案件11「ダンジョンと栄華と陰2」
北の大地、極寒の煉獄ノーシアクアに佇む巨塔。そこが水の“マテリアル”ダンジョンだった。
幾多もの塔を渡り廊下がつなぎ、どこか石のクモの巣を思わせる作りになっている。
「ここはさっき通った部屋ね……」
「そうッスか?」
上階への道が見つからずに、俺達は迷子になっていた。
アサガオはこの通りだし、ユウガオは言わずもがな。
「なぁに、ここに到っては妹を先へ進ませなくて正解なのだぁっ」
言いたいことはわかる。
「それには同意するけれど、ヘルに合わないって選択もないのよね……」
可能性としては考えていたものの、はやりと言うべきか。『オート・ヒール』の“スクロール”を、ダンジョンマスターのヘルボルスが独占していたのである。
よって、こうしてダンジョンの最上階を目指している。ヘルボラスことヘルに、『オート・ヒール』の“スクロール”を分けてもらうよう交渉するために。
「あのような女誑しに、勇者殿が頭を下げるというのでござるか?」
「必要ならそうするわ。私のダンジョン成長戦略のために必要なら、ね」
ここで諦めるという選択肢はない。
何のために、我の強いダンジョンマスター達に求婚してきたのか。
彼らを利用するような真似をしてきたのか。
「ヘルのあの性格は好きになれないけれど、別に分からず屋じゃないから。快く“スクロール”を譲ってくれることを祈りましょう」
女にだらしないという点を除けば、四人のダンジョンマスターの中では一番悪党だ。安っぽい言い方をすれば、悪の中の悪。
「魔王よりも悪人っぽいってどういうことッスかね?」
「さぁ。魔族にも『気質』があるのかもしれないわね」
「俺は会いたくないでござるよ。絶対に、首領とかそういう『気質』でござる」
そう、ヘルボルスという魔族は、目の前にある通り非常に威圧的であった。
話してる間に上階への道を見つけて、ダンジョンマスターが待つ塔の頂上へとやってこれた。
「……」
ユウガオが、自身より痩躯のヘルに気圧される。
「ふぅ……」
俺は呼吸を整え、覚悟を決めた。リーサとはまた異なる蒼白の肌に、張り付いた怒気を感じとって。
「ぅん……」
金細工で作られたとも思える長髪に縁取られた幽玄の貴公子を前に、アサガオは何を納得したのだろうか。
毛皮に覆われた横広の椅子に鎮座し、背もたれに肘を置いて頬杖を突く、半裸の男。
今まさに、四人の美女を侍らさんとしている。
日に焼けていない肌はノーシアクア周辺のものだろう。
「お取り込みの途中、失礼します。本日は、お願いがありましてまいりました」
俺達三人は、貴公子の前に膝を折って頭を床に擦りつける。
程度の距離を置いて並び、武器はちゃんと頭の先へと差し出して敵意がないことを示す。
アサガオなど、ゴテゴテとした“蒸気銃Ⅱ”用のバックパックが重そうだ。
「一度は、俺を裏切っておいて……良くもまぁ顔を見せられたものだな。その頭は俺に捧げるものと取って良いのか?」
屈辱的ではあるが、頭を下げるのは以前の仕事で慣れた。プライドを捨てることもお手の物。
ただ、生憎と、男の前で直ぐに服を脱ぐ女というのは信用できない性質だ。
本当に命を奪うつもりなら、わざわざ問答などせずに一瞬で殺し来るだろう。
「ど、どうか、先の狼藉につきましては御容赦ください……。貴方を倒すにはあのような手段の他に糸口がなかったものでして……」
「お似合いの最期だったと思うッスけど、おぐっ!」
「アホが失礼しましたっ!」
この女誑しの唯一にして最初の敗北が腹上死というのは、まさに自業自得と言えるだろう。
アサガオが口を滑らせそうになったので、石畳に押しつけて沈黙させておく。
「策を弄することに何ら制限はない。勇者としてのプライドを捨てた演技に騙されたのも、俺の未熟さゆえ」
どうやら、怒りは納めてくれるらしい。許してくれるとは言っていない。
「話し合いの場ぐらいは設けよう。内容と条件、こちらの得次第では、願いを聞いてやらなくもない」
魔族だからこそ、勇者との勝ち負けをいつまでも引きずらない。
王というよりも、犯罪組織の首領と言われた方が確かに納まりの良い。
「温情、感謝いたします」
これで一安心だ。
多少の無茶は要求されるだろうが、今の理不尽に比べればどうということはあるまい。
しかし、未だ気の休まらないことがある。女達の三人を見つめる視線だ。
「うーん……気持ちの良いもんじゃないッスね」
「仕方ないわ。勇者没落の噂がいつまでも届かないとは思えないしね」
「しかし、あれがこれまで縋ってきた方への態度でござるか?」
ボソボソと小声で話し合う俺達。
二人の言い分もわかる。
今の今まで、勇者という存在に縋って来ておいて、魔王に一度負けたぐらいで手の平を返したのだから。
「一泡吹かせてやりましょうか」
勝手に二十歳にもならない少女へ期待を寄せて、裏切られたと騒ぐのはお門違いだ。
関係のない他人にまで、冷ややかに見下す視線を受ける謂れはない。
だから、俺達は動いた。言葉など交わす必要はない。これまで、幾度となく以心伝心で戦ってきたのだから。




