7話〜何ですか?騒々しい〜
「明日は早いので、すぐに寝て下さい。我々が迎えに参ります」
そう言って、騎士は俺を部屋に押し込んで鍵を閉めた。
鍵を閉める理由を聞いてみたが、教会内で物が無くなる事が増えているからとの事だった。
ああ、大丈夫。盗んでいるのは俺だし、盗まれる物なんて持ってないから。
そんな事はお構い無しに、騎士は鍵を掛けた。
やはり、俺が出歩いては不都合らしい。特に今日は念入りだった。だから、絶対に何かある。
そう思った俺は、いつもより早くから亜空間旅行を開始した。
さて何を隠しているのかと各部屋を見回ってみると…。
大聖堂に、教会中の職員が集められていた。クラスメイト達も全員だ。
そして、一番前の像前にはイリーナが胸を張って立っていた。
一体、何が始まるんです?
「皆さん、静粛に。今から、先に行われた決闘の真実をお話します」
決闘とは、俺と前川の試合を指しているみたいだった。
イリーナはそこで、あの試合で俺が不正を行っており、前川を罠に掛けたと説明した。だから前川が弱い訳ではなく、彼は可哀想な被害者だと訴え、俺に騙されないようにと注意喚起をしていた。
それに、最前列に居た前川が立ち上がる。若干顔を赤くして、みんなを振り返った。
「ゆるせねぇぜ!便所虫の癖によぉ。みんなで凝らしめてやろうぜ!」
「「「おぉお!」」」
クラスメイトが一致団結する。
その後ろで、イリーナが再び「静粛に」と呟く。
みんなが座る。
「この件に関して、私は彼の追放を決定しました。ここより遥か遠くへと赴いて貰います」
「そんなんで、俺の怒りは収まらないって!」
前川がイリーナに噛みつく。すると、彼女は笑みを浮かべて諭す。
「落ち着きなさい、勇者マエカワ。彼はもう、二度と帰って来ません。二度とです」
彼女は笑顔だ。でもここまで感じる程の怒気を放っていた。
それは、平和ボケした子供達でも感じ取ったらしい。イキッていた奴らは押し黙り、前川もそぉ~っと席に座り直した。
イリーナが満足そうに頷く。
「よろしいですか?勇者の皆様。あなた方は、女神様に選ばれた聖戦士です。ですが、その行いによっては裁かれることもございます。そのことは、十分にご理解くださいませ」
うわっ。こいつ俺を見せしめにして、子供達に首輪を付けやがった。指示に従わなければ、法的措置も辞さないぞと。
子供を拉致して監禁して、八百長試合をさせるような世界だ。その法も滅茶苦茶だろう。
そして、その法で俺を裁くつもりらしい。やはり、あの聖騎士モドキは殺し屋か。
あの目はそうだよな。
俺は亜空間の出口を一旦閉じ、また新たな出口を作り出す。そこは、キッチンだった。
明日にはここを立つからな。物資はしっかりと補充しないと。
俺を罠にかけて殺しに来るような集団だ。自重も容赦もしない。覚悟しろよ?
俺は嬉々として、亜空間に物資を放り込み続けた。
そして、翌日。
まだ日も上がらぬ早朝。
「こちらにお乗り下さい」
俺は騎士2人に囲まれて、ホロ付きの馬車へと乗せられる。中には何も無い。名目上は物資の買い付けだからか。
俺が大人しく乗ると、馬車はすぐ出発する。薄暗い空の下、寂しい街道が続いていた。振り返ると、無駄に大きな教会のシルエットが。
結局、教会の外見は見ることなく去ってしまうな。
全く思い入れはないけれど。
俺は遠ざかるスタート地点を仰ぎ見て、ニヤリと笑う。
さて、そろそろ祭の時間だぞ。
〈◆〉
俺はジョン。ここの料理人になって、早5年となる大ベテランだ。毎日、大量の皿をピカピカに磨いている。言わば、職人だ。
職人である俺の朝は早い。日が昇る前に起き出し、すぐキッチンへと向かう。そして、朝の仕込みの準備をする。先ずは設備のチェック。
オーブン良し。魔道コンロ良し。テーブル良し。包丁無し。
うんうん。
…うん?あれ?包丁が無いぞ?鍋も無い。昨日ちゃんと片付けた筈なんだけど…何処に行った?
いつもと違うキッチンの様子に、俺は首を傾げる。でも、直ぐに考え直す。
きっと、誰かが料理の仕込みをしたんだろう。なら、鍋は魔道保温庫の中だな。
そう思い、俺は氷魔法で温度管理がされている保温庫へと向かった。
でも、無い。鍋どころか、食材が1つ残らず無くなっていた。
「はぁあああぁああ!?!?」
俺はパニックになった。
だってここには、1週間分の食材が詰め込まれていたんだ。なのに、綺麗サッパリ無くなっていた。
別の場所で保存されている?いや、無い。この規模の保温庫はここだけだ。ここに無ければ、この教会の何処にもない。
「何を騒いでいる!ジョン!」
声がしたので保温庫を出ると、そこには赤ら顔の料理長が立っていた。
助かった!
「料理長!食材が、鍋も、包丁も、みんな無くなっています!」
「なぁにぃい!?」
料理長は更に顔を赤くして、俺と同じ様にキッチン中を走り回る。
でも直ぐに戻って来る。顔が真っ青だ。
「なっ、何だこれは?どうなっている?器具も、肉も芋もワインも、水まで消えてしまったぞ…?」
「泥棒っすよ、料理長。前に、俺の包丁を盗んだ奴っす。イリーナ様に言いましょう!」
「ドロボ…ああ、そうだな。先ずは、ご報告差し上げないと」
俺達は全速力で廊下を駆け、階段をすっ飛ばしてイリーナ様の執務室へ向かう。ガードマンに事情を話し、中に入れてもらう。
「何ですか?騒々しい」
イリーナ様は目を細めて、凄く不機嫌そうだった。
でも、料理長が事情を話すと目をカッと開いた。
「はぁあ?食材が、無い?」
「器具もです、イリーナ様。こりゃ、相当大きな盗賊団が侵入したようで」
「バカを言わないで。ここには結界が張ってあるのよ?侵入されたら、騎士団が気付くわ。それに、保温庫の食材を全部なんて…馬車何台分だと思ってるのよ」
イリーナ様は顔を白くして、「有り得ない」を繰り返した。
そんな中、再びドアが叩かれる。イリーナ様が受け答える前に、ゾロゾロと男達が入って来た。
司書に、医者に、騎士団のトップ。宝物庫の管理人まで揃ってる。
「イリーナ様、大変です。書庫の本が消えました!地図や陛下からの手紙など、重要書類も全部です!」
「貴重な薬草もやられたわい!瓶ごと無くなってしもうた!」
「こっちは武器だ。何故か分からんけど、訓練用のカカシまで見当たらねぇ」
「そんなのどうでもよい!金庫が、金庫が空なのです!金も銀も根こそぎやられました!」
「えっ…」
イリーナ様が固まる。目がせわしなく動いて、いつも微笑みを忘れない口元がアワアワと震えだした。
そして、
「どうなってるのよぉおおおお!!!」
絶叫した。
〈◆〉
「おっと」
ビックリした。
あの女、凄い声量だな。危うく鼓膜が破れるかと思ったぞ。
「どうかしたか?」
俺が耳を摩っていると、入口に座る騎士がこちらを振り返った。
俺は手を振り、「何でもないです」と答える。同時に、耳の中で開いていた亜空間を閉じた。
「ちょっと、馬車の揺れでお尻が痛くなって」
「慣れてくれ」
騎士はそれだけ言うと、また周囲の警戒に戻ってしまう。
怒っている訳では無い。寧ろ、こちらに関心がない様子。俺のことは、ただの荷物程度の認識なのだろう。
かなりの手練れだ。普通なら、今から殺す相手にこんな態度はなかなか取れない。どうしても殺気が漏れてしまい、動作にぎこちなさが出てしまう。それが無いと言う事は…手慣れていると言う事。
彼らは、教会の暗部なのかも。
それから暫くすると、馬車は森の中に入る。激しかった馬車の揺れが更に酷くなり、俺の尻は毬のように跳ねた。
余りに痛かったので、俺は亜空間でカカシに服を着せ、俺のダミーとして外に出す。それと入れ替わりで、俺の体を亜空間に隠した。
騎士の関心がこちらに無くて助かる。マジマジと見られたら、ダミー人形だってバレちゃうから。
もっと、本物が欲しいけど…。
「降りろ。昼食にする」
小休止と言う事で、騎士が俺にパンと紅茶を渡してくる。紅茶は、ワザワザ火を起こして淹れてくれたみたいだ。
手厚いねぇ。絶対、何かあるでしょ。パンも亜空間送りにしてっと。
「朝も早かった。少し寝ろ」
騎士はそう言って、木の幹に背を預けて目を閉じた。
おうおう。こんな魔物が出そうな森の中で、何を言っているんだこの人達は。明らかに、俺の寝込みを襲うつもりだろ。
さっきの食事に混ぜられていたのは、睡眠剤か。
「分かり、ました」
俺はフラフラと歩いて見せ、荷台の手前まで行く。そこを登る手前で、力尽きたように地面へ倒れる。
そうだなぁ。サービスで仰向けになってやるか。
「おい。大丈夫か?」
冷たい声で、騎士が俺に近付いて来る。それに反応しないでいると、2人はコソコソと話し合う。そして、剣を掲げた。
いよいよか。
俺はこっそり亜空間を開き、準備する。
さぁ、何処を狙う?ボディか?ボディだよな?顔は止めてくれ。
「安らかに」
騎士は片手で印を刻んだ後、剣先を振り下ろしてくる。着地点は…胸だ!
俺はその一撃に合わせて、胸に亜空間を開く。そこに豚を押し当てると、剣先は豚の肉を突き刺した。
ありがとう、ブタさん。今晩、美味しく頂くからね。
「ごぼっ!」
俺は口を開いて、そこに亜空間を開く。そして、医務室から頂いた血をまき散らした。ついでに、胸からも大量の血をぶちまける。
どうよ?俺の演技。
「良し。完了だ」
よしっ。引っかかった。
俺が安心していると、もう片方の騎士が目を細める。
「念のため、首も落とすか?」
おっと、首も来るのか?
俺は手早く準備するも、俺を刺した騎士が手を振る。
「時間がない。これだけの血だ。すぐに魔物が寄って来る」
「分かった。撤収する」
2人はそれ以上喋らず、静かに馬車を反転させた。
暫く亜空間の中から彼らを見ていたが、何の疑問も持たずに森を出た。
良し良し。これで俺は、死んだ者として扱われる。ここからは自由の身だ。
俺は立ち上がり、血まみれの服を回収する。そして、教会から頂いた服を着る。
さて、街に行くか。
そう、思った矢先。
【ギャギャ】
【アギャギャ】
声がした。
顔を上げると、木々の間から小男が姿を現し、俺を見て舌なめずりをした。
ふむ。ゴブリンか。
良いね。丁度、ブタさんが無くなったところだ。
「君達、俺のダミーになってくれないか?」
俺は亜空間を開きながら、黒い笑みを浮かべた。




