9話~受けます!~
「おう。ちょっと待てや」
ところ同じく。冒険者ギルドの酒場。
腕相撲勝負に勝った俺は、約束通り冒険者登録をしようとカウンターに向かった。それを、またもやハゲ親父のバンドンが阻止してきたのだ。
肩を掴まれ、酒場の椅子に座らされる。そして、並々とミルクが入ったコッブがそこに置かれる。
「飲め、飲め。今日は俺の奢りだ!」
今度は飲み比べか?と思ったら、どうも違うらしい。勝った俺に、奢ってくれるそうだ。
登録を先にしたかったが…まぁ、少しくらい付き合うか。
「やるじゃねぇか、お前。スキル無しなんてのは嘘だろ?」
ミルクを飲もうとしているのに、俺の肩を叩くバンドン。
零れる、零れる!
「本当ですよ。ちょっと前に、鑑定してもらいましたから」
「はっ!スキルなしで、俺に勝てる訳ねぇだろ」
バンドンは酒を置いて、人差し指を向けて来る。
「良いか?お前の村でどうだったか知らねぇが、ここでは力を誇示しねぇと仕事にありつけねぇぞ?特にお前は、実績もなけりゃ見た目も細い。一生ドブ掃除のクエストなんて嫌だろ?」
「えっ?クエストにもスキルが必要なんです?」
俺が驚くと、バンドンさんは俺の肩を掴んで「ちょっと来い」と引っ張っていった。
ああ、俺のミルクが…。
「こいつがクエストボードだ。ここに毎朝、クエストが貼り出される。そんで、この紙には募集してる冒険者の特徴が書かれてんだよ」
バンドンさんがコルクボードから紙を1枚取って、俺に見せる。
ええっと…〈募集要項:Dランク2人以上。もしくは、相応の実力者求む〉…か。
「何処にも、スキルの事は書かれていませんが?」
「なんだ、お前。文字が読めるのか」
ああ、識字率が低いのね。この世界。
「読めるなら分かるだろ。そこに、経験年数とか実力者求めるとか書かれてるのが。そいつがスキルだ。スキルがあれば、その分を埋めてくれる。受付でクエストを受けてくれる確立が、大幅に上がるんだよ」
なるほど。つまりスキルとは信用ということか。資格を持っていれば、面接に受かり易いのと同じかな?
「ありがとうございます。でも本当に、僕はスキル無しなんです」
「ふんっ。頑固な奴だ。だがお前の腕力なら、スキルを隠してでも働けるだろう。なんなら、俺が幾つか口を利いてやるよ。なぁ!クレール」
バンドンさんは得意げに、受付のお姉さんに声を掛ける。それに彼女は「ふんっ」と素っ気ない声を返すも、軽く手は上げてくれた。
おお。先輩社員からの紹介か。それも立派な信頼と言える。
有難い。最初は危ない人かと思ったけど、面倒見の良い人だな。もしかしたら、絡んで来たのも俺を心配しての事だったのかも。
「しっかし。その歳で村を追い出されるなんて、何したんだ?お前」
「えっ?追い出される?」
どういう事?
「だって、そうだろ?15で成人するまでは、村から出られない。それが普通だ」
15で、成人ねぇ。
「あの~…僕は先月、16歳になったんですけど…」
「なにぃ!?ウソだろ?」
跳び上がらんばかりに驚くバンドンさん。
ああ、日本人だから若く見られるのか。欧米人からしたら、俺達はベビーフェイスだからな。
だからミルクだったのかと納得していると、またもや肩を掴まれる。そして、酒場へと逆戻り。
「成人してるなら先に言え!ほら、ミルクなんて捨てて、エールを飲め!」
ドンドンッ!と樽のように大きなコップを目の前に置くバンドンさん。いつの間にか、世紀末なお仲間も集まって来ていた。
「マジか。酒いけるのか」
「始めっから言えよ」
「おら、グイッと行け、グイッと。俺に勝ったんだ。遠慮せずに行っちまえ」
バンドンさんに釣られて、他の人達も盛り上がる。
アカン。さっきまでは、俺が子供と思って手加減してたんだ。急に大学生のノリになりやがったぞ、こいつら。
断ることも出来ず、俺は小樽を抱える。そして、中身を口へと流し込んだ。
生ぬるいビールみたいだ。気持ち悪い。
そう思いながら、俺はどんどん流し込む。勿論、喉には亜空間を開いている。
この世界では成人してても、日本では未成年だからな。酒は飲めん。特に、こんな不味い酒はな。
「お~!良い飲みっぷりじゃねえか」
小樽を空にすると、みんなから称賛される。拍手を沢山送られて、エールのおかわりも贈られた。
ふぁっ!?
「ルーカスが奢るとよ。そんでこっちは、フィンからだ」
「ありがとよ!坊主。お前のお陰で、懐が温まったぜ!そのお礼だ!」
なんと、賭けに勝った人達から奢られてしまった。
こりゃ堪らんと、俺は次々に樽を空けていく。すると、周りはさっきと同じ様に盛り上がり、坊主に負けるかと対抗心を燃やす奴まで現れた。
いや、そっちが奢って来るからでしょ?
そんなバカをやっていると、時間がみるみる溶けていった。気が付くと、外が薄っすら明るくなってきていた。
マジか。まだ未成年なのに、飲み明かしてしまった。
「うぃ~。坊主、もう一戦だぁ~」
バンドンさん達も潰れてしまった。
そりゃ、一晩中飲んでりゃ倒れるか。
俺が惨状を見回していると、後ろで「うっ、うんっ」とワザとらしい咳払いが聞こえた。振り返ると、さっきまで受付に立っていたクレールさんが仁王立ちになっていた。
彼女の血走った目が、俺を射抜く。
「終わったんなら、とっとと片付けなさい」
…お騒がせしました。
「これが冒険者カード。あんたのランクは底辺のEよ」
会場を片付け、バンドンさん達を2階に収容した俺は、漸く冒険者登録をすることが出来た。
俺達のせいで仕事が増えたクレールさんは、随分と機嫌が悪く、説明もそれなりでカードを投げて寄越した。
おっかねぇ。逆らわないようにしよう。
「クロード…で、名前に間違いは無いわね?再発行は銀貨1枚よ」
「はい。間違いありません」
俺は大きく頷き、カードを見る。そこには確かに、〈クロード:Eランク〉の文字が刻まれていた。
本名を名乗る訳にはいかないからね。これを機に、記憶にある冒険者ネームを使わせてもらった。
「それと、バンドンから推薦クエストが来てるわ」
俺がカードを仕舞うと、クレールさんが紙を一枚差し出してくる。
ふむふむ。倉庫整理のお仕事か。ベテラン冒険者を求むと。
「本当なら、スキル持ちに回したい案件よ。ギルドとしてもお得意様だからね。でも、あんたなら出来るって、あのハゲが言うもんだからさ。どうする?」
「受けます!」
頷くと、「あっそ」と素っ気ない返事を返すクレールさん。
彼女はチャチャッと書類を処理して、俺に小さな紙切れを渡してくる。
「これを依頼主に渡しなさい。遅くとも、昼までには到着すること」
「今から行くのは失礼でしょうか?」
そう聞くと、クレールさんは呆気に取られた顔をする。そして、「ふっ」と嘲笑した。
「途中で倒れないなら、それでも良いわよ」
「了解です!」
クレールさんに敬礼して、俺はギルドを出る。その際に、お姉さんの盛大なため息が聞こえたが…俺が失敗しないか不安なのかな?
安心してくれ。俺の亜空間は、こういう作業でも活躍できる。
俺はギルドを出ると直ぐに、路地に入る。そこで亜空間に飛び込み、入口を閉じる。
こうすると、亜空間内の時間は著しく遅くなる。食材を置いていても腐らないのはその為だ。
俺はここで、暫く休憩を取る。教会から頂いた水で体を洗い、高級ベッドで爆睡だ。真っ暗で騒音も無いから、直ぐ夢の世界にご招待される。
そして十分に寝てから外に出ても、まだ太陽は顔を出したばかりであった。
さて、倉庫は南門の方にあるみたいだ。街の様子も見たいし、歩いて行くか。
朝の大通りを歩いていると、昨夜とは違う街の顔を楽しむことが出来た。
昨日は繁華街って感じがしたけど、今は静かな住宅街みたいに見える。お母さんが水くみをしたり、魔道具で火起こしをしている。野菜の歩き売りをする人や、朝から屋台を開いている人も居た。
良い匂いだけど、昨晩は散々奢って貰っちゃったからな。朝食はスキップだ。
そうして暫く歩いていると、段々と周りが殺風景になってきた。商店は無くなり、宿屋や大きな屋敷が目立つようになる。
そんな中に、目当ての倉庫街が広がる。商店街よりも道が広く、幌付きの馬車が至る所に路駐していた。馬の周りで駆けまわっているのは、商店に雇われている小僧だろうか。
「動くな!」
突然、路地の向こう側で大きな声が響く。その後も何やらゴタゴタと物騒な音が続いている。何だろうと路地を抜けると、そこには商人の馬車を襲う聖騎士達の姿があった。
ふぁっ!?女神教の聖職者が、暴徒になってる!?
「うん?なんだ、お前は」
その光景に驚いていると、独りの騎士がこちらに近付いてきた。胡乱気な目で、俺を見下ろして来る。
「誰だ?お前は。こいつらの仲間か?」
仲間?
もしかして、襲っているんじゃなくて取り締まっている?この商人達は、何かの違反者?
そう考えた俺は、慌てて否定してギルドカードを取り出す。
「私の名前はクロード。Eランク冒険者です」
「Eランク…であれば、街の外には出ないか」
騎士はブツブツ呟くと、「なら良いぞ」と疑いの目を外す。
どういうことか分からんが…先ず、この状況を知りたい。
「この人達はどうしたんですか?何か、悪い事をしたんです?」
「うん?ああ。こいつらは密輸人だ。街の税関を通さずに、商品を持ち込んだのだ」
「ああ、なるほど」
そりゃ、こいつらが悪いな。
俺は取り押さえられた商人達を見て、そこに詰まれている商品を見る。
草や木の根が多いな。何やら怪しい瓶もあるし。もしかして違法薬物とかも持ち込んでいるんじゃないの?
「それで?Eランク冒険者が、こんな所で何をしている。ドブさらいなら、西区の方に行くと思うが?」
おっと。あまりジロジロ見ていたから、また怪しまれ始めてしまった。
俺は騎士に向き直り、背筋を伸ばす。
「ドブさらいではありません。ベルマン商会さんの依頼を受け、倉庫に向かう途中だったのです。ですが、迷ってしまい」
「ああ、ベルマンな。それなら、そこの角を右に曲がって真っ直ぐだ」
「右で真っ直ぐですね。ありがとうございます!」
俺は大きく頭を下げ、そそくさとその場を立ち去る。
騎士は俺の背を見送っていたが、直ぐに視線を外したみたいだった。後ろの方で、捕縛された商人達のうめき声が小さく聞こえた。
そこまで離れて、俺は先ほどの現場がおかしい事に気が付く。
なんで、聖騎士が脱税者を取り締まっていたんだ?そう言うのは、衛兵や憲兵の仕事じゃないのか?
不可解に思ったが、騎士の言うことは正しかった。目的地はすぐに見つかり、そこでは大量の荷馬車が空の状態で駐車していた。
その手前で、帽子を被った兄さんが、道端で煙草の煙をくゆらせていた。
思っていたよりも若いけど、彼が依頼主のフランツさんかな?
「初めまして、冒険者のクロードです。倉庫整理クエストで参りましたが…」
「あん?なに?お前が冒険者?」
お兄さんは訝しそうに俺の頭からつま先までを見回して、再び俺の目を見た。
「なんか、スキルでも持ってんのか?」
また、スキルの話か。
「いえ、スキルはありません。ですが、とてもゆうよ…」
「はっ!だったら帰れや。お前みたいな貧弱に、この仕事が出来る訳ねぇんだよ!」
取り付く島もなく拒否られてしまった。
一難去って、また一難だな。




