6話〜いただきます!〜
前川を静かにさせたと思ったら、今度は女神教のトップが勝負を仕掛けて来た。
彼女の部屋へと向かう最中、俺は心の中で自問自答を繰り返す。
呼ばれた理由は何か。恐らく、今の試合についてだろう。亜空間は隠しながら戦ったが、何処からか見られたのか。
そうでなくとも、少々実験をやり過ぎたのかもしれん。俺は気にせず避けてたが、前川の火球は野球ボールくらいの速度はあったから。高校生には過ぎた技能だったのかも。
考えている内に、何時も覗いている部屋の前まで来た。
俺は気持ちを切り替えて、背を曲げる。
どちらにせよ、シラを切るのが1番だ。こちらが弱者で無能なただの少年と思わせて、今回の件も何かの間違いと思わせるんだ。
俺が準備している間にも、修道士がドアをノックする。
コンコンッ。
「イリーナ様。連れて参りました」
「入りなさい」
修道士が扉を開け、中に入れと俺をせっ突く。
おや?君は入らないのか。まさか、教会トップと2人きりになるとは。
ヤバさ倍増だ。
「ようこそ、クロイ様。来ていただけて嬉しいですわ」
部屋に入ると、イリーナは席を立ってデスクを大回りする。そして、俺に向かって優雅に一礼。
ふむ、表面上はへりくだっての挨拶。これは、ガン詰めされる予感がするぞ?
俺は心を固く締め、鼻の下はワザと伸ばして、彼女の露出している谷間に視線を落とす。
「あ、あの。僕、何かしちゃいましたか?こんな豪華なお部屋に呼ばれるなんて…」
俺は首を窄めて、恐る恐る部屋の中を見る。ついつい光線で焼け焦げた箇所を見そうになり、彼女へと視線を引き戻した。
すると、イリーナは優しく微笑んだ。
「とんでもない。クロイ様が決闘で勝利したとお聞きして、しかもそれが勇者マエカワだと言うではありませんか。是非お祝いさせて頂きたく、こうしてお呼びしたのです」
ふむ。やっぱりその件だよな。
でも、本当に聞いただけ?本当は全部見てたんじゃないだろうね?まぁ、いいや。知らんぷり、知らんぷり。
俺は曖昧に笑い、頭の後ろに手を回す。
「あ、あのぉ。イリーナ様。大変言辛いんですけど…。僕が勝ったのは偶然と言うか…勝ったとも言えないくらいに酷い内容でして。それで、あのぉ…」
「まぁまぁ。ご謙遜を」
イリーナは笑うが、こめかみがピクピクしている。
イライラしているな。このグダグダとした喋り方がお嫌いと見える。良いぞぉ。交渉事は感情を揺さぶられた方が不利になる。もっと苛立ってくれ。
俺は両手を大きく振って、全否定する。
「そんなっ!謙遜とかじゃなくて、僕はホントにラッキーだったんです。前川君、今日は調子が悪そうだったし、魔法もめちゃくちゃになってて。最後は剣が重くて転んじゃって…」
「まぁ、まぁ」
俺が早口で捲し立てると、イリーナは目を細めて笑う。そうやって、残念な人間を見る目を隠した。
ああ、そうだ。俺は残念な人間だ。隠し事も出来ない哀れなガキだよ。
だから、油断してくれ。こいつには何も無いと、早合点してくれ。
「クロイ様。その様に慌てていては何も思い出せませんわ。こちらにお座りになって、少し休憩されてはいかがです?」
イリーナは手を差し伸べ、部屋の中央に設置された対面式のソファーを指す。その机の上には、ティーポットと歪なクッキーが置かれていた。
ふむ。カップが2つ。用意周到だな。
この配置からして、最初から俺に飲ませるつもりで用意していたな?用心しよう。
「えっと…ありがとう、ございます」
俺はペコペコ頭を下げ、片側のソファーに座る。
イリーナは反対側に座り、カップにお茶を注いだ。
匂いは問題なし。だが無味無臭の毒なんて沢山ある。飲んでみないと分からんぞ。
そうは思いながら、俺は喉を鳴らす。
なんせ、今の俺はマトモな食事も取らせて貰えず、飢えと乾きで限界だからだ。
彼女達が思い描く俺の姿は、だけどね。本当は毎日、亜空間内で十分に飲食を楽しませて貰っている。
「さぁ、どうぞ」
「いただきます!」
俺は奪う様にカップを受け取る。そのまま、喉に流し込む。
流し込んだ様に見せる。だが実際は、喉の奥に亜空間を開いて、お茶をその中に流し込んでいた。
これで、どんな毒だって無効だ。針だって千本飲めるぞ。
「あぁ~生き返るぅ。あのぉ…もう1杯頂いても…?」
「…ええ。勿論ですわ」
ちょっと呆れた顔になるイリーナ。でもすぐに笑顔を取り繕い、俺におかわりをくれる。
それを3回繰り返したら、彼女から話題を振ってきた。
「お気に召されましたか?クロイ様。ご気分は如何ですか?」
「えっ?気分ですか?そう言えば何か…変な感じが」
どう演技したら良い?苦しむべきか?それとも、笑い転げれば良いか?
俺が胸を押えていると、イリーナの笑顔が近付く。
「良い茶葉ですので、気持ちが明るくなったのではありませんか?」
なぬ。気分が良くなる?
ああそうか。分かったぞ。お前が盛ったのは自白剤か。
俺は合点が行き、大きく頷いた。声色も高めに、明るくする。
「ああ!そうです、そうです。なんか、さっきまで悩んでいた事もどうでも良くなってきて、世界が明るくなりました!」
「良かったですわ。それで、先程の試合についてを教えて頂きたいのですが?」
「勿論ですよ!イリーナさんみたいに綺麗な人が聞いてくれるなんて、ぼかぁ幸せだなぁ。もしかして、貴女と付き合えちゃったりして!」
「まぁ、まぁ。嬉しい限りですわ」
イリーナは本当に嬉しそうだ。俺から真実が飛び出ると期待しているのだろう。
だが、すぐに表情は固くなる。俺が偶然勝ったと言う話を繰り返したからだ。
「俺って、昔からツイてたんすよねぇ。宝くじも300円が毎回当たってたし、ゴリゴリ君も結構当たるんですよ?勝負運って奴っすかねぇ〜」
「……」
バカ話をバカバカしく喋っていると、イリーナの表情が明らさまに苛立って来る。
そして、次の手を打って来た。ソファーを立ち、俺の真横に移動して来る。その豊満な乳で、俺の腕を挟んでくる。
「クロイ様。是非、貴方様の秘密を教えて下さい。どんな特技をお持ちなんですか?」
「特技…ですか?ええっと…ええっと…」
俺は彼女の乳をガン見しながら、必死に考える素振りを見せる。そして、手をパチンと鳴らした。
「そうそう。俺、小学生の頃に空手習ってました。あと、高校生の頃にはカポエラダンスを教えて貰った事もあってですね」
「そう、ですか」
乳が離れる。同時に、イリーナが手を叩く。
すると、修道士と枢機卿が部屋に入ってきた。彼の手には、見覚えのある水晶玉が。
「クロイ様。もしかしたら貴方様に、新たなスキルが芽生えたかもしれません」
「ええっ!?マジっすか?やった!」
俺が飛び跳ねて喜ぶと、イリーナは水晶玉をテーブルに置いて、ナイフを渡してくる。
「はい。ですので、再鑑定を致しましょう。貴方様だけ、特別にです」
「ありがとうございます!」
俺は早速準備して、水晶玉に手を着ける。でも今度は本当に無反応だ。前回みたいに黒いモヤが現れる事もなく、黒戸の姿も映っていなかった。
記憶を引き継いだから、もうおしまいってか?薄情じゃないか、俺よ。
「イリーナ様…これは…」
水晶玉を見ていると、枢機卿が乾いた声を出す。それを受けたイリーナは、能面の様に無表情だ。
期待外れか?残念だったな。でもこれで分かっただろ?早く俺を解放してくれ。
「クロイ君」
君、ねぇ。
もう様を付ける必要も無いと。
「はいっ。なんでしょうか?」
「貴方はスキルを持っていません。それでは、戦う事が出来ません」
「すっ、済みません!」
俺が謝ると、俺の手を優しく包むイリーナ。顔をあげると、メチャクチャ引き攣ったイリーナの笑顔があった。
「大丈夫です。戦えなくとも、出来る事はあります。貴方には是非、街でお買い物をしてきて欲しいのです」
「買い物…ですか?」
「はい。お恥ずかしい話ですが、教会も余裕がありません。食事もカビが生えたパンを齧らねばならない始末」
そりゃ、俺だけな。お前らはそれなりの食ってたろ。
そうやって、自分らがやってきたイジメを正当化しようと必死なんだな。前川みたいな奴らだ。
俺は心で笑い、表では手を叩いて「そう言う事でしたか!」と納得した風を装う。
イリーナが大きく頷く。
「ですので、貴方にも働いて頂きたいのです。勿論、護衛はしっかりと付けます。街道は恐ろしい魔物や盗賊が出ますから」
そう言って彼女が手を叩くと、2人の騎士が部屋に入ってきた。
聖堂騎士って奴か?何処か2人とも様子がおかしいんだけど?なんと言うか…みんな目が死んでる。
「彼らが、貴方を護衛します。クロイ君には、明日にでも出発して頂きたいのです」
いや。待ってくれ、イリーナ様よ。こいつら、本当に聖堂騎士なのか?




