8話~なんだ?坊主。依頼か?~
俺が放置された森は、普段人が踏み入らない場所らしい。
何故分かるのか?それは、
【【ガルルルル】】
俺が絶賛、魔物に取り囲まれているからだ。
ただ血をぶち撒けただけなのに、こんな入れ食い状態になるとは…。
余程、人が入っていないと見える。あの騎士達が早々に切り上げたのも、頷けるってもんだ。これなら、死んでなくとも死んじゃうから。
【ガオゥ!】
獰猛な狼が襲ってくる。
フォレストウルフって奴かな?犬系は思い入れがあるから戦いたくは無かったが、牙を向けてくるなら仕方ない。
俺は試しに、迫ってきた狼を殴りつける。でも、全く怯まない。豊かな毛皮にパフッと吸われて、殆どダメージが入らなかった。
その為、狼は易々と俺の腕に噛みついて来る。その鋭利な牙で、カジカジとしてきた。
ポキッと、嫌な音がした。腕の骨が折れたみたいだ。
だが、痛みはない。元々、噛みつかれたのは俺の腕ではなく、ダミーで入れ替えたゴブリンの腕だからだ。俺のはちゃんと、亜空間の中に退避していた。
それでも…なかなかの威力だな。狼の噛みつき攻撃。食いちぎられて、持って行かれてしまった。
狼の強さに舌を巻きながらも、俺は動き出す。表はダミー人形と入れ替えて、亜空間に潜る。そして、教会から頂いた槍を何本か手に取り、亜空間を開く。そこから見えるのは、ダミー人形に喰らいつく狼の姿。
そこに向けて、俺は槍を突き出した。
そいやっ!
グサッ!
【キャオォオンッ!】
確かな手応えのあと、狼の苦しそうな声が聞こえる。
俺はその槍を放置し、また別の場所に出口を作る。そこから見えた別の狼に向って、思いっきり剣を突き刺した。
ほいっと!
【ギャウッ!】
もう一体。
【キャウンッ!】
そうして、俺は一方的に狼の群れを攻撃する。
最初はよだれを垂らしていた彼らも、謎の死を遂げる仲間たちを見て怖くなったのか、徐々に後ずさりをし始めた。
そして、ものの5分もしない内に、尻尾を巻いて逃げて行った。
倒した狼は、5体。
思ったより少ないな。やっぱり剣や槍は扱いにくい。重火器とか戦車が欲しい所だけど…この世界には無いよな。
代用品を探さないと。
狼の死体を回収し終えた俺は、空を見上げる。日が傾き出しているけど、まだ明るい。暗くなるまで、森の中を探索することにした。
でも結局、目ぼしい物はなかった。追加でゴブリンと狼をゲットしたのと、大岩を幾つか見つけたくらいだ。
そうしていると、空が暗くなってきた。
そろそろ良いか。
俺は亜空間を開き、その中に入る。出口は、空の彼方に作り出した。
そこから顔だけ出すと、強風が頬を叩く。頭上には満天の星空が広がり、地上は闇で覆われていた。
絶景かな、絶景かな。
俺は亜空間の中で地図を広げ、地上の様子と照らし合わせる。
随分と大雑把な地図だ。街道の位置とかメチャクチャだな。伊能忠敬に転生してもらいたいくらいだよ。
愚痴りながらも、俺は街を見つける。名前は…〈クリオール〉か。教会からはかなり距離があるし、明るさもそれなりだ。きっと栄えているのだろう。
あそこの街で、色々と旅の準備をしよう。亜空間は万能だけど、攻撃力はない。教会のクズ武器ではなく、もっと良い物を揃えねば。それに、ダンジョンの情報なども欲しい。教会の書物だけは偏りがあるし、誤情報の恐れもある。
あとは、身分証か。街に入るなら、それも揃えないとな。あれだけ大きな街なら、冒険者ギルドもあるだろう。
俺はそこの位置を覚え、亜空間に戻る。街のあった辺りに向って、何度か亜空間を開いたり閉じたりした。
ここかな?ちがうな。こっちか?山の中に入っちまった。じゃあ、こっち?うぉっ、魔物の目の前に開いちゃった。駆逐、駆逐。
何度か繰り返していると、漸く街の壁らしいものが見えた。
俺は身支度を済ませてから、亜空間を出る。ボロボロの服に槍を持ち、パンパンに膨らんだ背負い袋を背負う。その上に狼の死体を乗せて、街道を歩いた。
これなら、駆け出しの冒険者か上京してきた村人に見えるだろう。
そう思って、門の前に立っていた門番に話しかけようとしたんだけど…。
「止まれ!」
めっちゃ警戒されてしまった。
「おい!どうした?」
「何があった!?」
しかも、仲間を呼ばれてしまった。
いや、何でなの?
「こんな真夜中に1人でとは…お前、人じゃないな?アンデットだろ!」
ああ、そうか。夜に1人で出歩くなんて、普通じゃないと思われたみたい。
しまったな。平和な日本に慣れ過ぎていた。ここは異世界なのに。
心では反省し、俺は目に涙を浮かべて倒れ込んだ。
「そんなぁ!あんまりだ!オイラ、初めて村を出たんで迷っちまって。やっとこさここまで辿り着いたんだ。それを、魔物さ間違えられるなんて…」
「おぉ…そうか。良く無事だったな」
門番達は戸惑いながらも、矛を収めてくれる。俺が立ちあがると、身分証の提示を要求された。
キタキタ。
俺は目を開いて、首を傾げる。
「ミブンってなんだ?都会の野菜か?」
「…あぁ!田舎者が」
苛立ちながらも、俺は通行料だけで許された。
そうそう。この為に村人を演じたんだよ。
「がはははは!」
「おにーさーん」
街に入った途端、至る所から喧騒が聞こえて来た。
店の中でコップを傾ける男。その店へと誘う女性。道端で靴を磨く少年。ランプらしき魔道具を持つ兵士。
活気があるな。古めの建築物が多いけど、部屋の中で明かりが見える。見た目は中世、中身は近代くらいの技術レベルなんだろうか?
俺は石畳を歩きながら、連なる家々を見上げる。そしてすぐに、路地へと滑り込む。その暗がりで亜空間へと飛び込み、素早く着替える。
次に出て来た時は、周りの人と変わらない麻製の服となっていた。
あまりボロボロだと、目を引くからね。お上りさんと見られて、詐欺師が寄って来てしまう。周りに合わせるのが一番安全だ。
服装を整えた俺は、再び大通りを歩く。店から漏れ出る光と音楽が心を癒すが、同時に漂う美味しそうな匂いが腹を刺激する。
食材は余る程貰ってきたが、温かい食事は魅力だ。先ずは、宿屋を探すか。そこで食事にしよう。
そう思って練り歩いていたのだが、先に見つけたのは〈冒険者ギルド〉の看板を掲げた大きな屋敷だった。
見つけたのだから、仕方がない。遅かれ早かれ、身分証を作るつもりだったし。
俺は店の戸を潜り、中に入る。途端に、タバコと酒の臭いがプ〜ンと漂ってきた。
ギルドの隣に、酒場が併設されているらしい。酔っ払い達のバカ笑いが、ここまで聞こえて来る。
加えて、目の前には冒険者風の人達が大勢たむろっていた。ボロボロの甲冑に、人より大きな大剣。毛深すぎる人、耳が異様に長い人。様々だ。
獣人にエルフか。これぞ異世界って感じだなぁ。種族間のいがみ合いとかは、比較的マシな世界なのだろうか?
「なんだ?坊主。依頼か?」
見回していると、スキンヘッドのオッサンが話しかけてきた。彼の後ろには、世紀末なお仲間がズラり。
いかにも冒険者って感じだな。
「いえ。冒険者登録をしに来ました」
「あぁ?登録?お前、すげぇスキルでも持ってんのかよ?」
少し警戒した面持ちのスキンヘッド。でも俺がスキル無しだと言うと、途端にニヤケ面になる。
「スキル無しのガキが冒険者だと?小遣い稼ぎでもしに来たのか?まさかとは思うが、魔物狩りじゃねぇだろな?」
「ええ、まぁ。狩ったりもするかと」
「ぶはっ!こいつは傑作だ!」
「「だはははは!」」
ハゲが笑い出すと、お仲間も釣られて大爆笑。あまりに大きな笑い声で、カウンター前は勿論、酒場の客までこっちを覗いて来た。
おう、おっさん。あんま、注目集めないでくれよ。
そう目で訴える俺だが、おっさんは気にしない。俺の胸に指を突き立てて来た。
「帰れ、ガキ。てめぇみてぇな無能は、冒険者になれねぇんだよ。帰ってママのおっぱいでも吸ってろ!」
「おぅ、バンドン。折角ならミルクの一杯でも奢ってやろうぜ。ここまで来れたお祝いによぉ」
「そいつが良い!」
「「だはははは!」」
うわぁ…。こいつはまた、型にハマった新人いびりだな。こいつらきっと、煽りの常習犯か。
こういうのは、あまり関わらないのがベストだ。
俺は小さく頭を下げ、一旦退く。そして大回りをして、カウンターへと向かった。
向かったのだが…。
「おう、ガキ。痛い目を見ねぇと分かんねえのか?」
運悪く、カウンター前でまたハゲとエンカウントしてしまった。
「来い!」
俺はハゲに腕を掴まれ、グイグイと引っ張られる。
腕は掴まれる前にダミーと入れ替えたけど、凄い力だな。ゴブリンの骨が折れそうだ。またゴブリン捕まえないと。
「おら、そこに肘を置け」
そうして連れて来られたのは、酒場。その中央のテーブルで、ハゲは右腕を置いて構える。
はっはぁ~ん。腕相撲で勝負ってか。圧倒的な力の差を見せつけて、諦めさせようって魂胆ね?
大木のように鍛えられた腕を見て、俺は察する。
でも、屈しない。肩を回して、大木の前に細木のような俺の腕を置いた。
それを見て、ハゲが頬を吊り上げる。
「ほぉ?威勢だけは良いな。じゃあ特別に、良い事を教えてやる。このギルドの隣は治癒院があってな、もし俺がお前の腕をバキボキに折っても、治してくれるぞ」
なんと、ヒールは骨折も治るのか。
マジで医者いらずだな。
「まぁ、目玉が飛び出すくらい高額だから、お前が払えたらの話だがな!」
とてもいい笑顔で、ハゲが笑う。それと同時に力が加わった。
ふぁっ!?スタートの掛け声はないの?
「おら、どうした?このままじゃ負けちまうぞ?」
「うぉおおっ!」
俺は慌てて、腕に力を入れる。全力で、押さえつけようとする力に対抗する。
でも、ビクともしない。どんなに力を入れても、ハゲの腕はスタート地点からピクリとも動かない。俺の力では、ハゲの大木を揺らすことすら出来なかった。
くっ。素の筋力が、貧弱すぎる…。
「がははは!よぇえ、よぇえ。まるでゴブリンの子供を相手にしてるみたいだぜ」
「「「だはははは!!」」
周りの大人たちが、酒臭い息を吐き出して大笑いする。目の前の大男も、俺を蔑むような目を向けて来た。
その目が、鈍く光る。
来る。
「終わりだ」
ハゲの筋肉が隆起し、俺の腕に物凄い圧が掛かる。そのまま、机に叩きつけられる。
誰もが、そう思っただろう。だが、俺の腕は寸前のところで倒れるのを堪えた。
ハゲの笑みが、凍る。
「はぁ?」
訳が分からないと、俺を見る。
そうだろうな。この細腕の何処に、こんな力があるのかって不思議だよな。
生憎、何処にも無い。俺には、この剛腕と釣り合うような腕力はない。
だが、異能がある!
「ぐぉおおおお!」
俺は叫ぶ。顔に力を入れて、”まるで踏ん張っている”かのように。
でも、実際は何もしていない。ただ、手の平に小さな亜空間を開いているだけ。その出口は、同じく俺の手の甲に設定している。
つまり、ハゲに押されている俺の手の平が、俺の手を後ろから支えているのだ。ハゲの力がそのまま、彼に跳ね返っていると言っても良い。
ハゲは、独り相撲をしていた。
「なんでだ?なんで倒れねぇ…」
「だははは!ふざけ過ぎだぜ、バンドン」
「うるせぇ!マジでやってんだよ、こっちは!」
まだ理解出来ていない酒場の客に、バンドンが叫び返す。顔を真っ赤にして、俺を倒そうと躍起になっている。
でも、倒せない。俺の手は、机から数センチのところで支えられていた。
他でもない、彼の力で。
「おいおい…マジかよ…」
「どういうことだ?あのバンドンが、苦戦してるだと?」
漸く、周りの客も異常を察知する。あまりに常識はずれな状況に、驚きを隠せないでいた。
だが、
「うぉお!すげぇ!このガキ、耐えてやがる!」
「こいつは良い!おい、レフリー。レフリーは居ねぇか!」
「このガキに大銅貨3枚賭けるぞ!他はどうする!?」
「俺は銀貨だ!バンドンに銀貨1枚を賭ける!」
彼らは単純な人達で、直ぐに順応し始めた。俺の周りで、お祭り騒ぎが始まる。
「行け!バンドン!ガキをねじ伏せろ!」
「負けんじゃねぇぞ!ガキ!こちとら、お前の勝ちにエールを賭けてんだ!」
おお、そうか。俺にも賭けてくれる大博打野郎がいるのか。
ならばその夢、叶えてやろう。
俺は腕に力を入れて、バンドンのパワーと合わせて彼を押す。すると、徐々に腕が元の位置に戻る。
それだけで、周囲はお祭り騒ぎ。バンドンは頭の血管が切れそうな程に顔が真っ赤だ。
俺は止まらない。そのまま力を入れ、彼の腕を傾ける。ゆっくり、ゆっくりと机に近付く。そして、
カンカンカンッ!
「そこまでぇ~!勝者、ガキンチョ!」
レフリー役の酔っ払いが、俺の腕を掴んで高々と上げる。すると、周囲からは歓声と怨嗟の声が入り混じる。
なんだか、祭りの主役になったみたいで楽しいな。
…でも待って。俺って、冒険者登録をしに来たんだよね?
どうしてこうなった?




