案件32「最悪に幸運な日」
さっきからチラチラと、関所の人が俺のことを見てくる。
ファラエ君に手続きを任せているけど、やっぱり人目を引いてしまうか。
さっきまで町を跳び回っていたのは俺だものな。怪しまれるのも仕方ない。
「ファラエ=ノプシス・アフロディーテに間違いなさそうだ。通ってよし」
ファラエ君のフルネームがわかったところで、手続きがほぼ終わったようだ。
「それで、そちらの女性は……」
「えーと、彼女はペルシキャ総合商店……えーと、ヴェロニカ=ペルシキャさんの知り合いです」
誤魔化しが利く可能性を考えて、先程の大富豪さんのことを教えておいたんだ。
「以前にも、ペルシキャ総合商店で警備の依頼を受けたことがあって、そのぉ」
「……」
完全な排除要員から思案対象になり、許可を出すか否か微妙で揺れ始めた。
もう一押しのところで、ファラエ君は俺のフォローをすることができなくなってしまう。
ここで諦めては関所を超えられなくなってしまうので、俺も手を貸すことにした。
「ねぇ、まだかしら? 早くご両親に挨拶したいんだけれど」
「え、あ……うん、もう少し待って!」
再びファラエの手を握り、関所の人を気にしないよう振る舞う。
さすがに戸惑った表情を浮かべるだろうが、直ぐにこっちの意図を汲み取ってくれる。
ファラエ君は、気の弱さこそ目立つが決して愚鈍ではない。
「うむ……。通って良いぞ」
眼の前でイチャイチャされるのは気分も悪かろう。存外、素直に通してくれた。
気が変わらない内に、俺はさっさと先へと進む。
さて、最初にすべきはヴェロニカの古狸さんへの弁償を考えることだ。当然、俺はペルシキャ邸へと向かう
応接室までの流れは順調で、後は話し合うだけだ。
「――10000ゴールドですなぁ」
話し合いの結果、突きつけられた現実はそれである。
「一万、ゴールド……ですか?」
「えぇ、最上質の“マジック・チャーム”一個分と言えば易いですが、これでも工事費用だけなんですなぁ」
要求された金額は決して高額ではない。町一番の商人のお屋敷を1~2部屋破壊した、その工事費用だけで考えるならば。
その程度で抑えてくれているだけ、ありがたい話である。
「しばし、お待ちくださいませんか……? 出来次第、支払わせていただきますので」
けれど、お金がないので平に頭を下げてお願いする。
そりゃダンジョンマスターの誰かに頼めば、それくらいの金額など工面してくれるだろう。
しかし、それは誰かに恩を受けるってことだ。お金なんて必要としない、ダンジョンマスターの誰かに、だ。
「おやおや、直ぐには支払えないと? 困りましたねぇ」
丸くだらしない顔が近づいてくる。
冷や汗が幾度と流れ、俺は古狸さんを直視できなくなった。
「こちらとしては、担保もなしに負債者を町から出したくはないのですが」
今となっては、『勇者』なんて肩書は信用にすらなりえないようだ。まぁ、お金のために盗賊を捕まえる依頼を受けた経緯もあるしなぁ……。
「別に、勇者さんが身体で払ってくださっても構わないのですよぉ?」
ぷっくりとした脂の多い手が、顔を撫でようとする。
隣で、カチャリとコーヒーカップが鳴る。ファラエ君が何気なくソーサーを持ち上げて、カップを口に運んだだけだ。
「そ、それだけは勘弁してください……」
ヴェロニカの古狸が何を欲しがっているのかはわかった。
しかし俺は、売り渡すまいと頭を下げる。ボロボロになったチュニックの、今にも千切れてしまいそうな裾を握りしめる。
法と責任、そして守るべき物を前にして、俺が如何に弱かったのかを知った。
困り果てて目を回す俺を見かねて、口を開いたのはファラエ君だ。
「分かりました。その担保については、僕の家――お店では駄目ですか?」
大胆なことを仰る……。
家でいて店舗って、無くなったらとても困る建物じゃないか。それを、他人の借金の担保にするなんて。
馬鹿だよ、ファラエ君!
「な、何を言って」「1万ゴールドに対して十分でしょう」
俺の言葉を遮りやがった。
「アフロディーテさん、でしたか? あぁ……なるほど。確かに、お釣りがでますなぁ」
「ではっ」
「分かりました。お認めしましょう」
二人だけで勝手に話を勧めないで欲しい。
「えっと……ファラエはそれで良いの?」
「良いよ。一緒に両親……だけしかいないけど、挨拶へ行くんだから」
「うっ……」
そこを突かれると弱い。
「おぉぉ、そういうことでしたか。では、手早く誓約書などを認めましょう」
こうして、俺は流されるままにファラエ君の家は行くことになる。まさか、とんでもない信用を背負って。
ファラエ君に案内されるまま、街角にある大きな服飾店へとやってきた。
「ここが家? 服屋ってことは……」
「そう、ここが服屋アフロディーテ。家業を投げて探索者をしている放蕩息子さ」
「はぁ……。結構なお坊ちゃんよね? 探索者なんて勿体無いと思うわよ?」
「レールの敷かれた人生なんてまっぴら。小さい頃から手伝いをしているけど、探索者ほどワクワクしないんだ」
「うーん、手に職がついているって良いことよ。まだ若いファラエ君にも、わかる日がくるわ」
もっと若い勇者ちゃんには言われたくないとでも言うような視線は無視した。
俺達は裏口から店内に入り、空いているフロアで綺羅びやかな衣服に出会う。俺は、「ホゥッ」と息を飲んだ。
「綺麗な装飾ね。金銀で花があしらってあっても過分じゃないし、良い腕をしてるわ」
服のことなど詳しくないが、機能性と芸術性を兼ね備えた作品に理解は及ぶ。
「あら、ファラエが連れてくる娘にしては分かってるじゃないか。うぅぅん?」
無遠慮に顔面アップで話しかけてきたのは、熟年のやせ細った女性だ。
しかし、飾ることを忘れてもいないし、不健康そうでもない。
「近っ……あ、えっと、お母様で?」
「なるほどね。ファラエ、久しぶりに帰ってたと思ったら、面倒事を抱えてるわね」
「うっ……バレてるかぁ」
俺が驚いている間に、文字通り鼻が利くらしいオバちゃんは容易くファラエ君の内心を言い当てる。
そりゃ、お母様は服飾店の店長なのだろう。見た目麗しくもポンチョの下に薄汚れた格好を隠していることなどお見通しである。
住居部と思しき扉へ促された俺達。なぜ……なぜ、逆らえない!?




