案件33「今日」
今日という日に感謝しよう。
新たな出会いが、いくつかの問題解決に役立ってくれたからである。
落ちていく日に照らされ、赤味を帯びた白い壁に背中を預けた。黄昏が少し近くて、街は少し遠い。
ファラエ君は、視線を逸して仏頂面をする。
うん? あぁ、眩しすぎたのか。
笑顔が――。
――少し時間は巻き戻る。
ヴェロニカタヌキからの借金の担保に、お店を入れたことを話し終えた後くらいか。
「……」
ファラエ母の反応としては、なんとも言い難いものだ。
怒っているわけではない。困ってはいる様子だが、息子の無謀に呆れてもいない。
だからこそ、俺が一番肩身が狭いのである。
「あ、あの、ファラエく……さんは悪くないんです。私も、責任を持って支払わせていただきますからっ」
何かわかり易い感情を見せてくれたなら、俺だって別の反応ができるんだが……。
「エー」「お母さん、言っておくけど彼女――元勇者とは行きがけの付き合いだよ」
母親を押し込めて、ファラエ君が釘を刺す。
おかしな勘違いをされても困ると言いたいのか?
「ってことは、この暴挙もビジネスってわけだね」
ファラエ母は察したようだ。
俺は何を要求されているのかさっぱりだが。まさか、未だに何も思い浮かんでいないダンジョン観光計画(仮)に、儲け話を見出したとでも言うのか。
ファラエが頷き、彼の母も納得した様子だ。
「どうせ、将来は譲るつもりだったし、運営に興味を持ってくれただけ良しとしましょう」
「そんなんで良いんです?」
「良いの、良いのっ」
「はぁ……」
ファラエ母が大丈夫なら、大丈夫なのだろう。
「それじゃあ、次は元勇者ちゃんのことだね」
「わ、私のことですか? できれば、返済のために街を回ってみたいんですけど……」
またしても顔アップ。
いったい何のことだ。まさか、ダンジョン観光計画(仮)の名案を教えてくれるのだろうか?
「女の子が着る服じゃないわね。見せなさい」
つい、「ファッ!?」っておかしな声が出た。
「なぁに驚いてるのよ? 女の子がそんなボロボロの服を着てちゃ駄目」
「え、えっと……これには色々と事情がありまして……」
ファラエ君が居なければ見せるのはやぶさかではない。
そこは、ファラエ母も察してくれたのか、息子を人払いする。
次の問題は、魔王から受けた拘束魔法だ。服を交換できなかったのも、袖を通せないからなんだよ!
無論、ポンチョ型のように『被る』だけ、『巻く』だけなら手段はいくらかあった。
「ふぅむ、なるほど。ちょっと任せておきなさい」
拘束魔法を見ただけで、ファラエ母はこっちの抱えている問題を読み取って解決策を提示してみせた。
シンプルにツーピース。肩口のボタンと紐で袖を止め、拘束されている部分をスリットで迂回させる。
下半分は、上半分と紐でつなぎながらも、普段と同様にベルトで止める。
「これ……お代は?」
「これはビジネス用のサービスよぉ」
「……貴女が神か!?」
「やぁね、神は衣を与えくださらないわよぉ」
「ハハハッ、その通りですね」
二人で冗談を言い合う。どれだけ感謝しても足りない。
「ありがとうございます。必ず、借金は返済させていただきます」
「えぇ、いってらっしゃい」
『行ってきます』
ここで、いつの間にか戻ってきていたファラエ君も口を挟んでくる。
いささかいきなりで驚いたが、更に手を取って進み出すので内心慌てたよ。そのまま客用の扉から店を出ていくんだ。
「あ、あのっ……」
「こうしておかないと、君は逸れそうだからね」
「私はそんなにおっちょこちょいじゃないわよ……」
ファラエ君まで、俺が道に迷うと思っているようだ。失礼してしまう。
しかし、不快ではない。
「それで、まずどこを案内してくれるのかしら?」
「どこに行きたい?」
「そう言われても……何があるのやら。一つずつ挙げて行って頂戴よ」
「何も知らないのかい? ガイドブックを買えばよかったのに。ほら、適当な店の前でも売ってる」
「ガイド、ブック……?」
意外でありながら、当たり前の名称が出てきたことに、俺は電撃に打たれたような気がしてしまった。
旅行なんて行く機会がほとんどなく、ガイドブックと呼べるような物を購入した記憶はない。良くて、周辺について書かれたパンフレットぐらいか。
しかし、観光地なのだからそうした物があるのは当然だ。
そしてそれが、俺にとって当たり前を思い出す一助になってくれた。
「そう、ガイドブック! それよ!!」
「はぁ? もう買ったよ」
俺は問題を解決する方法を得て、意気揚々と走り出した。
これから直ぐに戻って行動に写しても良かったが、それでは勿体無いと思った。この観光地を回り、情報を吸収するつもりだ。
「ね、ねぇっ……早いって!」
「ファラエが遅いのよ! ほら、この辺りの名物を教えてよね! 時間は有限よっ!」
ここの出身であるファラエがお勧めする場所で良い。
食べ物は期待できないが、それでも創意工夫は見られるだろう。
期せずして、意外に美味しい物が食べられて驚いたのを覚えている。
人間の想像と創造ほど驚かされる物はないと実感した日であった。
「さて、もう日が暮れるわね」
「最後に、あの尖塔に登ろう。第一世代に作られた物見の塔なんだ」
神社仏閣はわからないが、それでも歴史的建造物への敬意は持っている。
ファラエに勧められるまま――魔族と戦った時に蹴ってしまった――尖塔へと登って行った。本当にすんません……。
てっぺんにたどり着き、街を見下ろせばまーだダンジョンマスターとエントラが言い争いをしているのが見えた。
うわっ、リーサが危うく“黒陽のパラソル”の大技を繰り出す寸前だった!?
安堵したら、思わず顔の筋肉が緩んでしまう。笑顔ってことで誤魔化そう。
こうして、話は冒頭に戻る。




