案件20「ダンジョン・ホリデー4」
「それでは、エントラ先生お願いします」
俺は、賢者の少年に解説を任せた。
「勇者様がやってくれるんじゃないんッスか?」
「理屈を知っているのと、わかりやすく説明できるのと、では似ているようで違うのよ」
だからと、十にもならない少年に丸投げするのは恥ずかしくないのか、だって?
恥ずかしいわけがない。
教えを請うのに年齢の差など関係ない。ましてや、年の功なんてものもあって無いようなものだ。
尊敬できない年寄りも居れば、平伏さえしたくなるような子供も存在して然り。
「喜んで!」
嬉々として引き受けてくれるエントラなど、後者に当たる。
勇者ちゃんが、後でどんなご褒美をくれるのかと、期待する眼差しを除けば……。
「今夜は勇者様の部屋で、私、賢者様、勇者様、兄者の順で雑魚寝ッスね」
「お風呂に入っておけるだけマシよ……」
四人が入ると足の踏み場がなくなるような自室だ。
密着する口実を与えてしまうことについては諦めよう。
「……」
なお、ユウガオは寂しそうにアサガオを見ている。
「一緒の部屋で寝られるだけマシだと思うッスよ?」
「承知したでござる……」
アサガオの奴め、申し分ない笑顔だぜ。
「はい、そろそろ私語は謹んでください。講義を始めます」
俺達が雑談している間に、エントラがせっせとガーデンロード王国の簡易地図を書き終えていた。
勇者ちゃんの住むこの国は、東の鉱山地帯イースティコチと、南の熱帯雨林サウスパラディスに挟まれている。
「ガーデンロードは、鉱物資源と森の恵みの両方を好いとこ取りした国であるため、非常に過ごし易くなっています」
「王国の形は、蜂の巣を切り取ったような感じなんッスね。何か意味があるんッスか?」
脳味噌はモンブランのクセして、アサガオのこういう鋭さは侮れない。
その質問に、エントラは軽く頷いて文字を記していく。
六角形を3つくっつけて、下層民、上層民、王城に区分している。一応、どの六角形からでもいずれかに到達できるように一辺は隣接している。
「三位一体であってこその国なんです」
「?」
「国の体裁というのもあるんでしょうけど、やっぱり国は民あってこそ。また、民は王のためにあるべきだ。って話ね」
首を傾げるアサガオに、俺が噛み砕いて教えてやる。エントラの説明が難しいのではなく、アサガオやユウガオの経験がないだけだ。
ピンとは来ていないようだが、「なるほどッス」とアサガオは納得する。
下層民は上層のために働く。上層民は国王のために働き、下層民を管理する。
そして、国王は両国民のために政治を執り行う。
下層民は被差別階級であるものの、奴隷階級ってわけじゃないのが味噌だな。だから、これが『市』の話につながってくるわけだ。
探索者が持ち寄ったアイテムを自由に取引できるのが『市』である。
「上から下へ行くのは簡単ですが、その逆はそれなりの手続きと理由が必要です。そうなりますと、下層民が商売目的で入れるのは上層民の区画くらいのものでしょう」
「知ってるッスよ。だから、入区料や露天費用だけでもバカにならないッス」
「それを言っては、普通に武器屋などで売ればそれこそほぼ捨て値でござる。行商しても、村の規模で上位の武具を相場通りに購入するのは辛いでござろう」
「旅費を加味すれば、赤字覚悟ね」
関税の考え方だな。中には、担当の兵士が売上を見越して入区料をふっかけてくることもあるけど。
さて、ここらでアサガオの頭も程良く煮えてきた様子だ。
俺はエントラに、講義を巻くよう合図する。
「結論を申しますと、下層民が上位の武具を売る場合は市に出した方が儲けられる可能性が比較的大きいということです」
「あー……」
白目を剥いて返事をするアサガオ。もはや理解したのかわからない。
「とりあえず、お風呂にでも入ってしゃっきりしましょうか」
俺は苦笑しながらアサガオを引きずっていく。
「ガタッ!」
なぜ口に出して言ったのかは聞かないが、座っていたまえユウガオ君。
「勇者様、お背中流しますよ?」
エントラまで……。敬愛であって、下心が無いからなお質が悪いわ。
二人してにじり寄ってくるんじゃねぇ!
なんで実家に帰省したってぇのに、ゆっくりできない休日にならなきゃいけないんだよ!
「大人数で入れるほど家のお風呂は大きくないわよっ。ユウガオはアイテムの整理、エントラは火を焚いて頂戴」
「承知したでござる」
「わかりました」
二人は返事をして、作業へと移る。
聞き分けが良いのは救いだな。
ちなみに、エントラは火と水、土の“マテリアル”と“魔エネルギー”を持ち合わせている。賢いだけじゃない。
いや、天才だ。
そんな天才少年に、風呂焚きをさせている無駄遣い感と言ったら……。
しかし、エントラがそれで良いと言うのだから仕方がないんじゃなかろうか。
釈然としないものを抱えながら、勇者ちゃんの休日は過ぎていくのだった。




