案件51「拙者でござるよ」
鉱山へと登っていく山道までの途中、そこから少し外れた岩石地帯。
走る人影が四つあった。
男女一組は手を繋ぎ、その後ろを黒装束の男が追いかける。
さらにずっと後ろを、ハッチングと薄手のコートの人物が走る。
「あっ……」
前の女性が足を躓かせるが、男性の方が支えようとする。
しかし、勢いを殺しきれず共倒れになってしまった。男性自身の疲労もあったのだろう。
「いたたた……」
「お二人とも、大丈夫でござるか?」
黒装束の男が駆け寄り、二人を助け起こす。言わずと知れたユウガオである。
転倒した方の男性は、苦笑を浮かべながら立ち上がろうとするも直ぐに膝を着く。
細身に眼鏡という容貌も、太ましやかで穏やかな体躯も、見覚えがある人物のはずだ。勇者ちゃんのご両親だった。
「もう相当走ったでござる。少し休憩が必要そうでござるな」
そこそこ年のいった二人にとって、負担のかかる距離を走ってきた。加えて、お世辞にも両人は運動に向いた体型とは言い難い。
父親の方は行商などで多少は維持して居ただろうが、それでも筋肉量などはユウガオに程遠い。
「すみません、勇者のお友達さん……」
ほぼ倒れたような状態から、勇者ちゃん父が頭を下げる。土下座と言った方が早いかもしれない。
砂埃の付いたメガネと額の汗を拭って、ユウガオと最後尾の人物を見比べた。
「大丈夫でござるよ。休憩する時間くらい、稼いでみせまする」
勇者ちゃん父に、笑いながら応えて追跡者を見つめる。
追跡者は、標的に追いついたことで足を止め、三人を撫でるように睨んでいく。
ユウガオ同様、息切らせている様子はない。
「時間稼ぎ程度なら余裕とは、言ってくれる」
威嚇する低い声を上げるも、ユウガオはどこ吹く風と言った様子だ。
最初の逃亡時、牽制程度に投石したことを除けば戦闘らしい行動は何も起こしていなかった。
そのため、追跡者とユウガオの力量差は誰もわからないはずである。
勇者ちゃんの両親も例に漏れず、両者の睨み合いを固唾を飲んで見守る。
「『エアー・カッター』!」「『エアー・カッター』」
追跡者が、不意打ち紛いに風の刃を放つ。それに反応したユウガオが、同じく手の一振りで魔法を相殺する。
これに目を見張ったは追跡者の方だった。
威力こそ他の“マテリアル”の魔法に劣るも、速度や静音性に優れているのが風である。それを予知したかのうように撃ち落としたのだから、驚くのも無理はない。
「『やられ方が格好良いパキラ』ことパキラ=カイエンナット。性別、女。年齢は21歳。風の“マテリアル”と“魔エネルギー”を所持。わざと負けたフリをするのも大変でござるなぁ」
「……なぜそれを?」
更に追跡者ことパキラが、顔をしかめるようなことを言い始める。
そして、返す言葉はシンプルだった。
「拙者は間者でござるよ」
微笑みを浮かべて、事もなげに言ってみせるユウガオ。
「いったい、いつにどこでどれだけ見ていた……?」
パキラはコートを直して睨みつける。
その反応に、ユウガオは表情を苦笑に変えて頬をポリポリと掻いた。
「いやでござるなぁ。拙者は、レディのプライベートを覗き見るような破廉恥漢ではござらんよ?」
否定する言葉に対し、パキラの視線は胡乱げであった。どこぞの妹がする表情に似ている。
「嘘っぽい」
「でござるか?」
あっさり否定されたので肩を竦めるしかない。
そして、そろそろ戦いに戻ろうとパキラが武器を構える。どこかに装着したアイテムから、取り出しただろう槍だ。
40センチメートルほどの穂先は赤黒く、柄は代わり映えしない鉄色。
互いに同じ“マテリアル”と“魔エネルギー”を所持している以上、魔法だけで優劣をつけるのは難しいと判断するのは正しい。
「僕のことを調べ尽くしているなら、これのことも?」
「もちろんでござるよ。|呪われた槍“ジェリダラース”でござったか」
パキラの訊いに頷き返す。
ダンジョンで手に入るアイテム――武器と着用する物――には、低確率だが『呪い』のかかっているもがある。特殊な効果が使えなくなる、取り外せなくなる、といったデメリットが大抵だろう。
しかし中には、呪われているからこそ効果を持つ例外もある。
そんな一部こそが、パキラの持つ“ジェリダーラース”だった。
「あぁ、効果のほどは調べきれなかったでござるよ。ここで披露してくれるなら助かるでござる」
「どこまでもふざけて……。凍れる翼が“ジェリダーラース”! その力を示せ!」
未だユウガオは、武器の“短刀Ⅲ”を引き抜いただけで棒立ちのだ。
そんな態度にパキラも歯噛みして突進する。ハッチングが弾け、セミロングの茶髪がはためく。
槍が生み出した気流が、薄氷を作り尾を引いた。
「ほぉ」
漏らした声は感嘆だったのだろうか。迫り来る刺突を、“短刀Ⅲ”で軽くいなした。
すぐさま槍を引いて鳩尾を穿つも、撃ち落とされる。筋肉が悲鳴を上げるような体勢で軌道修正。
切り上げる一筋も、続く数合の刺突も、ユウガオの周囲で乱反射する。
「……なっ! ハァ、ハァ……」
一撃すら、かすり傷も与えられずに活動限界が来たことをパキラは悟った。
体内が沸騰したかのように、視界を蒸気が染めていった。
「時間稼ぎだけならなんとかなったでござるな。しかし、これが呪いの槍でござるか」
ユウガオは武器を収めると、両手を何度か振り感覚を確かめるようグー・パーを続ける。決して軽い攻撃ではなかったことの証明だ。
続けて、少し考える素振りを見せた。
「槍が熱を吸収し、使用者に流してしまうんでござるな。諸刃の呪いを受ける代わりに、蒸気装置のような運動能力を得られると」
氷が出来上がるのは、激しい吸熱による冷却効果だ。
何度か頷いて、ユウガオはパキラから視線を外した。
「ま、待てっ!」
立ち去ろうとしたところをパキラが呼び止め、ユウガオは僅かに顔だけを振り向かせた。
「拙者、勇者殿ほど優しくはござらんよ」
「ヒッ……」
浮かべられた笑顔に、パキラは恐怖の表情を張り付かせて押し黙る。
そして、ただ去りゆく三人を見つめるだけであった。




