ。
ここで、立ち上がれたファラエを角の向こうに逃がそうとする。
「え、あっ、はい!」
アサガオのいる通路はどうしても魔法の指向範囲に入っており、逃げるという選択肢はない。
俺はというと、着地した体勢から蹴りにかかっても回避されることを懸念した。
敵の向こう側へ行って、俺に攻撃が来たところで本当に逃げ場がない。
くそクソ糞KUSO! どう足掻いても、誰一人として犠牲にならないルートはなしか!?




