案件56「努力に人一倍も二倍もありはしない1」
俺が現状を説明して、終わったのが深夜だった。
ダンジョン内だし、ロクな時間の計測方法もないので、体感で思っているだけだが。
「長くなったけど、そんな具合よ」
「大変なことになっているんですね。攻略本の売上も、結構落ちるでしょうし」
ファラエの心配も尤もだ。
探索者達はガーデンロードから距離を置き、別のダンジョンに潜るだろう。そうなれば、しばらく攻略本は売れなくなる。
もしかしたら、それが一番の被害かもしれない。
「そうね……やっぱり、さっさと片付けようかしら」
気持ちが揺るぎそうになる。
「それで」「あっ」
考えを振り払うために、今日の売上について聞こうとした。セリフが被ったから、俺も躊躇ってしまう。
「な、何よ……? 問題でも起きてたのっ?」
いろいろと起こっているせいか、もしかしたらとても拙いことが起こったのではないか。そんな不安を抱いてしまう。
「あ、ごめん。どう言えば良いのか……嬉しい誤算? 困った喜びかな」
「うん? まぁ、良い報告と悪い報告がある訳ね」
ファラエがこうも言葉選びに悩むことも珍しい。
「そうなんだよ。攻略本が売り切れてしまってね」
「ウソでしょ? まだ数十冊はあったはずよ?」
思った以上に意外な報告が飛び出してくる。
「ヴェロニカさんが、早い段階でやってきてね。勇者の考えたセキュリティを、他の人の渡したくなかったみたいで」
それだけ聞いて、肩を竦める様子を見れば、誰のことだかわかってしまう。
「ヴェロニカさん、ね……。全部買い占めて行っちゃったと」
「そっ。古いバージョンの奴も、根こそぎ持って行っちゃったよ」
「売り物がないんじゃどうしようもないわ。印刷するにも別の街とかだとねぇ。さて、しばらくどうしたものか……」
商魂たくましいと言いますか、ヴェロニカさんのやり方は極端だ。
あの手この手で、俺からセキュリティの秘密を持っていこうとする。
「まぁ、良いわ。不良在庫も捌けたってことは、結構な稼ぎになったでしょうし。ちょっとくらい、ファラエも休暇が欲しいんじゃない?」
そう、ボーナスとでも言わんばかりにバカンスを勧めてみる。
サウスパラディスで温泉ツアーでも良いし、久しく実家にこもってアサガオ著作の漫画を読み切るのも乙なものだ。あっ、後者はいかんわ。
「うん、わかってる。ヴェロニカさんがこっちへ来たから、実家に帰る口実が無くなったんだよね」
さり気なく持ちかけたつもりだったが、ファラエは察してしまっていた。
体のいい疎開だった。
例えダンジョン内に隠れていても、どこかでは敵と戦うことになる。ファラエの戦闘能力は期待できないため、どこかに避難してくれた方が助かるのだ。
「せっかくの気遣いだけど、断るよ。頼む、勇者の傍にいさせてくれないか?」
真っ直ぐに見据えて、迷いなく言って見せる。
ダンジョンの中なら死にこそしないまでも、精神的にはダメージを負う可能性もゼロではない。敵に捕まって、外へ連れ出されてもアウトだ。
でも、こんな真摯に頼まれたのでは、無碍に断ることもできない。
「……あっ」
悩んでいると、ファラエが手を重ねてくる。そういうの、ズルいと思う……。
心を鬼にすべきか否か。
「傍にいてくれるのは嬉しいけれど、不安でもあるのよね」
「迷惑をかけるようなら、その時は見捨ててくれても構わないよ。悪運だけは強いって、勇者が一番わかってるだろ?」
目を見て話していると、首を縦に振ってしまいそうで怖かった。普段は頼りなさそうなクセに、おかしなところで度胸を見せてくれる。
そして、結構な死亡フラグって奴を積み重ねている。
「あ~。ちょっと良いッスか、勇者様?」
ここで、アサガオがオズオズと口を挟んでくる。
「なっ、何?」
きっと、一番にその場の空気に耐えかねていたのは、周囲で見ていたアサガオ達だっただろう。
「とりあえず、やれることをやってから結論を出すべきじゃないですか?」
アサガオを先駆けに、エントラが意見を口にする。
それはどういうことだろう? セキュリティを強化するくらいしか、考えつかないのだが。
「確かに、ダンジョンで籠城戦をすればさほど難はないかもしれません」
「でもッスよ、それってほとんど勇者様とダンジョンマスター頼りってことなんッス。だから、私らも修行しようってことになりましたッス!」
エントラの意見は最もだと思った。
そして、ジッとしているのが嫌いなのだろう。アサガオの少年漫画みたいな燃え方も、俺だからこそわかる。
ってか、そんなことをファラエとトゥクンしている間に話し合ってたのか?
温度差が違う気もするけど、熱量という意味では一緒か。
「なるほど、修行ねぇ。具体的なプランはあるの?」
幾らなんでも、ただ走り込みやら筋トレすりゃ良いってもんじゃない。
時間だって限られているんだし、ちゃんと計画を練らないと頑張りが無駄になる。
「細部はまだですが、水の“マテリアル”ダンジョンで行おうと思います」
答えたのはエントラだ。
「その心は?」と、視線で尋ねる。
「魔法、武技、アイテムの知識、これらを高いレベルで習得しているのはヘルボレスでしょう」
「勇者様たってのお願いと言えば、ダンジョンくらいは使わせてくれると思うんッスよ」
スケジュールは直ぐに決められないが、得心いくプランでよかった。
少し劣るにせよリーサのダンジョンという手もあったが、ヘルに比べて命の危険性がある。
修行についてこれなかったら、明日には砂漠で干からびる遭難者を見るような目で、見捨てるタイプだからなぁ。ガラムさんの一件で、未だに少し荒れてるみたいだし。
ぅん?
今、私が顔役になる的なことを言わなかった?
冷静に反芻してみると、何やら大きな穴があることに気づく。
「ねぇ、それってもしかして……」
「そのもしかしてッス。しばらく、ヘルとの交渉を頼むッス!」
頼むッス、じゃねぇぇぇぇぇっ!
ほら、エントラも何か言って……ダメ。この子まで、修行のことで大事なことに気づいてないっ?
どう足掻いたって、俺がヘルの世話役になるのが決定してるじゃないか!
「では、早速向かいましょう」
「あ、えっと……あの?」
さっきまで乗り気だった分、いまさら水を差すのが申し訳なくて言い出せない。
アサガオのしたり顔が、勇者ちゃんの深層を読み取っているみたいで怖い。
実は存外、悪い気はしてないんじゃないか?




