案件19「ダンジョン・ホリデー3」
丸みを帯びた鉄製の建物が、下層民の一般的な民家だ。
勇者ちゃんの家も、赤錆の浮いた2階建てという珍しくない家屋である。
窓ははめ殺しの丸型、戸も頭が丸くなっている無骨な鉄板。蒸気装置用のパイプの曲線美までもが美しい。
工場の中に民家が建っているという感じか。
俺は丸型窓から家の様子を伺おうとする。
「そんなに警戒しなくても良いんじゃないッスかね?」
「シィッ」
アサガオに諭されるも、俺はそれを制止して観察に入った。
丁度、小太りの女性がいる。勇者ちゃんの母親で、名をルティシアと言う。
お母さんは、俺が覗いているのに気づいていない。
A4版紙くらいの肖像画に祈りを捧げるのに夢中だからだ。
目と口の部分を切り抜いた麻袋を被り、マントと七分丈のパンツを履いた男性の肖像だ。
「お母さん……」
なんであんなものに、という気持ちから声を出してしまう。
「っ? え……勇者? 勇者なの?」
「……その、た、ただいまっ!」
えぇい、ままよ! どんな罵声を浴びせかけられても、受け止めるしかないんだ。
それだけの裏切りを、俺はやらかしたんだから。
俺の覚悟とは裏腹に、膨よかな腕と体が包み込んでくる。
「おかえりなさい、勇者……」
「……どうして」
「?」
俺は、どうやら許されたみたいだ。
もはや悔恨なんてものはなく、予てからの疑問をぶつける。
「なんで、『謎の覆面探索者マスクメロ』の肖像画なんて飾ってんのよ?」
「なんでって、ファンになっちゃったからに決まってるじゃないっ」
決まってるのかよ。
俺が最後に戻った時は、『やられ方が格好良いパキラ』とかいう探索者だった。そう言えば、元ガーデンロード王国の兵士だっけ?
「あらやだ、私ったら。お父さんを呼んで来ないとダメね」
「今日、お父さんはいるのね。お店の方はどう?」
勇者ちゃんの父親に、帰省を知らせるためお母さんは踵を返した。
ちなみに、お父さんは道具屋を営んでいる。実家の建物に隣接する形でお店がある。
「大丈夫よぉ。武具は流石に行商しないとダメだけれど」
俺の質問にそう答えて、お母さんはお店の方へ姿を消した。
見届けた直ぐ、アサガオの開口一番。
「ほら、言った通りじゃないッスか」
「……えぇ、こんなにすんなり行くと私も拍子抜けよ」
最初から勇気を振り絞っていれば、悩み続けなくて済んだのだ。勇者という肩書を得ておいて、笑えてしまう。
そんな俺の自嘲を察してか、エントラがフォローしてくれる。
「敵に立ち向かう勇気と、過ちを認める勇気、同じようで違いますから」
「……ありがとう」
親不孝を二度もしてしまったという事実は変えられないまでも、肩の荷が降りた。
そうしている間に、お母さんはお父さんを連れて戻ってきた。
痩躯で、短い不精髭を残した面長の男性だ。人の良い商人を体現したような容姿で、それにそぐう性格をしている。
「勇者、おかえり。」
メガネを掛けた柔和な顔をさらに優しくして、言った。
「ただいま。一日ぐらいしか居られないけど、これからもたまに帰ってくるわ」
帰省中の娘というのはこんな感じなのだろう。そう思わせるような返事しかできなかった。
それでも不愉快そうにしないのだから、両親揃って性格美人だと思う。
顔は……言わせんな恥ずかしい。
「つくづく思うんッスけど……」
両親と勇者ちゃんの容姿を見比べて、余計なことを考えてしまうのはアサガオの悪い癖だ。
「家族水入らずですよね! 僕達は、宿屋に止まることにしましょう!」
「そうでござるな! そうでござるよ!」
やめてぇ! 助かるけど、そんなところで忖度されても気持ち悪いからっ!
「あら、お友達の皆さんもゆっくりして行かれてくださいな」
「手狭で申し訳ないけど、この前も泊められたんだから大丈夫だよ」
父母、気づいてか否か、変わらない様子で全員のお泊りを快諾してくれる。
「そ、そうよ! 無駄遣いする必要もないわ!」
慌てて話題を逸らすため、俺は“機械仕掛けのレッグポーチ”からアイテムを取り出す。
ダンジョンで集めていた品々だ。
家計の足しにして貰おうと思って。
「結構集まったと思うんだけれど? あ、武具とかは大丈夫?」
持てる限り持ってきたので、机からこぼれてしまった。
ユウガオとアサガオも懐からアイテムを取り出していく。
「こんなに沢山……。皆さんまで」
「ありがとう。鑑定した後で支払わせて貰うよ」
せめてもの親孝行なのだから、そのまま受け取って欲しい。
そう思ってもこの両親なので、説得は難航した。最終的に、最低限の路銀分だけという形で収まった。
「捨て値で買い叩かれても数万ゴールドでしょうね。やっぱり、武具は探索者の市に?」
「兵士か探索者くらいしか買わないでござろうし、それが良いでござろう」
あれやこれやと分別していると、俺達に不要な得物がどうしても過剰になってくる。
わかっていたことだが、懸念の種である。
「市場ッスか? このお店で売った方が、手数料とかかからないッスよ?」
この脳味噌バラ園は……。
俺はため息を吐いて、アサガオに説明してやることにした。
両親も、アサガオの単純な思考回路を知っているので、笑っているだけである。一度、短絡してみたら良くなるんじゃないかね。
馬鹿な子ほど可愛いってことなのか? そういう点、勇者ちゃんは手がかからなかったのかも。
さて、少し長くなるので次回へ続く。
シリアスなど知らぬ。




